わらべうた





181


青年はずっと背中を見ていた。颯爽と有り余る自信を胸に歩くその姿をいつも見ていた。
「…どこへ」
どこへ行くのかと。今までそんなことを聞いたことなんてなかった。男の行動に疑問を持つことはなかった。何があっても彼についていくだけなのだから。そう思っていたから。けれど訊ねた。彼に怒られることを覚悟して訊ねた。元の場所に戻れば、あいつらが狼たちが雄たけびを上げながら待っている気がして。
「何故そんなことを聞く」
だが、男は特に気に留める様子もなく逆に問いただしてきた。答えを用意していなかった青年は黙り込んだ。
何故?
そんなの決まっているじゃないか。あなたは
「死にたいんですか」
「お前は死にたくなさそうだな」
青年に疑問に、男は何一つ答えてくれない。そのすかした態度にいままで何の感情もわかなかったのに、今は違う。
「死にたくありません。…あなたも死にたくないですよね」
苛立つ。
何に苛立っているのかはわからない。けれど、どうしようもなく苛々する。こんな感情は久しぶりだ。
「そう見えるのだとしたら…もうおしまいだ」
どうして笑う。どうして、殺さなかった。狂おしいほどの感情で、あの二人を殺せばいいのに。
「あなたは…できることを、やらないひとだ」
余裕ぶって、遠巻きに眺めているだけで、頭が切れるのにその才能を放置して、それをよしとしている。周りの期待に背き、嘲笑い、蹂躙することで繋がりを確認する。
「…あの女の言うとおりだ」
いつもなら、ここで殴られるだろう。これほどの口答えを彼にしたことがない。けれど、男は何故か清々しく青年と会話をしていた。こんな会話らしい会話は初めてだ。
「弱き者だ、俺は」
自分のことをそんな風に蔑むなんて思ってもいなかった。
人の言うことなんていつも聞き流して、認めることなんて何一つしなかったくせに、あの女の言葉は「その通りだ」とあっさり笑う。
なんだよそれ。
なんなんだよ。
「俺は…あの男の予想を裏切りたい。それだけだ、それだけのくだらない理由の為に、このくだらない命を使えれば、それでいい」
あなたの目に、あの男の影が宿る。
その瞬間を知っている。
その瞬間に何時も、あなたは、酷く、怒り、悲しく、そして懐かしい顔をする。
青年は拳を握りしめた。彼を見る目に初めて感情が宿る。
「そして俺はこのくだらない俺の天命を知りたいだけだ」
「天命なんてない」
青年は強く言い放った。背中を向けていた男がゆっくり振り向いて、感情が宿る青年を見た。
「この世に天命なんて…ない」
繰り返し告げた否定。
しかし男は「ふっ」と吐き出して、笑った。
「…やっと、人形じゃなくなったな」
何故そんなことを言う。そんなことがききたいわけじゃない。ずっとこのままで良かった。人形のまま、傍にいられたら良かったのに。そうしたらずっと…このままずっと生きていけるのに。
「お前は…お前の居場所に帰れ。ここよりは良いはずだ」
そんな優しい言葉を聞きたくなんかない。
いらない。
いらない。
僕が欲しいのは、そんな優しさじゃない。弱さじゃない。
僕を憎らしいほどに痛めつけ、縛り付け、蹂躙して、雁字搦めにする、あなたの狂気こそが、欲しいのに。


元治元年六月五日早朝。
朝靄が町を包む中、数人の隊士たちが小走りに目的地へ向かっていた。取り逃がしてはこれまでの苦労が無駄になる。永倉はいつになく真剣な表情で、『薪炭商桝屋』を目指した。
「興奮するぜ」
その隣でにやにやと顔を緩ませて、原田がつぶやいた。いつもなら「真剣にやれ」と叱り飛ばしているところだが、言葉とは裏腹に彼がいつもよりも険しい顔つきをしていた。おそらくこの軽口は自分を落ち着かせるためののものなのだろう、と永倉は理解した。かく言う永倉も、先ほどから武者震いが止まらないのだ。
ずっと追い続け、寸でのところで逃がし続けてきた大物に手が届きそうになっている。
「…ついた」
高瀬川のせせらぎが、何故か耳に入ってきた。皆が寝静まり、それほどまでに静かな朝だった。
決まっていたように、原田の組下が裏口へとまわり永倉の組下がさらに別の出入り口を固めた。数名の腕の立つ者とともに永倉と原田が残る。これほど厳重に囲めばネズミ一匹逃すことはないだろう。
「いくぞ」
永倉の合図に原田が頷いた。皆がその刀に手をかけた。
コンコン
永倉がその戸を叩く。最初は遠慮がちだったが、次第に拳を作りドンドン!と周囲に響くほどの大きな音で戸を叩いた。
「朝はようにすいません。桝屋さーん!」
できるだけ声色を自然に作り、無遠慮な客を演じる。その声は近所に響いたが、幸いなことに誰も起きてくる様子はない。
すると屋敷の中で人が動く気配がした。「何やこんな時間に…」と文句を言う男の声も聞こえる。入り口で構える隊士たちに緊張が走った。
「えろうすんませんな」
戸口が開く隙間から、永倉が声をかけた。桝屋は怪訝な顔で外を覗き込んでくる。
その刹那
「話がある。抵抗するな」
原田の持った刀が、桝屋のこめかみを掠めた。桝屋は「ひい!」と目を丸くする。そして
「新撰組だ」
永倉が重々しく告げると、その顔を強張らせた。
「な、何の用や…」
「下手な芝居はやめておけよ、古高」
原田がその口元を緩ませる。しかし桝屋こと古高にとってはそれはただ鬼が笑っているようにしか見えなかっただろう。
「ふ…古高なんて男は知らん」
「まあ、その話は屯所でじっくり聞かせてもらうからよ。…おい、縄を掛けろ」
原田の組下が縄をかける。古高は観念したのか、特に抵抗する様子もなく従った。そんな古高を尻目に、永倉と原田は店の奥へ入る。
「…監察の知らせだと、不審な荷物があるということだが…」
「不審な荷物…ねえ」
朝早いこともあり、まだ店内は暗い。手持ちの提灯をかざしつつ、周囲を探る。
永倉は一つ先の間に足を延ばした。倉庫らしいその空間は、埃が積もり空気が悪く陰湿な場所だ。どの荷物も大きな布で覆われている。永倉はその一つに手を伸ばし、広げた。
「大当たりだ」
隠されるように掛けられていた布の下には、大量の武器・弾薬・甲冑、古式だが使えそうな銃が所狭しと並べられていた。それは薪炭商らしくない、どころか普通の武具商でもこんなに取り揃えていないだろう、という量だ。永倉の元へやってきた原田がその光景を見て興奮気味に「ひゅう」と口笛を鳴らせた。
「こりゃ、一揆でも起こそうかっていう感じだな」
「一揆どころか、ちょっとした戦争だろ」
冗談めかして言った感想も、しかしそれも絵空事ではないような気がした。それは原田も同じようで、表情が真剣だ。
「あいつら…何をしようとしてたんだ」
朝靄がどうにか晴れる頃。永倉は今日は長くなりそうだと不意に思った。


古高を捕縛した後、前川邸は物物しい雰囲気となった。前川邸の土蔵へ連行された古高を、最初は野次馬的に隊士たちが物珍しそうに見ていたが、その拷問が始まると一人また一人と隊士は顔面蒼白となって帰って行った。
手足を縛り上げ拘束し、何度も殴られる古高だが何も話そうとはしない。顔が腫れ歯が折れ、唇から血が溢れてきたところでようやく自分の名前が「古高俊太郎」であるということを認めた。
「あんな武器、何に使うつもりだ!」
「さっさと吐けっ!」
強面の隊士が詰め寄るものの、古高は答えようとはしない。皮膚が爛れるほどに赤く膨れ上がっても、それ以外は吐こうとはしなかった。
「しぶてぇ…」
原田も拷問に加わったが、逆に音を上げてしまうほどだった。古高は意識を失っては水を掛けられ、意識が戻っても虚ろな表情で隊士たちを見ていた。しかし無言を固持する意思は変わらず、一向に何も言おうとはしない。
その様子を平然と見守っていた土方は、依然「続けろ」と指示を出した。
(何か知ってるから喋らねえんだ…)
もし古高が尊攘派の雑魚だとすれば、持っているだけの情報を吐いて助けを乞うているだろう。しかし、それをしないのは何かを隠しているからだ。
(それとも時間稼ぎか…)
だとすれば、一刻も早く少しでも多く情報を得たい。
「…吊るせ」
土方は拷問を続ける隊士に指示した。隊士は一瞬苦い顔をしたが、抗うことなく「はい」と答えて従った。
抵抗する力もない古高が土蔵の縄に吊るされる。傷だらけの身体を縛り上げられる苦痛に、顔を歪めていたがそれでもその口は強く引き結んだままだ。
「やれ」
この土蔵で涼しい顔をしているのは土方くらいだ。拷問を行う隊士すら顔色を悪くしながらも、古高を甚振り続けている。
「何を企んでいる!」
「観念しろ!」
隊士たちが口々に古高を脅すが、彼の耳には入っていないようだ。傷口が広がっていくのに、ますます古高の沈黙は重く強くなっていく。
周囲に血が飛び散り、すっかり土蔵は血生臭くなった。拷問する者の息も上がり、まるでここは地獄のような場所になる。
「…古高」
土方は吊るされた古高を呼んだ。虚ろだった瞳が少しだけ動き、土方の視線と重なる。
「…狼め…」
赤く膨れ上がった唇で、古高は尚も抵抗し蔑む。まだ口を利く元気はあるようだ、と土方は確認した。
「てめぇの屋敷に、吉田稔麿が出入りしていただろう」
土方がそう言うと、少しだけ古高の表情が変わった。驚いたような顔をして、しかしその瞳に自信が漲った。
「…吉田先生に…かかれば…お前らなんて、皆殺しにしてくれる…」
「何だと!」
「てめぇ、もう一度言ってみろ!」
隊士は古高の言葉に食いつくが、
「明日にでも、この国は変わるっ!それがわからない愚か者め!」
古高が叫び、隊士たちは言葉を失った。頭から血を流し、目が飛び出るほどに瞳孔が開ききった古高の姿は、修羅の鬼のようだった。先ほどまで頑なに口を閉ざしていた彼が信仰する吉田の名前を出すだけでこれだけ狂うとは。
そしてさらに
「土方副長!」
一人の隊士が飛び込んできた。
「報告いたします!役人に守らせていた桝屋の土蔵が破られました!武器等も持ち出された模様です!」
「何?!」
屯所に人数が居なかった新撰組は、古高を捕縛したのち、その隠し持っていた武具をそのままに役人に見張りを任せた。しかし古高捕縛の知らせは土方が思っていた以上に、早く敵に知れ渡ったようだ。
「あはっあははははははははははははははっ!」
古高が狂ったように笑った。
「もう終わりだ!仲間が、お前たちを殺しにやってくるッ!」
自信満々に古高は宣言し、笑い続ける。土方は真に受けたわけではないが、思わず「ちっ」と舌打ちをしていた。
「原田、こいつらを引き連れてもう一度桝屋へ行け!拷問は俺が引き受ける」
「おう!」
原田は「行くぞ!」と声をかけて威勢よく前川邸を出て行った。そうして先ほどまでは騒がしかった土蔵が、しんと静かになる。
「古高…」
土方は小さく笑った。
「俺はあいつらほど、優しくねぇからな」
と、そう言って睨んだ。





182


前川邸の土蔵の前にできていたやじ馬が、いつの間にか消えていた。皆が遠巻きに様子をうかがっているだけで、不気味にしん、と静まっている。
斉藤はその静寂を破って土蔵の前にやってきた。中に入ろうと扉に手をかけたところに斉藤の組下が慌てて駆け寄ってきた。
「斉藤先生、今は…その、誰も入るなと土方副長が」
「…中には副長だけか」
「は、はい…」
斉藤はその返答を聞くと、無視して土蔵の重い扉を開けた。止めにやってきた隊士が「斉藤先生!」と驚くが、構いはしない。
「失礼します」
明るいところから暗い場所に入ったため、最初は焦点が合わなかった。しかし土蔵が不自然なほど静まっているのはわかった。土方からの返答はなかったものの、取りあえず扉を閉めて中に入る。
「斉藤か」
人払いをしていたという割には土方は斉藤の登場に何も言わなかった。むしろ予想していたかのように不敵に笑うだけだ。
「…首尾は」
「御覧の通りだ」
そしているうちに暗闇で目が効いてきた。
目の前には人間のような物体が唸り声をあげ転がっていた。髪が乱れ、血が皮膚を伝い既に青く色を変えているものもある。よくよく見ると皮膚が裂け、爪が剥がれている。そしてその物体が息をしているのか、生きているのかもわからない。隊士がみたら卒倒しそうな光景だ。
「…随分、強情ですね」
斉藤の感想はといえば、そんな所業をした土方への恐れではなく、そこまで耐えている古高への同情だった。
「つくづく、お前は面白い男だな」
土方はふっと笑い、「手伝え」と声をかける。斉藤としては気がすすまなかったが、ここで断ることはできなかった。
土方の指示でそれまで腰のあたりに巻きつけていた縄をほどき、代わりに古高の両足首を縛り付けた。それは土蔵に前からある使い古された縄で、天井からかけられている。それをどうにか二人で引っ張り、逆さに吊し上げた。微かに抵抗する古高だが、その意識は朦朧としていた。
「起きろ」
土方は容赦なく古高に水を被せた。古高の薄目が開くのを確認すると土方は二階へ上がっていく。
「斉藤、無理せずに出て行けよ」
「…いいえ。構いません、どうぞ」
その答えに土方は「そうか」と返事したが、よくよく考えれば出ていけ、ということだったのか、と斉藤は思った。だが、この男が何を吐くか、そして鬼と呼ばれる男が何をするのか、純粋に興味があったのだ。
「古高、さっさと吐けよ」
土方はにやりと笑って、懐から五寸釘を取り出した。そして拷問には不似合いな、ガンガンガンという打ち付ける音が響く。そしてそれに呼応して古高が叫び声をあげた。それは言葉にならない発狂したものだ。
斉藤は階下から眺めていただけだったが、土方が何をしているのかは予想できた。そしてみるみる古高の表情が強張っていく。
「…てめぇが吐かねぇって強情張るなら、俺は吐かせるまで強情を張る。…どっちが勝つか、勝負しようぜ」
土方の手元で蝋燭が灯された。その光に照らされた彼の表情は、まさに鬼に違いなかった。



「何だか騒がしいですね」
外の喧騒に耳を傾けながら、総司が山南に話しかけた。寝床に横になったままの山南の耳にも届いていたようで
「君は行かなくていいのか」
と訊ねてきた。総司は少し沈黙して山南の問いに答えた。
「拷問って、苦手なんです」
笑ってみせると、山南も「実は私もだ」と安堵したように微笑んでくれた。
山南は持病の胃痛に悩まされ、加えてこの初夏の暑さにやられてしまったようだ。厠と床の往復でとても副長としての働きはできそうもない。山南自身もそれを悔しそうにしているが、動かない身体はどうしようもなく、近藤にもゆっくり休むようにと釘を刺されてしまったらしい。
「…そういえば、君菊さんのことは聞いたのかい」
「え?山南さん、ご存じだったんですか?」
土方が君菊を間者として遣っていたということは、近藤と一部の監察以外知らないことだ。どうやって知ったのかと問うと、しかし山南は「たまたまね」とその理由を濁した。
「土方くんから聞いたんだ。もう君には話したってね。…こんな時にする話じゃないかもしれないが…明里が君菊さんのことを大層慕っていてね」
「ええ。お二人の唄と舞はとても綺麗でしたね」
山南と他の隊士とともに座敷に呼んだとき、舞ってもらった『黒髪』は今までにないほど美しく、総司の目に焼き付いていた。山南も「そうなんだ」と同意する。
「目が見えなくなった時も、周囲の人間が明里を遠ざける中で、君菊さんだけが励まし続けてくれたらしい。舞だけは諦めたくないという明里に付き合って稽古をしてくれたのは君菊さんだけだと言っていた」
「そうだったんですか…」
「だから何だか他人事のように思えなくてね。烏滸がましいかもしれないが、明里が大切に想う人には、幸せになってほしいと思う」
山南とは違う理由だが、総司もそれには同意する。彼女の前向きな明るさは、廓という折の外で輝き続けるべきだ。だから、土方に身請けされると聞いたとき、苦しい気持ちを抱える自分と同時に、良かったと単純に思える自分が居たのだ。
「でも君が落ち込んでいるんじゃないかと思って」
病で疲労しているはずなのに、山南は総司の変化を指摘した。そんなに自分の気持ちが駄々漏れだったのかと総司は苦笑するしかない。
「そんなにわかりやすいですか?」
「いや…このことを知ってから、ずっと、君がそんな顔をするんじゃないかと、私は恐れていたんだ」
「…そんなに、酷い顔ですかね」
総司は両手で頬を抓ってみる。最近は確かに寝不足であまり体調は良くないが、目に見えてわかるほどだとは思わなかった。
「私で良ければ聞くよ」
床に伏せったままの山南が優しく心配してくれる。いっそ何もかも吐露して、これで良いのか、本当に正しいのか…教えてもらいたい。
しかし総司は首を横に振った。
「いえ、もう決めたんです」
もう迷ったりしない。曖昧なままで宙ぶらりんだったこの気持ちを、この関係に答えを出すと決めた。
揺るがない気持ちが、このなかに確かにある。
「山南さんは人の心配しないで、自分の心配をしてください。早く良くなって貰わないと困りますよ」
「…そう言われると、もう何も言えないな」
山南が苦笑して、総司も笑った。笑って誤魔化した。
そうしていると
「沖田組長、いらっしゃいますか」
忙しない足音でやってきたのは山野だった。すっかり総司の世話役になっている彼だが、その温厚な顔立ちが歪んでいた。
「全員招集がかかっています」



