わらべうた 443.5 ―隣―




日に日に、慶応元年という年が終わっていく。
そのことを実感しながら新しい年を迎えるため、総司は土方の部屋の掃除を手伝っていた。
「これ、捨ててもいいんですか?こっちの手紙は?」
「書き損じは捨てていい。手紙はあとで分けるから捨てるな」
テキパキと仕分けをする総司の隣で、土方は片付けなければならない仕事を進めている。
年も暮れるというのに忙しないが、いつまでたっても片付かない部屋の状況に
「はいはい…毎回ちゃんと捨てていればこんなに溜まらないのになあ…」
と総司は辟易としていた。試衛館にいた頃から片付けができる人だとは思っていなかったが、部屋は書物や乱雑に置かれた手紙が山のようになっている。本人としては整理して仕分けしているらしいが。
総司はため息をつきつつも、手を休めることはなかった。土方は『別に綺麗にしなくてもいいい』と言うが、新しい年を迎えるのに部屋が整っていないのは総司自身が居心地が悪いのだ。
積み上がった手紙を綺麗に折りたたんで重ねていると、見たことのある文字に目が止まった。
(彦五郎さんだ…)
日野の名主であり土方の義理の兄にあたる佐藤彦五郎。彼の作った道場で出稽古をする機会もあり試衛館との繋がりが深かったが、今でも影ながら支援してくれている有難い存在だ。ちらりとその内容を見ると、思った通り総『縁談』の文字がある。総司が中止になったことについての内容だろう…と読み進めようとすると、
「あっ」
土方に取り上げられてしまった。
「なに勝手に読んでいるんだ」
「す、すみません。ただこの間の縁談のことかなって思って…気になって…」
長州行きを控えた近藤が『万が一のために』と天然理心流の跡取りとして総司を推してくれていた。それを佐藤彦五郎たちも受け入れてくれたのに、彼らの期待を裏切って縁談を破談にしてしまったのだ。気にならないわけがない。
しかし土方は手に取ったその手紙をあっさりと破り捨ててしまった。
「ああっ!」
「もう読むこともねえから、いいだろう」
「それはそうかもしれませんが…」
「…お前、勘違いしてるかもしれねえけどな。これはお前の縁談じゃなくて、俺の縁談の話だ」
「土方さんの?」
土方は深いため息をついた。
「ああ。お前が縁談を受けるくらいの年になったんだから、俺も受けろ…っていう内容だ。おそらく話を聞きつけた姉さんが義兄さんを急かして手紙を書かせたんだろう」
「…なるほど」
「迷惑な飛び火だ」
心底迷惑そうに顔を顰める土方の横顔を見て、総司は苦笑してしまった。もっとも末弟である彼は生涯独り身でも問題はないのだろうから、総司よりは断りやすいのだろうが。
「…そういえば、お加也さんは年が明けたら早々に長崎に発つそうですよ」
先日松本から聞いた話を伝えると、土方は「そうらしいな」と頷いた。すでに聞き及んでいたらしい。
「女子は医者にはなれない…ずっと口癖みたいに言っていましたけど、聡明な方ですからきっと立派な医者になられるでしょうね」
「ああ、そうかもな」
肯定の返答に、総司は少し驚いた。加也との接点はあの見合いの席のほんの少しだけでほとんどないはずだが、土方は加也を認めているようだった。
「…あの、土方さん」
「なんだよ」
「お加也さんのこと、どう思っていたんですか?」
思い切って尋ねて見ると、土方は少し面倒そうな顔をした。
「どうも思ってねえよ。口を聞いたのも数えるほどしかない。ただ…お前の奥方になっても仕方ねえと思えるほどの雰囲気があった。あの美貌で医学の知識に長けて、肝も座っている…非の打ち所がなさすぎてムカついたくらいだ」
吐き捨てるように言ったけれど、それでも土方にとっては一度は総司の奥方として認めた相手だった。ある意味で特別な女性だったのだ。
「…妬いてたんですか?」
「…」
総司が尋ねると、土方は何も聞こえていないふりで再び筆を進め始めた。その本心はわからなかったけれど、それ以上を尋ねるのはやめた。
(土方さんは答えてくれないだろうし)
もう互いの隣が一番近い場所なのだと知っているからーーー。


















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