わらべうた320.5 幼馴染の心配事



「明日には歳たちも戻ってくるだろうな」
総司が部屋を訪れると、近藤が真っ先にそんな話を始めた。
「そうしてくれないと困ります。土方さんに加えて、伊東参謀までいらっしゃらないと近藤先生のお仕事が多くなって大変です」
「いやいや、たまには忙しくするのもいいものだよ。だが、今回のことでよーくわかった」
「何がですか?」
「俺は歳のような仕事には向かない。諸藩のお偉方にお会いして議論を交わしている方が、何だか心身ともにすっきりするよ」
腕を組んで豪快に笑う近藤の言い分は、何となく総司にもわかるような気がした。
土方は普段から屯所で仕事に励んでいるが、その脳内は計り知れないほど働きまわっている。先の、その先を読む…土方のような仕事は近藤にとっては苦痛で仕方ないだろう。
「ふふ、でも土方さんもきっと近藤先生のようにいろんな方にお会いする仕事は向かないと思います。あの人は思っていることがすぐに顔に出るんだから。自分は繕っているつもりかもしれませんが、あんな仏頂面では機嫌が悪いと思われてしまうでしょう」
「その通りだ」
総司と近藤は顔を見合わせて笑った。もっとも、こんなことは本人を前にしては言えないのだが。
すると近藤は、
「まあ、それでも歳はお前といるときは穏やかな顔をしているんだから、それでいいじゃないか」
とまた笑う。
そこで、総司は「あの…」と躊躇いつつも切り出した。
「ん?何だ」
「近藤先生は…ご存じなんですよね…?」
何を、とは口に出して言わなかったが、さすがに鈍い近藤でも察したようだ。
「ああ、お前と歳のことなら知っているよ」
そう優しく返答されて、総司は逆に戸惑ってしまった。
「あの…どこまで…?」
「どこまで?そもそも歳のことを好きだと言ったのはお前じゃないか」
「そ…それはそうかもしれませんが…」
総司は慌てて視線を逸らした。きっと頬も熱くなっているので赤く火照っていることだろう。
確かに、土方へ別の感情を抱いている、と自覚した時に一番最初にその気持ちを漏らしたのは師である近藤だった。
『歳のことが好きか?』
というストレートな問いに、あの時の自分は『はい』と素直に答えた。
思えばそれがすべての始まりなのかもしれない。
すると近藤は腕を組みなおして「うーん」と唸る。
「実は俺は前々から、歳がお前のことをどうやら特別に思っているらしい、というのは勘付いていた」
「そうなんですか?」
「普段は朴念仁だ鈍感だと笑われる俺だが、歳の考えていることは何となくわかる」
「へえ…」
流石は幼馴染というか、親友というか…もしかしたら土方は、総司や他の食客たちの前では格好をつけているけれど、近藤の前では油断して感情を吐露する事があるのかもしれない。
「少なくとも本庄宿の時には、お前のことを特別に思っていただろうなあ」
「えぇ!?」
そんなに早くに?と総司は単純に驚いた。本庄宿と言えば浪士組として上洛する途中に、芹沢と揉めた宿場町だ。
しかし、近藤は確信を持って頷く。
「ああ。…とはいっても、歳がそれを自覚していたかどうかは別だ。俺が何となくそんなことを感じていただけだ」
「そ、そうなんですか…」
だとしたら、自分たちは随分遠回りをしてたどり着いたようだ。少なくとも、近藤はそう思っているだろう。近藤は総司が持ってきた茶を手にして、口にする。
「…まあ、本音を言えば俺は男色の趣味はないし、お前たちの気持ちはあまり良くわからない。だが、人間としてお互いを大切に思いあっているのなら、それでいいと思っている。そういう相手が身近にいるのは羨ましくもあるんだ」
「ああ…は…はい…そうですね…」
師の言葉は、恥ずかしいやら嬉しいやら…総司はしどろもどろしながら頭を掻くしかない。
しかし近藤は茶を置いて
「だが」
と話を止めた。
「え?」
「いただけないことはある」
「な、なんですか?」
それまでの柔和な表情が消え近藤は眉間に皺を寄せて、真摯な眼差しで総司を見る。その射抜くほどの強さに総司もごくりと息を飲んだ。
「左之助に聞いた。お前、随分、歳に無茶をされているそうじゃないか」
「む、無茶ですか…?」
「ああ。何でも男色というのは身体におーきく負担が掛かるそうじゃないか。それなのにお前を毎晩別宅に呼び寄せて無理強いをしてその…ことに及んでいると。しかしお前は一番隊組長だ。そういったことを含めてだな、配慮をしろと、歳が帰ってきたら説教をしてやろうかと…」
「ちょ、ちょっと待ってください!原田さんがそんなことを言ったんですか?」
「ん?ああ。臨場感たっぷりに説明してくれたぞ」
情報元が原田という時点で、総司は悟る。きっと原田は話を大袈裟にして、近藤をからかったに違いないのだ。新撰組局長を相手にデマを吹聴する原田も原田だが、それに見事に引っかかる近藤も近藤だ。
総司はため息をつくしかなかった。
「あ、あの…近藤先生、大丈夫ですから…あんまり、心配していただかなくても」
「いやいや、お前はきっと我慢をしているんだろう。昔からお前は辛抱強かった」
「いえいえ、そんなことはなく…あの、ひとまず土方さんを説教することはなにもないですから…」
「ん?そうか、お前がそう言うなら信じるが……しかし、歳に言えないなら、俺に言うんだぞ、いいな?」
誤解を解くのが早いか、それとも…
「…わかりました」
心の中で土方にごめんなさい、と思いつつも総司は近藤の「優しさ」を受け取ることにした。
すると近藤は満足げに
「よし!」
と笑ったのだった。


Designed by TENKIYA