数十人の隊士が前川邸に集まったが、その数は全体数の半分ほどしかいない。招集に時間がかかっているのかと思いきや、これが今動ける人数で他の者は伏せっているらしい。このところ激しい夏の暑さに京に慣れていない者たちがやられてしまったらしい。
「あ、斉藤さん」
総司の隣に立った斉藤は、不機嫌そうに顔を顰めていた。それがどこか土方に似ていた。
「どこ行ってたんですか」
「…副長のお供」
斉藤は答えるのも億劫そうだ。副長のお供ということならば、古高の拷問に付き合っていたということなのだろう。
「何かいい情報が聞けたんですか?」
総司は世間話に近い物言いをしたが、斉藤は「俺からは言えない」と重い答えが返ってきた。総司が斉藤の顔をちらりとみると、どこか疲労した様子だ。斉藤がこんな風なのだから、よっぽど酷い拷問だったのだろう。
やがて近藤と土方が、強張った顔で前に立った。集まった隊士たちが背筋を伸ばして話を待つ。
「皆、良く聞け」
近藤はギュッと唇を引き結び、傍に立った土方が声を荒げた。
「古高が吐いた」
その報告に、皆がわっと湧く。この数か月ずっと探し求めてきた敵の姿を捕えようとしている、という事実への歓喜だ。しかし近藤と土方の顔は冴えないままだった。
(よっぽどの大事かな…)
総司は次の言葉を待った。
「奴らはとんでもねぇ計画を立ててやがった。しかもそれはいまも進行中だ、一刻も早く阻止する必要がある」
「とんでもない計画ってなんなんだよ」
せっかちな原田が声を荒げた。すると土方は一気に不機嫌な顔になる。
「…都に火を放ち、中川宮を暗殺、さらに会津本陣に乗り込み容保公の首を打ち取る。そして…その混乱に乗じて玉を奪い長州へお連れする、馬鹿らしい計画だ!」
「なんだって?!」
土方の言葉に、その場に居たものすべてが驚きを隠せなかった。
「冗談だろ」
「そんな、ありえねぇよ…!」
皆が口々に思いもよらない事実に愕然とした。
中川宮は朝廷には珍しく幕府寄りの思想を持ち、公武合体を進めてきた人物である。京を守る会津とともに恨まれるのは予想できることだ。
しかし豊かさの象徴である京を焼き払い、さらに天皇を連れ去るなど恐れ多く想像もできないことだった。御上はその名の通り「神」であり、この世に生きるものがすべてが神の臣民であり…そんな「神」を奪うなどとは想像することすら躊躇われる計画だ。
しかし総司は「山南さんの言うとおりだ」と思った。以前、山南がもし尊攘派の人間だとすれば何をするか、と訊ねたときに、今まさに土方が言った計画を実行するのではないか、と予想を立てていたのだ。
「皆も知っているように、桝屋の土蔵が破られた。武器弾薬その他も持ち出されている。古高の捕縛を知った連中が計画を早める可能性が高い。今夜にでも動くだろう」
「今夜…」
それは全く実感のない話だが、近藤の強張った表情や、土方の厳しいまなざしを見る限りだと本当の話なのだと思い知ることができる。
「新撰組はその計画を阻止するべく動く。会津や諸藩に早急に働きかけ、一網打尽にする。皆は連中に気づかれぬよう、自然を装い祇園町会所に各々集まるように。以上だ!」
皆が息をのみ。
皆が目を見張り。
そしてこれから始まるのが
紛れもなく戦争なのだと思い知らされた。



183


元治元年六月五日。昼過ぎから、時間を分けて隊士たちが祇園へと向かって行った。具合の悪い山南や他の隊士は屯所固めとして残ることとなり、三十名ほどが屯所を出ていった。
「じゃあ、歳…じゃなかった、土方君。先に行ってるからな」
近藤が数人の隊士を引き連れて屯所を出ていく。
「会津の方々のことは任せる。気を付けて行けよ」
「おう」
答えた近藤の笑顔はどこかぎこちない。近藤自ら刀を取って先陣を切るなんて場面は、今までほとんどなかった。芹沢を殺した夜でさえ近藤はその場に居なかったのだから、緊張しているのだろうということはうかがえた。
古高が吐いた浪士たちのとんでもない計画は新撰組だけで阻止できるものではなく、会津や桑名へ援兵を願い出ることとした。近藤は会津の援兵に期待を寄せていたが、しかし古高の話は到底信じられるものではなく、土方としては保守的な会津はそう簡単には動かないだろう、ということは予想ができていた。いざとなれば自分たちだけで動く決断をしなければならないだろうとさえ思っている。
近藤を見送った土方はようやく出掛ける準備を始めた。武器等は小荷駄方に任せて、できるだけ身軽な格好で祇園会所で落ち合うように指示している。浪士の連中に気づかれないようにするためだ。しかしまさか丸腰で出るわけはいかず、土方は刀を手に取った。
(…結局、新しい刀は手に入らなかったな…)
古くなった『堀川国広』を折り、今は屯所の予備の無名の刀を使用している。切れ味は良いもののやはり心持頼りないのは不満だが、無いものは仕方ない。ため息交じりに刀を帯びる。ついでに文机の置きっぱなしだった、下げ緒を手にした。伊庭から託されたらしいそれは赤が美しくおそらく高価なものなのだろう。せめてもの慰みに身に着けることにした。
そうこうして準備が整ったところで
「土方さん」
と総司が部屋にやってきた。こんな緊急時でものんびりとした口調は変わらない。
「…準備できたのか」
「はい。もう祇園に行くだけですよ」
穏やかに微笑んだ総司は、ゆっくりとその障子を閉めた。総司もいつもと変わらない軽装で、まるで今から出陣するようには見えない。
「でもこんな大事になるとは思わなかったなあ…土方さん、大きな獲物を捕まえたみたいですね」
「まだ捕まえちゃいねえだろ。いまから捕まえに行くんだ」
今まではただの序章に過ぎなかった。いまから満を持して出向き、一網打尽にしてやる。土方はそういうつもりだった。
「…相変わらず、怖いんだから」
そんな土方を察したのか、総司が笑った。
「でも…土方さんがずっと忙しそうにしていたのはこの為だったんですね」
「…まあ、そんなところだ」
自分としては忙しそうにしているつもりはなかったので、土方は曖昧に答える。そしてそこでふっと会話が途切れた。
今まで会話の途中にこんな風に途切れたことがない。どちらかが一方的に黙り込むことはあっても、言いたいことがあるのに言えない、こんなもどかしさは初めてだ。ただお互いの顔を見るだけで気持ちがいっぱいになって…言葉にならない。
(…女々しい…)
そう思うのに、様々な感情が交錯する。しかしその沈黙を破ったのは総司だった。
「…この間の、話ですけど」
「待て、いまする話じゃ…」
今聞けばどんな答えでも掻き乱される。土方は止めようとしたが、総司はそれを遮った。
「今します。だって…ここに戻って来れるか、わからないんですよ」
土方ははっとした。
こんな緊張時でも、のんびりしていると思っていたのに、総司は既に覚悟を決めていたのだ。ここに戻って来れない…死ぬことがあるかもしれない、という覚悟を。
「…ずっと、考えていました」
総司の目がまっすぐに土方を捕えていた。何の曇りも濁りもない、澄んだ瞳だった。
「土方さんが想ってくれる気持ちと、自分の気持ちが同じなのか。だって…同じじゃないと、土方さんに申し訳ないじゃないですか」
「…」
「同じ気持ちを返せないなら、答えるべきじゃないと思っていました。そんな自分なら、君菊さんの方がよっぽど土方さんに相応しいって……でも、土方さんここのところずっと塞ぎ込んでいたじゃないですか」
総司が土方の袖を取った。強く握りしめる様子は、まるで逃げられないように、つかまえて置く子供のような仕草だ。
「ずっと、話してほしいって思ってました。土方さんは、私のことを好きだっていうけれど…全然頼りにしてくれないし、何も教えてくれない」
「それは…」
「君菊さんのことを話せなかったのはわかりました。私が怒るって思ったんですよね。けど…ええと…そうじゃなくて…」
総司は少し俯いで言葉を選ぶ。
「だから…頼ってくれないのはきっと私が土方さんにとってそういう存在じゃないってことなんだって思って。だったら私は…何のために土方さんの傍にいるのかわからないじゃないですか」
「そんなの、別に…」
「良くないんです!」
総司が声を上げた。
「大切にされるばっかりじゃ…駄目だって、思って。だからこんな不確かな感情のままじゃ、土方さんの求める頼れる人間になれないって思ったんです。けど…伊庭君が」
「…また伊庭かよ」
どうにもタイミングの良い伊庭の登場に、土方は聊かウンザリした。しかし総司が「茶化さないでください」と怒ったので、仕方なく諌めるしかない。
…いや、むしろ茶化してしまったのは柄でもなく緊張しているからなのだろう。総司がもう答えを出している、と気が付いてしまったから。
「…不確かでも、きっとそばに居たらその不確かな気持ちがちゃんと埋まって行って…確かなものになるっていってくれました」
「総司…」
「だから、私は私を信じます。私が傍にいることで土方さんの為になれるように、頑張ります。…それから、土方さんのことも信じます」
総司が袖から手を離し、代わりに土方の腕を掴んだ。掴んだ指は強く…そして少しだけ震えていた。しかしその眼差しに迷いはない。
「私は、土方さんのことが…好きです」
「…」
「誰にも…君菊さんにも、渡したくありません」
土方は呆然とした。これが夢のか、現なのかわからないほどに混乱した。頭がボーっとして、しかし身体が勝手に総司を抱きしめていた。
「ひじ…」
「…やっと、言ったな」
両手を背中に回して、強く強く抱き寄せる。これが夢じゃないのだと己に焼き付けるために。
ずっと待っていた。じゃれあう様に抱き合うのではなく、大切だから、大事にしたいから、抱き合いたいと、ずっと思っていた。
「…なんでそんなに自信満々なんですか」
腕の中で総司が不服そうに言った。
馬鹿言うな。自信なんか全然ないに決まってるだろ。俺はずっと、一年近く待ってたんだぞ。
そう言いかけた口を、閉じた。
(…かっこわりぃからな…)
だからせめて意地悪をする。
「もう一度言えよ」
「な…なんでですか」
「いいから」
そう言うと少しだけ間が開いて、総司が小さな声で
「だから…土方さんが、好きです」
と恥ずかしそうに言うのを聞いて、すぐにその唇を閉じさせた。
「ん…っ」
今まで何度も口づけてきたけれど、気持ちが通い合った上での口付けは初めてで。
それは今までとは全く違う、甘さで蕩けそうになるほど熱い行為で。
今から死を賭けた殺し合いをするというのに、どうしようもなく心が満たされてしまう。もうこのままでいいとさえ、思ってしまう。
「も……としぞ…んぅ」
もう無理、と文句を言いかけた総司の唇を閉じた。抱きしめたまま交わす口付けは、回数を重ねるほどに貪りたくなる毒のようだ。もう駄目だと思うのに、上手く息ができない総司が目を潤ませて、唾液で濡れた唇で誘う。
「くそ…お前、わざとだろ」
「…ん…?」
無自覚に誘う総司をもっと貪りたくて、さらに唇を重ねた。次第に体の力が抜け始めた総司を、畳に押し付けてさらに深く、知らないところまで舐めまわす。そして唇だけじゃ足りなくて、その白い首筋にまで舌を這わせた。
「ん…っ、ぁ……歳三…さん、もう…」
息も上がってきた総司が土方の胸板を押した。これ以上唇を重ねれば、止められなくなる。離れたくない。ずっと重ねて、ずっとこのままでいたい。
「……ああ、止めておこう」
どうにか理性を保って気持ちを断ち切り、土方は総司の唇から離れた。しかしその熱だけはまだ共有していたくて、隣に横になって総司を抱き寄せた。そうしているだけで気持ちが満たされていくような気がした。
すると腕の中に納まった総司が
「…歳三さん、返事くれてないです」
と文句をいうので
「好きに決まってるだろ」
と返すと、彼は真っ赤にまた顔を染めて、しかし頷いた。
そんな風にしていられる時間はごく僅かだったけれど、この短い時間が、とても幸福で溢れていた。





184 ―誰が為に―


俺、安藤早太郎は一番に町会所へ到着した。いや、帷子や提灯などの武具が置いてあるので、どうやら小荷駄方が一度やってきたようだが姿は見えない。きっと何往復もしているのだろう。
俺は適当な場所に腰掛けて、息を吐いた。いつも屯所のなかは騒がしいので、こんな風に誰もいない場所に一人きりでいるのは久々だ。静寂なこの空間で、俺の心はいつまでも騒がしかった。
やっと、恩を返せる。
俺はそんな風に思っていた。昨年末に尊敬していた野口さんが亡くなり俺は抜け殻のようになった。何のためにここにいるのか、何のために生きているのかわからず…けれど、脱走すれば切腹だ。そんな勇気も持てず一生このまま過ごすのかと絶望した。しかし沖田先生の言葉で、俺は少しだけ立ち直った。
野口さんは俺のことを羨ましいと思っていたらしい。俺からすると理解できないが、俺の無鉄砲さと安直なところが…なりたかった姿なのだと。そして野口さんはそんな俺に介錯を任せてくれた。どんな気持ちで死に臨んだのか、そんなことはわからない。野口さんにしかわからない。けれど、俺はその事実を胸に刻んでここまで来た。
野口さんの分まで戦う。そんな烏滸がましいことは口に出して言えないけれど、けれど俺は彼が在りたかった姿でこの戦に立ち向かう。
そう、絶対に逃げたりはしない。
俺は無意識に拳を握りしめていた。


桝屋から武器弾薬が盗まれたということから、今晩にも討幕派の連中は会合を開くはずだ。だからそこを突き止めて一網打尽にする。しかし、言葉で言うのは簡単なことだが、実際彼らがどこで会合を開くのか、何人くらい集まるのか…まったくわかっていない。それに、季節の変わり目で体調を崩す者が多く、副長の山南先生を始め三分の一の隊士が屯所固めで残り残りは三十人ほどしかいない。…それに加えて、この混乱に脱走した者もいるらしい。確かに見かける顔が何人かいなかった。
そして極めつけに、会津からの応援は時間になってもやってこなかった。準備に手間取っているのだろう、と近藤局長は言っていたが皆は会津に見捨てられた、取り合ってもらえなかったのだと肌で感じていた。この夜を逃せば、次の機会はないかもしれない。…結局この人数で京の町を駆けずり回り、しらみつぶしに当たるしかないということになった。
「近藤局長と俺を頭にして隊を二つに分ける」
土方副長はそう言って独断で隊を二分した。
といっても平等に分けたわけではなく、明らかに近藤局長の方に沖田先生や永倉先生、藤堂先生ら精鋭が集まり、土方副長の方に人数が集まった。少数精鋭と多勢の集団に分けたのはおそらく副長の案なのだろう。俺はあまり剣が立つ方ではないのでてっきり土方副長の下に入れられるのかと思い来や
「安藤君は近藤局長の隊に」
「え?」
その指示に俺は驚いた。他にも平隊士は2・3人指名されたがいずれも目立って剣の強い奴らだ。俺の存在だけが浮いていた。
「副長、俺…」
何かの間違いじゃないか、俺はそう言おうとしたが
「私が指名しました」
と沖田先生に止められた。
元々俺は沖田先生の組下だったが、野口さんの事件があってからは原田先生の組下へ移動した。原田先生は土方副長の組につくようなので、俺もそっちなのだと思っていた。
「沖田先生、どうして…」
困惑する俺に沖田先生はその穏やかな微笑みで答えた。
「一度、死ぬ気になった人間はこういう時に土壇場の力を発揮するはずですから」
一度死ぬ気になった人間。
きっと沖田先生は野口さんが亡くなった後俺が殺してくれ、と言ったことを指しているのだろう。
「大丈夫ですよ」
沖田先生が優しく俺の肩を叩く。大丈夫、なんて根拠のない言葉を昔は嫌っていた。この人の笑顔が俺を苛立たせることもあった。しかし今は…純粋に嬉しいと思う。決して良い気持ちは持っていないだろう俺に、何かを期待してくれている。
「…はい!」
俺はそれに答えたい。俺を信じてくれるすべての人と…そして俺を庇って死んでいった野口さんの為に、この戦で手柄を上げてみせる。


