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わらべうた


436


土方が寝入ったことに安堵した総司はそのまま深雪のもとを訪ねた。部屋は玄関を挟んだ先にある。
「おおきに、沖田せんせ」
この家に出入りしていた不審な男を捕まえた…そう話すと、深雪は安堵した表情を浮かべた。
総司は敢えてその男が桜井という新撰組隊士で、すでに自分が手を下したということは口にはしなかった。優しい彼女は自分のせいで一人死んだと悩むだろうし、これ以上の心労は身体に良くないだろう。深雪は疑うことなく総司の話を信じた。
総司は傍に控えるみねに声をかけた。
「おみねさんには深雪さんだけではなく土方さんの世話まで任せてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「いいえ、うちは深雪さまとお話しさせてもろうて、楽しゅうて楽しゅうで…できればこえからもこうして顔を出させてもろうたら、と思うてますえ」
「ぜひいらっしゃってください。うちはこっちに来させてもろうてからお話相手は旦那様だけで…正直、退屈しておりました。おみねさんが来てくださるなら、どんなに嬉しいことでしょう」
みねと深雪は顔を見合わせて微笑む。不運な出来事から出会った二人だが結果的に意気投合したのなら良いことだ。総司から見れば二人は母と娘のようにも見える。
「そういえば土方さん宛てに近藤先生からお手紙がきて、もうすぐこちらに戻られるということでした」
「ほんまどすか?お身体の方は…」
「おそらく無事に戻られるでしょう」
総司の言葉に深雪の顔がぱっと明るくなる。つられるように看病を続けてくれていたみねも顔を綻ばせた。
「深雪さま、楽しみでございますね!」
喜びを通り越して涙ぐむみねに「おおきにおおきに」と深雪も貰い泣く。未だに目の隈が目立ち、顔色もさえない彼女だが、近藤が戻ってくれば快方へ向かうだろう。
(もしそれに、妹さんの身請けが叶えばなおのこと元気になるはずだ…)
難しいと斉藤は言っていたが、近藤は積極的に動くだろう。周囲の反感は予想できても、深雪の穏やかな微笑みを見れば妹を身請けしてあげたいとさえ思う。
総司がそんなことを考えていると
「ごめんください」
という声が玄関から聞こえてきた。
「南部せんせどす」
みねが急いで涙を拭ったが、総司は「代わりにご案内しますよ」と請け負って部屋を出た。泣きはらしたままで迎えると、南部が一体何があったのかと心配するだろう。
部屋を出て、玄関に向かうと南部がいた。診療の器具を風呂敷にまとめて抱えている。
「南部先生、ご苦労様です」
「いえいえ、お二人の具合はいかがですか?」
「はい、随分良くなったみたいです。近藤先生も戻られることになりましたので、深雪さんの心も少しは穏やかになるでしょうから」
「それは良かった」
南部はにっこりと笑って腰掛けて草履を脱ぐ。
「あの…お加也さんは…?」
加也とはあの日以来、顔を合わせていない。彼女は自分が怪我を負っていたにも関わらず、土方が傷口を縫合している間、ずっと傍にいて慰めてくれていたというのに、お礼も言えないままなので気になっていたのだ。
南部は苦笑した。
「元気ですよ。ただ肋骨が痛むようでしばらくは養生させています。深雪さんのことが気になって仕方ないようですが、しばらくは私に任せるようにと言い付けて休ませています」
熱心に深雪を診ていただけに気がかりなのだろう。
総司は膝を折って、手をついた、
「…本当に申し訳ありませんでした。あの日、私がもう少し警戒していれば怪我をさせるようなことはなかったのに…」
深雪を警護することばかりに囚われて、加也やみねの身を案じることまで考えていなかった。桜井に襲われた後も加也は気丈に振舞っていたが、もちろんそれが彼女の本心ではないはずだ。
南部は頭を下げる総司に対して、しばらく黙り込んだ。そして「頭を上げてください」と告げた。その声色は南部らしくなかった。
「…南部先生?」
「私も甘かったのだと思います。近藤局長や沖田先生は穏やかで…土方副長も頭の切れる方です。だからきっと嫁がせても大丈夫だと…己を納得させていました」
「…」
「自分でも驚いています。早く私の手元を離れて幸せになってほしいと思っていたのに…今ではまだ…」
南部はそこまで語って言葉を濁した。それはこれまで養父として育ててきた以上の何かの迷いを感じた。いつも朗らかな南部がここまで表情を落とすのは初めて見るのだ。
(だから、あの日も…)
土方の縫合前、南部はどこか厳しい顔をしていた。加也曰く難しい手術ではないということだったが、あれはおそらく怒っていたのだろう。加也を守れなかった総司に対して、そしてそんな新撰組に嫁がせようとした自分に対して。
