Doll








こんな自分は、自分らしくなかった。
後悔してやまない。どうしてあんな事になったのかわからない。
ただわかるのはすべては自分の欲と我が儘の結果だと言うこと。
死んだあいつの、無念も、思いも、悲しみも。
傍にいるあいつの、愛しさも、悔しさも、残酷さも。
すべては自分が引き起こした、結果に過ぎないのだ。
誰も責めることはできない。
すべての結果を。



Doll −side 土方−




朝の日射しは眩しく、土方の瞼を自然に開かせた。
いつもは寝起きが悪く「朝の副長室は一番地獄に近い場所」と噂されるほどなのだが
ここ数日は特に寝付きが悪くすっきりしない朝が続いていた。
あの日から。
あの水菜畑での悲劇からもう十日が経つ。
隊士たちも忘れたように隊務に励み、誰一人「彼」の名前を出すものはいなかった。
あの惨劇を泣きわめいていた「彼」の友達も精気を失っているものの、隊務には忠実に働いていた。
あの青年はきっと「彼」のことが好きだったのだろう。
秘めたまま、隠し続けていた。
思いを告げるよりは、ずっと傍にいることを選んだのだろう。
それを壊したのは、自分だった。
「……ちっ」
頭が痛い。


「……もう、起きたんですか……?」
隣で寝ていた細い身体の主が、ゆっくりをその身体を起こした。
「まだ寝てろ」
「そういうわけにはいきません……」
総司は顔を引きつらせながらも、それを悟られないように体を起こした。
痛々しい身体だった。
それなりに肉もついていたはずなのに、この十日ですっかりやせ細っている。
一日中、壊れるまで抱いていた。
その行為に何の愛情も、慈しみもなかった。
肌に触れながら感じるのはむなしさだけで、そのむなしさを紛らわせようとしているはずなのに
何故か、むなしさは募るばかりで……。
そうやって連鎖は続いている。
「土方さん」
「……ん」
ぐしゃぐしゃになった自分の髪に手を梳かせながら、総司は呟くように言った。
「私が憎いですか…」
「……」
力無い言葉だった。そして土方は何の返事もできなかったのだ。


総司を責めるつもりはなかった。
総司にも総司の理由があって、それ故の行動で、きっとそれが土方のためになると思ったことだろうから。
だから今、総司は何の有無もなく抱かれているのだろう。
土方の怒りと、憎しみと苦しみを受け入れるために、総司は全身を投げ出しているのだろう。
…それを知っていて抱き続ける自分は卑怯だと思う。
総司の罪の意識を利用して、自分は逃げ場を確保しているのだ。
「彼」を選べば総司を失い、総司を選べば「彼」を忘れる。
そんな恐ろしさから、自分は総司を抱き続け選ぶことができない自分を総司にぶつけているのだ。
まるで子供のようだ。
自分がどうして良いのかわからない、ただ泣き叫び続けるだけの子供と同じだった。
「彼」は自分にとって何だったのか、その結論はいつになったら出るのだろうか。
もう、一生知ることのないことなのか。


楠の墓は土方しか知らない、小高い丘の上に作った。
風が薫るそこは、人影もなく句を捻るには最高の場所だった。
その最高の場所を、負の思い出の場所にした。
忘れないように。「彼」のことを忘れないように。それが愛だとか恋だとかではなくても。
ただ、「彼」がいたことを忘れないように。
「……甘ったれてるな」
形に残すことでしか、「彼」を覚えていられないのだろうか。
こうやって二日に一度は墓参りをしないではいられなかった。
申し訳なさと、情けなさと、悲しみと……そして何かが入り交じった複雑な心情で。
手に持ってきた菊の花を添えようと、その小さな墓を見ると既に同じ花が添えられていた。
随分乱暴な供え様だが、その花は一輪一輪がまだ新鮮だ。
この場所を知っているのは自分と、あと。
「……総司?」
「……」
傍にある大木に隠れる様に総司が座り込んでいた。
その様子は隠れんぼで見つかった子供の様で、土方と目が合うと慌てて逸らした。
「お前が…この花を?」
総司はうなずきもせず、ただ項垂れた。今度はイタズラが見つかった子供の様だ。
「……なんでもありません、たまたま通りかかっただけです」
こんな小高い丘に通りかかった、というのも変な話だった。
土方は苦笑すると総司は急に立ち上がった。
「帰ります!!」
ぱんぱん、と袴に付いた土埃を払い総司が踵を返す。
「おい、待て!」
土方の静止も聴かず丘を句だろうすると総司に、
「待てよ」
と手を伸ばしてその腕を引いた。土方に身体を預ける形になった総司だが、それでも目を合わせなかった。
そういえば最近総司を目を合わせることがなかった。
総司が意図的に外すこともあったし、土方が見ていられないときもあった。
あまりにも……総司が哀れで。
「……痛い、」
ギュッとつかんだ土方の手を非難する様に総司がまた目を逸らす。
「いつも来ていたのか?」
「……」
総司は答えなかった。押し黙っている。
こんな総司は初めてだった。生来素直な性格で明るく……元気で。
「……貴方は……私を憎んでいるのでしょう!」
こんな大声を上げることなどなかったのに。
「憎んでいるなら私を殺せばいい!貴方も知っている様に…私は、十分隊規違反になる様なことを犯した…!!
 なのに……なのに、それを知っていながら……生き殺しに……するなんて、卑怯です!」
こんな大粒の涙をこぼすことなんてなかったのに。
「貴方は卑怯だ…!私が……貴方のことが好きなのを知っているのに……!」
どん、どんと土方の胸板を力無い拳で何度もたたき、泣きわめき、大声で叫んだ。
「うわぁぁぁ!」
涙を拭うことも知らない様に、何かを恐れる様に、縋り付いて泣いた。全身が小刻みに震えている。



