Ironical love
アイロニカルな恋



アイロニカルな恋


俺が一番隊に復帰して最初の仕事は、沖田先生を抱えて山野とともに祇園の町会所へ戻ることだった。
俺は監察方として、山野は土方先生の組下として、そして沖田先生は近藤先生とともに池田屋へ踏み込んだ。俺が伝えた情報により、近藤先生たちは池田屋へ突入。三名の隊士が犠牲となったものの、大勝利を収めた。
沖田先生は極度の暑気あたりにより戦闘中に意識を失い、倒れたらしい。敵に見つからなかったため、大事には至らなかったが、話を聞いたときは俺も、そして山野も動揺した。しかし当の本人は元気そうで、俺たちは安堵したのだった。

祇園の町会所に戻ると山崎監察が居た。鍼医師の倅だったという監察に沖田先生を預けて、俺と山野は残党狩りへと向かった。
夜通しの残党狩りの間、山野は俺の傍を離れなかった。もちろん同じ一番隊として働いたので当然ではあったが、俺が監察方に異動してから離れた距離が、ごく自然と一気に縮まった。まるでいままで一緒にいたかのように。
そんな不思議な感覚を味わいつつ、俺たち新撰組は屯所へと凱旋した。多くの民が見守る中、浅黄色の羽織が朝日の光を浴びて輝いた。沖田先生も回復され、俺たちの前を歩いていた。俺はとても誇らしかった。先頭を行く、『誠』の隊旗が目に焼き付いて離れなかった。

屯所に戻ると、会津藩の警護のお蔭で、俺たちは少し休むことができた。前川邸の井戸の水を掬い、顔を洗う。疲れているはずなのに全く眠気が無かった。するとそこへ、山野がやってきた。
「お疲れ様でした。島田先輩」
「…ん、お疲れさん」
山野が差し出した手拭いを、俺は躊躇いつつ受け取った。
『無理だ』と告げたあの時から、俺たちの関係は途絶えた。それを山野がどう受け取っているのか、俺にはわからない。山野の表情からもそれはわからなかった。
「お怪我は…?」
「…いや、大丈夫だ」
俺がそう答えると、「そうですか」と山野は穏やかに微笑んだ。整った顔立ちに花が咲く様で、俺は沈めたはずの気持ちをまた叩き起こすような感覚を味わった。
(いかん…)
俺はそう思った。俺は彼の虜になりかけたのだ。泥濘に嵌り、身動きが取れないほど、彼に囚われる――それが、本当は少し怖かった。これ以上彼に惹かれてしまう自分を止めたかった。
「じゃあ…ゆっくり休めよ」
だから、もう何も期待してはいけない。これ以上は駄目だ。俺は自分に言い聞かせるように、山野から離れようとした。しかし、山野は
「ま…待ってください」
と慌てて俺の袖を掴んだ。
「な、…なんだ?」
「あの…その、お話が…あります」
「話?」
やや顔を赤らめて、山野は頷く。
しかし話があるというのに、山野は何も言おうとしない。山野は俯いたままで、二人の間に重たい沈黙が流れる。
(何だ…?)
山野は俺のことをからかっているんだ、と俺は理解していた。何人もの人間と関係を持つ、その一人にすぎないのだと。だとしたら真剣になり過ぎた俺は愚かなんだ。山野にも迷惑なんだと…そう思っていた。
「…また、今度にしようか」
「え?…あ…」
「じゃあ」
既に俺は一番隊に復帰した。だから山野のことは後輩として、同じ隊の一員として接しなければならない。だから、一度離れた距離を縮めるわけには行かない。俺のこの気持ちは邪魔でしかないのだから。
しかし、山野は離してはくれなかった。それどころか、
「…僕のこと、もう好きじゃありませんか…?」
とか細い声で尋ねてきた。俺は驚く。
「なっ…な、にを…」
聞き間違いじゃないかと俺は耳を疑った。しかし山野は俺の腕に抱きつく様にして、離してはくれない。
「僕は…最低の人間です。これまで様々な隊士と関係を持ったことは…否定しません。でも…ずっと」
俺の左腕はまるで感覚を失ったかのように熱くなった。そしてその熱は、だんだんと俺のなかで高まっていく。
「ずっと、僕は島田先輩のことが好きだったんです」
「え…?」
「…今更、ですよね」
山野は寂しそうにそう言うと、俺の腕を離した。そして「申し訳ありません」と身体を二つに折って謝った。
「僕の自己満足です。島田先輩にはご迷惑でしょうから、どうか忘れてください。これからは同じ隊の人間として、よろしくお願いします」
さらさらと決まりきった台詞のように山野は告げた。しかしその表情はどこか傷ましく歪んでいた。
(俺は…知っている)
『忘れてください』
最初に関係を持った時も彼はそう言った。そう言って、自分のせいだからと虚しさを紛らわせるように笑った。俺はそれを言葉通りに捕えていた。
しかしそれは間違っていた。彼が言葉の奥で、『忘れないでほしい』と叫んでいることに、気が付いていなかったのは、俺だ。
「では」
山野は俺に背中を向けた。このまま離れてはいけない。俺は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「な…?」
「山野」
そして背中から抱きしめた。一回り以上小さい、彼の体を潰さんばかりに。
「せ…先輩…?」
「俺は堅物で馬鹿だから、信じるぞ」
「何を…」
真面目だと揶揄される俺は、器用なことなんて何もできない。だから
「お前の言葉通りに、俺は信じてしまう。なんせ、人を疑うことが苦手なんだ。だから…お前が俺を好きだと言うのなら、それが本当だと、俺は信じる」
俺の言葉を聞いて、山野は小さく震えた。そして頷いた。
「…僕がこんなことを言うのは、きっと烏滸がましいんです。でも…僕は、島田先輩のことが、好きで…」
「だったら、今更なんてことはない」
俺は彼の体を離して、正面を向けさせる。そして目と目と真っ直ぐに見つめ合って
「俺もお前が好きだ。まだ、性懲りもなく…」
「…っ」
彼の強情な瞳から涙がこぼれていた。俺は彼の後頭部に手を回して、引き寄せて、そして口付けをした。
ここが屯所だからとか、誰かに見られるかもしれない、とかそんなことは全く考えなかった。俺には山野しか見えていなかったし、彼も同じだったように思う。
『離れたって、どうしようもねえんだよ』
脳裏に土方先生の言葉が蘇った。俺が一番隊から異動したいと言った時から、土方先生にはこの展開がわかっていたのだろうか。離れていても忘れられるわけはないのだと、知っていたのだろうか。
だが、その通りだ。離れていたって、俺はどうしようもなく山野のことを忘れられなかった。むしろ離れていたからこそ、彼の姿をいつも探していたように思う。思いは募るばかりだった。


