わらべうた




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彼らは独特の訛りを織り交ぜながら豪快な会話を交わしている。
「もうすぐ幕府は倒れるに違いなか」
「一橋は戦を前に逃げ出した臆病者や」
「豚一公が将軍になるなら終わりは近いぜよ」
懇意にしている居酒屋だからこそ大音声で箍が外れた言葉を口にしているのだろうが、傍から聞いているだけでもハラハラするような内容だ。見廻組や新撰組が聞きつけたらどうなるだろうかと危惧するが、彼ら曰く「わしらは大丈夫」らしい。幕府の不安定な情勢や各藩の力関係がそこに絡んでいるらしいのだが、力説されたところで新参者の若者にはいまいち理解できなかった。
彼らは訛りのほかにも特徴があって、目立つほど長い刀を腰に差している。長い刀ほど有利だとか笑っていたが、いわゆる彼らの中の『流行』だそうだ。おかげで同じ国だとすぐに分かった。
「安藤、酒頼んで来い」
酒で顔を真っ赤に染めた藤崎という男が、安藤に声をかけた。安藤は目つきの鋭い無口な男だが特に逆らうことなく「わかった」と従順に頷いて女中の元へ向かい熱燗と茶を頼み受け取った。
「安藤さん、俺が持っていきます」
若者が声をかけると「気にするな」と仏頂面のまま答えた。
「俺はもともと足軽だ。こんなこと苦でもない」
「でも…」
「それより藤崎の機嫌を損ねると面倒だ、隣で酌をしてやってくれ」
「…はい」
安藤に言われ、若者は渋々藤崎の隣に座った。酔っぱらった藤崎は「来たか来たか」と上機嫌になり、まるで女にするように若者の太ももを豪快に掴んだ。彼はこうして若者をぞんざいに扱う。
「藤崎さん、俺は男ですよ」
「男でも女でも構わん。見目が良けりゃぁそれでいい。…お前、月代剃っちまったんだなぁ、もったいねえ。うぶで良かったのによ」
藤崎は若者の剃りたての月代を眺めながら「だよなあ」と周囲に語り同意させた。若者は彼らに…特に藤崎に可愛らしい見た目をからかわれるのが嫌で剃ったのだとは言えなかった。彼にその趣味があるのかはわからないが藤崎の指先がいやらしく若者の太ももを撫でまわす。
藤崎は話を変えた。
「それはそうと、新撰組の奴らこの辺りじゃ見かけんようになったな?」
「最近は新撰組よりも見廻組の方がよう見る。あいつらは所詮幕臣の集まりやき、大したことはない。それに今は土佐もんに手出しはできんはず」
「ふん…新撰組の奴らに早う兄貴の敵を討ちたか」
藤崎は少し苛立った様子を見せた。彼の兄は数年前の池田屋事件の際に殺されたらしい。
(藤崎のことは嫌いやけど…そこはおんなじや)
新撰組に対する憎しみ―――それは仇討ちを果たしたからと言って決して終わるものではない。若者は誰よりもそのことを知っていた。



秋の行楽日和が続いていた。
瑞々しい葉はいつの間にか紅く染まり、木々を揺らす風に誘われるように一枚、また一枚とその葉を散らし始めていた。
そんな中、十番隊による高札警護は一日の非番ののち連日続けられていた。
「だんだん気の毒になってきました。ただでさえ原田さんには似合わない仕事なのに、終わりがないなんてうんざりしているでしょうね」
総司が部屋を訪れて率直な感想を述べると、近藤も苦笑した。
「そうだな。長男の茂君も生まれて間もないというのに、可哀そうなことをしてしまったかもしれない」
「おまささんもご亭主が帰って来ないんじゃ気の毒ですね。茂君もあっという間に大きくになるでしょう」
「うむ…このまま十番隊だけに任せるのは忍びないな。他の組にも持ち回りさせるように歳に少し進言してみるか…」
近藤はそう言いながら団子を口に運んだ。師弟は時折茶菓子を囲んでとりとめのない会話を交わすのだ。
「そういえば、昨日別宅の方にお加也さんが足を運んでくださったぞ。長崎から戻った挨拶と深雪に手を合わせにきてくれた」
「ああ、そろそろ戻るというお話でしたね」
「俺も初対面だったがお孝は齢が近いせいか気が合ってな。何というか…気が強い物同士、意気投合したようだぞ」
「はは、それは良かったです」
男ばかりの医学所で働く加也と新撰組に対して物怖じしない孝…総司には二人が似た者同士のように思えたので、近藤の言うように良い友人になれるだろう。孝はこちらに知人はいないので姉の深雪も喜ぶに違いない。
「早速南部先生のところで忙しなく働いているようだ。長崎から戻った優秀な女医だってすでに近所じゃ評判らしいぞ」
「お加也さんは長崎に行く前から優秀な方でしたから。これからますます腕を上げて松本先生のような立派なお医者になられることでしょうね」
「ああ。お前と縁組をして嫁になっていたらどれだけ良い奥方になったかと…おっと」
つい口が滑ったのか、近藤が「すまん」と謝った。
加也との縁談は実現はしなかった仮初の話であり、近藤としてはその方が良かったはずだ。彼の親心から出た言葉なのだろうと総司はすぐに理解した。
「…先生が謝ることはありません。お加也さんが素敵な方だというのは間違いありませんから」
「ああ…嘘をついても仕方ないな。正直に言えば初めて会ってみて、しっかりした芯のある良い女性だと思ったしこういう人がお前の嫁に来てくれたならおみつさんも安心しただろうと思ったのは本音だ」
「確かに…姉さんは気に入りそうです」
「でもな、それでもお前がお加也さんを断っておみつさんを説得して、歳を選んだんだと思ったら、それはそれで良いと思うのも本音だぞ」
「近藤先生…」
近藤は総司の目を見据えて続けた。
「男と女なら家族という形になれる。男同士がどう添い遂げるのか俺にはよくわからないが…この先、歳の隣にお前がいるんだと思ったら、あいつの幼馴染として心底安心できるんだ。あいつは、自分を犠牲にして俺のことばかり考えているからな」
近藤は穏やかな笑みを浮かべた。
「歳のことを頼む」
幼馴染として、親友としての近藤の言葉が心に響く。託された嬉しさと重さが心を占め、総司はただ万感の思いで
「はい」
と答えるしかできなかった。
すると「近藤先生」と障子の外から土方の声が聞こえたので「噂をすればだな」と近藤が笑って応えた。顔を出した土方はいつも通り忙しなく少し不機嫌そうだった。
「ああ、お前もいたのか」
「…いちゃいけないんですか?」
「別に、何も言っていないだろう。何、不機嫌になってるんだよ」
「土方さんに言われたくありませんよ」
土方の様子では二人の会話は聞こえていなかったようだが、総司は恥ずかしさで居たたまれなくなって「失礼します」と席を立った。土方が
「なんだあいつは」
と不思議そうにしていたけれど構わず部屋を出た。
生垣越しに見える西本願寺の木々の枯葉が風に舞っていた。時間は限りなく続いている。その中で終わりがあるのだとすれば自分の命が尽きる時なのだろう。
「…ケホッ」
総司は小さく咳き込んだ。喉に張り付く違和感は乾いた風のせいだろうと思い、道場へと足を向けることにした。








解説
特になし
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