祇園祭の宵山で、人は多く行き交い俺たちの進路を阻んだ。一年に一度の催しなのに、無粋に武具甲冑をまとい闊歩する俺たちを、都の人々は蔑んだ目で見ていたが構うことはしない。一歩遅ければこの祭りは火の祭りとなり、この町が焼き尽くされる可能性だってあるのだ。
俺たちは初夏の暑さの中、緊張感を途切れさせることなく高瀬川沿いを息を荒げつつ歩き回る。一件、また一件と宿を覗きそのどれもが外れる度に、息を吐く。鴨川の向こうでは土方副長の隊が捜索をしているがそちらでもまだ当たりがないようだ。
もしかして、空回りか…
俺たちがそんな風に思い始めた頃、近藤局長の元へ島田さんがやってきた。元々は俺の先輩に当たるが、監察に異動になってからは全く顔を合わせていなかったので懐かしく思える。その島田先輩が必死の形相で伝えたのは、尊攘派の連中が近くの近くの宿へ屯しているという情報だった。
「池田屋、もしくは丹虎へ敵が集まっているという情報があります。近藤局長の方が池田屋に近いため、そちらを改めていただくよう土方副長から言付かっております!」
「ご苦労だった!」
俺たちは池田屋へ急いだ。
コンチキチン、コンチキチンと祭囃子が耳を霞める。先ほどまで苛立たせていたその音が、今度は俺を落ち着かせた。

息を弾ませながら到着した池田屋。外観に特に不審なところはない。近所へ隊士がひっそりと確認に向かう。するとどうやら確かに怪しい集団が池田屋に集まっているらしい、という証言を得た。そして池田屋の間取りを聞き出して、俺たちはそれを頭に叩き込む。
「近藤先生」
沖田先生が近藤局長の背中を押した。近藤局長は頷いて「いこう」と俺たちに声をかけた。
「とりあえず、乗り込むのは少ない人数にしましょう。なかは天井も低く、狭いようです」
永倉先生が的確な指示を出す。俺たちは頷いてその話に耳を傾けた。
「乗り込むのは近藤局長、沖田、俺、藤堂だ。なかに何人いるかわからないが、逃げ出す連中もいるだろう。他は窓の下や裏口などを固めてくれ」
その指示に俺たちは頷いて答えた。
俺は同じ平隊士の新田さんとともに裏口の守りを固めることになった。逃げてくる連中はおそらく死にもの狂いに何人もやってくるはずだから、重要な役目だ。
「では…武運を」
「はい!」
俺たちは声を掛け合って、闘志を漲らせる。正面から突入する近藤先生らと別れて俺と新田さんは裏口へ向かった。
「…緊張するな」
新田さんは俺よりも頭一つほど背が高く大柄で、腕が立ち頭も回る優秀な隊士だ。俺とはあまり口をきいたことがないが、その生真面目な性格は見て取れた。
「俺はここで死んだとしても、何の後悔もない」
俺の決意に、新田さんは驚いた顔をする。
「安藤君、死を急ぐ必要はない!」
「急ぐつもりはありません。俺が死んだらここは破られる。…ここから誰一人逃がしません」
俺は刀を抜いた。
一度死んでもいいと思った。けれど生き長らえたのは、誰かのために死ぬという無駄死にをしても、野口さんはきっと喜ばないと思ったからだ。切腹して死んでいった野口さん。武士として死ねると喜んで死んでいった…けれど、切腹よりも、本当はこの場に居て、敵に倒されて死にたいと思ったはずだ。後ろ傷ではなく、介錯ではなく…正面から受けた傷で死にたいと。
その焦がれた場所に俺は立っている。
「だから死ぬ気で…戦います」
「ああ…そうだな」
俺の固い決意に新田さんも同意した。
そして、大きな物音が聞こえた。一気に池田屋が騒がしくなる。近藤局長たちが乗り込んだのと、わかった。


「はぁ…っ、はあ…!」
まるで世界が一変したかのように、何の変哲もない宿は戦場へと変わった。局長たちが乗り込み、俺たちは守りを固めた。永倉先生の予想通り、二階に屯した連中は窓から飛び降りて逃げ惑う。俺と新田さんは裏口でそんな奴らを相手に戦闘を続けていた。
何人切ったのかわからない。そして俺たちが無傷でいられるわけなく死んだ奴の血か、自分の血か…よくわからなくなるほどにボロボロになった。
身体が痛む。腕の当たりを斬られたようだ。目に血が入る。視界がぼやける…。俺の中で誰かが悲鳴を上げていた。
「しねぇええぇええ!」
不精髭を生やした男が俺に向かって斬りかかる。俺は渾身の力でその刀を受け、跳ね返し、そしてその拍子に石に躓いてこけたその男にとどめを刺した。
「ああ、ああああああ!」
己の血を浴びて痛みに悶絶する男。しかし構うことはできない。
「は…っ、はあ…!」
俺は切れ味の悪くなった自分の刀を投げ捨てて、その男の刀を奪った。次がやってくる。
「あぁっ!」
と、俺は背後に気配を感じた。咄嗟に振り向いたその時に
「新田さんっ!」
一緒に裏口を守っていた新田さんが深い傷を負っていた。新田さんを斬ったらしい男は、止めを刺すことなく逃げて行った。
「くそ…っ!」
俺は新田さんが斬られた脇腹に、自分の手拭いを当てた。こんなことで血が止まるかはわからない。
しかし新田さんは俺の背後に視線を向けた。
「…っ、あん…どうくん…!」
息も絶え絶えな彼が叫ぶ。俺はそれと同時に背後に熱いものを感じた。
斬られた。
俺は痛みを感じる前に振り向くと、止めを刺そうと刀を振り上げていた男に刀ごと突進した。
「ぐぁぁあ!」
刀は男の心臓に突き刺さり男はそのまま崩れる。目が見開いたまま絶命していることがわかり、安堵したところで俺に痛みが襲ってきた。
「あん……どう……」
新田さんが俺に手を伸ばす。俺は痛みを堪えてどうにかその手を取った。
「…すまない…」
「新田さん…っ!」
俺は名前を呼ぶ。しかし新田さんはそのまま目を閉じて、そしてそのまま反応はなかった。
「く…っ…そ…!」
新田さんを悼む暇もなく、俺は自分の息が上がっていくのを感じた。斬られた場所は決して浅手とは言えないほどに出血している。痛みのせいで意識が朦朧として、立ち上がることもできない。
死ぬ。
俺はそれを意識した。
「……駄目だ…」
だがその事実を甘んじて受け入れるわけにはいかない。
死んでいた仲間と
恩返しをしたい人。
そして俺を信じて、ここまで連れてきてくれた上司がいる。きっとまだなかで戦っているはずだ。
それに
「後ろ…傷、じゃねえかよ…!」
こんなんじゃ、死ねない。こんなんじゃだめだ。
たとえ戦場であったとしても、後ろ傷なんかじゃ俺は死ねねえ。
俺はどうにか新田さんの握っていた刀を手に取った。
「握りしめすぎだ……っ…」
死んでも刀は離さない。新田さんの強い意志を感じる指先だった。
そして俺はその刀を杖に立ち上がる。
まだ終わっていない。まだ戦は続いている。
朦朧とする意識の中で、誰かが目の前に立っていた。
「止めを刺してやる…!」
その言葉で、相手は敵なのだと分かった。
「……俺の、台詞だ…!」
俺は突進した。目の前は白く靄がかかり、良く見えなかったがまっすぐに進んだ。
そして誰かを刺した。
そして俺は誰かに刺された。
「…これでいい…!」
俺は倒れこんだ。差した相手が誰なのか、そして相手が死んだのか…そんなことはどうでもいい。
俺は正面の傷で死ぬ。
武士として一番誇らしい死に方で死ぬ。
「これで…いいよな」
いいよ。
ありがとう。

誰かの声が聞こえた。





185 ー葦ー

店の主である、桝屋が捕縛されたということで俄かに周りは騒がしくなった。
もちろん僕らは騒ぎを先に聞きつけて、桝屋へ帰らず定宿の池田屋に身を潜めていた。そうしていると宮部という男が顔面を真っ青にしてやってきて、深刻な表情で先生と話し合いを始めた。いつものごとく僕はいるのも、いないのも同じ…そんな扱いだったので、話は筒抜けだ。
「このままでは計画の実行が危ぶまれる…」
宮部はそう言って頭を抱えた。計画について詳しいことは僕は知らないが、おおよそ想像はつく。町に火を放って焼き払い、帝を連れ去る、そういう途方もない計画だ。
「とにかく桝屋にある武器を取り返さねばならない。今は役人たちが警備を固めている」
「それよりも古高の奪取が先だろう」
先生は特に動揺することもなく答えた。しかし宮部は眉間に皺を寄せて狼狽する。
「…確かに、古高君のことは心配だが…彼は勇猛な志士だ!簡単に口を割ったりはしないはずだ…命に代えても!」
「宮部さん、夢見すぎだぜ」
宮部の反論に、先生は「ふっ」と笑いながら答えた。そのあまりにも余裕綽々な態度に宮部は「何だと…!」と激昂する。しかし先生はその態度を変えようとはしない。
「古高は必ず吐くだろう。いや…吐かされる」
「……」
「むしろもう吐いてやがるかもな…」
先生は誰かを信じようとはしない。人は人を裏切るものだと思って行動をしている。
だから…僕のことも、何一つ信じない。
「失礼」
口論が止まったところで、障子の向こうから声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
「…どうぞ」
宮部が返答すると障子が開く。それは頭巾を深く被り最初はその顔が見えなかったが、長州藩の桂小五郎だった。
「大変なことになったようだな」
桂は端的な感想を述べた。しかしどこか他人事だ。
「…案外、あんたが口を滑らせたんじゃねえのか」
先生はじろりと桂を見た。桂はため息をついて「冗談はやめてくれ」と言いながら腰掛けた。
桂という男は藩の重鎮でありながら保守的な人間だ。前々から先生が進めてきた計画に断固として反対し、その中止を求めていた。無謀な計画を起こし、その首謀者が長州の人間だということになれば、長州藩にとって良くないことなのだろう。それを危惧しているようだった。
「それよりも…桝屋の蔵が破られたそうだ」
「なんだって?!」
桂の報告に宮部が食いついた。
「土佐の北添という男が指示を出したようだ。君たちのことを探していた」
「北添が…!」
宮部は嬉しそうに拳を握りしめていたが、先生は特に興味なく話を聞き流していた。
「すぐに北添に使いを遣ろう。今夜はここで会合を開く。…吉田君、良いだろう」
「…ああ」
先生は尚もどうでもよさそうに頷いた。しかし傍に居た桂は
「私は反対だ」
と抵抗した。宮部の目つきが鋭くなる。
「桂先生…これは絶好の機会だ。少々計画は早まったが、われわれのやろうとしていることは、成功すれば必ず長州の為になる!」
「成功すればだろう。例えそうなったとすれば私も大いに喜ぼう。しかし私はその失敗した場合を恐れている」
息巻く宮部を、桂が制した。
「失敗したらどうなる?帝のお膝元である京に火を放ち…我々は朝敵どころか、反逆者だ!」
「失敗を恐れてどうなる!」
「あなた方は何故成功する道しか考えていないのだ!その保証は一体どこにあるというんだ!」
「それは…!」
宮部が言葉に詰まり、激昂した口論は終息した。緊張感が漂い、宮部は「ちっ」と舌打ちしながら茶を飲んだ。
その様子を先生は黙って見ていた。
「…とにかく、私は計画には反対だ。一人ひとり説き伏せて…こんな馬鹿な真似はやめさせる」
桂はそう言うと立ち上がった。宮部の決意が固いように、桂の強情さも説得はできない。刀を持ち立ち上がって背中を向けた。
「桂さん」
そこでようやく先生が引き留めた。
「…君は藩下でも優秀な人材だ。この無謀さがわかっているのだろう」
桂はそう言って先生を非難する。しかし先生は宮部のように興奮することはない。
「無謀さはわかっている…無謀だと思うからこそ、俺はこの話に乗った」
「馬鹿な真似を…」
「お国に帰ることがあったら…あいつによろしく言っておいてくれ」
桂は虚を突かれたような顔をして、何故か悔しそうに唇を噛みしめた。それはなぜか痛ましい表情だった。
「…わかった」
桂はそう答えると、部屋を去って行った。


夕暮れになると、続々と尊攘を叫ぶ志士たちが池田屋に集まってきた。一人、また一人と増えていって、二十人くらいになった。皆が険しい顔をしていて、口々に
「古高を奪還だ」
「いや、ここは計画を急ぐべきだ」
と議論を交わしている。
宮部や北添という男も真剣に今後のことについて話し合っているようだが、先生はと言えば面倒そうにその様子を眺めているだけだ。僕はそんな先生の傍に居た。
「……出る」
先生はぽつりとそういうと、宮部に「外の空気を吸ってくる」と声をかけた。宮部は困ったように顔を顰めたが、先生を引き留めるようなことはしなかった。僕は先生に続いた。

祇園祭の宵山で人の流れが多く、幸運にも僕たちも目立たないで出歩くことができた。コンチキチンという祭囃子が聞こえてきて、僕はそちらに目を向ける。小さな子供たちが祭囃子の練習をしているようだ。
先生たちはこの京に火を放ち、その混乱に乗じて帝を連れ去るという計画を立てている。そしてそれを今宵にでも実行しようとしている。僕は帝がどうだろうとあまり興味はない。しかしこの京が焼き払われるということには些か困惑してしまう。この美しい街並みがなくなる…それが想像できない。
例えばそうなれば、この世界は変わるのだろうか。
「おい」
僕がぼんやりとそんなことを考えていると、先生はこちらを見ていた。人ごみの中で、先生は僕をまっすぐに見ていた。
「お前は逃げろよ」
先生は突然そんなことを言った。それはまるで気遣うように見えて…しかし僕は呆然と先生を見て
「…嫌です」
と答えた。
先生の隣が血の海になろうとも、どんな危険な場所であろうとも…僕は先生の傍を離れたりはしない。それが先生の命令であっても、それだけは従えない。
「…ずっと気になっていたことがある」
先生は僕の返答を無視して別の話を切り出した。
「お前…俺に会ったことがあるか?」
「……」
コンチキチン
コンチキチン
人が行き交う中で僕たちは見つめあう。人が沢山いて騒がしいのに、何故か祭囃子の音と先生の声しか聞こえない。
「…僕は…」
「新撰組だッ!」
二人きりの世界を切り裂くように、その声が聞こえた。先生は僕の手を引いて、咄嗟に物陰に隠れる。
すると人混みをかき分けるように浅黄色の羽織が駆けていった。武装した彼らは巡察の時よりも人数が多いように見える。人々は恐々とその姿を見送りながら
「なんや、こないなときに捕物かいな」
「興ざめやなあ」
「なんやどこへいくんかいな」
と噂した。先生と僕は物陰から離れてその浅黄色の羽織を目で追った。すると先生が忌々しげにつぶやいた。
「古高…もっと骨のある奴かと思っていたがな…」
新撰組がもう動いている、ということは、もう何か情報を得たということなのだろう。先生の顔が険しくなった。
僕は気が付く。
狼たちが掛けて行った方向は…池田屋だ。そこには宮部たちが集まっている。先生は歩き始めた。少し早足で向かうのは池田屋だ。
しかし
「…なんだ」
僕は先生を引き留めた。先生の腕に両手で捕まって抱き着くように止めた。
「離せッ」
先生はこれまでにないほど怒り、僕を振りほどこうとする。しかし僕は離れなかった。
「先ほどの答えを言います」
「あとでいい、離せ!」
「僕は……あなたが殺した男の、弟ですッ!」
僕のその言葉で、先生の動きが止まった。そして険しい顔でまじまじと僕を見る。僕の容貌は兄に似ている。意識をしてみればおそらく誰かわかるはずだ。
「……だからか」
先生は一人で得心したような顔をした。殺した男の顔を思い出したのだろう、だから見覚えがあるのだと思ったのだろう。
しかしその隙に、僕は懐から小刀を取り出した。そして先生の腕を掴んだまま…僕はその首筋に小刀を当てた。
「僕は…僕が、あなたを殺します。誰にも殺させない」
そう。
僕は、あなたを殺す。
この為だけに生きてきたのだから。



