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わらべうた


438


十二月。
その日ははらはらと雪が舞っていた。
「近藤局長のおかえりだ!」
先んじて様子を見に行っていた隊士が、西本願寺の屯所に駆け込むようにやって来て、出迎えの準備をしていた隊士たちがワッと盛り上がる。今か今かと帰還を期待する隊士たちの一番前に土方とともに総司がいた。
「大丈夫ですか?」
近藤に会えるという高揚感はあったが、総司は土方の身体を気遣う気持ちの方が上回った。傷口は完全に塞がっておらず、南部から床を出ることは了承してもらったが、無理をせずに安静にするようにと何度も念を押されている。しかし土方は強気だった。
「大丈夫だと言っているだろう。それから、近藤先生の前で余計なことを言うなよ」
「私が言わなくてもきっと近藤先生には気づかれると思いますけど…」
普段は疎いところがある近藤だが、土方に関しては長い付き合いだけあって鋭いところがある。
だが土方は「気づくものか」と鼻で笑った。しかしそれが傷に響いたのか少しだけ眉をひそめた。
そんなことをしていると一気に辺りが騒がしくなり、近藤を先頭に伊東、武田、尾形が姿を現した。
「おかえりなさい!」
「ご無事で何よりです!」
「局長!」
「伊東参謀!」
隊士から様々な声が飛び、近藤や伊東は手を振ってそれに答え、武田と尾形は少し頭を下げた。旅姿の四人は長旅の疲れはあるようだが、屯所に戻ってきたという安堵感からか、顔は綻んでいた。
そして彼らは土方と総司のもとにやってきて足を止めた。
「ただいま、歳」
近藤は満面の笑顔で土方の前に立った。土方は少し苦笑して
「『土方副長』だろ」
と指摘した。大勢の隊士の前だ、しかしそれに対して近藤はなおも笑う。
「いいじゃないか、無事に帰還したんだ。お前たちに会えて気が緩んでいるのだから仕方ないだろう」
「緩んでもらっちゃ困るが…おかえり」
土方らしい皮肉があったが、総司はその横顔が誰よりも隠しきれないほどに緩んでいることに気がついていた。
近藤は隣にいた総司へと目をやった。
「総司も元気そうだな」
「はい。先生もご無事で何よりです」
「お前からもらったお守りが効いたよ。肌身離さずちゃんと持っていたよ」
そう言いつつ近藤は懐からお守りを出す。総司は素直に「良かった」と喜んだ。
それから近藤は永倉や原田、藤堂の元へ向かい談笑を交わす。土方の元へは伊東がやって来た。
「…参謀、道中お疲れ様でした」
「いえいえ、土方副長こそお勤めご苦労様でした」
伊東は相変わらずの美しい笑顔で微笑む。長旅で疲れているはずだが、そんな様子を一切出さないどこか人間離れしている微笑みだ。
そんな伊東に対して土方は淡々としていた。
「山崎を監察役として置いてきたそうだが…」
「ええ、それは私の案です。もちろん局長にご了解を頂いております…その件に関しては後ほど詳しくお話ししましょう」
「…わかりました」
優美に語りかける伊東と、冷たい風が吹くかのような土方の返答。それは誰が見ても近寄りがたく感じる会話だったが、当の二人は気にする様子はなく、土方は背中を向けてその場を去り、伊東は江戸からともに上京した仲間の元へ向かい、迎えられたのだった。


