Still here -裏-


再び上洛することが決まった時、あいつはなんていうだろう、と俺は不安に思った。奥詰としての義務だと言えば、きっと寂しげに笑って「行って来いよ」というのだろう。俺はそんな彼に申し訳ないと思うと同時に、可哀そうだとも思った。いつまでも、いつまでも待たされてばかりで。
(俺とこんな関係になって…本当に良かったのか?)
そんなことさえ考えた。
悲観的になり、酒の席で言い出せないほどだった。
けれど、そんなのは杞憂だった。
重なった唇から感じる彼の熱い体温。耳元で囁かれた甘い言葉を、俺は今更「いらない」と彼に返すことなんてできないのだから。
「…っ、んぅ…」
口の端から唾液が漏れるほどに深く絡み合う。頭が沸騰して顔が熱くなり、そして身体中の力が抜けていく。
そして小太は俺をゆっくりと押し倒した。廃屋が軋み、ギシリとした音が聞こえる。
「…ここ、で…?」
ここでするのか?と訊ねると、小太は「ああ」と答えて、俺の耳元に顔を埋めた。
真昼間の屋外だ。こんな山奥に誰かが来るとは考えづらいものの、それでも人の目を気にしてしまう。けれど、こんなところで駄目だと思う一方で、今更冷静になって場所を改めよう…なんていう考えはなかった。
俺だって欲しい。
今すぐに…すべて重なり合いたい。
小太の舌が輪郭を辿り、首元に吸い付く。きっと痕が残ってしまうだろうが構わない。そして襟もとに手をかけて鎖骨から下へと這わせていく。
「…っ!」
彼の唇が胸の飾りを食む。舌で嬲り、強く吸いついて引っ張り弄ぶ。
女がそうすると悦ぶことは知っていた。けれど、まさかそれが自分にも当てはまるなんてことを知ったのは、彼とこういう関係になってからだ。
「気持ちいい?」
「そ、こで…喋るな…!」
「だったら教えて」
口で弄ばれるよりも強く、もう片方の飾りを指先で強く挟まれる。針を刺すような刺激に
「んあ…っ!」
と思わず声を漏らした。するとふふっと彼が笑ったのが聞こえて、俺は顔逸らして羞恥に耐えた。
そうしている間に小太は袴の紐を解き、その奥に触れた。
「ここ…もう、固くなっている」
「う…うるさ…い…!」
「本当のことだろう。ほら」
「っ!」
彼の手がそこに触れる。彼に与えられた刺激がすべてそこの集中していくような感覚に、俺は両手で顔を覆った。
こんな明るい場所で、誰かに見られるかもしれない場所で…あられもない姿をさらしている。
「…んぅ…!あ…ぁぁ…」
小太の手が激しくそこを高ぶらせていく。男同士だからこそ気持ちいい場所を知っているのか、すぐにそこは興奮に酔いしれてしまう。
「…ああ…ヤバい…興奮する…」
小太が熱い声を漏らした。
「あぁ…っ、ん、んぅ!」
「伊庭の…御曹司とか、奥詰とか…持て囃されているお前がさ…こんなところで、ここを、俺に弄られて…」
「や、やめ…」
「そんな風に…可愛い顔を、俺にだけ…見せてるなんて」
「だ…っ、もう、やめろ…ッ!」
わざと辱めるような言葉を口にする小太を、俺は軽く睨む。しかし彼はうっすらと笑うだけで、さらに強く扱く。
「やめろって言っている割に…ここ、もうはち切れそうだな」
「…っ!あぁ!も…っ、いく…」
「駄目だ」
「あっ…?」
絶頂まで持って行ったくせに、小太はあっさりと手を離した。荒い息を繰り返す俺を見て
「今日は…駄目だ。俺の好きにさせろ」
と微笑んで見せた。
「好きに…って…な、なんだよ…」
「好きなように、だ」
いつになく我儘を言う小太は、体勢を変えて俺の脚を大きく開かせた。
「ちょ…!や、やめろって…!」
拒む俺を無視して、彼は内腿の辺りに舌を這わせた。そして焦らすようにゆっくりと愛撫を重ねていく。
「…っ、ぅ…」
彼が齎す一つ一つの刺激が、たまらなく愛しい。だから、触れられてもいないのに興奮が高まっていく。
けれど、もどかしい。
もっと触れてほしいのに、小太は核心の場所には触れないから。
