わらべうた




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十日間の謹慎を終え浅野が配属されたのは十番隊原田左之助の組下だった。
「ま、大石が監察に移動した穴をお前が埋めるってわけだな」
組長以上は浅野の嫌疑について知らされていたが、原田は豪快に笑いあっさりと受け入れた。しかし浅野はそう簡単に心を入れ替えることなどできるはずはない。
(謹慎後に監察から平隊士への降格…当然、邪推されるに決まっている)
周りの隊士からの冷たい視線をひしひしと感じていた。
一番隊から監察方へ…隊士たちを取り締まる立場から急転直下の降格。皆が出世コースを外れた情けない男だと嗤っているに違いないーーーそんな風にしか考えられなかった。
「…まあ、しばらくは巡察に加わらずに小荷駄方として武器弾薬の整理に当たるようにってお達しだ。しっかりやれよ」
「わかりました…」
原田は浅野の肩を軽く叩き、そのまま手をひらひらさせながら去っていった。
その場に一人残された浅野だが、背中に視線を感じていた。それは隊士からのものではない。
謹慎の終了を言い渡された時の土方の言葉を思い出す。
『謹慎は終わりだが、お前の嫌疑が晴れたわけではなく、また記憶は無くとも河上が再びお前に接触する可能性はある…しばらくはお前を監視することになるだろう』
どこからか、かつて同じ立場だった監察が見張っている。
(立場がすっかり逆になったな…)
浅野は「はは」と自虐的に笑う。掠れ乾いた生気のない声だ。
そして無意識に溢れた。
「…銀…」
全てを失った浅野にとって、心の拠り所はあの無邪気で明るい笑顔を思いだすことしかなかった。


「沖田せんせい、なんや元気あらへんなぁ?」
丸々とした大きな瞳に覗き込まれ、総司はハッと驚いた。
非番の今日は久々に壬生子供達の遊び相手になっていたのだ。
「…ごめん、為坊、何でもないよ」
「ほんまに?」
「ほんまにほんまに。鬼ごっこに疲れただけだよ」
「ふうん?」
屯所として世話になっていた八木家の子息の為三郎はまじまじと顔を覗き込んできたが、総司はどうにか笑って誤魔化した。
「じゃあ、今度は鬼ごっこやめて泥団子にしよ。知ってる?雪合戦みたいに投げ合うんやで」
「泥団子って…こんな寒いのに」
「寒くなんかあらへん!」
為三郎が声を上げると、一緒に遊んでいた近所の子供達もまるでカエルの輪唱のように「やるで!」「泥団子!」と喜んで散り散りに駆け出してしまう。こうなると総司には止められないので、仕方なく付き合う以外に選択肢はない。
(気が紛れていいや)
此の所、気落ちしていた。理由は河上のことや浅野のことなど様々あるのだが、そのどれもがそうでもないような気がして的を得ず不明瞭だ。
ただただこみ上げる漠然とした不安ーーー言葉に形容するのは難しい。
総司は無邪気な子供達を眺めた。この世の混乱など彼らの小さな世界には関係なく、日々が彩り豊かな笑顔に包まれている。そんな彼らが湿った土を小さな手のひらでせっせと丸くする様子が愛おしくて、総司も混じって同じように繰り返す。
(そういえば、試衛館にいた頃…雪が降れば雪合戦は定番だったなぁ…)
流石に泥団子は作らなかったが、試衛館に積もった雪を誰からともなく丸め始め、いつの間にか雪合戦に発展していった。原田や永倉、藤堂が率先して参加し、山南は最初は遠慮がちにしていたが雪団子を作るのは一番上手だった。そしていつもは遅くまで寝ている土方もその時ばかりは早くに起きて采配を振るっていたものだ。
あの頃皆良い年の大人だったはずなのに、無我夢中になっていた。
(今では考えられない光景だけれど…)
もう二度と繰り返されることはないけれど鮮明に思い出せるほど、楽しかった記憶。
「いくでー!」
泥団子を作り終えた子どもたちがあちこちで投げ合いを始める。始まりのスタートもなくただ泥団子に当たらないようにするだけという無秩序なルールだけれど、子供達ははしゃぎ、壬生寺の境内を走り回った。
総司は数人の子供の標的にされ四方八方から泥団子の応酬に会う。手加減をするものの避け切るのも難しく袴のあちこちが泥に汚れた。
「やったなー!」
「わぁ!あかん!」
「逃げるでー!」
試衛館の庭よりも壬生寺の境内の方が当然広い。そのせいで鬼ごっこよりもゴールのない駆けっこのようになってしまい、息も切れ切れだ。しかし身体の疲労は蓄積されても、心の中は童心に戻っていくかのように心地よい。
疲れ知らずの子供達は顔を泥だらけにしたまま走り回りその範囲を広げていくが、次第に人通りのある表門へ近づいていく。
「そっちはあぶな…」
総司が注意しようとした時だった。
「…あ…っ」
顔面を蒼白にした為三郎が立ち尽くし、そして目の前には武家風の男が一人立っていた。男は羽織の袖についた黒い汚れに目を向けていた。泥団子が当たってしまったのだと気がつき、それまではしゃぎまわっていた子供たちが一気に黙り込み、重たい空気に包まれる。
総司は為三郎のもとへ駆け寄った。
「申し訳ありません、お召し物は…!」
といいかけたところで、その男と目があった。
「…鈴木さん…」
「あなたでしたか…」
九番隊組長鈴木三樹三郎は一瞥をくれると少しため息をついたのだった。

