わらべうた 440.5 ―Like A Lotus―



別宅での夜は更けていく。
みねの準備した夕餉を食べ終えた土方は、そのまま横になった。
「やっぱり傷…痛むんですか?」
「多少はな」
土方は別宅に来るとその強情さを少しだけ解く。屯所や近藤の前では意地でも口にしないような言葉だ。
「桜井の奴も混乱していたみたいだ。浅手で助かった」
「始めから土方さんのことを待ち構えていたんですか?」
「おそらくな。監察が対象にしていた不審者は絞られていた。もう一歩早ければ先んじて桜井を尋問できていた」
「己の身に危機が迫っていたのを感じ取っていたのかもしれませんね…」
局長の妾である深雪に横恋慕し、留守を狙って侵入した。挙げ句の果てには逆恨みして土方を殺そうとするなど武士にあるまじき所業だが、死人を恨んでも仕方ない。
「ガーゼを替えます、傷を見せてください」
南部から一日に一回は傷口に当てているガーゼと呼ばれる綿紗を取り替えるように指示されている。それは近藤の別宅にいる間はみねの仕事だったが、この場にいないので代わりに務めることにする。
土方は襟を開き、上半身を晒した。十二月の寒さは堪えるだろうと総司は彼の方から羽織を掛けた。
「寒くないですか?」
「ああ…」
総司は火鉢を寄せて、交換に取り掛かる。間近で見る傷口は生々しいものだった。
「…」
「あんまりじろじろと見るな」
土方は苦笑したが、総司は一緒に笑うことはできなかった。
「傷痕…残りそうですね」
「ああ。別に悪かねえだろう、女子じゃあるまいし…左之助のように自慢するほどのものじゃねえが」
「原田さんは切腹傷ですからね」
荒々しく残る原田の傷痕とは違って、土方の脇腹には最小限にとどめた縫い痕が残っているだけだ。藩医である南部の腕があったからこそ目立たない傷で済んでいるのだろう。
「…もう二度と、こんなことはさせませんから…」
ガーゼを取り替えながら総司は固く告げる。土方はふっと息を吐いて笑った。
「お前、もし俺とかっちゃんが命の危機にあったら、どちらを守るんだ?どちらか一方しか助けられないとしたら?」
総司は土方の腰に晒しを巻き、少々キツく結ぶ。
「いてえな」
「そういう意地悪なことを言うからです。私はどちらも守ると言っているんですから」
「別に俺に気を遣わなくていい。お前がかっちゃんを選ぶなんてお見通しだ」
「…」
総司は何も言い返すことができず言葉に詰まったが、その様子を見ながら土方は微笑んだ。
「お前は昔からそうだ。かっちゃんをどこまでも尊敬していて、大切に思っていて何があっても守る…都に来る前にはその刀に誓っただろう」
都にやって来る前、総司は近藤と刀を交換してその先の未来を誓った。その頃はまさか新撰組を名乗って都を闊歩することになるなんて思っていなかったけれど、どんなに場所や状況が違ったってその思いが変わることはない。
近藤を守る、この命に代えても。
そして土方はその思いをよく知っていた。
「別に俺はそれに張り合おうなんて思っちゃいねえ。お前に守って欲しいなんて考えたこともねえ」
「歳三さん…」
「だから桜井に刺されたことは俺の責任だ」
土方は襟を正し、羽織を着なおす。総司はそれを背中から手伝った。
総司の考えていることや思っていることなんて彼にはいつもお見通しだ。それは少し悔しいけれど、一方でその温かさは自分にしか見ることのできない彼の一部だと思うと愛おしい。
「…歳三さんと私は同じですよね。近藤先生のことを何が何でも…命をかけて守りたいという気持ちは」
「ああ…」
「だったらきっと、私たちはこれから先、同じ選択をし続けるでしょうね。近藤先生のために何ができるのか…ずっとそれを考える。だから死ぬ時は近藤先生を守って死ぬことになるんでしょう…」
総司は土方の背中に額を寄せた。背中越しに伝わる彼の熱が伝わって来るようだ。
「共に死ぬ…か。悪くないな」
そう在れたら、なんて幸せなことだろう。
終わりがないと思っていた彼との関係は、きっと死ぬ時にこそ、形となる。
「別に早く死にたいわけじゃないんですよ」
「わかってる」
ふん、と鼻で笑った土方の顔は背中越しでは見えないけれども、甘く満たされた微笑みが想像できた。
「約束ですからね」
誰にも理解されなくても、誰の記憶に残らなくても、構わない。
それがたとえ泥の中に塗れても、この真っ白で純粋な誓いだけは誰にも汚すことはできないだろう。
これは二人だけの約束だ。
















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