「こ…小太…」
ついに俺は耐えられなくなって彼の名前を呼んだ。
「なに…?」
「も…もう…」
「もう?何だって?」
小太は分かっているくせに惚けた返答をする。いつもならここで怒ってしまうのだが、そんな気力はなかった。
「駄目だ…早く…」
「早く?」
「早く…舐めて、いかせて…!」
口にした途端、俺は羞恥で体温が急に上がった気がした。けれどほぼ同時に彼の口腔でそこを犯されて、頭は真っ白になった。
「あっ!ああぁ…!」
身体を捩り撓らせて、俺は身体中で快感を貪った。彼が与えてくれるもの、すべてが欲しくて仕方ない。こんなにも貪欲な感情になったのは初めてだ。
そして俺はあっという間に彼の口の中で果てていた。
「…っ、は…ぁ、はぁ…」
胸を上下させて荒い息を繰り返していると、彼の堅いものが触れた。
「…八郎、いい?」
こんな場所で、こんな昼間に…といつもなら拒むが、今は正常な判断などできない。
「ああ…」
と俺は頷いていた。
すると彼は自身の袴の紐を解きつつ、俺の背中に手を回して上半身を起こさせた。そしてその代わりに自分の方が横たわり、俺が跨るような形になる。
「八郎、自分で…入れて」
「え?」
「これ…欲しいだろう?」
宛がわれた大きなものに、俺はごくりと息を飲む。
いつの間に俺はこんなにも抱かれることに慣れてしまったのだろう。そして彼に抱かれたいと願うようになってしまったのだろう。
俺は自分の手で彼のモノを持ち、体勢を整えながらゆっくりと腰を降ろした。
「あ…ぁ…」
抉るような感覚に、最初は慣れなかった。痛みもあったけれど、それがいまは快感に変わっている。頭がぼうっとして足先から感覚を失い、そして彼のモノがすべて入る頃には身体中が彼を受け入れている。
「動いて」
「…ん…」
いつになく強引な彼に従い、俺はゆっくりと腰を上下させる。最初は彼の気持ち良いように、と思って動くがそれがやがて自分が気持ちいい場所に動いてしまう。
俺は薄めで横たわる彼を見る。うっとりした眼差しが、慈しむに俺を見ている。
すると恥ずかしさと同時に、愛おしさが溢れてくる。
「小…太…っ」
「何…?」
俺は力の入らない足腰をどうにか奮い立たせて、身体を上下させた。ぞくぞくという刺激か身体中を巡り、俺を骨抜きにしていく。
けれど、今目の前で横たわる男も、気持ちよさげに…そして余裕のない顔を見せていることが、さらに俺を興奮させる。
お前が俺のものであるように、俺だってお前のものだ。
それはどこにいたって変わらない。
遠く離れていても、お前のことを考えているだけで俺のすべては熱くなってしまうだろう。
だから、いま、もっと忘れないように刻み込むんだ。
「小太…」
俺は腰を折り、繋がったまま彼の上半身に重なった。抱き合うようにして彼の肩口に顔を埋める。
「好きだ…」
好きだ、大好きだと言葉を重ねる。何度も何度も同じ言葉を繰り返す。すると小太の息が上がっていく。心臓の音がドクドクと俺と重なっていく。
「あ…っ、あ、あ、あ…」
「いく…!」
切羽詰まった彼の声が耳元で聞こえた途端、下腹部が熱くなり、俺もまた糸が切れたかのようにすべてを吐き出した。
心地よい倦怠感のなか、俺と小太は同じような呼吸の中で何も言わずにただただ抱きしめあった。
うっすらと桜の木々が揺れるのが見える。
薄紅色の花びらが風に舞う。
二年前にみた、あの日の寂しさはない。
「…俺は…」
「ん…?」
幼馴染は荒い息のなか、俺の頭を撫でそして輪郭へと手を這わせた。
「俺は…ずっと待っているからな…」
穏やかに微笑み、優しい言葉を告げる彼が
(ああ…駄目だ…)
堪らなく愛おしくて
「…ああ…」
言葉に詰まって、気の利いた返答はできなかった。
けれど彼も同じことを思っているはずだ。
君を愛してる。





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