わらべうた 110.5 失言



ある夜。
「総司、ちょっと来い」
いつもと同じように…いや、いつもよりも険しい顔つきで土方に呼び出された総司はわざとらしく大きなため息をついた。
(バレる…とは思ってたけど、意外と早かったなぁ…)
手招きだけで部屋に来いと指示した土方は、言いたいことだけ言って部屋から出ていく。同室の斉藤は刀の手入れを止め、
「何かしたのか」
とたずねてきた。その聞き方だと子供に「悪戯でもしたのか」と問う兄のようだ。
「うーん…成し遂げたことの代償は大きい…ということ、かなぁ…」
総司が曖昧に答えると、何を納得したのか「そうか」と斉藤は頷いて、また刀の手入れを始めた。
「じゃあ、行ってきます。いつ帰ってくるかわからないけれど」
「ゆっくりでいい。静かだから」
「あ、ひどい」
斉藤の無愛想な見送りに口を窄めながらも、総司は鬼の住処へと急いだ。


夜も更け、当番ではない隊士たちが寝静まる時間。
部屋へ向かうとそこにはすでに土方が待ち構えていた。既に布団も敷いてあって、どうやら寝る直前の呼び出しだったらしい。 土方は座れ、と言わんばかりに総司を睨んだ。
「な、なんですか。用があるなら明日にしてくれれば…」
「いいから座れ。誤魔化してんじゃねぇ」
不機嫌全開の土方に、何を言っても意味はないと悟った総司は大人しくその場に座る。
腕を組んだままの土方は
「何が言いたいのか、わかってんだろうな」
と威圧的に訊ねてきた。総司は
「なんのことだか…」
既に言いたいことは察していたものの、総司は尚も誤魔化そうとするが、その瞬間土方に射抜くように睨まれて
「ごめんなさい」
とすぐ謝るに至った。
謝る原因…それは発句集のことだ。
土方の発句集に触れたことはいずれバレるだろうとは思っていた。
プライドの高い土方のことだから、きっと厳重に保管し場所までも寸分違わずきっちり覚えていて、誰かが触ろうものなら すぐわかるような罠を仕掛けているだろう。…と思っていたが、案の定予想通りだったようだ。
「だ、だって土方さん絶対怒ると思って」
「あたりめぇだ!誰かに言ったら殺すって言っただろうが!」
「子供のころの話なんて覚えてませんよ〜」
「そんなの関係ねぇ!何のために持ち出したんだよ!」
「えっと、私が個人的に拝見して、お手本にさせていただこうかなぁと思っただけで!」
「んなわけあるか!」
今にも殴りかかろうとする兄弟子を何とか笑って誤魔化そうとするが、どうやら納得してくれはしないらしい。
(もっとも、山南さんに披露した…なんて言ったら本当に殺されそう…)
そこだけは何とか死守したい総司が思わず言ってしまったのは。
「ごめんなさいって。お詫びに何でもしますから!」
…そんな失言で。
総司が「あっ」と気が付いた時には既に遅い。土方もそれまでの怒り心頭の感情をぴたりと止めてしまった。
「…何でも?」
「あっ、いや、何でもというか、できることならというか…」
「できる範囲のことなら、何でもっていうこと、だよなぁ?」
「う。うーん。うー…」
怒っていたはずの土方は、その鋭い眼光を隠し『鬼』らしからぬ笑みを浮かべた。



翌日の巡察の当番は残念ながら朝から総司の組だった。
いつもは「朝から元気だな」と原田に揶揄されるほど爽やかな総司だが、この日だけは違っていた。
「ど、どうしたんですか…」
不安そうに訊ねてきたのは組下の島田魁だ。大柄な体格とは裏腹に繊細な性格の彼は人一倍、人の変化に敏感だ。 なので、総司の顔色が悪いことにもすぐに気が付いた。
「えへへ…ちょっと…」
「体調がお悪いとか…よろしければ我々だけで巡察を…」
「いいえ、大丈夫…です。こんなことで休んだりしたら、それこそ土方さんに怒られるっていうか…」
あはは、と笑って誤魔化そうとする総司だが、島田は益々心配そうな顔をして詰め寄ってきた。次第にほかの隊士も心配そうに 総司を囲う。
「いえ、自分たちだけで見回ってきます!沖田先生はどうかお休みされて…」
「そうです!体調が優れないのに無理されてはなりません!」
そうだそうだ、と声を上げる隊士たち。収拾がつかなくなって来た…ところで。
総司は思わず一言。
「大丈夫ですよ。ちょっと足腰が立たないだけで…」
隊士たちは一斉に黙った。
足腰足腰足腰…隊士たちの脳裏にその言葉が木霊する。
「そ、そ、そ、そうですか。そうですよね。それは土方副長には通用しないですね!」
そして島田が声を上げた。心なしか顔を赤く染めている。そしてそれは島田だけはない。
「じゃ、じゃあ今日も元気に見回りに行きましょうかッ」
「何なら背中に乗せていきますから!」
「そうだよなっ そうすればいいんだよなっ」
隊士たちが皆あわてたように巡察に向けて出発する。急に踵を返して出かけていく隊士の背中を見ながら 総司は首を傾げた。

「まさか一晩中、土方さんの膝枕に付き合わされたなんて…いったらまた怒られそう…」
一言つぶやいて、小さくため息をついた。




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