わらべうた 214.5 癖



「土方さん。ご存じだとは思いますけど、夜になったら巡察なんですからね。それまでには帰りますよ」
陽は既に傾きかけていたが、土方は横になったまま動こうともしない。総司が声をかけると、不機嫌そうに「知ってる」と返答した。
土方から紹介されたこの家…つまり、別宅ということになるのだろうが、この家は曰く「二人だけの時間」を過ごすために使用することにしたらしい。長い時間を経てようやく特別な関係になった二人だが、屯所だと上司と部下という関係上、なかなか二人きりになることはできない。もともとは違う意図で準備された家だが、ここで逢瀬を重ねることになるのだろうと思うと、何だが不思議だ。
とはいってもお互い多忙なので、家を手入れする人間は別に雇っているらしい。
「大店に仕えたこともある婆さんだ。そのうち紹介する」
ということなので、挨拶はした方がよさそうだ。
しかし、その二人だけの時間…というのももう終わりかけている。総司としてはそろそろ帰営を促しているのだが、いつまでも着崩れているままの土方に
「土方さん、ほら、いい加減にちゃんと服を着て…」
と口酸っぱく叱る。だが土方が「総司」と言葉を遮った。
「お前、いい加減にやめろよ」
「え?何がですか?」
いつまでも愚だ愚だしている土方に、逆に怒られる。身に覚えのない総司は首を傾げた。
するとため息交じりに土方が、
「呼び方」
と言った。
「呼び方?ああ、土方さんに統一しろってことですか?」
「馬鹿、違う」
土方はあからさまに嫌な顔をした。そして総司の手首を引いて、また自分の胸のなかに引き入れる。総司もバランスを崩してそのまま身を任せることとなった。
「ここでは新撰組の副長じゃねえんだ。下の名前で呼べ」
「……土方さん、それは勝手すぎます」
かつて、試衛館に居た頃はずっと「歳三さん」と呼んでいた。それを「上洛するのだから」と名字で呼べと言ったのは土方の方だ。
しかし、全く身に覚えがないと言わんばかりに
「勝手じゃない」
と土方は主張した。本当に忘れているのか、わざとなのか…おそらくは後者だとは思うが。
「今更、元に戻せだなんて、すぐにはできません」
「じゃあ間違えるたびに、お前から口付けしろ」
土方の胸の中で抱きしめられ、お互いの顔も至近距離にある。そんな時に、そんな風に囁かれれば、あっという間に総司の頬は紅潮した。
「ば…っ、馬鹿じゃないですか。そんな子供みたいな…」
「こうでもしないと。お前は忘れっぽいからな」
「土方さんに言われたくありません」
ムキになって言い返した瞬間に、総司は「あ」と呟いた。そして土方がにやりと笑う。
「ほら」
背中に回されていた掌が、総司の後頭部に触れた。促すように顔が近づき、唇が触れそうなほどになる。
きっとタガが外れるのだ。土方は鬼の副長の仮面を外して、こんなに甘い言葉を平気で囁く。普段は人を寄せ付けないくせに、甘えてくるように子供っぽくなる。そんな場所は、ここしかいないし、そんな相手は、総司しかいない。だから
(仕方ないなあ…)
そんな風に思う。
だから、今日はそのリクエストに答えた。
「…ん、」
口唇が触れ合うだけの短い口付け。自分から口づけるということがどんなに恥ずかしいか、総司は思い知った。
しかし、土方はそれだけでは満足してくれなかった。
「んぅ…?!」
まるで飲み込むかのように重ねた口唇に、絡みつく舌。息もできないほどに吸われ、絡められ、翻弄され、蹂躙される。くらくらと頭が酔い、目が回り、身体の力が抜けていく。この不思議な感覚は、最初は戸惑いしかなかったが、次第に「気持ちいい」と感じることができるようになった。
「…ん、…ぁ…」
小さく漏れる声。潤んだ瞳を見て土方が満足そうに微笑んだ。
そして襟に手をかけた。
「……と、し……ぁ…」
もう日が沈む。夜からの巡察の為にそろそろ帰らなくてはならない。総司は土方の体を押したが、土方は「大丈夫だ」と言った。
「そこまではしない」
(そこまで…って…)
経験のない総司としては、それがどこまでなのかはわからない。けれど既にされるがままになっている。
彼の唇が、首筋を這いくすぐったさと気持ちよさが混在した。総司は身体を捻りつつ逃げようとするが、彼に捕まってしまう。そうして上半身だけ肌が晒される。鎖骨を土方の下がぺろりと舐めると、びりびりと身体に感触が伝わっていく。
「…お前、屯所では脱ぐなよ」
「え?」
行為の最中にしては珍しく土方が強い口調で命令する。総司は何のことはわからなかったが、彼の指先が胸の飾りを強く引っ張った。
「い…っ、」
「だから、こういうところを他に見せるな」
「そ、そんな…だ…ああぁ…」
総司の抵抗も許さないで、土方はそれを愛撫した。口付けをしたのと同じように、絡ませ、時に強く吸う。
「ん、んぅ―…」
女じゃないのだから、そんなところが気持ちいいわけない。
そう思っていたのに吸われるたびに、絡ませられるたびに、伝わる刺激は身体中を駆け巡るようになっていった。
「わかったか?」
「な…ん……ぁ、んぅ…」
「俺の前以外は、脱ぐな」
息が上がってきた総司に、土方は強く命令する。
(そんなの…無理なのに…)
屯所では稽古をする。その汗を拭うときに皆上半身裸になって、井戸を囲む。それはもちろん総司も例外ではないのだ。それに同室の斉藤だって、お互い男なのだから肌を隠すようなことはしない。
「む、り……だ、て…歳…ぞう、さん」
「無理じゃない」
息絶え絶えに訴えるのに、土方は許してくれない。それどころか、肌のあちこちに赤い印をつけ始めた。
「あ…!だ、や…」
「嫌だろうが、駄目だろうが、無理だろうが…こうしておけば、いいよな」
「よ、よくない…!」
原田などはその印を自慢げに披露していたけれど、総司にそんな真似はできない。ただでさえ、土方との関係は周知の事実となりつつあるのだから、こんなものがばれたらきっといろいろ詮索されるに決まっている。
そしてそのことに、土方が気が付かない訳ない。
「も…意地悪…!」
「…知らなかったのか」
知ってる。
そう答えることはできなかった。土方の甘い口付けがまた言葉を塞いで、赤い印が疼いてしまうのだから。







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