俺にむき出しの殺意を向けてきたこの男は、まるで別人に見えた。
「…なるほどな」
俺の首筋に当たる小刀は少し震えている。手慣れていないようだ。
この男の兄にあたるものを俺は殺した。確かにその容貌でその事実を思い出すことはできたものの、それが何故、どういった理由で殺したのかは全く覚えていない。
しかしこの男が俺を大層憎んでいるということはその目で伝わってきた。
「…つまり俺の傍に居たのは、俺を殺す機会を狙っていたのか」
「はい」
男は即答する。いっそ清々しいほどだ。
「憎んでいるはずの男に蹂躙されてまで、復讐を果たしたかったのか」
俺がせせら笑う。
この男は俺がどんな手荒なことをしても文句ひとつ言わず、頑ななまでに俺の傍に居続けた。きっと何か深い理由があるのだろうということはわかっていたが、まさか俺を殺す機会をうかがっていたとは、まったく想像もしていなかった。想像もしていなかっただけに、現実味がないことだ。
「僕には…それしかありません」
しかし男はとても真剣に俺の目を見て告げた。それが冗談でも偽りも出なく…本気の感情だということを。
今まで虚ろな瞳をしていた。しかしその奥には確かな殺意を持ち続けたのだ――。
「あと少しだけ待て」
俺は男の本気を信じて、そう言った。
「池田屋に戻る」
「あなたがそんなことをする必要はありません」
まるで別人のように男が俺を止めた。
「死にたい奴は死ねばいい」
「…そうもいかねえだろうが」
「何故ですか」
饒舌になった男は俺の首筋に小刀を押し当てた。痛みはないものの、皮膚が一枚切れて血が流れる。
「計画が失敗する」
「あなたは計画がどうなろうとどちらでも良いのでしょう」
「仲間が死ぬ」
「あなたには仲間なんていない。同志さえいらないと言ったでしょう」
俺のもっともらしい理由はすべて男に却下される。何やら漫才のようで、俺は思わず吹き出す。
「何故笑うんですか」
男はそんな俺が気に食わなかったようだ。さらに小刀を押し当てる。今すぐにでも首を切り裂いて殺しそうな男の勢い。
「…じゃあ池田屋に戻って、そのあとにお前に殺されてやる」
「……」
しかし俺の提案に男は黙り込んだ。
コンチキチン
コンチキチン
コンチキチン
細身の男が大柄な男の腕にしがみついて、小刀を当てているという異様な光景なのに通り過ぎていくものは誰もそれを気にも留めない。
「あなたは…誰のためにその命を使うんですか」
コンチキチン
コンチキチン
「さあ…誰の為でもいい。己の為でも、大義の為でも…お前の為でも」
コンチキチン
「あなたはいつも矛盾しています」
男は俺の目をまっすぐ見た。人形のように、ビードロのようにただ反射するだけだった瞳が俺だけをうつす。
「計画がどうでもいいなら放っておけばいい。なのにあなたはいま池田屋に戻ろうとしている。そして…同志がいないと公言しているのに、いまその同志を助けようとしている」
非難めいた物言いだった。
俺の傍に飽きるほどいれば、その矛盾には気が付くだろう。それは俺さえも感じていることなのだから。
「何故ですか」
男は俺を問い詰める。そんな答えは知らない。
「何故だろうな」
俺は鸚鵡返しに男に訊ねた。男は困惑した顔をした。
「僕が聞いています」
「わからねえことはわからねえんだから仕方ねえだろ」
そんな押し問答をしていると、遠くからざわめきが聞こえた。池田屋の方向だ。もしかしたら新撰組の奴らが乗り込んだのかもしれない。
「いいから離せ。答えはそのうち教えてやる」
「いえ、行かせません」
「だったら今すぐ殺せ」
逸る気持ちを抑えつつ、俺は男を睨み付けた。
「お前は俺を殺すために虎視眈々と俺の傍に居た。もし池田屋に戻れば俺は別の奴に殺されてしまう。それが我慢ならないから俺を殺そうとしている」
「…」
「だったら殺せ。その手をあと少し動かせばそれで終わりだ」
俺は男に促した。
できるならばこんな往来で、細腕の男に殺されるなんて御免だが、それが男の本懐なのだと言うならば仕方ないだろう。俺の命はそこまでだということだ。しかし男は微動だにしない。答えを出そうとせずただただ俺を睨みつけるだけだ。
「…矛盾しているのはお前も同じじゃねえか」
俺を殺すのだと小刀を突きつけたまま、俺を殺すべきか迷っている。
コンチキチン
コンチキチン
コンチキチン
祭囃子の音。
耳を霞めて
通り過ぎていく。
そして時間が過ぎて……
「…お前、まさか」
俺は男の目を見た。
「兄は…僕に優しかった!」
しかし男が遮るように言葉を発した。その目にはいつの間にか涙がいっぱいに溜まっていた。頬に伝っていないものの、溢れ出るのはあと少しだだろう。
「剣の立つ兄は、藩の閉塞感に辟易として脱藩し、都へ出て行ってしまった。そのことで僕の家は潰れ…僕は、売られた。僕は兄を恨んでいない、だから…この京に居ればいつか兄に出会える、そう信じて生きていた。けれど…」
けれど、俺は殺した。理由は覚えていないが、きっと些細なことだったはずだ。
「けれど…出会えなかった、あなたのせいだ…」
だったら殺せ。再三言いかけた言葉を俺は止めた。いつも無口で何もはなさなったこの男が饒舌に話すが、珍しかった。
「だから僕は貴方を殺したい。兄の敵と…僕の希望を断ち切った貴方を殺したい…殺したいのに……」
男は握りしめていた小刀を離した。カラン、と落ちて行った小刀を拾う様子もない。
俺も俺で逃げられるのに、逃げなかった。一刻も早く池田屋へ向かいたいと思っているのに…どうしてだか、足が止まったままだった。
それはきっとこの男の次の言葉を待っているからだ。
「僕は……あなたに、池田屋に行ってほしくない。……殺されて欲しくない……」
零れそうで、零れなかった涙があふれた。そして彼の言葉もまた言いたくて、言えなかった言葉なのだろう。
「僕は…あなたを……」
「それ以上は言うな」
俺は男の言葉を遮った。男は途端に力を抜き、その場に座り込んだ。しかし弱弱しいながらも俺の手を掴んで離さない。
「…離せ」
「……いやだ、いやだ…あの時も、兄の手を…離さなければ…良かったのに…っ」
握りしめたその手を、俺は離した。離れた瞬間に男が絶望的に顔を歪ませた。
「悪いが前言撤回だ……俺は、お前の為に死んでやれない」
「……っ」
「俺が死ぬのは…俺が、望んだ時だ」
項垂れていた男が、俺の顔を見た。涙にぬれたその瞳には…何がうつっているのだろうか。
「もしあそこに戻って生き長らえることができたとすれば…また俺を殺しに来い。俺はその時にお前に斬られてもいいと思ったら、そうする」
「……」
「俺は自分勝手な男だ。知っているだろう」
知っている。
知っています。
男がそう答えたような気がした。
座り込んだままの男を置いて俺は背中を向ける。たとえ無謀だとしても池田屋へ向かい、狼たちを薙ぎ払うために。
「そうだ…」
俺はしかし振り返った。
「お前の名前を聞いていなかった」
コンチキチン
コンチキチン
コンチキチン
「…よしちか…」
男のか細い声がした。
「よしちか?どんな字を書く」
「草の葦に…直衣の直…」
「葦直か」
俺は脳裏で反復する。葦直。
「…葦(あし)の根の、ねもころ思ひて、結びてし、玉の緒といはば、人解かめやも」
葦直が涙にぬれた目で俺を見た。
「…万葉集だ」
俺はまた葦直に背中を向けた。そして今度は振り返らずに走り出す。
この予感が正しいならば、俺は池田屋で死ぬのだろう。残念ながら葦直の手にかからずに、この命は尽きる。
けれど、きっと
葦直には俺が殺せない。憎い、憎い、殺したいといいながら…また同じように失敗する。それは、葦直が俺を助けようとしたからだ。俺に小刀を突きつけて俺を殺すと言って、時間稼ぎをしようとした。ただそのための行為だったのだ。
「…葦直」
俺は彼の名前を呟いた。
同志でもない、従者でもない、ただ傍に居ただけの彼の名前を、何故か呟いた。そして俺は、池田屋へと駆けて行った。




葦の根の、ねもころ思ひて、結びてし、玉の緒といはば、人解かめやも
葦(あし)の根が絡み合っているように、私たちの仲も強く結ばれているですよ、と言えば他の人が割こうなんてしないでしょう。





186 -幸なる道-


祇園町会所に、やってくるはずの会津藩の援軍がその姿を見せなかった。約束の刻限はとうに過ぎている。
歳は早々に「もういい」と切り捨てた。
「…いや、もう少し待ってみよう」
「近藤局長」
歳が俺の目を睨み付けてくる。それもそのはずだ、祇園町会所に集まった隊士たちがもう戦支度をして今か今かと待ち構えているのだから。これ以上延長すれば彼らの士気が削がれることになるだろう。歳はそれを懸念しているのだ。
しかし、敵の数も正確に分からない。古高が吐いた計画が本当だとすれば、俺たちよりも数が多いかもしれない。だからこそ会津藩に援軍を頼んだのだから、先走ってもし失敗したらどうする。御預かりとして我々を雇ってくださった会津藩に見限られでもしたら、俺たちは路頭に迷うこともある。それにもし遅れてご到着されたとすれば、会津藩の面目が立たないじゃないか。
…いや、これはただの言い訳か。
俺はただ恐れているだけなのだろう。今の場所を失うのが、そして仲間の命を俺の決断で賭けてしまうのが。
そして歳は、そういう俺のことをわかっているはずだ。
「……わかったよ」
俺は歳の言葉に頷いた。ようやく訪れた出陣の合図に、隊士たちが歓喜の声を上げる。
「しかし人数が少なすぎるんじゃないですか」
そんな中で冷静にいた永倉君が挙手し、歳に意見する。年は総司と変わらないのに、相変わらず大人びた男だ。
「近藤局長と俺を頭に隊を二つに分ける」
歳は懐から一枚の紙を取り出した。そこにはずらりと隊士の名前が書かれている。どうやらこの事態は歳にとって想定内のようだ。
「土方さん、確信犯じゃねえかよ」
原田君がからかうように笑うのを、歳が「うるせえ」と諌めた。
そして歳が名前を読み上げて行った。

それぞれが歳の指示に従い、二手に分かれるなか
「おい」
と俺は歳を物陰に呼んだ。聞かれて困る話ではないが、ややこしくなるのでそうした。
「なんだよ」
「総司を連れていけ」
俺は歳の耳元でそう告げた。
歳が決めた隊を二分するという案は、てっきり30ほどの数をそのまま二つに割るのかと思いきや、俺の隊は十人以下の少数精鋭、その他の若輩者も含めた隊士たちを歳が率いるというやや偏った編成になっていた。歳の方が優勢に見えて、実は違う。隊のなかでの使い手たちが俺の組下に入り、歳の組下には斉藤君と左之助しかいない。二人を信用していない訳ではないが、多勢には無勢だろう。
だからせめて、本当は組下に入れたかったであろう総司を移動させようとしたのだが。
「大丈夫だ」
と歳は言い切った。
「人数が居ればある程度は持つ。多少の死人は覚悟の上だ。それにもしこっちが当たりだったら、かっちゃんたちが急いで駆け付けてくれりゃあいい話だ。それよりもむしろかっちゃんのほうが当たりだったら困る」
「…俺を信用してないのか」
「違う。いくら腕の立つ使い手でも、相手できる人数は限られる」
俺よりも頭の良い歳。
土壇場での頭の回転はきっと山南さんよりも上を行くだろう。
何度も、この男の方が組頭に相応しいのではないかと思った。けれど、その度に歳は「あんたじゃなきゃだめだ」と俺を立ててくれた。
この男に出会えたこと。それがきっと俺のなかで一番の幸運だろう。
歳が居なかったら、俺はここにはいない。
だったら俺は、この幸運を武器にしよう。
「…任せてくれ。一人で五・六人相手にして見せる」
俺は微笑んで歳の目を見据えた。
もう迷いはない。
彼が築き、用意してくれた道を、俺はまっすぐに歩く。それが歳が望むことなのだろうから。
「…歳」
「なんだよ」
何かほかに話でもあるのか、と歳は俺を見る。そんな歳に俺は手にしていた刀を押し付けた。
拵えも美しい新刀だ。
「これは…?」
歳には今まで見せたことのないその刀に目が釘付けになる。
「11代和泉守兼定…今は会津兼定ともいうのだろうかな」
「兼定だと…!」
「ああ。歳の為に打たせた特注品だ」
俺はにやりと笑って、企みが成功したことを喜んだ。これは俺が驚かせようと隠し持っていた刀だった。歳が刀を折り、今は屯所の予備の刀を使っていることは知っていた。しかし副長ともあろう立場の歳がそれでは格好がつかないだろうと思い、会津お抱えの刀工である11代兼定に頼み鍛えてもらった特注品だ。
「あ!ずるい!」
歳が驚いている間に、総司がこちらへ寄ってきた。
「近藤先生、もう渡しちゃったんですか?土方さんが驚く顔、みたかったのに!」
「ははは、すまない」
「おい、お前ら…」
歳のお察しの通り、俺は歳が刀を探している、ということを総司から聞いていた。総司と二人で顔を見合わせて歳をからかうためだ。まさかこんな時に渡すとは思っていなかったが、結果的に間に合ってよかったということだろう。
「土方さんのご希望通り、二尺八寸なんですよ」
「っていうことは、特注打ちだろう。こんな高い刀、使えるかよ」
「何言ってるんだ歳。お前が『堀川国広』を持ち出したとき『高い刀だからって仕舞ってたら意味がない』って言ってただろう」
俺の指摘に歳が「ぐ…」と黙り込む。久々に歳を唸らせることができて俺は満足する。
歳は言葉を詰まらせながらも、兼定を受け取り腰に帯びた。赤い鞘が映えて見た目にも美しい刀だった。すると歳は手にしていた下げ緒をさらに加えた。しかしそれもまた赤いもので、歳らしいなと俺は笑った。
「ふふ、土方さん刀負けしないでくださいよ」
「うるせえな。お前はこんな時でも口が減らねえ!」
「ははは、やめないか二人とも」
総司が茶化して、歳が怒って、俺が止めに入る。
今までずっとそうしてきた。試衛館に居た時も、都へやってきたときも。この夜を過ぎれば、もう同じようにできないのかもしれない。誰かが欠けてしまうのかもしれない。
けれど、俺たちは前に進む。
まっすぐに、進み続けるしかない。