義理とは言え、手塩にかけてきた娘を嫁がせることに対して不安に思うのは当然だ。そんな誠実な南部に対して、総司も
「…南部先生、本当は私もまだ決心がつかないんです」
と、心境を吐露した。
「沖田先生…?」
「本当はいま、自分のことだけで手一杯で…またこんなことになったときにお加也さんをちゃんと守れるかどうか自信がありません。それに私は近藤先生や土方さんのためならこの命を投げ出しても構わないと思っています。そんな私にお加也さんみたいな人に嫁いでもらうのは…申し訳なく、思ってしまいます」
「…そうですか…」
南部の表情は複雑だが、それは当然だ。嫁がせようとしていた男にそんなことを言われると頼りなく感じるだろう。しかし、それでも構わないと思った。嘘をつくことなどできない。
「…南部先生、私は土方さんと衆道の関係です」
「え…っ?」
視線を落としていた南部が顔を上げ、ぽかんと総司を見た。周囲には知られた話だが、南部にまでは伝わっていなかったんだろう。
「近藤先生は衆道と家は別であり、縁談をすべきだとおっしゃいましたし、松本先生はそれでも良いと言いました。お加也さんも…私にはそういう相手がいるというのは承知のことのようです」
「加也も…ですか」
総司の告白に南部は驚きを隠せないようだったが、次第に顔色を変えて頭を抱えた。
「…きっと良順先生の悪知恵だったのでしょう。面白がって…」
「いえ、違います。松本先生は私と土方さんがそういう関係だと知っていて、だからこそお加也さんを紹介してくださったのだと思います」
南部の怒りの矛先が松本に向くのではないかと思い、総司は焦った。しかし南部には怒りではなく困惑が勝ったようだ。
「なぜ、加也を…?」
「それは…きっとお加也さんにも別に思う方がいるからだと思います。縁談の日に彼女からもそう聞きました」
「…」
「お互いに別の人を思っていてもいい…そんな外面だけの夫婦だと。最初はそれで周囲が納得するならそれでいいんじゃないかって」
「そんな…馬鹿げた…」
「私も最初は戸惑いました。けれど少しだけそれで話がまとまるなら、とも思いました。お互いが承知しているなら…不運なことにはならないだろうと」
「…」
でも周囲にも後ろめたくて。それでいいのかと、ずっと迷っていた。
けれどそんな迷いを悟られたかのように、土方が刺された。
「…やっぱりそんなことはできないと思いました。私はきっと人よりも不器用だから、土方さんのことを支えるだけで手一杯で、それ以上のことを望んだらきっとどちらも失うような気がして…」
自分がもし傍に居られなくなったら、こんなことも起こるのかと怖くなった。土方はきっと「そんなに柔じゃない」と突っぱねるだろうけれど、土方のためではなく、自分のためにずっと傍にいたいと思った。
「…お加也さんはとても素敵な女性だと思います。女子の身でありながら医者としての信念があって…素直に憧れます。だからこそやはり縁組はできません」
総司は深々と頭を下げた。
「本当に…申し訳ありません」
何も知らなかった南部には寝耳に水の話ばかりだっただろう。突然こんな結末を突きつけられれば怒るのは当然だと思った。
けれど、南部は一息つくと
「頭をお上げください」
と穏やかに口にした。
「沖田先生が謝ることばかりではありません。元はと言えば良順先生の発案だったのでしょうし、加也も嫁ぐ身でありながら片恋をしているなど…失礼なことを申し上げました」
「…お加也さんを怒らないであげてください。お相手の方は願っても思いが叶わない方なのだと言っていました。本当に好きだからこそ、こんな無茶な話を受け入れたのでしょうから…」
「ええ、わかっています」
総司の懇願を南部は微笑んで受け入れた。その表情に総司は少し安堵したが、南部はしかし陰りを見せた。
「きっと私に原因がないとはいえないのですから」
「え?」
「…いいえ、何でもありません。誠実に話してくださってありがとうございます」
南部には義父としての感情以上の何かがある。総司はそう感じたけれど、それを彼に尋ねることはしなかった。
「…さて、深雪さんを診察しましょう。そのあとに土方副長の傷の具合も診させてください」
「は…はい、ありがとうございます」
先ほどまでの暗澹たる表情を打ち消すように南部はさっさと草履を脱いで玄関を上がった。そしてそのまま深雪のいる部屋へと向かって行ったのだった。










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解説
なし


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