俺が抱いていた、もう一つの疑問が解消されたのは、それから数日後のことだった。それはようやく池田屋事件が落ち着いたものの、長州を始め討幕派の連中はこのことで蜂起し、戦争を仕掛けてくるのではないか。そんな戦々恐々としたある日のことだ。
久々の非番ということで、俺と山野は連れ立て屯所を出た。ぶらぶらと町を散策した後、そのまま出会い茶屋へ向かったのだ。
思いを確かめ合ってからというもの、下世話な話、俺はずっと我慢を続けていた。愛しい者を…彼を抱きたいという衝動は、今まで経験したこともないくらいに大きく膨れ上がっていて。茶屋について、すぐに行為に及んだ。
「…っ、や…まの、もう…」
「気持ちいいですか…?」
俺のモノを舐めながら、山野は上目遣いに訊ねてきた。時々覗かせる小悪魔のような表情に、俺はぞくりとしてまた興奮した。
「もう…いいから、」
こっちにこい、と手招きすると山野は素直に従った。正面から見詰め合い、どちらからともなく口付けを交わした。屯所で交わすような軽いものではない。舌と舌が卑猥な音を立てて絡み合う、深い口付けだ。
「ん…っ」
彼の下肢に手を伸ばした。その一番奥に触れると、彼は甘い声を出す。俺は汚れてはいけない、と彼が肩から掛ける着物に手をかける。すると
「あ…、駄目です」
「え?」
と山野は拒んだ。脱がせないでくれと懇願するのは、前からだ。
俺は口付けをやめて、彼に尋ねる。
「その…ずっと気になっていたんだが。何故、脱がないんだ?」
「あ…」
「お前は俺に見せてくれないのか?」
山野は視線を外した。少し言い淀むようにして、答えた。
「…僕は、男だから…」
「ん?」
「男の裸なんて…見たって、楽しくないでしょう…?」
確かにそれまで俺は女以外を抱いたことはなかった。自分が男を抱くなんてこと想像したことさえもなかった。しかし、彼は違う。
「…馬鹿だな」
「んっ、あ…や……」
俺は彼のモノに触れた。熱くなったそれは、女にはないものだ。そんなことは、
「俺は、お前が男だなんて、とっくに知っている」
「…っ、でも、」
「ほら、大丈夫だ。俺も…興奮してる」
彼の眼元が赤く染まった。俺が彼のモノと自分のを重ねて扱き、彼の息がどんどん荒くなる。
「あっ、あっ、あっ…せ、せんぱ……いく、いく!」
「…いいから、いって」
山野は俺の背中に手を回して、ぎゅっと抱き着いてきた。耳元で喘がれて俺はますます興奮する。そのうち絶頂を迎えた山野は、声を我慢することなく出して、白濁としたものを吐き出した。力が抜けた彼はそのまま布団に倒れこみ、荒い息をした。
「もう…いいか?」
そう訊ねると、彼は頷いてそして
「…いいですよ」
と笑った。さっきまで俺に抱き着いて善がっていたのに、もう彼は別の雰囲気を纏う。
普段は礼儀正しい彼が、妖艶に笑う。こんな時にしか見せない、誰をも捕えて離さない、魅惑の表情。
まるで自分はその花の蜜に誘われた、蜂のようだと思った。
(その蜜は…最初から、甘かった…)
自分が吸い取っているのではなく、彼によって呼ばれたのだと。
そんな風にして、彼との関係は続いていくのだと。
俺は何となくそんなことを思った。
















「アイロニカルな君」シリーズ、最後までお読みいただきありがとうございました。
一年半近くをかけての完結となり、皆さまには大変お待たせいたしました。
完結とはいっても、今後もわらべうた本編だけではなく、何かエピソード的なものがあれば
この「島田×山野」シリーズを書いて行こうと思います。
ひとまず、一区切りということで、最後までお付き合いいただきありがとうございました!
2014.7.6