わらべうた




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村山は罪人のように縛られてしまった。
(一体何が起きとるんじゃ…!?)
顔見知りのはずなのに素知らぬ様子で新撰組の隊士たちは村山をまるで不逞浪士のように捕らえた。事情もわからず困惑する村山は
「ちょっ…!」
抵抗しようしたところ、乱暴に猿轡をかまされて口を塞がれた。うーうーっと唸るが言葉にならずにジタバタ暴れるしかない。そうしていると引きずられるように陸援隊の屯所の前を通ることになる。
既に見せ物のように必要以上の騒ぎとなっていたのだが、
「こいつは長州の浪人に違えねえ!屯所に引っ立てて尋問してやる!覚悟しやがれ!」
と原田は妙に大声で叫んだので、陸援隊の隊士たちは一体何事かとやってきて、皆が一様に村山の姿を見て驚いた。しかし相手が新撰組とわかると当然手出しはできずに遠巻きに眺めるだけだ。
そうして久しぶりに古巣に足を踏み入れることになったのだ。
新撰組屯所でも何事かと騒ぎになりつつ、原田は配下の隊士から村山を縛る縄を受け取ると、隊士たちを解散させて「こっちに来い!」と執拗に怒鳴って屯所の奥に引っ立てた。不動堂村の屯所は広く、随分長く引きずられたがその間にこれは只事ではないと察し、黙って従うことにした。
そうしてやってきたのは局長の部屋の前にある庭だった。既に近藤と総司、山崎が待っていて庭に降りた目立たない場所に大石が控えてた。
まるで代官と罪人のような立ち位置だったが、近藤はその大きな口で穏やかに微笑んだ。
「手荒い真似をして悪かったね。…左之助、縄を解いてやりなさい」
「ハハ、すまんすまん。芝居に熱が入っちまった。でもあの様子じゃ、お前は新撰組に捕まっちまった哀れな陸援隊隊士に違えねえよ」
原田は自信たっぷりに言いながら、キツく結んでいた縄を全て解いた。赤い痕がくっきりと残るくらい強く縛られていたが、今はそんなことよりもこの状況の方が気がかりだった。
「近藤…局長…俺は何か失態を?」
土方以外の幹部が勢揃いしたこの状況では誰もが同じ質問をするはずだ。困惑する村山に山崎が口を開いた。
「その通り。お前は陸援隊の中岡から新撰組の間者として目ぇを付けられてる。心当たりはあるか?」
「そんな…心当たり、なんて…」
あるはずがない、と言い切れなかった。陸援隊では浮いていたし、水野にあの報告書を目撃されてしまったのだ。
(あいつが…中岡隊長に告げ口を?)
困惑する村山はまだ状況を理解できていない。山崎は少しため息をつきながらまた尋ねた。
「せやったら、陸援隊の蜂起について知っていることないんか?」
「…」
「すでに新撰組から会津へ伝わっているが、偽の情報や」
「偽…?」
村山は驚いたが、陸援隊内部でそのような動きが少しもなかったので合点がいく。だが中岡直々にその知らせを聞いた水野は一体どういうつもりだったのか。
(頭が真っ白じゃ…あいつはやはり…)
しかし山崎は一層呆れた顔をした。
「…まったく、役立たずもええところや。まるで状況が理解できてへん」
「もっ、申し訳ありません!」
「まあまあ、山崎君」
山崎は監察方を束ねる側として村山の無知さに嘆息するしかないが、近藤に宥められて「すみません」と咳払いして続けた。
「…とにかく、こうなってしまったからには任務はここまでや。陸援隊へ戻ったら適当な理由をつけて脱退し、ほとぼりが冷めるまで身ィ隠して…」
「脱退…ですか?」
「異論ありますか?」
口出ししたのはそれまで黙っていた総司だった。山崎のように叱りつけるのではなく、純粋な問いかけのように響いた。そこでおずおずと申し出た。
「…もう一度、機会をいただけませんか…?」
「なんやて?」
「このまま隊に戻るなんて…何を果たせずに逃げるなんて情け無くて仕方ありません!それに確かめたいこともあります!」
村山は頭を下げて近藤へひれ伏した。近藤は困惑し、山崎は「阿呆か」と吐き捨てる。
「正体が露見しかけてるんや。新撰組の間者やとバレてみぃ、お前個人が死ぬのは構わんが陸援隊と新撰組の問題になるんや」
「しかし…ッ!」
「弁えろ!」
食い下がる村山を怒鳴る山崎。普段温厚な山崎が声を荒げたのは、監察方の頂にいた立場として村山の失態を見過ごせなかったからだ。
しかし頑固な村山は山﨑に対しても怯むことなく、「どうか!」と懇願し続ける。二人の間で緊張感が高まった。
すると
「良いんじゃないですか?」
と総司が口にした。
「沖田せんせ、流石にこれは…!」
「ただし、新撰組の間者であることを絶対に認めないことが条件です。たとえ拷問を受け、死ぬよりも惨めな扱いを受けたとしてもその覚悟を貫き通せるなら…それはそれで彼の選んだ生き方でしょう」
穏やかな口調だが、怒りながらも助け舟を出そうとする山﨑よりも過酷な提案だった。村山は息を呑んだ。
「あなたにその覚悟がありますか?」
総司は真っ直ぐに村山を見つめた。
このまま新撰組に戻れば命は保証されるが水野との関係は断たれる。しかし間者と疑う陸援隊に戻れば危険な立場に立たされるかもしれない。
だが、すでに村山は選んでいた。
「あります…!もとより間者として命を賭して務めを果たす覚悟です。絶対に新撰組にご迷惑をおかけしません。もし正体が露見することがあっても見捨ててくださって結構です。どうかこのまま続けさせてください!」
村山の真剣な眼差しに、皆は沈黙した。山崎は呆れ果て、大石は無表情を貫き、総司は近藤の答えを待つ。
それまで黙って様子を見守っていた近藤は腕を組み直し、
「…わかった。君の覚悟を尊重する」
と重々しく頷いた。村山は「ありがとうございます!」とまた深々と頭を上げたのだった。

