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催花雨




総司は八木邸の縁側に腰かけ、ぼんやりと庭を眺めていた。雨が降った後の庭の草木には雨粒が残り、それを太陽の光がキラキラと照らしている。いつまで見ていても飽きない美しい光景だ。
「何しているんだ?」
通りかかったのは土方だった。総司はやや身体を強張らせつつ
「…土方さんこそ」
と答えた。土方は初夏の兆しがあるというのに、紋付き袴という重苦しい格好だ。いつも着崩している土方らしくない。
「今から近藤先生と山南さんとともに一緒に黒谷に行く。帰りは夜になるだろう」
「そうですか…気を付けて」
「ああ。巡察から斉藤が戻ってきたら、大事がない限りは今日の報告は無用だと伝えてくれ」
「…わかりました」
土方は総司に託けると、面倒そうな表情を浮かべていたがそのまま八木邸を出ていった。新撰組の副長として会津藩とのやり取りは欠かせないが、形式ばったやり取りが多いため本人としては気が進まないようだ。
土方の足音が聞こえなくなってから、総司はふう、と一息ついた。そして再び八木邸の庭に目をやった。
(あの日から、土方さんは何も言わない…)
講武所推挙の話が取り消しになったということは、試衛館の中でもタブーな話題として認識され食客の誰一人その話題に触れるようなことはなかった。蔑まれたことへの悔しさや怒りはもちろんあったが、そのうちに浪士組の話がもたらされて皆はすっかり忘れたのだ。もちろん、それで良い。
しかし、総司だけはことあるごとにその時のことを思い返していた。
(…あの時の感触を忘れられなかった…)
いけない、とわかっていても土方に触れられた感覚を反芻し同じように自分で触れた。目を閉じてあの夜彼の一部分が体の中に触れたことを何度も思い出した。それだけで心と体が満たされたが、代わりに罪悪感が募った。
(また…触れてほしい)
あの指で。
あんな風に、優しく包んでほしい。…そう願っていたはずなのに。
ガタッと玄関の方で物音が聞こえた。物思いに耽っていた総司は一気に現実に引き戻される。そして、こちらにその足音が近づいてきた。
「…ご苦労様です」
巡察を終えた斉藤が戻ってきたのだ。斉藤は無表情のまま「副長は?」と問いかける。
「今夜は黒谷へ…戻りは遅いので報告はいらないそうです」
「…そうか」
「捕縛したのですか?」
斉藤の羽織は血で汚れていた。しかし彼は「いや」と首を横に振って続けた。
「殺した。激しく抵抗したからな…」
「…そうですか」
斉藤は淡々と答えた。巡察では捕縛を基本としているが、殺気立った浪人は何をしでかすかわからない。剣の達人である斉藤なら怪我をさせることもなくとらえることは可能だろうが、余程抵抗したのだろう。
総司はもう一度「ご苦労様です」と伝えたが、斉藤は返答もなく羽織を脱ぐ。そして縁側に腰かける総司の背中から抱きしめた。
「…っ?斉藤さん…」
「抱かせろ」
「な、なんで…」
抵抗する総司に対して斉藤は性急にことを進めていく。首筋に顔を埋め、脇腹から伸ばした両手で巧みに袴の紐を解いた。
「あんたにもわかるだろう。殺した後の無力感を…何かで、埋めたい、と」
斉藤の気持ちはわからないでもない。正しい行いだと信じていても、人を殺すという行為は心を抉り、果てしない無力感に襲われる。
しかし
「…っ、だからって…!」
白昼堂々、誰に見られるかわからない場所で事に及ぶことはないだろう。誰かに見られたら…と総司はそう訴えたが
「俺は誰に見られても構わない」
と斉藤は受け付けない。
襟の間から、斉藤の右手が赤い飾りを弄る。その一方で左手が総司のものを激しく扱き、一気に身体中の力が抜けていく。
「だ…だめ…って」
