驟雨 わらべうた723.5




手をつないでいた。
水野が向かう先が茶屋だとわかっていたが、その手を振り払うことなく村山は ともに足を踏み入れた。金さえ払えば誰でも拒まないといわんばかりの態度の 店主の老婆は、金を受け取ると顎で「二階へ行け」と言わんばかりに指図した。
横柄な接客だが、こういう場所に慣れていない村山にはちょうど良かったかもしれない。 竹林での口づけで互いの思いが通じ合った二人は、衝動に任せて部屋になだれ込み、 先ほどの続きと言わんばかりにまた唇を重ねて舌を絡ませた。水野が覆いかぶさり 包まれ、息継ぎもままならない間にあっという間に上半身を裸にされた後、今更水野は 「村山君…いいのか?」
と訊ねてきた。
「きっ…君が誘ったくせに、今更…」
村山は顔を背けて答えをはぐらかしたが、水野の表情は真摯なものでこのままなすがままに流されて、彼のせいだけにしてはいけないのだと思った。
村山は一瞬、迷った。
(今なら…まだ引き返せる…)
すべて冗談だった、こんなつもりじゃなかったと胸板を押して、この部屋を出て逃げ出すことができる。彼もこうやって問いかけて、まだその逃げ道を作ってくれているように思う。
けれど水野が思い詰めているように、村山もあふれ出した感情を止めることができない。
彼の首筋に手を伸ばし、上半身を浮かせて抱きしめた。そして耳元で「良いから」と囁く。
「…良いから…早く、抱いてくれ。後悔する前に」
この衝動だけで抱きしめあいたい。抱かれたい。抱いてほしい―――経験したことのない熱情が心からこぼれているようだった。
いつかこの夜を嘆くことになったとしても…後悔だけはしないように愛してほしい。
村山の返答を聞いた水野は、少し驚いた顔をしながらも微笑んだ。
「後悔などさせるものか」
そう言って、浮き出た鎖骨に?みついて「覚悟しろ」と言わんばかりに責めた。
水野の巧みな指先によって優しくもあり、激しくもあり、果てしなく続くようでもある感情の渦に巻き込まれていく。最初にあった戸惑いも消え失せて悦びに満ち始めたのは、彼とつながった時だ。
「あ…っ!」
痛みを上回る興奮は体の中に水野がいるという事実のせいだ。
ふわふわと掴みどころなく、人と人の間を渡り歩く、自分とは正反対の人間…そう思っていた水野の感情を直接的に感じた。それがとても特別で不思議な感覚だった。
(髪…)
くせっけの髪の毛が、汗で首筋に張り付いている。
村山は無意識に手を伸ばした。
「…ん?なに?」
「髪…」
「村山君、俺の髪がそんなに好きなの?余裕だね」
水野はふっと笑うとパン、と音が鳴るほど腰を打ち付けて村山は嬌声をあげた。
「あ、あっ!」
「俺は…案外、余裕がないのに」
(知ってる…)
いつも飄々としているのに、見たことがないほど歪んで息遣いも荒い。こんな表情を見るのは初めてで、きっと誰も見たことがない。
村山は力の入らない身体を起こし、水野と向かい合う。そして反対に彼を押し倒して跨った。
「俺が…動く…」
知らない水野の表情を引き出したくて、村山は慣れないが腰を振って彼を悦ばせようとした。けれども水野はふっと笑って「男前だな」と褒めて村山に付き合ってくれるように待った。
それが悔しくて力の入らない身体をどうにか揺さぶったのだが、経験に勝るものはない。
「村山君、無理しないで良いから。今日は俺に任せて」
「うっ、あ、あ、あ…!」
またあっという間に形勢が逆転し、結局村山は水野の上で果てそのまま倒れこむ。
そうして静かになった部屋で抱きしめあいながら、雨の音が聞こえてきた。ザーザーッという激しい雨音は今まで聞こえなかったのが不思議なくらいだ。
「にわか雨か…雨宿りしてたって言い訳ができるな」
「…そうじゃな…」
村山は彼の肌を通して鼓動を聞いていた。驟雨に勝るとも劣らぬ彼の大きな心臓の音は、平静な表情の下に隠した本音のようで。
「…はは…」
「なに?」
「何でもない」
村山はその音をずっと聞いていたいと思ったのだ。

















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