その後、新撰組から陸援隊へ村山について在籍する隊士かどうかの問い合わせを行った。これはあくまで村山を『間違って』捕縛したこととして、新撰組とは無関係の人物であると装うためだ。
その返答を待って村山を解放することにした。
「余計な口出しをして申し訳ありませんでした」
その夜。近藤と山崎へ向けて総司は謝った。今回の件では村山を捕縛して助け出すと提案しただけで、間者云々は総司の管轄外だと自覚していた。
山崎は「これっきりにしてください」と苦笑したが、近藤は
「いや、俺も村山君には強い覚悟を感じたからな…きっと歳がいたらこうはならぬ。彼は幸運だったのか不運だったのか、わからないが…」
近藤は言葉を濁した。村山の思いを尊重したが、あえて不利な立場で敵地に戻るという選択は決して最良ではないだろう。しかし新撰組に戻ったところで長州出身の彼は何かと疑われ、蟠りができたはずだ。
近藤は話を変えた。
「しかし、山崎君が心配していたことは杞憂だったな」
「え?一体なんです?」
「ええ、もしかしたら、村山が陸援隊の間者に鞍替えしているやもと思っていたのですが」
「ハハ、あの様子じゃそれは無いでしょうね」
総司は山崎の懸念を笑った。
村山は嘘偽りなく懸命だった。それはあの場にいただれもが感じていたことで二重スパイの可能性など微塵も感じ取れなかった。
しかし山崎はまだ憤りを抑えられないようだ。
「村山を陥れたのは水野でしょう。つまりは御陵衛士の仕業やと思います。…近藤局長はどうお考えですか?」
「…断定できぬことで、疑うべきではない。注意だけは怠らないでくれ」
「かしこまりました」
山崎が頷いたので、総司は苦笑した。
「せっかく監察方を離れられて医学方へ異動したのに、まだまだお力が必要のようですね」
「ほんまに。使えない部下と、言うことを聞かぬ患者を持つと苦労します。…沖田せんせ、そろそろお休みになっては?」
「はいはい。多忙な山崎さんを煩わせちゃダメですね」
総司はそう言って「休みます」と退散した。
近藤は「山崎君」と少し疲れたように口を開いた。
「総司は変わったなぁ…あんなことを言う子ではなかった。昔なら村山君を助けようと必死に動いたはずなのに、さっきは彼を追い込むとわかっていて背中を押した」
「…副長が不在の今は仕方ないことです」
鬼副長がいないからこそ引き締めなければならない。そして近藤には土方がいない今だからこそ、際立ってそう感じたのだろう。総司が陸援隊に戻る覚悟を問うた時、村山を見つめる眼差しはとても淡々として寄せ付けない冷たさがあった。それは彼の普段の柔和な面立ちとの対比も重なって、震えが込み上げようだった。
「…まあ、あの年になったのに子供扱いしている俺もどうかと思うけどな」
近藤はそう言って苦笑した。










解説
実際に村山は一度新撰組によって捕縛されています。その捕縛時に情報の伝達(おそらく土佐蜂起の話)を伝えたと考えられます。



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