「そういうくせに、ここは固くなっている」
「…っ!」
彼は総司の耳たぶを甘噛みしながら、両手だけではなく言葉でも総司を責めた。嫌だというくせに、身体は違う反応をしているのは事実であり、ガタガタと腰が揺れていた。
「あ、あぅ…斉藤…さ…」
「背中…預けて」
「え…っ?あ…」
斉藤が総司の身体を引き寄せて、バランスを崩した。そして手をさらに奥へと滑り込ませる。
(指…)
彼の指が、最奥へと触れた。固く閉ざされた場所へ少しずつ刺激を与えていく。
あの夜もそうだった。
河川敷の雑草が多い茂った場所で、あの人の指が同じ場所に触れた。中のものを掻き出す…その指の形を、今も覚えている。
「あ、ああああ…っ」
あの夜を繰り返すようだ。
斉藤の指が奥へと入っていく。頭では受け入れるつもりなんてなくても、身体は錯覚してまるで歓迎するように飲み込んでいく。
「いやだ…っ、こんなの…」
心と体が裏腹で。身体が儘ならない。
しかし、そんな様子をみて、斉藤はごくりと喉を鳴らした。そして後ろから強く抱きしめながら呟いた。
「…抱きたい」
「!」
その響きは、いつもと違っていた。無表情で、どこか不遜な彼のそれではなく、溢れだす感情を止められずにいる…そんな切なさを感じた。
「斉藤…さ…」
「…こっちにこい」
斉藤は総司の腕を引いて部屋に入る。身体に力の入らない総司は彼に導かれるままに部屋に入り、そのまま体を投げられた。斉藤は部屋の障子を閉めると、総司に覆いかぶさり下半身の余計な衣服を剥いだ。そして
「あぁ…!」
彼は総司の両ひざを大きく開かせると、反り立ったものを口に含んだ。急に生暖かく、柔らかな舌の感触に触れ、身体がびくびくと跳ねた。
(こんなの…)
あの夜は土方とともに果てただけで、総司にとっては初めてのことだった。興奮し高ぶっていた体がさらにその高ぶりを増し、言うことを聞かない。それどころか
「…いい、…っ」
その行為が気持ちいい、と素直に感じた。恥ずかしい場所を舐められているという羞恥心よりも、快楽の方が勝ったのだ。
「あ、あぁ…」
「…出るか?」
「…っ、もう、いく、いく…!」
だから
(もっとしてほしい…!)
「ああ…!」
身体のすべての神経が一か所に注がれる。かつてない脱力感を感じながら、総司は果てた。四肢を投げ荒い息を繰り返した。
(いま…なんで…)
望んでこんなことをしているわけではない。なのに、もっとしてほしい、もっと与えてほしいと…ねだった。口にしなかったというのは唯一の救いだが、それでも罪悪感は募る。
(こんなの…駄目なのに…)
そしてようやく息が落ち着いた頃に、斉藤の口の中に吐き出してしまったことに気が付いた。
「斉藤さん…」
「…なんだ」
斉藤は表情一つ変えずに、白濁したものを飲み込んでいた。
彼が何を考えているのだろう。何を求めているのだろう。
彼の無表情な顔からは何も読み取ることはできない。けれど、総司は決意した。
「…いまの、私にもさせてください」
「…」
「したい…わけじゃなくて、あの…」
上手く言葉にできずに、曖昧に視線を漂わせる。すると斉藤が「ああ」と何かを咀嚼して飲み込み、総司の手を自らのそれに宛がった。それはまだ反り立ったままだ。
「…っ」
「してくれ」
総司は斉藤の誘われるがままに、彼の固いものを加えた。間近で見るだけでも恥ずかしくて、目を閉じて口に含んだ。
どうしたらいいのかなんてわからない。でも彼がしてくれたようにすると、ビクビクと小さく震えていた。
彼も感じている。
今まで一方的だった行為が、少し違うものに変わる。その変化に
(これで…本当に、いいのかな…)
総司は迷った。


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