総司は鈴木から羽織を受け取り、境内の水場で汚れを落とすことにした。鈴木は最初に拒んだが、「早く汚れを落とさないと」と総司はやや無理やり彼を誘った。
「子どものした事なんで勘弁してやってください。汚れが落ちなければ私が弁償しますから」
「…構いません。生地はもともと黒で汚れは目立ちません」
「そう言っていただけるとありがたいです」
淡々とした物言いだが別段彼が怒っているわけではないことに安堵した。子供たちは無表情の鈴木に怯えていたようだが、彼はいつも物事に動じず表情を変えないのだ。
「…よし、汚れは随分落ちたと思いますが」
「ええ」
「良かった。…はは、試衛館にいた頃、よく胴着の汚れを落としていたことが役立ちました」
「…そのような下働きを?」
鈴木は少し驚いた顔をした。
「もともと貧乏武家の食い減らしとして試衛館に入りましたから。料理に洗濯、掃除…当時の女将さんにはしっかり仕込まれました」
「…てっきり環境に恵まれているのだと思っていましたが」
「はは…確かに幼少の頃は食うにも困っていましたが、結果的には恵まれていますよ。近藤先生は下働きの私に剣術を学ぶ機会を与えてくださった…感謝しています」
「…そうですか」
彼は頷きつつ、起伏のない相槌を打った。そして総司から羽織を受け取ると袖の汚れをまじまじと見た。傍目には汚れているようには見えないはずだ。
「正直…汚れが落ちなければ困っていました。この羽織は兄上から頂いたものでしたから、弁償などできようもない」
「伊東参謀の…」
「だから兄上に…子どもの投げた泥団子が避けられなかったなど、恥ずかしくて言い訳にも、笑い話にもなりません」
「はは、確かに!」
総司は声を上げて笑ってしまった。頑なに無表情な鈴木は内心子どもに憤っているのだろうと思っていたので、そんなことを考えていたなんて思いもよらなかったのだ。
すると彼は失言だったと思ったのか少し�茲を紅潮させて「屯所に戻ります」と踵を返して歩き出してしまった。
「待ってください、私も戻りますから一緒に行きましょう」
「何故あなたと…」
「まあまあ、良いじゃないですか」
鈴木は不満そうだったが帰る道が同じなので渋々受け入れた。
初対面からどこか互いに苦手意識があり遠ざけていたが、
(悪い人ではないのかもしれない)
と総司は思った。




解説
なし
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