わらべうた 367.5 ―幼馴染の初恋―



大坂への道中で、三人は茶屋に立ち寄った。近藤が「団子」の旗を見つけて寄りたいと言い出したためだ。
「娘さん、茶と団子を三人前頼む」
「はあい」
若い娘が明るく返答して店の奥に下がっていく。三人は座敷席の奥に腰を降ろしたが、早速、総司は「厠に行ってきます」といって席を立った。
土方と向かい合った近藤は
「なあ、歳」
と声を潜めた。
「何だよ」
「総司はやっぱりまだ怒っているのか?」
恋心を寄せる深雪のもとへ向かえるということで意気揚々と歩きつづけていた近藤だが、さすがに愛弟子の何とも言えない表情には気が付いていたようだ。もしかしたら甘い物が好きな総司のご機嫌伺いの為に、この団子屋に寄ったのかもしれない。
土方は少し考えつつ
「まあ…怒ってると言うのとは違うかな」
と答えた。
総司は怒っているわけではない。ただ、納得がいかないのと、正妻であるつねとその娘のことが気がかりなのだろう。
それから
(新撰組に関わる女にはあまり良い思い出がないのだろう)
梅、君菊、明里…これまで歩んできた道のりを思えば、当然と言えば当然の反応でもある。
そんな風に思っていた。
しかし目の前の近藤には思い当たる理由が無いようで、腕を組んで首を傾げている。
「うーん…深雪に会えば良い女だと言うことはわかってもらえると思うんだがなあ…どうかなあ、歳」
「知るかよ」
「しかし深雪はいい女だろう。ああ見えて教養もあって軍記物だって好きらしいぞ。いい女だ、歳だってそう思うだろう?」
「…まったく、堂々と惚気るなよ」
土方が呆れると、近藤は「いやいや」といいつつも頭を掻いて照れていた。幼馴染の近藤がこのような表情をしているのは、土方からすれば子供時分以来だ。
剣に夢中だった少年時代に近藤が思いを寄せる女の子がいて、その子の前では顔を真っ赤に染めていた。彼女は近所に住む悪餓鬼たちからも一目置かれる可愛らしい顔をしていて、確かその子の名前は…
「…かよだ」
「ん?」
「おかよだ、思い出した。かっちゃんの初恋の女だ」
「お、おい!歳!」
慌てた近藤は、あの頃のように顔を真っ赤に染めた。懐から手拭いを取り出して
「突然何を言いだすんだ」
と額の汗を拭く。図星、なのだろう。
「そういえば、深雪とおかよはよく似ているな」
「そ、そんなことはないぞ!」
しかし土方としては得心した。深雪のおっとりとして穏やかな雰囲気は近藤の初恋の相手であるおかよに似ているのだ。
(なるほど…ああいうのが好みなのか)
土方が今更ながら近藤の好みを認識していると
「何のお話ですか?」
と総司が戻ってきた。一層慌てた近藤が「何でもない!」と首を横に振って、総司に席を進める。
そうしていると店の娘がやってきて三人分の茶と団子を置いた。しかし近藤がその茶を一気に飲み干して
「おかわりを頼む!」
と息を荒げている。
店の娘と総司は同時に首を傾げて、事情を知る土方が笑うのを押し殺すのだった。







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