わらべうた482.5 ―月がきれい―




別宅に辿り着く頃には陽が落ちていた。このところは世話役のみねが深雪の元へ通っているため、何処と無く人気がないが、冷たい板間の玄関から部屋に入ると幾ばくか暖かい。
「とし…」
繋がれていた手が解かれ、代わりに後頭部へと回される。強く引き寄せられ、抱きしめられた。
ぬくもり、匂いーーー彼の持つ全てのものが心を落ち着かせていく。
「…ふふ」
「なんだよ」
「いえ…温かいなあって思っているだけです」
自然と笑みが零れた。
彼は何も語らない。あの日…二人が初めて肌を重ねたあの夜を繰り返しているようだとわかっていても。
ゆっくりと視線が、唇が、重なった。冬の冷たい風に晒された互いのそれが舐め溶かされていく。
「…歳三さん…」
「ああ…」
二人はゆっくりと畳の上に横になって、土方の器用な指先が総司の体を辿り始める。そうすると、まるで別の体に作り変えられてしまったのではないかと錯覚するくらい、過敏になってしまうのだ。
首筋から鎖骨への愛撫の嵐。
「…っ、ぅ…」
「ここは屯所じゃない。我慢するな」
「そ、そう言われても…」
まだ陽が沈んだばかりの時間だ。人通りも少なくないなかでは憚られる。
すると土方は総司から身を引いて縁側に移動した。そして障子を開け庭が見えるようになる。
「ちょっ…歳三さん!」
生け垣があるので外からは見られないが、声は聞こえてしまう。咄嗟に総司は身を隠したが無駄だった。
「あっ…!」
襟を掴まれ露わになった胸の飾りを強く吸われる。彼に触れられているだけで敏感になった体は、まるで自分のものではないかのように反応を始める。
「一年前も同じことをしたのを覚えているか?」
「や…っ、もう…」
「一回じゃ足りないって、お前が言ったんだ」
「あ、あれは…!」
総司の顔が羞恥のあまり真っ赤に染まる。
初めての行為だったのに、山南の残した痛みの方がまさって何度も求めた。次第にそれに飽き足らず同じように障子を開け放って誰もいないのに、誰かに見せるように肌を重ねたのだ。
「んぅっ!」
土方の指先が赤い飾りを強く抓る。すっかり性感帯となっているそこはダイレクトに下半身を疼かせてしまう。
もちそんそんなことがお見通しの土方は袴の紐を解いてその奥に触れた。
「あ…っも、もう…っ?」
「ああ…俺のももうこんなになった」
総司の手を捕まえて、土方は自身のものを触れされた。高ぶりを見せつけられ、総司は不思議な高揚に駆られる。
半ば青姦…のような行為に興奮しているのは土方の方なのかもしれない。
「わ、私も…」
同じようにしたい、と上半身を起こして二人は向かい合う。土方のように器用にはできなかったが、紐を解いてその奥にあるものに触れる。
土方がしてくれるようにする…頭の中でイメージできても実際は覚束ない。
「下手くそ」
土方がそう笑って、さらに総司を引き寄せた。そして自分と総司のそれを重ねて扱き始める。
「あ…あ、あ、あぁ…」
彼の大きな手のひらが心地よい感触を生み出すと同時に、愛しげに抱き寄せられ精神的に満たされた時、総司は果てた。
「は…っ、はぁ、ぁぁ…」
庭から吹き込んでくる冷たい風が気にならないくらい、体は火照っていた。
しばらく天井を見上げ息を整えていると、土方の指が最奥にゆっくりと触れた。
「あ…」
「力抜いてろよ」
土方はいつもそう言うが、いつまでたってもこの感覚には慣れることができず、異物感が常にある。
けれどどうにか受け入れようと思えるのは、痛みよりも彼を愛しいと思う感情が上を行くからだ。
「…歳三さん、もう…大丈夫ですから」
「ああ…」
土方は総司の両足を抱え、自身の硬くなったそれをあてがった。
彼と一つになって行くーーー。
「ん…っ、あ、アァ…!」
「総司…」
土方が総司の手に触れた。
(ああ…)
自分が自分のものではなくなって行く。
快楽という沼に嵌っていくと同時に、どこかで俯瞰する自分がいた。
「あっ、あ、んぁ…!」
声を上げて仕舞えば、誰かに見られてしまうかもしれない。もしかしたらすでに生垣の向こうから見られているのかもしれない。
(でもいいや…)
誰に見られたって構わない。
(この人が僕のもので、僕がこの人のものであるなら、あとはどうだっていいんだ…)
それ以外のものはいらない。きっと彼もそう思っているーーー。
「…どうした?」
「え…?」
「ぼうっとしてる」
土方は心配そうに総司を見ていた。普段は『鬼副長』と恐れられる彼がこんなふうに誰かを心配するなんて、ほとんどの者は知らないだろう。
「いえ…あの…」
土方は動きを止めて総司の言葉を待つ。だが、総司は何を言ったら良いのかわからなくて、庭の向こうに視線をやった。
陽が落ち、今夜は星のない真っ暗な夜だ。けれどその中で月が眩い光を放っている。
「…月がきれいだなって…」
そう答えると、土方は「ふっ」と笑った。
「余裕があるみたいだな」
「え?…あ、あぁ…!」
さらに奥深くへと彼自身が入ってくる。さらなる快楽へと溺れる中、脳裏では月の輝きが残像のように残っていた。












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