わらべうた 263.5 宴の夜



指先が震えていることを悟られたくなくて、総司は進んで土方の袴の紐を解いた。月明かりと宴の灯りが差し込む薄暗い部屋で、しかしお互いの姿は良く見えていて意識すればするほど恥ずかしい。
思えばこうして自分から率先して行為に臨んでいるのは初めてのような気がした。いつも土方に翻弄されるがまま、そしてそれを言い訳にしてやり過ごしていた。それでは土方の気持ちに答えられていないのだとわかっていたけれど、どうしても慣れないせいか躊躇いが付きまとっていたのだ。
袴の上からでもわかる土方の高ぶりに気が付いて、総司は息をのんだ。しかし今更「やめる」なんて言えなくて、戸惑う。
すると土方がそんな様子を見かねて「ふっ」と息を吐いて笑った。
「無理するなって、言っているだろう」
「…無理なんて、してません」
強情な総司に「本当か?」と念を押す。総司は頷いて答えた。
すると土方は自ら袴を脱いだ。総司が「え?」と驚くのにも見向きもしないで、総司の手を取って固く反り返ったそれを握らせる。
(う…わ…)
あまりにも驚いて、声を漏らすことはできなかった。自分以外のものに触れるのはもちろん初めてで、脈打つ体温のそれが生々しくて…総司はそれまで以上に恥ずかしさが一層込み上げてくるような気がした。
でも今更引き返すこともできない。総司は恐る恐るそれを包み込むようにして握り、上下させた。すると土方が少し笑う。
「もっと、強く動かせ」
「こう…ですか?」
「ああ」
土方の言われたとおり、強く握って動かした。すると少しだけ土方の表情が変わる。
(あ…)
その顔見て、いつもとは違う…湧き上がるような愛しさを感じた。
思いが通じ合うだけで良いと思っていた。けれど、そうではなくてこんな風に直接相手の身体に触れることで、伝わる気持ちもあるのだと初めて気が付いた。
気が付いたから、もう躊躇いはなかった。
総司はゆっくりとそれに舌を這わせた。土方の身体がびくっと揺れる。
「総司…」
まさかそこまでするとは思っていなかったのだろう。土方は驚いた顔をして、無防備だった新しい感触に息が上がっていた。そして総司の方も何かいつもとは違う興奮を覚える。
(もっと…)
もっとこんな風にすれば、まだ知らない土方の顔や表情や声を…知ることができるのかもしれない。そう思うと素直に喜びを感じた。
そしていつも土方がしてくれるように、口に含んだ。あまりに大きく反り返っていたのですべてを含むことはできなかったけれど、息が上がりつつもできるだけ奥まで咥えこむ。
すると、土方が総司の後頭部に触れた。
「いいか…?」
確認するように訊ねる。しかし土方が何を意図しているのかはわからない。わからないけど、頷いた。
(もっと欲しいのなら…求めてほしい)
土方は普段、誰かに何かを求めたりはしない。いつも自分だけで抱え込んで、実現させて、皆にそれを分けてくれるのだ。痛みや苦しみを隠して。
だからこんな時くらい…恋人にくらい、何かを求めてほしい。願ってほしい、ねだって欲しい。
「ん…っ」
すると土方は少しだけ総司の後頭部を押し付けるように自分の方へ寄せた。より一層、奥まで咥えこむ形になり、総司は息することもできない。しかし土方はさらに腰を上下させて出し入れを繰り返す。
「ん、んぅ…!」
あまりの息苦しさに、目尻に涙が浮かんだ。でも歯を当てては痛いだろうと、無理に大きく口を開く。含みきれない唾液が溢れる。
「総司…っ」
いつもよりも熱を持った土方の声。彼が興奮しているのだとわかり、言いようもない満足感を覚える。
(歳三さん…)
「…く…っ」
土方が小さく声を上げた。今まで聞いたこともない様な、艶っぽい声に総司は驚いた。しかし同時に口の中に彼の絵者が溢れてきて、それが喉をついてすぐに咳き込んでしまった。
「げほっ、ごほ…っ!」
「…総司、ここに出せ…」
土方は嚥下してくれたのに、とは思ったものの、堪えきれずに土方が差し出した懐紙の上に口のものを吐き出した。白濁としたものと自分の唾液が混じり糸を引いた。
すると土方は布団の上で横になった。いつもよりも荒い息で全身の力を抜いていた。総司はその隣に腰を下ろしつつ、
「…ご、ごめんなさい…」
と謝る。すると土方が「なにが?」と訊ねてきて、答えに困った。
「あの…その、…うまく、できなくて」
「は…っ、お前が上手くできたら俺は嫉妬してる」
苦笑した土方は、「ここにこい」と言わんばかりに腕を伸ばした。総司は素直に従ってその腕の中に収まる。土方の汗ばんで火照った身体を近くにして、いつもとは違う充実感があった。
「…ふふ」
「何だよ」
「いえ…ちょっとだけ、わかった気がしました。歳三さんの気持ちが」
「…ふうん」
自分の目の前で、すべてを晒し、自分しか見れない顔と、聞けない声を知ることができる。まるでその人をすべて独占するこの感覚は、確かにいつだって味わっていたいものなのかもしれない。
土方の腕のなかに収まっていると、急に眠気が襲いかかる。瞼が重くなって、まるで酔いが戻ってきたかのように頭がぼーっとする。
「歳三さん…すこし、このままでいいですか?」
出来れば朝まで。
そう言いかけて言えなかった。だが、微かに
「ああ」
と土方が答えたことだけが、聞こえていた。

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