夜になっても残る初夏の暑さが俺たちの疲労感をさらに募らせる。そして焦る気持ちも重なっていき、自然と漏れる息遣いも荒くなっていった。
「御用改めだ!」
藤堂君が料亭に入り叫ぶ。無粋な客の登場に店主はあからさまに嫌な顔をしたが、俺たちの武装した姿には驚いていた。やや強引に店に入り改めるがそれらしい客はいない。「すまなかったな」と俺は一声かけて店を出た。
「またはずれですか」
店の外で待機していた総司が訊ねる。俺はそれに頷いてため息をついた。
「…歳の方が当たったのかもしれないな」
俺は歳が用意してくれた「怪しい」と思われる宿屋や料亭を書きとめた紙を懐から取り出した。あとはこの高瀬川沿いを何件か行って、三条大橋を過ぎたところにある池田屋くらいだ。歳はさらにその奥の丹虎という宿が目的地で、そのあとに落ち合うことになっている。
「土方さん悪運が強いですからね!」
総司はそう言って明るく笑う。その明るさが俺には救いだ。
祇園祭りの宵山で今日は人通りが多い。遠くから聞こえる祭囃子はいつもと同じ平穏な町の象徴となって聞こえてくるのに、俺たちはまるで別の世界にいるみたいだ。
「次に行こう」
俺に従う隊士たちが頷いた。祇園町会所を出てから続く緊張感、そして息を潜めて構えた先での肩透かしの脱力感。それを繰り返せばやがてそれは疲労へと変わり、士気へと関わる。焦ってはだめだ。しかし、そう思えば思うほど、その思いは募っていく。
その時だった。
「ああ、お待ちください!」
背後から俺たちを引き留める声が聞こえた。振り向くと町人体の男がこちらに向かっている。その見覚えがある姿に俺は目を潜めたが、総司が先に「島田さん!」と呼んだのですぐに分かった。古参隊士の島田魁。大柄で忠実、分け隔てない性格に好感が持てる青年だ。今は何故か本人の希望で監察に移ったと聞いていたので、こうして姿を見るのは久々だ。
「どうしたんだ」
息を切らして追いついた島田が
「出会えてよかったです」
と満足そうに笑った。そして歳からの伝言を教えてくれた。。
「池田屋、もしくは丹虎へ敵が集まっているという情報があります。近藤局長の方が池田屋に近いため、そちらを改めていただくよう土方副長から言付かっております!」
俺はその情報に、やはり、と思った。歳の話によると古高は何件か宿の名前を挙げて、そのどれかに尊王攘夷の連中が潜んでいると吐いた。その中に池田屋と丹虎の名前があったのだ。
「ご苦労だった!」
俺は島田君を激励した。そして「いくぞ!」と隊士に声をかけて、一目散に池田屋へ向かった。

俺たちは池田屋に到着した。外観からは特に変わった様子はないが、二階に人の気配はした。まずは近所の住民に浪士の目撃情報と池田屋の間取りを確認する。するとやはり何人かの浪士が宿へ入っていたようで、今日は特に出入りが激しいとの話を得た。俺は確信を得た。
「近藤先生」
そして総司も同じことを思ったのか、深くうなずいて俺の背中を押した。そして
「行こう」
と、俺は決断する。すると永倉君が池田屋の間取りから乗り込むのは少ない人数でいいのではないか、という提案があり、俺と総司、永倉君、藤堂君が斬りこみ、他の隊士には裏口等を固めてもらうようにした。なかに何人いるのかはわからない。その狭い空間で上手く立ち回るために、長年試衛館の食客を務めていた彼らがともに居てくれると言うことは俺にとってとても有難いことだった。
俺は集まった隊士の顔を見る。
厳しい法度にもめげずに、愚鈍な俺に従ってくれている平隊士たち。
若年でありながら勇猛果敢に立ち回る藤堂君。
冷静な判断で任務を遂行してくれる永倉君。
そして、俺よりも才で及ぶであろう総司。
彼らの表情がいつもよりも緊張し、強張り…しかし勇敢に見える。それは俺の気のせいではないはずだ。
「では…武運を」
俺は静かに、強く願った。また彼らの顔が見られるように。また彼らの声が聞こえるように。また、あの屯所に戻れるように。


池田屋の扉を開いた。
店の者は俺たちに気が付かない。
「御用改めである!」
俺の前に藤堂君が出て、そう叫んだ。彼の声は良く響き、奥の間から「へいへい」と悠長に店主らしき男がやってきた。しかし男は俺たちの姿を見ると咄嗟に青ざめる。
それは、今までに何軒か回った店の者とは全く違った反応で、俺をさらに確信させるものだった。
「御用改めで…」
藤堂君が繰り返して言うところで、店主は慌てて俺たちに背を向けた。そしてそのまま夢中で駆けていき、階段を上っていく。
「いかん!」
俺と、そして総司は下足で店に上り込んだ。俺は虎徹の刀身を露わにする。
バタバタと激しい音を立てて、階段を上ってく店主は叫んだ。
「お二階の皆さま、御用改めでございますっ!」
店主は必死に彼らを逃がそうとしたが、逃げられてはたまらない。手荒な真似はしたくなかったが、俺は店主の襟首をつかむと階段から突き落とした。激しい物音とともに店主は転げ落ちそのまま気を失った。
幸いにも二階にいる連中には店主の声は届いていなかったようだ。俺は急いで長い階段を登りきると、そのまま障子を開けた。
開いた先には、俺の予想を超える人数の浪士が集まった。二十人近く集まっているだろうか。それに対して俺たちの人数は7名ほど。数では圧倒的に負ける。しかしそれを悟られてしまえば負けだ。
俺とそして総司の浅黄色の羽織を見て、彼らは騒然とし、そして一気に牙を向けてくる。俺は彼らに叫んだ。
「御用改めであるっ!手向かい致すによっては容赦なく切り捨てる!」
かつてないほどの怒号に、何人か怯んだのが確認できた。しかし次の瞬間には部屋の灯が消され、真っ暗となった。
「逃げろっ!」
「いや、数はいないッ!」
「殺れ…!敵だ!壬生狼の近藤だ!!」
彼らの混乱した様子が耳に入る。俺は彼らの発する気配にだけ集中し、向かってくる刃を受け止めた。
部屋にいる男たちのうち半分ほどの気配が消えた。おそらく窓から飛び降りて逃げたのだろう。ここから降りれば庭に落ちる。そこには永倉君と藤堂君が待ち構えているはずだから問題はない。
「しねええええっ!」
俺の右側から誰かが斬りかかってくる。俺はそれを受け止めて、払いそのまま刀を刺した。男の絶叫が聞こえたが、俺は喜ぶまもなく次の敵へとその刃を向ける。不思議とどこに誰がいるのかは何となくわかった。息遣いや、殺気、そして彼らの吐く言葉…
「宮部先生っ!お逃げください!!」
左側から若い男の声がしたが、俺はそれよりもその内容に反応した。宮部鼎蔵は俺たちが探し続けてきた討幕派の大物だ。
逃がしてはならない。
俺は近くに居た男たちを薙ぎ払う。急所を突くことができなくても、利き手や足を斬りつければ再起不能となるだろう。
「狼めええぇ!」
死にもの狂いで斬りこんでくる者を斬り、俺はその宮部を追いかけた。襖を蹴り倒し次の間へ行くと、月明かりに照らされて、窓から男二人が逃げようとしているところが見えた。
若い男は俺を見るや刀を抜き、
「先生!早く!!」
と庇うように俺の前に立った。宮部らしい男は「すまないっ!」と叫んでそのまま窓から飛び落ちる。俺も追いかけようとしたが、その男が俺の前に立ちはだかった。
「この…人斬り狼めがぁぁ!」
若い男は俺に斬りかかってくる。俺はその罵倒に構わず、彼の刀を受けると、そのまま押し込めた。そして壁まで押し付けてその首筋に剣先を当てた。男は俺の力に押されて
「ぐ…っ」
と苦しそうにもがいた。しかしここで力を抜けば俺に殺される。それがわかっている男は必死に俺に抗う。
しかし次の瞬間に急に男の力が抜けた。目を見開いて絶命し、そのまま体が落ちていく。
「近藤先生、早く…!」
総司だった。総司が男の脇腹から刺し、絶命させていた。俺さえも気が付かない気配のない動きだった。しかし驚いている暇はない。総司がそうしたのは、俺に宮部を追いかけさせるためだからだ。
「ああ、頼んだ…!」
俺は二階を総司に任せて、宮部が降りた窓から、同じく身を投げた。

一階はまるで地獄絵図だった。二階から逃げ出した浪士たちが、一階で死闘を繰り広げていた。俺が思ったよりも数が多かったようで、永倉君と藤堂君が息も切れ切れに対応している。俺は彼らに応戦しつつ、先ほどちらりと見えた宮部の姿を探す。一階の灯りは灯されたままで顔が見えやすいが、なかなかその姿は見つからない。
そうしていると、裏口から絶叫が聞こえた。裏口は新田君と安藤君が守っているはずだが、この人数を二人では対処しきれないはずだ。俺は敵をかき分けて、裏口へ急いだ。
するとそこには何人かの男の身体が重なるように倒れていた。血まみれでその顔は誰だかわからない。敵なのか、味方なのか…しかし、そのうちの二人が浅黄色の隊服を血で汚していた。
「…クソ…!」
おそらくはここを守っていた二人のはずだ。俺は手当を施したかったが、そうもいかない。その裏口で息も絶え絶えに俺に剣先を向ける男が居た。
「…宮部、鼎蔵か…!」
ふらふらと立ち上がった宮部鼎蔵は、その脇腹を真っ赤に染めていた。どうやら安藤君か新田君に一撃を浴びたらしい。
「…まったく…愚鈍な連中だ…!」
傷口から溢れる血を抑えつつ、宮部が俺を睨んでいた。
「この腐った国に…未来があるのか、先が見えるのか…!目先の手柄だけで喜ぶのは、犬と同じだ…っ!」
口から血を流し、宮部は俺に訴える。
俺の信じている道は、正しくない。俺の信じている道の先には、何もない。俺が信じているものは…腐っていると。
だが、俺は答える。
「それを決めるのは、お前じゃない…!」
俺は馬鹿なのだろう。きっとまっすぐすぎて、視野が狭くて…信じやすくて、お人よしだと歳にだって何度も言われてきた。けれど、でも…それがなかったら、新撰組は生まれなかった。俺を慕う隊士たちは俺の元に集うことはなかった。
俺はそれを誇りに思う。命を賭けて信じる道を歩く彼らとともに、ここに居られる幸福に感謝する。鈍感な俺には…せめてそうすることしかできないのだから。
「…っ、……ぐ…ふっ…」
宮部は鋭く俺を睨みつけたものの、咳き込みそのまま倒れこんだ。
おそらく長くは持たないはずだ。俺は戦意を失った彼に近づき、そしてその刀を振り落した。

しかし宮部を殺したからと言って、この場が収まるわけはない。
「平助…っ!!」
俺の耳に、永倉君の叫び声が聞こえてきた。俺は宮部の死体に背を向けて、そちらへ駆けていく。
「藤堂君っ!」
近くに敵はいないものの、藤堂君が跪いていた。額から血を流し、苦悶する様子は明らかだった。頭を斬られたのか、と俺は絶句したが藤堂君の息はある。
「大丈夫か…!」
「す、すいません…」
言葉は出たことに安心しつつ、俺は手拭いを取り出して額に当ててやる。しかし出血も多い。このままでは危険だ。
そして永倉君を見ると利き手に酷く怪我をしたまま、敵と向かい合っている。痛みに顔を歪めて、しかしその刀を降ろすと自分の身と藤堂君の身が危ないことをよく知っている彼は、無心に戦い続けていた。
そして二階からは物音ひとつ聞こえない。ほとんどの敵は二階から逃げたようだが…だとしたら、総司は降りてくるはずだ。俺は最悪の事態を想像する。
「…くそ…っ!」
しかし考え込んで、落ち込んで、項垂れてはいけない。俺は藤堂君の看病もそこそこに、愛刀の虎徹を握る。
この刀は総司がくれたものだ。まだ新撰組でもない、一介の浪人だった俺にこんな高価な刀を贈ってくれた。そして約束をした。俺と一緒に京へ行く、そして俺の為に生きていく、と…。
あいつは約束を破ったりしない。素直で、従順で…愛おしい愛弟子だ。
「大丈夫だ!」
俺は意味もなく、そう言った。死にもの狂いで戦う永倉君に投げかけた言葉であり、そして自分へ投げかけた言葉だ。
藤堂君は助かるし、総司は生きている。永倉君とともに戦い続ける。目の前の敵は五・六人。倒せない数じゃない。
絶対に、大丈夫だ…!
「かっちゃん…っ!」
そこで幼馴染の声が聞こえた。幻聴かと思ったが、もう一度「かっちゃん!」と呼ぶ声が聞こえて、俺は少しだけ力を抜いた。
歳が、来てくれた。
振り返らなくったってわかる。そこに歳がいる。
もう大丈夫だ。
俺たちは、勝つ。
俺たちは、勝ち続けることでその意味を証明していくんだ。



187 -闇を走る-


祇園祭の賑わいが、上手く俺たちの姿を隠してくれている。祇園町会所に新撰組の隊士がひそかに集まる中、俺たち監察は相変わらずその職務を遂行していた。
俺がこっそり様子をうかがうのは、浪士が潜む怪しい宿屋でも料亭でもない、ましてや敵の本拠地である長州藩邸でもなく、場所は金戒光明寺。会津の本陣である。新撰組が古高が吐いた情報をもとに、会津へ応援申請をしてからもう随分時間は経つ。バタバタとお偉いさんが動く様子はあるものの、その軍が支度を整える様子はない。
「…無理やな…」
土方副長も当初から諦めていた。古高の情報の信ぴょう性を考えると、会津は動かないだろうと。その裏付けに様子を報告しろという命令を受けたが、案の定だった。
しかし会津からの応援が得られないとすれば、新撰組が動かせられる数は三十。古高の吐いた情報が正しかった場合、その数は到底足りない。
不逞浪士と呼ばれる尊攘派の連中は、この京を焼き払い会津や幕府に親しい中川宮を暗殺、その混乱に乗じて帝と誘拐し長州へ連れ去るという、まるで阿保らしい計画を立てていた。山崎でさえも「冗談やろ」と聞き返してしまったが、古高は至極真面目にそう語ったらしく、現実派の土方も取り合えずは信じているようだ。そして、その計画を実行すると仮定すれば、必要な人数は百を優に超えるだろう。そんな奴らを一斉に取り締まるとすれば、新撰組に数が足りないのは明らかだった。
情勢はいたって不利だ。だからこそ、少しでも早く情報を掴み彼らがことを起こす前に一網打尽にしなければならない。
「…帰るか」
とにかく会津は諦めたほうがよさそうだ。別の手を考える方が早い。
そう思った俺は祇園の会所へと戻った。

祇園町会所では、今か今かと隊士たちが武装しそわそわと落ち着かない様子で待っていた。これから起こる「いつもとは違う出来事」に好奇心の強い者は興奮し、気弱なものは青ざめている。
俺はあまり顔が知られていないので、傍から見れば雇われている小者のように見えるだろう。特に誰も気にも留める様子はなかったが、沖田先生と土方副長、そして隣に居た近藤局長だけが俺と視線を合わせて頷いた。そしてそれは土方副長の元へ駆け寄った。
「どうだ」
土方副長は俺に短く訊ねる。いつも不機嫌そうに威圧感のある男だが、今日は殺気を漲らせていていつもよりも数倍恐ろしく見える。
「動きはありまへん。…おそらく、このまま動かないかと」
俺は見たままをそのまま伝えた。するとやはり土方副長は予想していたようで、「そうか」と特に驚く様子もなく答えた。しかし隣の近藤局長は頭を抱えて「何故だ…」と落胆していた。近藤局長は驚くほど会津への忠義心が篤い。会津の援軍が無いということでは気弱になりかねない。
「…もう少し待ってみよう」
土方副長は仕方なく近藤局長にそう告げた。土方副長からすれば待つ意味はないと思っているだろうが、総大将が弱気になれば全体の士気にかかわる。それを見越して今は慰め励まし、局長の気持ちが落ち着くのを待つのだろう。
しかし彼がただ悠長に時間をつぶすわけはない。
「山崎」
「はい」
「怪しい宿屋や料亭を書き留めておいてくれ」
土方副長の指示に俺は頷く。しかし一応
「…俺の勘ですか?」
と訊ねた。怪しい宿屋や料亭と言っても、特に確信があるわけではない。物証も証人もないなかでは俺の勘しか頼りにならない。しかし土方副長が
「お前の勘に任せる」
ということなので、俺は自分なりに怪しい場所を書き留めることにした。

