わらべうた




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「姉さん…どうしてここに…」
久々の姉弟の再会が現実と思えず、総司は呆然と立ち尽くす。久々に会う姉は姿形はさほど変わっていなかったが、数年会わなかった分だけ大人びて落ち着いて見えた。
しかし突然の姉を前にして総司は言葉が出ず、みつは困惑して首を傾げる。するとその場にいた土方が「あっ」と声をあげた。
「…悪い。お前に手紙が届いていたこと、ゴタゴタしてすっかり忘れていた」
「え?手紙?」
「かっちゃんからお前に渡すように預かっていたのをそのまま…」
「そういうことでしたか。土方さまはお忙しいのでしょう、どうかお気になさらないでくださいませ」
総司はまだ驚きを隠せなかったが、みつは状況を理解すると丁寧に頭を下げた。
「大変ご無沙汰をしております。弟がお世話になって…」
「いえ、こちらこそ…隊士募集で江戸に戻った時以来、二年ぶりでしょうか」
「ええ、お元気そうで何よりでございます」
みつは穏やかな笑みを浮かべ土方へ一通りの挨拶を述べるとようやく総司の方へ視線を向けた。
「…元気そうね、良かった」
「姉さんも…義兄さんも一緒に?芳次郎は…」
「今回は私の一人旅よ」
「え?江戸から一人で?女子の一人旅なんて危ないな」
総司の言葉にみつは目を丸くすると口元を押さえて笑った。
「あなたからそんな気遣いの言葉を聞けるなんて…少しは大人になったようね」
「私もそれくらい言います」
「どうかしら。なかなか手紙の一つも寄越さないくせに」
京にやってきて総司が故郷に宛て手紙を書いたことは片手で足りるほどしかない。痛いところを突かれ総司は言い返せなくなる。するとみつはくすくすと笑った。
「良いのよ。便りがないからこそあなたに会いに来る口実ができたのですから」
「もう。姉さんらしいなあ…」
姉弟として気の置けない会話をするのは久方ぶりだが、不思議と懐かしさはなくいつもそうしていたように思う。試衛館とは違う血縁の距離感に総司も自然と微笑んだ。
すると土方が
「良かったら屯所に案内します。近藤も今日は一日屯所にいるでしょうから。…総司、お前は永倉か斉藤あたりにこれからの巡察を代わってもらえ」
「良いんですか?」
「姉弟水入らずは何年振りだ。気にせず…」
「いけません、土方さま」
土方の誘いをみつは強く遮った。
「しかし…」
「良いのです。私はあと数日こちらに滞在しますし、総司とはお役目のない時にまたゆっくりと…」
柔らかい微笑みに反して強い眼差し。昔から長女として責任感の強いみつにそう言われては、土方でさえもそれ以上は食い下がることはできない。
「土方さん、姉はこういう人ですから」
「ああ…」
土方は渋々「わかりました」と了解した。


