Ironical jealousy
アイロニカルのヤキモチ −わらべうた315.5−



池田屋でどうにか収まるところに収まった俺たちの関係は、この一年弱で落ち着いたものとなっていた。
お互いの意思も疎通しないままだった頃は、俺にとっての山野の姿は、現実と虚像が入り混じっていたものだった。隊務で見せる真面目で気の利いた好青年と、褥で見せる艶やかで色めかしい姿…それはなかなか一致しなかった。
しかし、ようやく想いが通じ合ってから、理解した。色んな男と遊んでいるように見せていたのは、彼のただの強がりで、俺に向ける感情を持て余していたのだと知った。知ってからは、山野と寝たことがある隊士たちに嫉妬のようなものを感じたが、しかしそれも過去の出来事として過ぎつつあった。それに、山野は別人のように一番隊の為に、沖田先生の為に尽くす様になり、今では一番隊の女将さん的な存在だ。(もちろん山野に言うと怒るのだが)
だからこれは、山野は俺だけを見ている…充実感ゆえの、甘さだったのだろう。

俺は山野に腕を引かれるがままに、島原にひっそりと佇む出会い茶屋を訪れた。夜遅い客だったが、主人は愛想よく出迎えてくれた。陰間茶屋の店主とはえらい違いだ…と、そんなことを思っている場合では無い。
「誤解だ!本当に!絶対に、誤解!」
俺は夜も更ける頃だというのに、山野に両手を合わせて謝罪を繰り返していた。
今夜は沖田先生に付き合って、陰間茶屋に出掛けた。何でも、大谷が斬られたことに関係ある人物をあたるということだったが、俺はもちろん気が進まなかった。
こういう事態になることを恐れてだ。
「沖田先生がお仕事で島田先輩と一緒に陰間茶屋に行ったというのはわかります。僕じゃ陰間茶屋のお供にはならないし、島田先輩のことを信頼しての、『仕事』だということも理解しています」
「だったら…」
「ですが!」
山野はキッと俺を睨む。そして襟を指さした。
「ただ話を聞くだけというのなら、このおしろいは何ですか?」
「こ、これはちょっとからかわれて…」
「からかわれた程度でこんなところにおしろいが付くわけがない」
「う…」
鋭い山野の指摘に、俺はぐうの音も出ない。これは宗三郎がからかって俺に迫った時についたもので、それ以上は何もない…と言っても、信じてもらえないだろう。
「それに匂いだって…!沖田先生からはそんな匂いはしなかったのに、先輩の方はぷんぷん匂います!」
「は、鼻が利くなあ、山野」
「話を逸らさないでください!」
山野は両手を畳に打ち付けた。火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。
「宗三郎という陰間は大層お綺麗な花魁だそうですね!」
「…あー…どうかな、そんなことは…なかったような…」
確かに圧倒されるような花を持った姿で、何故これが女ではなくて男で生まれたのだろうと、そんな感想さえ持ってしまうほど釘付けになってしまう美しさではあったが
(目の前にいるお前の方が可愛い…なんて言ったら気障すぎるか…)
なんて考えていると、急に体が大きく揺れた。
「うわっ!」
俺は両肩を押されて、姿勢を崩してそのまま敷いてあった布団に背中から倒れこむ。山野が押したのだろう…そう気が付く前に彼は俺の腹の辺りを跨ぎ、馬乗りになっていた。
「や、山野…?」
「…僕以外に、こうされたんですか?」
そう訊ねてきた彼の表情は、これまでの俺を怒鳴りつけてきた鋭利な表情ではない。
悲しみや悔しさを堪えきれずにぐっと食いしばっているような…そんな歪んだ表情だった。
そして俺はようやく気が付く。
(違う…)
俺の言うべきこと。
山野に言うべきことは、謝罪でも、いいわけでもない。彼が必要な言葉はそれではない。
「山野」
俺は山野の後頭部に手を伸ばす。そしてぐっと引き寄せて彼の身体を重ねさせ、そして唇を重ねた。
「ん…っ」
「俺は、お前が好きだから、安心しろ」
彼は不安になっていたのだろう。
自分のよりも美しい男の下に向かったと聞いて、怒りと同時に嫉妬の炎を燃やした。
その証拠に、俺がポンポンと軽く頭を叩くと、顔はまだ拗ねたままだったがどこか安堵した様な息を漏らしたのだ。
「…誤魔化されてなんて、あげませんからね…」
憎まれ口をたたいた彼に、俺は笑って返答する。
「わかってる。今夜はお前の言うことを何でも聞くよ」
そういうと、彼は刹那驚いた顔をしたが、しかし妖艶な微笑みで頷いたのだった。