やがて約束の刻限を過ぎ、近藤局長は会津への援軍に踏ん切りをつけた。このまま待ち続けたところで、士気が下がるだけであるしただただ時が過ぎてしまう。俺としても正しい判断だと思う。そして丁度俺の書き留めたものも出来上がったので土方副長に渡した。
土方副長は隊を二つに分け、そして俺が書き留めている場所を当たることにした。俺たち監察はそれ以外の場所の様子を窺い、何かあればすぐに近藤局長もしくは土方副長に伝えるように指示を受けた。そして彼らより先に出ていく。
「山崎さん」
大柄の男が俺に声をかけた。島田魁。相変わらず目立つ男だった。
「お前、この仕事終わったら隊に戻ったほうがええな」
「…何でですか?」
「人には適材適所ゆうのがある」
島田は少し肩を落とした。お前には監察が向かない、とそう言う風に聞こえたのかもしれない。しかし俺が言いたいのはそうではない。
「そのでかい図体と、猪突猛進な性格は…監察にはもったいないわ」
監察はいつだって闇の中にいる。闇の中にあるさらに闇を探る。そしてたとえ手柄を上げたとしても決して自分の名前が表に出ることはない。先ほど書きつけた怪しい場所の一覧も、たとえ「当たり」がそのなかにあったとしても、それは俺の功績ではないのだ。そう思うと、闇の中に居続けるというのは存外悲しいことなのかもしれない。
しかし俺にはこの場所にやりがいがある。俺は剣術はそこそこだが、沖田先生や永倉先生、斉藤先生らに比べるまでもなく劣る。大勢のなかに埋もれることになるだろう。しかしだからと言って平隊士として過ごす大多数の人生はつまらないと感じた。それは俺でなくてもいい仕事だから。だから、一生誰かに認められなくてもいい、俺自身が「面白い」と思える仕事をやりつづけたかった。そしてそれが新撰組…ひいては土方副長の為になることだったら尚更だ。
つまり「適材適所」なのだ。
「いえ…俺は…」
島田は俺の言葉に戸惑った。もとに居た場所…沖田先生の組下に戻ることに抵抗があるようだ。
「自分でもわかっとるやろ」
「え?」
「死ぬとしたら、監察としてやなく……沖田先生の組下として、死にたいって思うてるやろ」
それは図星だったようだ。島田は何故か顔を強張らせ、沈黙した。そして「すみません」と謝った。
「謝ることやないやろ」
「いえ…せっかく、色々教えてくださったのに…すみません!」
そのでかい図体で頭を下げられると変に目立って、何だかこっちが申し訳なくなる。
「ええって。…俺も、物覚えの悪い部下はこりごりやわ」
「山崎さん…!」
「冗談やって」
俺は落ち込む島田の肩を叩いた。いちいち反応が素直な男だ。だからこそ、やっぱり監察には向かない。やったら、何で島田は監察に異動になったのやろうか。本人の希望ではないという話だったのだが…。
「…案外逆やったりして…」
「何です?」
目敏く俺の独り言に気が付いた島田に、「なんでもない」とかぶりを振って誤魔化した。
「…とにかく、俺たちは虱潰しに宿を当たる。少しでも怪しい宿を見つけたらすぐに近くにいる隊に報告や」
コンチキチン
コンチキチン
響く祭囃子の音のなかに、監察たちは消えて行った。


人混みの中、俺たちは怪しい場所をすべて当たって行った。宿泊客のふりをしたり、物陰から様子を窺ったり、時には忍び込んでみたり…伝手という伝手を使い怪しい連中を探すがその姿はない。俺は土方副長の隊を先回りし、鴨川を挟んで東、八坂神社の麓辺りを探る。
「くそ…」
祭囃子と行き交う人混みが俺を苛立たせる。急がなければ取り逃がす…その焦りがくすぐり続けている。
「山崎さん!」
するとそこへ大柄な男がやってきた。先ほど別れたばかりの島田だ。この初夏の暑さに汗をだくだくかいている。
「なんや」
俺が不機嫌に返すが、島田は怯まない。
「怪しい場所を見つけました!」
「なんやて?どこや!」
「池田屋という宿です。不審なものが数名、辺りの様子を窺いながら裏口から入っていくのを見たと」
池田屋。そこは確かに監察が目をつけている場所ではある。俺が書き留めた中にも入っている場所だ。しかし長州藩邸にも近く、前々から攘夷派を匿っているというある意味「わかりやすい」場所でもあった。
俺はしばし疑ったものの、有力な情報がないなかで見逃すわけにはいかない。
「わかった」
俺はしばらくここで待つように島田に命令し、土方副長の元へ走った。
土方副長の隊はある料亭の改めをしているところだった。俺は祭りに浮かれる町人のふりをして走っていき、さりげなく土方副長の背後に立つ。
「怪しい場所が一つ」
そう呟くと土方副長は振り返らずに「どこだ」と訊ねてきた。
「池田屋という宿屋です。三条大橋の近く」
「近藤局長の方が近いな」
「おそらく」
局長が今どこにいるのかはわからないが。鴨川の西、高瀬川沿いを探索しているはずだ。副長はしばし思案したのちに
「局長に伝えろ。もし当たりだったら、すぐに知らせろ」
「はい」
俺は副長に背を向けたまま去る。あくまで町人体を装ったから、特に不審に思われることはなかったはずだ。そうして俺は島田の元へ戻ると、近藤局長に伝えるように指示した。
「俺はもう何軒かしてから行く。気づかれないように動きや」
「はい」
島田は駆けて行った。


そしてそんな島田がこちらに戻ってくるのは早かった。先ほどよりも汗だくになって叫んだのは
「池田屋です!」
の一言。俺は「ようやった!」と声をかけると一目散に土方副長の元へ駆けていく。今度は町人のふりをする余裕もない。
「池田屋そうです。おそらくもう戦闘は始まってるんやないかと!」
「…わかった!」
俺の動揺とは裏腹に、土方副長はあくまで冷静に理解した。そうして組下に「池田屋へむかう!」と告げる。土方副長の組下たちが歓喜の声を上げる。
「ただし、急いで息を切らしては戦えねえ。早足で向かう」
そうした戦略的な指示に、俺は…そして周りの者は圧倒される。しかしそんな俺を置いていくように、土方副長は池田屋へとその針路を向けた。


池田屋で斬りあいが起こっている、ということは通り過ぎる町人たちの噂話からも聞こえてきた。皆が逃げるように三条大橋を駆けていく。そんななかを土方副長の組下がかき分けていく。
そうしてようやく池田屋へ到着した。祇園祭の騒がしさが、ここにはない。不気味なほどしんと静まったここはまるで世界が違う。そこで隊士は腕の立つ者はなかへ、それ以外の者は建物を固めるように指示を受けた。
「お前はついてこい。顔を見極めてもらう」
「はい」
土方副長の指示で、俺は一緒に中に入ることとなった。持っていた小刀しか武器はないが、中からは敵の気配がない。その代わりに視界には多くの人間が転がっている。生きているのか死んでいるのか、敵なのか味方なのかわからないほどだ。
そう、そこはまるで地獄だった。
俺たちは裏口から中へ入った。裏口では逃げようとする敵と壮絶な争いがあったのだろう、道を塞ぐように何人もの人間が転がっている。そしてその中に血に汚れた浅黄色の羽織があった。
遅かった。俺は唇を噛みしめて己の失策を恥じる。しかし、まだ戦いは終わっていない。
「かっちゃん…!」
土方副長が叫ぶ。俺は「はっ」となる。もしや、近藤局長に何か…?そして副長は周りも気にせずに駆けて行った。その勢いに隊士は取り残されるが、俺と原田組長は続いた。
池田屋の裏口から中へ入ると、ちょうど5・6人の敵が近藤局長、永倉組長を取り囲んでいるところだった。良く見ると守られるように藤堂組長が倒れている。俺はまさか、と絶句したがよくよくみると息があるので安堵する。しかし永倉組長は利き手から血を流していた。滴る血で大けがであることがすぐに分かった。
敵は俺たちの姿を見ると、顔を歪めた。勝てると思ったのが、援軍がやってきて怯んだのだろう。
「斬りあいは無用だ!大人しくしろ!」
近藤局長がそう叫ぶ。その迫力に敵の連中は顔を歪ませた。人数では新撰組が上回るし、状況も逆転した。彼らに勝因はない。
「くそ…!」
そしてそれを理解したのか、刀を降ろし投降した。そこでようやく土方副長の組下が駆けつけて、そのまま連中を捕えた。
俺は真っ先に藤堂組長へ駆け寄った。もともとは鍼医師の出だ、少々の医学の心得がある。
「額をやられたようだ」
永倉組長がそう教えてくれたものの、彼の右手も深く斬られている。
「永倉組長、そのまま手を心の臓より上へ。血が止まるはずです」
俺はそう言いつつ、藤堂組長の頭部を手拭いできつく巻きつけた。藤堂組長は「痛いよ」と冗談めいて笑った。しかし
「馬鹿野郎!無茶しやがって…!俺の手柄も残しとけっつうんだよ!」
原田組長は怒った風に叫んだ。しかしそれとは裏腹にその目には涙が溜まっていた。情に厚く、仲間思いの原田組長らしい激励だった。それをわかっている試衛館食客の永倉組長は「まあまあ」と原田組長を慰め、藤堂組長も「ごめんごめん」と謝る。怪我をしている二人が原田組長を励ますという、何故かそんな雰囲気にその場が少し和んだ。
俺は隊士に指示を出して藤堂組長を戸板で祇園町会所へ運ばせた。そして永倉組長の右手も同じようにきつく縛り上げるようにして、止血する。
そうこうしていると土方副長が
「総司は?」
と近藤局長に訊ねた。それまで安堵の顔を浮かべていた近藤局長の顔が曇る。
「それが…二階を任せたんだが、御覧のように気配がない」
「何だと…!」
土方副長の顔が今までになく青ざめた。そしてその動揺を抑えることなく、駆け出す。
「歳!まだ二階には敵が…!」
近藤局長は叫んだが、副長は構うことなく二階へ続く階段を駆け上って行った。






188 -碧く光る-


山崎からの報告を受け、俺は自分の悪運よりもかっちゃんの幸運の方が強いことを知った。しかしそんなことを悲観する暇はない。
「池田屋へ向かう!」
俺が高らかにそう告げると、俺の組下についた隊士たちは歓喜の声を上げた。どこの宿屋や料亭を改めても肩透かし、このままではただの空回りかと危惧していただけに隊士たちも安堵し、そして戦意を新たにしたようだ。士気が下がりつつあったことを懸念していた俺としては、有難いことだった。
しかし当の俺はと言えば、敵を見つけた安堵よりも先に踏み込んだらしいかっちゃんたちの方を心配していた。祇園の町会所でかっちゃんに指摘されたとおり、確かに数はこちらが多いが、精鋭をかっちゃんに任せた。戦力という意味では平等だ、と俺はその理由を述べたが、実際はそうではない。やはりいくら精鋭でも数には及ばない。敵の数が二十を越えれば難しい戦いになるだろう。
しかしそれでもあの人数だけを任せたのはいざというときに、かっちゃんを守れる奴らだという信頼があったからだ。
原田や斉藤がそうではない、ということではない。だが原田は感情に流されて無鉄砲なところがあるし、斉藤はかっちゃんというよりも俺の下で動くことが多い。かっちゃんの元に付かせた永倉や藤堂はなんだかんだでかっちゃんを尊敬していて、いざというときに冷静に動ける人材だ。そして何よりも、総司が命を賭けてでもかっちゃんを守るはずだ。そこへの信頼は厚い。
ただ、そんな状況は勘弁だと俺は思っている。かっちゃんの為にあいつらが…そして総司が死ぬことなんて、想像したくないというのが本音だ。だからこそ俺の悪運が勝って連中を見つけてしまいたかったのに。
しかし、今の時点ではそれは杞憂でしかない。一刻も早く池田屋へ行って加勢すればいい話だ。最悪の事態を想像する前に、為すべきは動くことだ。
「ただし、急いで息を切らしては戦えねえ。早足で向かう」
俺は自分自身の逸る心を抑えるために、隊士に指示を出した。そして池田屋へ足を向けた。颯爽と歩き始めた俺たちを町人たちが冷たいまなざしで見つめていた。そんな風に見られてもいい。正義は俺たちの中にある。
「土方副長」
隣を歩く斉藤が俺を呼んだ。俺が「何だ」と問い返すと
「大丈夫ですか」
と訊ねてきた。
こういっては何だが、俺は演技が上手い方だ。緊急の際にも取り繕う自信はある。隊士の前でも動揺しているとは思われなかったはずだ。しかし斉藤の目には俺が「大丈夫じゃない」ように見えたのだろう。鋭いというか、察しのいい奴だ。
「心配するな」
俺は曖昧に答えた。すると斉藤は「そうですか」と言って、それ以上は何も聞かなかった。
俺の中でドクドクと跳ね上がる動悸はいまだ止まりそうもない。そして焦れば焦るだけ、後悔の気持ちが込み上げてくる。
どうして、西側をかっちゃんたちに行かせた。
どうして、もっと腕の立つ奴らをかっちゃんの組下にいれなかった。
どうして、俺は総司をかっちゃんの傍に置いてしまったのだ。あいつが、自分に無茶をしても、かっちゃんを守るということは嫌でもわかっていたはずだ。だから…俺を余計不安にさせる。お前が賭けるという命は、俺にとって唯一無二のものだから。
汗が俺の頬を伝うのがわかった。それは初夏の暑さのせいなのか、それとも俺の冷や汗なのか…。足早に、と命令したはずなのにその歩調はどんどん速くなっていく。
大丈夫だ。
俺は腰に帯びた刀に触れた。かっちゃんから貰った和泉守兼定。そして伊庭から貰った下げ緒…そして嬉しそうに笑う総司の顔が脳裏をよぎる。そして
コンチキチン
コンチキチン
コンチキチン
呑気な祭囃子の音が耳を霞めていく。それは俺の心をさらに焦らせた。


池田屋に到着するとそこは不自然に静まり返っていた。近所にする住人達は遠巻きにこの惨状を眺めて、悲観的に眉をひそめていた。
真っ暗な闇。
血の匂い。
小さな息遣い。
祇園祭の騒がしさと一線を書く、別の世界がここに在った。俺の組下たちも喉を鳴らし、息を潜める。
俺はどうにか逸る気持ちを抑えて、冷静な指示を出す。
「斉藤、お前は何人か見繕って正面に回れ。左之助は一緒にこい」
「はい」
「それから山崎。お前はついてこい。顔を見極めてもらう」
監察の山崎は尊攘派の大物の顔を記憶しているし、それなりに腕も立つ。本来ならば表舞台に立つべきではないが、今はそんなことに構っている暇はない。
俺の指示通り、斉藤が表の方へ廻るのを見送って、俺たちは裏口から池田屋に入る。裏口では壮絶な争いのあとがみられ、浅黄色の隊服が血に汚れていた。たった二人でここの壁となったのだろう、数人の浪士とみられる死体と一緒に積み重なっていた。俺はその光景に「ちっ」と舌を鳴らした。やはり、人数が足りなかったかと後悔する。
しかしここで落胆する時間はない。なかは不気味なほどに静まり返っているのだ。
灯りがないなかで誰かが動く気配がした。そちらへ手持ちの提灯を向けると、大柄な男の後ろ姿があった。
俺は咄嗟に
「かっちゃん!」
と叫んでいた。
間違いない。あの背中を見間違うはずはない、あの男は、近藤勇だ…!
俺は思わず駆けだした。原田と山崎がそれに続く。
しかしかっちゃんは振り返らない。それはかっちゃんに駆け寄ってからわかった。目の前には5・6人の敵がいていまだに向かい合ったままだったのだ。
だが俺たち援軍来たところで形勢は逆転だ。
「斬りあいは無用だ!大人しくしろ!」
かっちゃんの怒号が響く。迫力のある大音声に、目の前の浪士たちは怯み「クソ」と顔を歪ませて、その刀を降ろした。
「捕縛しろ」
俺は後からやってきた隊士たちにそう命じた。敵は絶望したように座り込み、悔しそうに泣き叫ぶ者もいたが、大人しく捕縛された。そうしていると、正面から斉藤たちが乗り込んできて合流する。何人かと斬りあいになったようだが、無事に捕縛したらしい。
俺は取りあえずかっちゃんの無事に安堵した。
「怪我は?」
「ああ、大丈夫だ。それよりも藤堂君と永倉君が斬られている」
かっちゃんは眉をひそめた。平隊士によって池田屋に明りが灯される。すると藤堂は額を深く斬られて、顔面が血だらけとなり、そしてそれを介抱する永倉も右手を斬られて皮膚が割れていた。
医学の心得がある山崎が処置を施す。どうやら命の別状はないようだが、その傷は浅くはない。しかし当の本人たちは「大丈夫だ」と笑っている。
「馬鹿野郎!無茶しやがって…!俺の手柄も残しとけっつうんだよ!」
原田が怒ったように叫んだ。しかしその顔はどこか嬉しそうだ。楽天的な彼でさえ、最悪の事態を想像していたようだ。
藤堂を戸板で運ばせて、永倉も町会所へ戻らせた。俺は医者を呼ぶように付添いの平隊士に指示する。
「総司は?」
俺は恐る恐るかっちゃんに訊ねた。この場にいないことを誰も指摘しなかったことを俺は不自然に思っていた。すると途端にかっちゃんの顔が曇った。
「それが…二階を任せたんだが、御覧のように気配がない」
「何だと…!」
一階でさえこれだけの死体がある。敵の数はおそらく二十は超えていただろう。流石の総司でも、たった一人では厳しい戦いを強いられたはずだ。
こんなときに、あいつだったら笑って
「お手柄でしょう?」
と自慢げに胸を張るはずだ。この場所に不似合いなほどに明るく笑うのを想像できるのに、総司はいない。
まさか…
俺は頭が真っ白になって、気持ちのおもむくままに二階をめざし駆け出していた。
「歳!まだ二階には敵が…!」
かっちゃんの声が聞こえたが、冷静な判断とか、周りの状況とかは俺にはもう見えていない。俺はその足を止めることはできなかった。

