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催花雨



彼が珍しく酔った様子で帰ってきたのは、雨の降り続けるある夜のことだった。
「ただいまぁ…」
「は…?」
酒が苦手だと口にする彼が酔っているのを見るのが初めてで、俺はらしくもなく戸惑いを覚えた。「何が起きても斉藤は顔色一つ変えない」と嫌味のように言われ続ける俺が、だ。
しかし同室の彼は俺の顔色などに気が付くことはない。ふらふらと足取りは覚束なず、目と頬を真っ赤に染めた表情は緩みきっている。
「相当、飲んだのか?」
「そうれも…ありませんけど…ぉ」
頭を振ったものの、呂律が回っていない。俺はひとまず座らせて
「布団を敷くから待っていろ」
と言った。酔っ払いの相手をするのは苦手だった。自分自身が、こんな風に酔うほどに飲んだことが無いからだ。
しかし、彼は俺の袂を引いた。
「斉藤さん…まだ、飲みましょう…?」
「は?」
「ほら、持って…来たし」
よくよく見れば、彼の手には酒の瓶が握られている。いったいどこから持ってきたものだろうか。
今夜は局長、副長と共に飲みに出かけたはずだ。彼はどちらかと言えば二人の警護の意味で同行しているので、その席で酔いつぶれたということはないだろう。
(それにこの状態で副長が一人帰すはずもない…)
ともなれば、出かけ先で何かがあって飲んで帰ってきたというところか。彼が酒の力を頼りたいと思うほどの何かがあったのだろう。
「…酒はそのくらいにしておけ。自覚は無いだろうが、飲み過ぎだ」
「まだ足りない…れす…」
「いいから」
俺は彼の持っていた酒を取り上げた。酔っている彼から奪うのは簡単だったが、取り上げた拍子に、彼が俺に寄りかかるようになってしまった。
「おい…」
酒臭い。けれど、何故か生暖かい。そして、冷たい。
「…泣いているのか?」
「泣いてない…」
本人はそう言うけれど、目を真っ赤にしてボタボタと涙を流している。泣き上戸なのか、それとも何かがあったのか。
「斉藤さぁん…」
「な…なんだ」
「あったかい…」
まるで子供のようだ。手当たり次第に優しさを求めて甘えるような声を出す。そうすればすべて思い通りになると思っている。
俺は彼の頬に触れた。ひんやりと冷たい頬は涙でぬれている。
ずっと触れたいと思っていた欲望がこんな形で、あっさりと許されてしまい、俺のなかの何かがぐらりと揺れた。
女のようだと思っていた。見目が整いすぎていて、一見近寄りがたい。けれど、供に居ればその見た目との違いを思い知る。剣の腕も、その内面も決して女ではない。
なのにどうしてだろう。
ここまで俺のなかを揺さぶってくる。
この唇に触れたい。この舌を吸いたい。何もかもを…壊してしまいたい。
「…ぅん…?」
ガタン、と徳利が倒れる音がした。たぶん、中に入っている酒が零れて畳を濡らしたことだろう。しかし、俺たちの目にその光景は写っていない。
「ん、んぅ…んぅぅ…」
堰を切ったように、俺は彼の唇を貪った。思ったよりも冷たい唇は夜風の中をこんな調子で帰ってきたせいだろう。俺はそれを舐め融かすように食む。
彼は正気に戻るだろう。そう思ったものの、嫌がる素振りも拒む仕草もない。
俺が唇を離せば、
「…ぁ…」
とまるで別れを名残惜しむかのような顔をする。目は虚ろでその大きな瞳が零れだしそうに揺れている。
「…いいのか?」
俺は聞いた。すると、彼は頷いた。
「いい…」
それは積極的な了解ではなく、「どうでもいい」というやりきれなさだったのかもしれない。けれど、俺にとっては免罪符となり、もう何もかもどうでもいいと思った。明日の朝、彼に嫌われていたとしても。
俺は彼を組み伏せた。襟を掴んで開き、首筋を舐め、鎖骨を吸った。彼はくすぐったそうに身体を捩らせたり、逃げようとしたけれど「嫌だ」とは言わなかった。
男を抱くのは初めてだった。女と同じでいいだろう、と思っていたけれど、実際は女よりも硬かった。骨ばった自分と同じ身体をどうすれば気持ち良くなるのかと思案する。ひとまずは女にしてやるように、胸の飾りを指で弄った。
「…っ、ぅ…ん、んん…」
最初はくすぐったそうにしていたものの、次第に甘い声が漏れ始める。どうやらここで感じるのは男も女も同じらしい。俺はその突起を舌で舐めた。強く吸って、弄んだ。
「あ、あぁ…っ、ぁ…」
「気持ちいいか?」
「ん…い、い…」
微かな返答は、まだ正気に戻っていない証拠だろう。もし俺がこんなことをしているなんていうことを理解したら、彼はこんな反応を見せないはずだ。
俺はすぐに彼の袴の紐を解いた。なかに手を差し入れてその奥にあるものに触れる。
「…ぁ、そこ…」
彼は膝を閉じようとしたけれど、俺は大きく開かせた。中途半端に肌蹴た上着だけをそのままに、あとのものをすべてはぎ取る。さすがに彼も恥ずかしそうにしていたけれど、酔いが回っているせいかあるがままの事態を受け入れているようだ。
俺は少し躊躇いつつも、彼自身のものに触れた。そして慣れないながらも手を使ってそこを慰めていく。