彼と過ごす夜はもちろん初めてではなく、幾度となくあったものだが、しかし山野が夜に魅せる姿はまるで屯所にいる表情とは違う。
真面目で、熱心で、世話焼きで、純朴な可愛らしい表情。
しかし夜はそのすべてを覆す。
「せんぱい…きもちいい…?」
「ああ…」
「もっと…してもいい?」
俺のものを舌で舐めとりながら、上目遣いに俺に問う。小悪魔のような表情と声に俺はいつもぞくりとする。俺が頷いて返すと、その小さな口いっぱいに含んで搾り取る様にして口の中でかき回す。それが絶妙で、巧妙で、俺は味わったこともない様な興奮へと誘われる。
「や…まの、もう…」
「…わかってます」
山野は口に含んでいたそれを離し、また俺を押し倒した。そして俺のものをそこに宛がって、自分で腰を落とす。
「んっ…んぅぅ…!」
狭い場所を押し開き、一番奥まで彼自身が入れる。扇情的で、大胆な姿だ。
山野は腰を上下させる。俺のものをそこでまた扱くのだ。
「あっ!あぁ…せん、ぱいの…おっきい…ぃ!」
甲高い声でそう叫びながら、山野はその白い肌を火照らせていく。荒っぽく息を吐き、熱に侵されたような表情を…
俺にだけ向けられている。
「先輩、いい?ねえ、いい…?」
「ああ…気持ちいい」
「よかった…ぁ…」
そしてまた山野は素早く腰の上下を繰り返す。しかし俺もいつまでもやられっぱなしではいられない。
「山野…」
俺は彼の細い腰を両手でつかみ固定する。そして腰を突き上げるようにして、彼の中に俺を打ち当てる。
「あっ!あぁっ!あん!あん!」
善がる声を上げた山野は、だらしなく口を開けて叫んだ。それがまたゾクゾクと俺の興奮を盛りあげていく。
とうとう足に力が入らなくなったのか、俺の上に覆いかぶさるように山野は上半身を落とす。はあはあと荒い息遣いを聞いて、俺は一旦動きを止めた。
「大丈夫か…?」
「はい…」
山野の身体は火照っている。俺は彼から俺自身を抜いた。
「え…?なんで…?」
彼は驚いたように俺を見る。まだお互いに果てていなかったからだろう。
しかし俺はまだ終わるつもりはない。
山野の身体を強引に布団に押し付ける。俯せになった彼の腰だけを上げさせて、俺の方につきださせた。
「や…っ!」
恥ずかしい、と言いかけた山野の口を塞ぐように、俺は再び彼に押し込んだ。すんなり中に入ったそこは、待っていたかのように絡みつく。
「…なにが、嫌だって…?」
俺が訊ねると、山野は何も答えずに首を横に振った。
自分から行為を迫るのは慣れているくせに、いまだに俺が主導権を持つ行為には慣れていないようだ。
「ここは嫌だなんて言ってない…」
「あ、あ…っ、もう、もうもう…!」
俺は彼に打ち付けながら、また彼のものを握った。濡れそぼったそれは既に固く張り詰めている。
「せんぱ…!やだ、だめぇ…」
「ダメじゃない。我慢することはないから、いけばいい」
「やだ、だって…っ、一緒に、いく…!から…」
ああもう。
こんなに愛らしいお前以外の誰に惚れるというんだ。
「…っ、わかった。じゃあ…」
俺はより一層深く、強く…彼の奥の奥に触れるように押し込む。山野は悲鳴にも似た声を上げたが俺は構わずに自分の興奮を彼にぶつけた。
(ああ…気持ちいい…)
俺の頭は次第にそればかりになっていく。
気持ちいい。
このまま。
このままここに、吐き出したい。
「いく、いく、せんぱい、いく…っ!」
「ああ…っ、俺も…」
「ふぁああっ」
そして、俺たちはほぼ同時に吐き出した。
山野は布団に倒れこみ、そして俺も息荒く身体をふらふらさせながら、彼から自分のものを引き抜いた。
「山野…大丈夫か…?」
枕に突っ伏した山野は、潤んだ瞳で俺を見て小さく頷いた。
「…大丈夫です…けど」
「けど?なんだ、痛いところでもあるのか?」
俺が心配すると「そうじゃなくて」と山野は少し笑った。
「僕が…先輩を好きにしてもいいって言ったのに、最後に好きにされちゃいました…」
「あ、ああ…そうか、そうだったな」
そう言えば山野はそう言っていたのだった、と俺は今更ながら思い出した。そして
「何かしてほしいことはないのか。何でも言うことを聞くぞ」
と申し出ると、山野は少し沈黙した後に笑った。
「…もう一回、して…」
と。