一階と違い、二階はさらに壮絶な地獄となっていた。おそらくは二階に浪士の連中が集まっていたのだろう、一階で死んでいる数よりも倍近い数があった。歩くのにも苦労するほどだ。そんななか一人で立ち回った総司のことを考えると、俺は身震いが止まらなかった。
「総司…!」
俺は総司を呼んだ。しかし返答はない。
聞こえてくるのは小さな息遣いだけだ。生きているのか死んでいるのかわからない、屍たちの最後の呼吸。俺は何故かそれが総司の元とは思えなかった。
「総司…どこだ、総司…!」
静まり返った二階に俺の声だけが空しく響く。俺は目を凝らして彼の姿を探した。最後の力を振り絞って俺に斬りかかってくる男もいたが、俺の研ぎ澄まされた集中力には敵わず、返り討ちになった。
「…総司…返事をしろ…!」 不意に俺は…何故か、泣きたくなった。そして懐かしい試衛館の頃の思い出がよみがえる。
お前を失うくらいなら、こんなところまで来なくったって良かったんだ。多摩の田舎で、一生を終えても良かった。お前と一緒に居られるなら…俺は他には何もいらなかった。
お前を失ったら、俺はどうすればいい。
俺は蹴破られたらしい襖の次の間に入った。窓から見える月は明るく、部屋を照らしていた。今まで気が付かなかったが、今日は美しい月夜だった。こんな血に染まった場所が不似合いなほどに、雲はなく突きは煌々とこの世界を照らしていた。そしてその光が俺に教えてくれた。目の前に浅黄色の光があることを。
「総司…!」
俺は駆け寄った。総司は壁に凭れかかるように項垂れていた。周りには総司が斬ったらしい二・三人の息のない死体が積まれている。
「総司、おい…総司!」
総司の頬を何度か軽くたたく。俺は取りあえず総司に傷がないことを確認した。浅黄色の隊服は血で染まっているようだが、すべて返り血だ。
だが、総司の意識はない。その長い睫毛を伏せて、目を開けようとはしない。
まるで深い眠りに落ちたかのようだ。
「総司、起きろ…総司!」
このまま目を覚まさないつもりか。
俺は何故だかそんな風に思った。俺を置いていくのか、俺との約束はどうしたんだ。俺よりもかっちゃんとの約束を守るのかよ、馬鹿野郎。
思い余って俺は総司を抱きしめる。するとその身体が異常に熱いのがわかった。
「なんだ…これは…」
俺は総司の頸筋に手を当てた。すると酷く熱を持っている。風邪なのかと思ったが、汗をかいている様子はない。むしろ、この暑いなかで激戦を繰り広げただろうに、総司には水分が無かった。そして耳を澄ませると彼が荒く息を弾ませていた。
「土方副長!」
俺を追ってきたらしい斉藤が駆け寄ってきた。総司の姿に顔を強張らせたが「大丈夫だ、生きている」と俺が言うと、その力を抜いた。
「だが、異常に体が熱い」
「…もしや暑気あたりでは?」
斉藤の指摘に俺は納得した。屯所に残してきた隊士たちもほとんどが暑気あたり(熱中症)だ。京の夏は暑く、慣れない者が体調を崩していた。俺は総司の襟を開き手を当てる。その身体は火照っているものの、汗ばむ様子はない。
「斉藤、水あるか」
「ええ…」
斉藤は手持ちの竹水筒を俺に手渡した。昔齧った医学の知識では確か身体を冷やしよくよく水分を取らせなければ命に係わるという話だった。懐から手拭いを取り出し水で湿らせると総司の身体に置く。すると総司の熱をどんどん吸収し、手拭いはすぐに温くなった。斉藤も加わってその作業を繰り返す。しかしそれでは外側の熱を取り除いただけで、身体の内側の火照りを沈めたことにはならない。俺は何度も総司に水を飲ませようとしたが、意識のない総司は飲み込んでくれない。
「仕方ない」
俺は自分自身で水を口に含んだ。そして総司の唇を開かせてそのなかへ流し込む。総司はなかなか飲み込んではくれなかったが、何度も何度も繰り返したところで
「…っ、げほ…っ!」
と、咳き込んだ。
「総司!」
俺は総司を呼んだ。
戻ってこい。まだ行くな。こんなところでいなくなるな。俺の傍に、まだいてくれ。
俺が願いを込めて、総司を見つめた。すると、総司の瞼が痙攣してゆっくりとその瞳を開いた。ぼんやりと天井を眺めて、そしてゆっくりと俺を見た。
「…とし……ぞう、さん…?」
「総司…!」
俺は思わず総司を抱きしめた。斉藤がいることはわかっていたけれど、その衝動を抑えることはできなかった。
「歳三さん…泣いてるんですか?」
朦朧とした意識の中で総司はそんなことを訊ねた。まだ完全に目を見開いてないくせに、なんでそんなことを聞くのか…俺にはわからない。
「泣くか、馬鹿」
しばらくの間、ぼんやりとしていた総司はされるがままに俺に任せたが、次第に意識が覚醒すると
「ひ、土方さん!」
と慌てたように俺から離れた。斉藤の目を気にしたようだが、斉藤は特に反応もなく、無表情で「大丈夫そうだな」と声をかけた。
そうしていると一階からかっちゃんと原田がやってきた。かっちゃんは総司を見ると
「良かった…!」
と大粒の涙を流して駆け寄り、総司に抱き着いた。総司は
「近藤先生も…ご無事で…」
と弱弱しくも喜び、抱き返す。
俺が抱きしめたときは拒否した癖に、かっちゃんには許すあたりまだまだ俺の地位は低いらしい。
そんな下らない嫉妬心をもちつつも、俺は苦笑した。
現金な性格だ。俺は、総司が無事だと分かった途端、そんなくだらないことに嫉妬するのだから。



189 -僕を呼ぶ-


会津からの応援が来ない、ということで僕たちは先だって探索へ向かうこととなった。隊を二つに分けることになり、僕は戦々恐々としたが無事に近藤先生の組下に置いてもらえてほっとした。もちろん土方さんの組下に居ても不満はなかったけれど、やはり甘えが出てしまいそうだし…昔から抱いていた、近藤先生の為に生きて死ぬ、という僕の信念からすれば、有難いことだった。
「斉藤さん」
支度が進む中、僕は斉藤さんに声をかけた。
「土方さんのこと、よろしくお願いします」
僕は丁寧に頭を下げる。斉藤さんと原田さんが土方さんの組下だ。精鋭を欠く布陣ではあるが、斉藤さんが居てくれるなら僕は安心できる。しかし当の斉藤さんは僕の頼みに、あからさまに嫌な顔をした。
「よろしくできるものか」
「あ…はは、そうですよね」
斉藤さんがどうこうしたところで土方さんが止められるわけでもない。そういう意味では土方さんを塞き止める者は誰もいないということになる。だが、斉藤さんは「仕方ない」と言って頷いてくれた。
「できることはする。あんたも、近藤局長を守れ」
「はい、もちろんです」
斉藤さんに言われるまでもない。僕は僕の命を賭してでも近藤先生を守る。その決意を脅かすのは土方さんへの思いだけれども…それは封印しておく。それは弱さへつながる。
僕の返事に、斉藤さんは頷いて外へ出て行った。入隊したばかりの若輩の隊士は土方さんの組下に入るので、まとめるのは斉藤さんと原田さんの仕事だ。
僕は僕の支度を整えよう、と隊服を羽織った。浅黄色の隊服はこんな夜でもよく目立つだろう。
すると不意に、近藤先生と土方さんが話し込んでいる姿が僕の視界に入った。よくよく見ると土方さんが困った顔をして刀を握っていた。思い当たることがある僕は二人の元へ駆けつけた。
「あ!ずるい!」
近藤先生が手渡していたのは、和泉守兼定。会津お抱えの刀工で土方さんの二尺八寸の特注打ちを頼んでいた。
何かの世間話で、土方さんが自分の刀を折り、代わりに予備の刀を使っているという話を近藤先生とした。近藤先生は酷く心配して、新しい刀を用意してやらなければならない、と焦っていた。そこで僕は「土方さんは二尺八寸の刀を探しているらしい」ということを教えると、大急ぎで会津様に頼み込んで鍛えてもらったのだ。
「近藤先生、もう渡しちゃったんですか?土方さんが驚く顔、みたかったのに!」
「ははは、すまない」
「おい、お前ら…」
土方さんは思わぬ贈り物に顔を呆然としていた。そんな土方さんを見る機会はそうないので、僕は内心ほくそ笑む。こんな風に悪戯が成功したのは久しぶりだ。僕は胸を張って
「土方さんのご希望通り、二尺八寸なんですよ」
と主張した。土方さんはその長さに今頃気が付いたようだ。
「っていうことは、特注打ちだろう。こんな高い刀、使えるかよ」
「何言ってるんだ歳。お前が『堀川国広』を持ち出したとき『高い刀だからって仕舞ってたら意味がない』って言ってただろう」
近藤先生の指摘に歳が「ぐ…」と黙り込んだ。土方さんは姉のノブさんの嫁ぎ先である佐藤家から、前の『堀川国広』を勝手に拝借して使用し、自分勝手にそう主張していた。土方さんは二の句が継げないようだ。近藤先生に丸め込まれる土方さんなんて珍しい。だから僕もつい口が過ぎる。
「ふふ、土方さん刀負けしないでくださいよ」
「うるせえな。お前はこんな時でも口が減らねえ!」
「ははは、やめないか二人とも」
傍から見ると喧嘩しているみたいだけど、表情は三人とも綻んでいた。こんな風に過ごせる時間が最後かもしれない。そんなことが不意に脳裏をよぎったけれど、僕はそんなことは信じない。
僕は近藤先生を守るし、土方さんも負け戦なんかしない。近藤先生は誰よりも輝いて朝を迎える。
僕が迎える明日は、ただそれだけだ。

皆支度を整えて、町会所を出た。
「じゃあな」
土方さんが近藤先生に手を振る。近藤先生も「ああ」と頷いて背を向けた。僕は近藤先生の後ろを歩く。ちらりと振り返ると、土方さんと目があった。土方さんはとても心配そうに近藤先生と僕を見つめていた。それは新撰組の鬼副長としてなのか、土方歳三としてなのか…僕にはわからないけれど。
せめて安心してほしい。
僕は精一杯の笑顔を土方さんに向けた。


監察から上がってきた情報をもとに、僕たちは高瀬川沿いを探索する。手当たり次第、漏らすことの無いように宿屋や料亭を当たるけれど、皆肩透かしだ。
「御用改めだ!」
威勢のいい藤堂くんが声を張る。僕は店の前に待機していたけれど、この料亭には殺気を感じられない。すると案の定、外れだったようだ。
町は祇園祭の宵山で盛り上がりを見せていて、僕たちのように武装して歩き回るのは無粋この上ないようだ。遠巻きに眺めている町の人たちはひそひそと僕たちを見て噂話をしている。内容は聞かなくても大体想像できるので、僕は気にも留めなかったけれど。
肩を落として料亭から出てきた近藤先生に僕は訊ねた。
「またはずれですか」
すると頷いて
「…歳の方が当たったのかもしれないな」
と東側を見た。高瀬川と鴨川を挟んで東側を土方さんの組が探索している。人数が多い分、見て回る土方さんの方が多いので、当たりの確率は土方さんの方が高いのだ。
しかし近藤先生が懸念しているのは、いくら人数が多くても土方さんの組下は腕の立たない者が多いということだ。いざというときに数は確かに大きな力になるけれど、敵と向かい合った時にやられてしまっては意味がないのだから。だから僕たちはできるだけ早めにこちらの探索を終えて土方さんの方へ合流したい。
不安そうに表情を歪める近藤先生に僕は声をかけた。
「大丈夫ですよ。土方さん悪運が強いですからね!」
考えれば考えるだけ不安になる。だったら何も考えないで、土方さんは大丈夫だと言い聞かせる方がいいに決まっている。すると近藤先生も頷いて
「次に行こう」
と声を張り上げた。永倉さんに藤堂くん、他の隊士もまた表情に力が入る。
その時だった。
「ああ、お待ちください!」
背後から僕たちを引き留める声が聞こえた。振り向くと町人体の男がこちらに向かっている。僕はその姿に見覚えがあったのですぐに叫んだ。
「島田さん!」
手を振って答えると、島田さんが安心した表情を見せた。汗だくになりながら、どうやら僕たちを探していたらしいということがわかる。
「どうしたんだ」
息を切らして追いついた島田さんに近藤先生が問い詰める。
「出会えてよかったです」
と満足そうに笑った。そして土方さんからの伝言を教えてくれた。
「池田屋へ敵が集まっているという情報があります。近藤局長の方が池田屋に近いため、そちらを改めていただくよう土方副長から言付かっております!」
僕は来た、とついに運命が巡ってきたような…そんな仰々しい気持ちになった。
「ご苦労だった!」
近藤先生はは島田さんを激励し「いくぞ!」と隊士に声をかけた。今まで肩透かしを食らって落胆していたのが嘘のようだ。その横顔は闘志が漲り、一気に張り詰める。
僕たちは足早に歩く。僕は近藤先生のすぐ後ろを歩く。
先生の背中は大きい。いつまでも、いつまでも僕の前にある。僕の手が、届きそうで、届かない場所にいて…いつまでも、いつまでも僕の師だ。
先生が人一番努力してここまで来たのを、僕は知っている。土方さんの方がよく知っているかもしれないけれど…何度も挫折して、裏切られて、それでも前に進み続けた近藤先生は、すでに僕にとっての英雄だ。しかしこの英雄は、僕が知っているだけじゃだめだ。
近藤勇がどれだけ勇ましくて、立派な人間なのか。
僕はたくさんの人に知ってほしい。京を焼き払おうと画策する浪士たちから、守ったんだと僕は胸を張りたい。
そして……僕は、そのすぐそばで笑っていたい。喜んでいたい。
「何笑ってんだよ」
僕の隣を歩いていた永倉さんがからかうように声をかけてきた。僕は答える。
「嬉しいから、笑っているんです」
そうしているうちに、池田屋が見えてきた。


池田屋の外観はいたって普通の宿舎で、人の気配はあるものの騒がしさが無く不気味な静寂があった。今日は祇園祭の宵山で町中は大騒ぎになっているので、それはかえって怪しい。そこで僕たちは手分けをして周囲の聞き込みを開始した。すると確かに時間差で怪しい浪士たちが池田屋に張っていくのを見た人が何人かいた。しかし数えていたわけではないので、中に何人いるのかはわからないということだった。
永倉さんが池田屋の間取りを聞き出して、作戦会議が始まる。おそらく二階辺りに屯っているのではないかと推測され、間取りの大きさから言うと最大で20人ほどはなかにいそうだ。優に僕たちの人数を越えている。
近藤先生の表情が少し陰った。やはり人数という面において劣っているのはこちらだ。だが、新撰組が嗅ぎまわっているということを聞きつけたら、連中はすぐに行動に出てしまう。それでは後の祭りだ。
そして、この場に集う隊士に、怯む者はいない。
「近藤先生」
だとしたら、もうこの場では近藤先生の背中を押すことが僕にとっての最善の策だった。すると近藤先生は頷いて
「行こう」
と決断してくれた。僕は安堵した。
その後、永倉さんが池田屋の間取りを分析して、乗り込むのは少ない人数でいいということになった。そこで近藤先生と僕、永倉さん、藤堂くんが乗り込むことになり、他の隊士は裏口を固めてもらうことにした。
もちろん裏口を固めることは簡単なことではない。なかに大量の人数が居た場合、敵は裏口に殺到するはずだ。その砦となるのだから、それを担当する新田さんと安藤さんは厳しい戦況に陥るだろう。しかし二人は緊張した表情ではあるが、快く引き受けてくれた。
僕は近藤先生の組下に安藤君を入れてほしい、と土方さんに頼んでいた。安藤君には『一度死を覚悟したものは強い』という理由を告げたが、決して僕は安藤さんに死んでほしいなんて思っていない。むしろ生き残って、そして新たな生きる糧を見つけてほしいと思っている。僕はそんな願いを胸に秘めて、安藤さんの背中を見送った。