早速、組長助勤以上の幹部と同行していた二人が集められ、今回の長州行きの経緯が報告された。伊東による話は無駄がなく彼の頭を良さを示すような内容だったが、誰もが驚愕したのは赤禰武人の一件だった。
「…結局、その赤禰って野郎は裏切ったってことなのか?」
長州からの刺客に襲われ逃げ出した赤禰に対し、正義感に溢れる原田は苛立っているようだった。その隣にいた永倉は「ふむ」と腕を組む。
「もしかしたら最初から裏切るつもりだったのかもしれないな。幕府を利用して獄を抜ける…今頃はかつての仲間と再会して、反逆の術を探しているのかも」
「卑怯な野郎だぜ」
吐き捨てる原田に対し、伊東は何も言わなかったがかわりに
「その件に関しては会津から話が来ている」
と土方が切り出した。
「話?赤禰殿について何か知らせがあったのか?」
近藤は困惑し、伊東も驚いているようだったが、土方は彼らが戻るよりも先に情報を得ていたのだ。
土方は重々しく告げた。
「…赤禰武人は処刑された」
「なんだって?!」
「長州内で倒幕派の浪士に捕縛され、殺されたそうだ」
「そ…そんな…」
近藤は愕然とした表情で肩を落とし、尾形と武田も落胆している様子を見せた。少なからず交流があっただけにショックなのだろう。しかしそんななかで伊東は
「そうでしたか」
とさらりと流す。土方の隣に控えていた総司はその表情にぞくりと背筋が震えた。
表情ひとつ変えないように見えるのはもともとその作り込まれたような容貌のせいなのか、それとも彼の本質なのか。後者なのだとしたらなんて恐ろしい人なのだろう。
そんな伊東に気がつく余裕のない近藤は震える唇で尋ねた。
「と…土方君、赤禰殿は何故…」
「理由はわからないが、もともと長州の中でも幕府との融和を唱えていたと聞く。今回幕府と同行したことで裏切り者の誹りを受けても仕方ないことだろう」
「そう…か。そうだな…しかし、無念だ…」
あからさまに悲しむ近藤をはじめ、原田や永倉さえも死人を悪く言うこともできずに部屋はしんと静まりかえる。
口を開いたのは伊東だった。
「…ご報告は以上です。永井様からは今後もまた長州へ足を運ぶこともあり、その際には新撰組にも力を貸して欲しいとのお言葉を頂きました。隊士の皆さんには今以上に隊務に励んで頂きたいと思います」
その言葉で場は解散となった。後味の悪い結末に皆は閉口したが、ぞろぞろと部屋を去っていく。部屋には近藤と土方、そして総司が残った。
「…歳、一つだけ教えてくれ」
「なんだ」
「赤禰殿はどこでその命を落としたんだ…?」
「…故郷の柱島という場所だと聞いている。潜伏していたところを捕まったそうだ」
縁もゆかりもない場所故に総司にはピンと来なかったが、土方の言葉を聞いて近藤は少しだけ表情を和らげた。
「…そうか。だったら嘘じゃなかったんだな…」
近藤はそう呟いて両手で顔を覆った。そしてしばらくして深く頷いて「そうか」ともう一度口にして手を外す。その意味は総司には分からなかったけれど近藤にとって大切なことだったのだろう。その顔にもう落胆はなかった。
「この話は終いだ。…歳」
「ん?」
「今すぐ横になれ」
「…は?」
「怪我をしているんだろう。隠したって無駄だ、お前の歩き方はどこかおかしいし、痛みを我慢しているのだろう、額に冷や汗をかいているぞ」
近藤は自身が座っていた座布団を差し出して枕がわりにし、土方の肩を掴むと無理やり横たえさせる。土方はそんな乱暴な近藤の行動に対して
「いてぇな」
と口にしてしまったので「やっぱり!」と肯定することになってしまった。そんな二人のやりとりが微笑ましくてすこし懐かしくて、総司はクスクス笑った。
「だから言ったじゃないですか。近藤先生はきっとお気づきになるって。あ、私は何も言ってませんからね?近藤先生は全てお見通しなんです」
「…お前は黙ってろ」
悔しかったのか、土方は不機嫌そうに顔を歪める。近藤は「やれやれ」と軽くため息をついて
「色々あったんだろう?お前たちの話を聞かせてくれ」
と尋ねた。


三人は場所を近藤の別宅へと移すことにした。土方が屯所では誰にも弱った姿を見せたくないと譲らなかったためだ。
道中は近藤がしきりに「大丈夫か?」「肩を貸そうか?」と心配したが、土方はその都度「必要ない」と突っぱねた。怪我を隠していたのにあっさりと見破られたのが悔しかったのか、不機嫌な様子だ。
別宅への道中で土方の代わりに総司が経緯を話した。別宅に不審者が現れ深雪が具合を悪くしていること、その不審者が隊士の桜井であったこと、そして桜井が土方を刺したということ。
「…そうか。色々と大変だったな」
「この件は私と土方さん、それから斉藤さんたち幹部以上にしか知らせていません。桜井は私が殺しましたが、その件は脱走を図ったためと伝えてあります」
「歳の怪我は?」
「土方さんが隊士たちには伏せるようにとのことでしたから、その場にいた私と斉藤さんが把握しているくらいでしょうか。それから南部先生たちと深雪さん、おみねさんもご存知です」
「いや、芦屋も知っている。奴には今回の件を探らせていた」
それは総司も知らなかったことなので驚いた。芦屋とは以前の三浦の一件から顔を合わせていないいが、監察のなかでも土方に重用されているのなら良い働きをしているのだろう。
「そうか…お前も随分、無茶をするなぁ」
「かっちゃんだって長州で無理をしていただろう。赤禰の一件は本来なら新撰組の手に負えるようなことではなかった」
「ああ…まあ、そうだな。でもわかったこともあるよ」
「わかったこと?」
「…後で話そう」
三人は別宅へたどり着いた。












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解説
赤禰武人は柱島で捕らえられ、慶応2年(1867)1月25日、山口で処刑されたとのことです。作中では少しはやめています、ご了承ください。


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