総司は予定通り巡察に向かい、土方はみつとともに近藤の部屋を訪ねた。
突然の訪問に近藤は驚きながらも歓待した。
「いやあ、お久しぶりです。何度か手紙のやり取りはありましたがこうして実際にお会いするのは…三年前に江戸に下った時以来ですかな…おみつさん」
「はい。いつも総司が大変お世話になっております」
「いやいや、よく働いてくれています。俺たちは老けましたが、お変わりなくお美しい」
「まあ、お上手ですこと」
近藤がさらりと挟んだ褒め言葉にみつは微笑んだ。長い睫毛、高い鼻梁、形の良い唇ーーーその横顔は見れば見るほど総司とよく似ていて、もし女装させることがあればみつにそっくりになるだろう。
近藤は腕を組みながら土方に目を向けた。
「しかし、総司は巡察か?歳、せっかくこうして足を運んでくださったのだから観光案内くらいさせたらどうだ」
「ああ…」
「近藤先生、土方さまを責めないでくださいませ。私がお断りしたのです。…総司には昔から与えられた仕事は例え身内に不幸があろうともやり遂げるように教えてまいりました。私がここに来ただけのことでお役目を蔑ろにさせるわけにはまいりません」
「はあ…そうですか」
近藤は頭をかいて「おみつさんらしい」と苦笑した。
やや潔癖すぎるほど総司にも己にも厳しいみつは『姉』である以上に『親』なのだろう。生まれたばかりの総司を親の代わりにしつけ、試衛館に下働きに遣るまで育てた。武家でありながら貧しい境遇に育った総司が、捻くれることなくまっすぐに育ったのもみつの教育の賜物だろう。
近藤はみつの方へ姿勢を正した。
「それで…おみつさん、遠路はるばる都まで足を運ばれたのは何か理由が?総司のことなら定期的におつねから知らせるようにしていたはずだが…」
「はい、近藤先生とおつねさまにはお気遣いをいただき誠にありがたく思っております。あの子は相変わらず梨の礫で…便りがないのは元気な証拠とは思っておりますが、顔を見て話したいこともありまして…」
江戸からわざわざ足を運んだ理由…近藤は思い当たることはなさそうだが、土方は察していた。
「その…総司の縁談の件です」
自分から言いだすべきではないと口を噤んでいたが、みつが切り出した時心臓がチクリと疼いた。土方は悟られまいと表情を変えなかったが、近藤はあからさまに動揺する。
「あ…あぁ、その件ですか。いやあ、申し訳ない。何人か縁談相手を見繕って見合いをさせたのですがどうもうまくいかず…ははは、江戸では新撰組の勇名が轟いているようですが、こちらでは悪評も広まってまして、なかなか良い相手に巡り会えず…」
冷や汗を拭いながら近藤はチラチラと土方の方を伺った。
総司は土方との関係について近藤を納得させたが、みつまでは話を通していなかったのだろう。もともと総司の縁談は近藤の長州征討に伴って持ち上がったが、みつからの後押しもあったのだ。
「そうでしたか…お忙しいなかお手間を取らせて申し訳ございません」
みつはその長い睫毛を伏せ、残念そうに視線を落とした。
近藤は「何か言え」と言わんばかりに土方に視線を送るが、
(だが…俺から何かをいうわけにもいかねぇ)
と、押し黙るしかない。
みつは再び顔を上げた。
「総司にも縁談について気がすすまないところがあるのでしょう。私からも説得してみます」
「は…はは、そうしてやってください」
それからは近藤がやや不自然に話題を変えながら雑談を重ねた。
そうして半刻ほどして旅籠に行くというので土方が見送ることにした。
部屋を出て屯所を歩く。通り過ぎて行く隊士たちは一様にみつの美貌に目を見張り、足を止めて振り返った。みつは慣れているのかその視線を躱し、気に留めない様子だった。
「新撰組の懇意にしている旅籠があります。よろしければそちらに移ってください」
「助かります、ありがとうございます」
土方は近くの旅籠へ案内する。みつはしばらく黙っていたが「あの」と切り出した。
「総司は…元気にしていますか?その…身体の方は…」
「問題ありません。新撰組の主治医をしてくださっている幕府御典医の松本先生や会津藩医の南部先生にも気をつけていただいています」
「まあ…そうですか、ありがたいことです」
土方がそういうとみつは少し安堵したように頷いた。
みつが父親の労咳について打ち明けたのは、前回に再会した時だ。あの時は池田屋の一件で様々な風聞が広まり、総司が暑気あたりで倒れたのが血を吐いて倒れたなどという間違った風聞として伝達されてしまったのだ。父親を労咳で亡くしているみつは気が気ではなかったのだ。
土方はあえて松本や南部の名前を挙げてみつを安心させようとしたが、それでも末弟への心配は尽きないようだ。
「労咳は防ぐこともできなければ、直すこともできない不治の病…そのことは父の時に理解しております。心配したところで何も手立てはないのに…土方さまに打ち明けてしまって、重荷を背負わせてしまったのではないかと…本当はあの後、後悔していたのです」
「…とんでもない。あいつは無理をするところがある。知らせてくださったおかげで気を配ることができる」
「そう言ってくださると嬉しいです。どうか総司のことをよろしくお願いいたします」
「…ええ」
「それからもう一つお願いが…」
「なんです」
「手紙のことです」
みつは一層神妙な顔になった。
「手紙…?」
「あの…私がお送りした手紙です。まだ総司の元には…?」
「ああ、俺が持っています。もちろん読んでいません」
「良かった。申し訳ないのですが総司には渡さずにそのまま捨てていただけませんか?」
「捨てる?しかし…」
みつは足を止めて深々と頭を下げた。
「不要なものなのです。…お願いいたします」
有無を言わせない物言いに、土方は「わかりました」と答えるしかなかった。










解説
なし
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