すると彼の表情が変わった。みるみる赤く染まる頬、そして加速する息遣い。
「あっ、あ、あ、あぁぁ…!」
「…っ」
小さく震えつつも、欲望にあらがえずに声を漏らし、身体を大きく開き、もっともっととねだる彼が、たまらなく愛おしい。
ずっとその姿をみたかった。想像を働かせたことがないとは言わない。でも想像よりもずっと彼は卑猥だった。
俺は片手で彼を高ぶらせつつ、自分の袴を解いた。みっともなく高ぶっているそれを彼のものと重ねた。
「一緒にしてもいいか…?」
意識も朦朧としている彼は何度も頷いた。早く、もっと、気持ち良くしてくれと言わんばかりに。
彼が興奮するように、と手探りで始めた行為も、次第に自分が思うままになってしまう。荒々しくしてしまっているという自覚はあったが、それでも止められないくらいに興奮していた。気持ちが高ぶり、無茶苦茶をしている。
「あ、あ、いく、いく、いく…ぅ…!」
「我慢しなくてい…い、から…」
俺だって、もう我慢はできない。
けれど、一足先に彼が果てた。身体を弓のように撓らせて全身が震えると同時に白濁としたものを吐き出す。しばらくは上下していた胸の息遣いが収まる頃。
「…ん…」
酔いのせいなのか、疲労のせいなのか、彼が目を閉じて穏やかな息を付き始めた。うとうととこのまま放って置けば眠ってしまうだろう。
(このまま…)
気持ちいいだけで終わらせれば、彼も夢だったと納得するだろうか。いや、納得しなかったとしても男同士の慰めあいだと誤魔化すことができるだろうか。
(誤魔化す…?)
俺は何を誤魔化すのだろう。
これでは夢でも何でもなく、現実に起こったことで、彼の気持ちはふわふわと浮遊していたとしても、俺自身は本気なのに。
(もう…いい)
一夜の夢だと言われても、構わない。
俺は彼を抱き上げて、俯せに伏せさせた。力なく従うしかない彼は抗うこともなく俺に身体を差し出した。そして俺は双丘を割り、その奥に指を差しこんだ。
「あ…ッ!」
さすがに彼も身を捩り逃れようとする。
「だ、だめ…」
初めて聞いた拒む言葉だが、俺の耳には入ってこない。彼の白濁としたものを指先に纏わらせ、その奥、奥へと責めた。
「や、やだ、いやだ…!」
「誰が…嫌だって…?」
こんなにも、足を震えさせているくせに。
俺が逃げようとする彼の身体を捕まえた。そして力づくで足を開かせて、その奥を舌で舐めた。
「あああ…!」
不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、彼が聞いたこともない様な卑猥で妖艶な声を上げたので、益々欲望が膨らんでいく。
「ここに…入れていいか…?」
「こ、ここって…なに…なにを…?」
「…これだ」
俺は彼の返答も利かずに、一気に押し込んだ。
「――――ッあ…!」
彼が息を飲んだのがわかる。
狭すぎる場所は動けるほどの余裕もない。
「もっと…力を抜いてくれ」
「どう…どうやって…ん、痛い…」
「力を抜けば、痛くなくなるはずだ…」
「…っ、ん、…」
俯せになった彼の表情は見えない。何を考えているのか、何をわかっているのか。
けれど、素直に俺の言うことを聞いた。次第に強張った力が抜け始めて、俺も動くことができる。
生暖かくて、生々しい。熱くて溶けるほどだ。
(ヤバい…)
想像以上だ。
「あ…!あ、あ、ぅううぅぅ…!」
「痛いか…?」
「痛くない…痛くないからぁ…」
「から?」
その先を、言わせたい。
これが俺の勝手じゃなくて、ほんの少しでも彼の同意があったのだと言い訳したい。
「もっと…もっとして…」
その言葉を、脳裏に焼き付けよう。
もう二度と訪れない夜だとしても、それでも構わない。
「っ、くそ…!」
「ああ、ああ―――ッ」
俯せになった彼が、大きく身体をのけ反らせた。俺は彼の腰を強く掴んで、離さないようにして押し付ける。部屋中に肌と肌が重なりぶつかる音が響いた。
「…総司…」
俺は彼の名前を呼んだ。まるで恋人になったような気分だった。
「ああ、いく、いく…!」
「いけ…」
「ん、いく…」
そして俺のそんな浅はかな想像は全くを持って無意味で愚かなものだったのだと思い知った。
「いくぅ…歳三さん――ッ!」
「…っ?!」
彼は二度目の絶頂を向けた。そして俺もまた、彼の中で果てた。ドクドクト自分自身が高鳴るのを感じつつ、一方で感じたこともないほどの虚無感を味わった。
(そう、か…)
彼は勘違いをしているのだ。酔って、酔いすぎて、何も見えていない。相手が俺だと言うことさえ、わかっていない。
彼は全てを吐き出した後、穏やかな寝息を立て始めた。今度こそ本当に眠ってしまったのだろう。俺は気だるい身体にどうにか鞭を打って、彼を布団へと転げさせた。
「…そうか…」
彼が誰を思っているのか、俺が何をしてしまったのか。叶うこともないやりきれない思いだけが重なった。
そして外では雨が降り出した音がした。
弱く降り始めたのに、次第に強く地面を打つ。その音が脳裏で木魂して、たまらなく不快だった。



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