総司をしっかりと抱きしめ、二人は墓に前に立ちつくした。
凛然と佇む小さな墓は、まるで「彼」がそこにいるようだった。
夕方に近い空が赤く染まり、京は一番魅力的な時間を迎えている。
そんな空の下、土方の腕のなかで総司が落ち着きを取り戻し、あふれ出ていた涙も止まった。
こんな総司を久々に見た気がした。
京にやってくる前から人前で泣き顔を見せたことはなかったし、ましてや弱音を吐くこともなかった。
京に来てどんなにつらいことがあっても、人前ではよく笑い弱みなど見せなかった。
土方の前さえも、だ。
「…あいつは、お前に似てたんだよ」
「……」
「今にも泣きそうなくせに、虚勢を張って強いところを見せないで……。まるでお前にそっくりだった」
総司は何も言わないで聴いていた。
「俺はお前に手を出すこと何て考えていなかった。弟…みたいなもんだから自制してたんだろうな。
 だがあいつに会って、お前に似ていることがわかって……もう、止まらなかった」
「……」
「何かを……つかもうとした。あいつを抱くことで、お前を留めておこうとした……馬鹿なことだ」
「彼」と総司が全く別人であることを知っていたはずなのに、「彼」を代用に総司を手に入れたつもりでいた。
馬鹿な仮想妄想。
「……だが、俺は俺の本音を知ったとき、あいつから離れなければならなくなった」
「彼」を総司の代わりにしていた。
これ以上「彼」を傷つけないために、という建前の裏に自分が傷つくのが怖いからと言う本音を隠して。
急に襲ってくる罪悪感。
それに堪えられなかった自分の弱さ。
「お前を初めて抱いたあの時は……お前をあいつの代わりにしていたのかも知れねぇ……」
わからなかった。あの時は。
矛盾した自分思いの正解がどちらにあるのか。真っ暗な闇に落とされ、視界を失ったかのように。
そして手探りをしているうちに片一方の正解を失った。
「…俺はあいつのことを一生忘れることはないと思う」
土方の言葉に総司がぴくり、と腕のなかで反応を見せた。
「確かに…お前があいつを殺す原因の一端だったのかもしれねぇ。だが全部お前だけが知っている、証拠も何もない。
 ……だから、お前を殺すことはできない」
「……」
言い訳じみているのはわかっていた。
「……だから、悪いのはすべて俺で、お前が自分を責めなくてもいい……」
この罪は一生背負わなければならない。
そう、この場所に「彼」の墓を建てたのはその為だった。
お前は一生背負っていくんだ、と。
それが俺の、償いだと。

「もう……道を違えたりしねぇよ。きっとあいつも……許してると、思うんだ」
「彼」が最期に見せたあの優しい笑顔のまま、今見守ってくれているのを信じられる。
「ありがとう」といって死んだ、「彼」はきっと優しいから。
「こんな馬鹿な俺を……許してくれるんじゃないかと………思うよ」





総司はすっと土方の腕を離れた。
そして「彼」の小さな墓に膝をつき、土下座をするように頭を土に突っ伏した。
「…ごめん……なさい……ッ!」
絞り出す様に総司は「彼」に頭を下げた。
「ごめんなさい……ッ!」


菊の花が薫る風が、通り過ぎた。



06’5’7
















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