池田屋の扉を開いた。
近藤先生の前に藤堂さんが躍り出る。店の者が出て来ない間に
「御用改めである!」
と大音声で叫んだ。あいかわらずその小柄で細身の体のどこから声が出ているのかわからない。しかし今はさらにその声が大きく響いた。
すると奥の間から「へいへい」と特に力む様子もなく店主らしい男が出てきた。おそらく客だと思ったのだろう。しかし店主は武装して浅黄色の羽織を着た僕たちの姿をみて咄嗟に青ざめた。
僕は確信する。土方さんの悪運よりも、近藤先生の幸運の方が強かったことを。
店主は藤堂君が「御用改めで…」と繰り返そうとしたところで、踵を返した。そしてバタバタと激しい物音を立てて、駆けていく。近藤先生が素早く
「いかん!」
と叫んで二階へ駆けあがる店主を追った。僕は打ち合わせ通り近藤先生とともに二階へ駆けあがり、永倉さんと藤堂くんは一階で待ち受ける。
「お二階の皆さま、御用改めでございますっ!」
店主は必死に連中を逃がそうとしたが、近藤先生が手を伸ばした。店主の襟首を掴み一気に階段から突き落とす。僕の横をすり抜けて落ちて行った店主はそのまま気を失った。そして幸いにも店主が叫んだ声は二階には届いていなかったようで、逃げるような物音はしない。近藤先生とともに長い階段を登りきって、障子を開けた。
すると、そこには予想の上限であった二十名ほどの浪士が数本しかない灯の光の下で、身を寄せ合っていた。そして彼らは僕たちを見ると、悲喜交々さまざまな表情を浮かべた。「御用改めであるっ!手向かい致すによっては容赦なく切り捨てる!」
近藤先生のかつてないほどの怒号。傍に居た僕でさえもその勢いに驚くほどだったので、目の前の浪士たちも何人か怯む。しかしその中の誰かによって灯の光が消されてしまい、部屋は真っ暗となった。
「新撰組だ!」
「逃げろ、逃げるんだ…!」
「おのれ幕府の犬め…!」
彼らの罵倒は耳をすり抜けていく。誰かが「近藤だ!」と叫んだせいで、敵が近藤先生に集中した。
僕は暗闇の中で近藤先生を守るように前に躍り出て、感覚で刀を振り落す。狭い天井が僕の動きを阻害するがそれは計算済みだ。焦って刀を取って、斬りかかってくる連中に負ける気はしない。
そして傍で近藤先生の居合が聞こえる。道場で聞いていたそれよりも数段迫力のある声量に、何故か僕は心が踊ってしまう。そして僕も煽られるように、声を張り上げた。
すると真っ暗だった闇のなかで、柔らかな光が差した。誰かが窓を開けたのだろう、月明かりが部屋を仄かに照らす。僕は目の前の男と刀を合わせながら、視界に男たちが窓から飛び降りていくのを確認した。二階から飛び降りた場合、裏口に敵は殺到してしまう。
僕は目の前の浪士を蹴り上げて、身体の重心を崩した男にそのまま突きを繰り出した。すると絶命したらしい男が屍となって倒れる。
そしてまた逃げようとする男を追った。一人でも多く、ここで仕留める。それが僕の仕事だ。
僕の加賀清光が月の光で怪しく光る。
「や、やめてくれ!」
逃げようとした男は、身体を震わせて僕に降参の真似をした。それを信じるか否か…それを判断するのは僕じゃないし、今じゃない。
「あああぁあぁ!」
僕は男の足を斬りつけた。男は逃げることができないし、僕に歯向かうこともできないはずだ。男は座り込み絶叫する。
そんな調子で数人斬ったとき、激しい物音が聞こえた。どうやら誰かが襖を蹴り飛ばしたらしい。そうすることで次の間も戦場となる。僕はそちらへ目を向けた。すると二人の男を追いかける近藤先生が見えた。
僕は目の前の2,3人を薙ぎ払い、一人を殺す。そして近藤先生が向かった次の間へ急いだ。
近藤先生は若い男を壁に押し付けていた。どうやらもう一人の男は窓から飛び降りたらしく、残された若い男は死にもの狂いで近藤先生に抵抗していた。しかし近藤先生の背後にはまだ敵がいて、さらに何人かは階下へ逃れていた。僕は近藤先生の後ろに駆け寄ると、抵抗する若い男の脇腹を刺した。すると驚いたように若い男が僕を見る。そしてそのままずるずると身体が落ちて行った。
「近藤先生、早く…!」 僕は階下へ敵が流れ込んでいくのを懸念し、近藤先生を階下へ誘導した。ここが主戦場とはいえ大方の敵は下へ降りて行った。その分永倉さんや藤堂君、そして周りを固める隊士たちが苦戦しているはずだ。近藤先生はそういった僕の意図を汲んでくれたようだ。
「ああ、頼んだ…!」
近藤先生はそのまま僕に背中を向けて、去っていく。僕は安堵して見送って、まだ二階にいる敵の数をおおよそ数えた。
三人。
だったら大丈夫だ。すぐに終わる。そして早く下に降りて応援に回って…
僕が先走って計算をし始めたその時、目の前の景色が歪んだ。
「…え?」
三人だ、と思った敵の数が、六人に見える。しかし瞬きをするとまた違う数に見えて…僕は混乱した。挙句に視界の幅が狭くなって、その色が朦朧とし始めた。
そんな戸惑いを悟られまいと、僕は構える力を強くする。新撰組の沖田だと気が付いたらしい敵は、様子を窺って斬りこんでこない。それが今は幸いだった。
僕は頭が朦朧とするのを感じた。
ふらり、と倒れそうになるのをどうにか足で支える。急に襲ってくる吐き気、眩暈、動悸…そして息切れ。さらに身体中の体温が上昇して火照らせる。僕はいま確実に鈍くなってしまっている。
「しねえええええ!」
憎しみを叫んで、斬りかかってくる男を僕はどうにか払った。今までの軽快な動きがどこかへ行ってしまったかのように、その動きがとても重く感じる。
なんだ。
これはいったい、何なのだろう。
もう一人の男が斬りかかってくる。僕はどうにか勘で、突きを繰り出して、それは男の脇腹を霞めたようだ。そのままふらりと倒れて気を失ってしまった。そして先ほど斬りかかってきた男がもう一度、僕を狙ってくる。僕は狭くなってしまった視界で、刀を流して背後から一突きした。こちらはすぐに絶命したようだが、僕は確認できない。
あと一人。
もうひとりで…どうにか、体勢を整えることができるだろう。
「くそおおお!」
目の前で二人を斬られて激情した男が、僕に真っ向から斬りかかる。その太刀筋が余りにも策のない愚直なもので…僕はかえって助かった。真っ向勝負で、僕の速さが勝ち男は崩れて行った。
そして僕も、崩れた。
「…く…」
頭を抱えて、項垂れる。ふらふらと後ろ歩きをして壁に凭れかかる。そしてそのままずるずると座り込んだ。
緊張感から解き放たれて、ますます僕は自分の体調が悪くなるのを感じた。目を開いても、一筋の光も差し込んでこない。ぐにゃぐにゃと歪になった視界が、さらに僕の動悸を激しくしていく。
この正体がいったい何なのか、僕にはわからない。
それよりも意識を繋ぎとめておくのが必死で…僕は悟る。
こんなところを見つかったら、きっと僕は敵の餌食になる。このまま死んでしまうのだとしたら…僕はそれまでだ。
けれど僕は、まだ何もしていない。
このままじゃ駄目だ。
こんなのじゃ、僕は死ねない。
どうか。
神様。
僕は、あの場所に帰りたい。近藤先生がいて、試衛館の皆が居て、隊士が揃っていて、そして…歳三さんが居る場所に。
こんなところで死にたくない。
けれど無情にも、僕の目は閉じて、身体の力は抜けて、そのまま意識も消えた。


そしてたどり着いた。

真っ暗な闇の中で
僕は迷子になった。
何も見えない、何も聞こえない
誰もいないここで
僕は彷徨った。
僕は呼んだ。
彼の名前を呼んだ。
叫びながら、泣きながら。
己の声だけが木霊するこの暗闇の中で
僕は、彼の名前を、呼んだ。
まるでその言葉しか知らないみたいに
ずっと、ずっと、何度も、繰り返して、繰り返して
声が枯れるほど、声が擦れるほど
彼の名前を呼び続けた。


すると
戻ってこい、と
僕の手を引いてくれる
彼が居た。


「総司…っ」
暗闇から逃れた僕は、僕は目を開けて、その顔を皺くちゃにして、嬉しそうに、愛おしく僕を見つめる彼を見た。
そして強く強く抱きしめられて
あれは夢だったのか現実だったのか…そんなことを、考えていた。






190 -終りに-


葦直と離れ俺は池田屋へ向かった。しかし既に建物を狼たちが囲い、俺が戻る隙はない。遠くから隠れるように様子を窺ったが、池田屋からの血の匂いは十分に届いた。野次馬達の話によればもうすでに戦闘は終結へ向かい、こちらは何十人も死傷者が出ているが、新撰組は少数人数で襲撃し制圧したらしい。
完全に俺たちの負けだった。
桂が言うように、計画は失敗した。
「…ちっ」
京を焼き払い、帝を誘拐する…その計画に乗り気だったわけではない。桂が言うように失敗した場合を考えると、とんでもなく途方な計画ではあった。しかし今こうして失敗を目の前にすると悔しさが込み上げる。仲間でなく、同志でもない…だが、彼らが敗者として葬られるのは気がすすまないことではあった。
野次馬をかき分けて俺は前へ進む。
このまま生き長らえるよりも、正面から池田屋に突入し、討ち死にする方がまだマシだ。一人でも多く狼を狩って…冥土の土産にしてやる。
しかしそんな俺の腕を引き、止める者があった。
「先生…!」
小声で俺を呼んだのは、計画に参加していた浪士の一人だ。顔は覚えているものの、名前はよく知らない。右腕に怪我をしているようだ。
「宮部先生も…北添先生も、やられました。残っているのは先生だけです…!逃げてください…!」
池田屋から死にもの狂いで逃れたのだろう、彼は必死に懇願していた。
俺はそんな男の懇願を無視して前へ進もうとする。しかししがみついて離れない男は、「お願いです…!」とさらに力んだ。
そうしていると
「会津や!」
という野次馬の声が上がった。俺がそちらへ目を向けると、会津と桑名の軍隊が池田屋へ到着していた。その数えきれないほどの人数を従えた軍に、俺は言葉を失う。
俺は前へ進む足を止めた。
そして一転、踵を返す。
「どちらへ…!」
その声を無視して俺は駆けだした。


扉を叩く。
握りしめた拳が赤く腫れて、中の骨が砕けるほどに強く、強くたたく。
藩邸に打ち付けるような音は大きく、大きく響いたが誰もとの扉を開けようとはしない。きっと俺がその音を鳴らすことを、知っていたのだろう。
「この…腰抜けめ…!」
俺は叫んだ。
「会津や桑名が出張ってきた。仲間を殺された報復に戦を仕掛けるのは今だろうが…!」
新撰組も会津も桑名も…一網打尽に、してしまえばいい。
長州が兵を出してくれるなら、俺はその先頭になって討ち死にしよう。それが、死んでいった奴らへ対する俺の返答だ。
しかし扉はあかない。
「吉田君」
分厚い扉の向こうから、暗く苦い声がした。その声の主を俺は知っている。
「桂…!」
憎しみを込めて、俺はその名前を呼んだ。
「私は君がそんな途方もないことを今後一切口にせず、長州の為に尽力してくれると信じている」
いつも冷静で、
「池田屋のことは残念だと思っているが…長州としては無関係を主張する」
いつも逃げ回ってばっかりで
「君だって…わかるだろう?」
周到に立ち回るあんたを、俺は尊敬していて、でも嫌いだった。
「……」
「これ以上、同志を失いたくはない」
同志。
そうだ、彼らは同志だった。
俺が一番信じない、信頼しない、無駄な仲間意識を持ち…くだらない人間の集まりだった。
だが、俺は何故か見捨てることができない。死んだというのなら、彼らを殺した人間に報復してやりたい。この命を賭してでも…仇を討ちたい。
『あなたはいつも矛盾しています』
葦直が言うとおりだ。
俺はこんな風に同志のことを見捨てられないのに、同志を殺してきた。単純で安易な理由で。この矛盾した気持ちを持ち続けていた。
「知るか」
おそらく俺は、孤高でいたかっただけだ。
本当は同志という力が欲しかったのに、それを良しとせずに、ただ群れ合い飯事のような師弟関係を持ち続けることが…できなかった。
『君は虚勢を張っていて、その実、怖がりだよね』
ああ、まったく
その通りだ。
いつもいつもいつもいつもいつもいつも
的を射たことをいうお前が、
俺のすべてを理解しているお前が、
憎くて、嫌いで…ずっと、そんなお前に認められたいと思っていたよ。
「…残念だ」
扉の向こうで、桂が落胆した。そして足音が聞こえてきた。その音はどんどん遠ざかり…消えて行った。
俺は扉を叩くのをやめた。そうしたところで、この屋敷には何も響きはしない。
彼らの悲鳴も、志も…無関係だという一言で消えていく。
俺はそこに座り込んだ。
おそらく、この藩邸にも会津がやってくるだろう。この場に座り込んでいても、何も変わらないだろう。
「はは……」
敵に殺されるくらいなら…自分でその幕引きをした方がいい。
だったら、俺を殺したいと願った葦直の元へ帰ったほうがまだいいのかもしれない。
けれど、それはできない。
葦直は俺のことを殺せないし
俺は葦直の手で死にたくはない。
「…悪いな」
俺は腰に帯びていた刀を鞘ごと抜いた。そして目の前に置いて、その刀身を表す。
暗闇の中で月が淡い光を放つ。包み込まれそうなほどに柔らかな光のなかで、俺の心中は穏やかだった。
切腹は嫌いだ。
自分で自分のことを殺すなんて馬鹿げている。だったら鉄砲玉の盾になる方が、数倍も役に立つ。
俺がそう主張するとあいつはいつも笑っていた。
『潔い死に方じゃないか』
あいつの意見は、いつも俺の者とは相違している。それが偶々なのかわざとなのかはわからない。
『けれど、確かに君は切腹なんて死に方はしなさそうだ』
達観していたあいつはそう言って俺を笑った。それは嘲笑ではない、ただ、『君はそうだよね』と確認されるような微笑みで…。
そんなあいつは、俺が切腹したと知ったら、なんていうだろうか。
少しは驚いて、
少しは外れたなと思って
少しは…悲しむだろうか。
「…ぐっ…っ!」
俺はその刀身を自身に向けた。痛みはない。ただ切り裂かれるような感覚と体内をかき回される感覚に…ああ、死ぬことはこんなに難しいのかと知る。
走馬灯とはこういうことなのかと思うほど、俺の脳内には様々な景色が映し出される。
生まれ育った祖国
勉学に励んだ幼少時代
浜辺から大海を眺めていたあの頃
京の大きさに驚き
華やかさに目が眩み
そして葦直と出逢った。

目が霞み、
音が消えて、
大きな穴に落ちていく。
身体が沈んで
俺が、終わる。







解説
181ストーリーの展開上、「古高判明」→捕縛となっていますが、実際はおそらく捕縛→「古高判明」だと思います。
182古高の拷問について、逆さ吊りにして五寸釘を足の裏に打ち込み、蝋燭に灯をともし蝋を流す…というのは 良くある話ですが、特に確証はないことだそうです。ですが今回は取り入れてみました。
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