わらべうた




796


雪の舞い散る、十一月下旬。
斉藤…山口二郎が一番隊を率いることが伝えられ、初めての巡察の朝を迎えた。
「さ…、山口先生、これからどうぞよろしくお願いします!」
伍長の島田を先頭に山野たちが並び、末席では相馬と野村が頭を下げた。斉藤にとって古参隊士が多く顔触れは見知っている故に逆に彼らを率いる違和感があったが、徐々に慣れていくだろう。
「ああ、宜しく頼む」
「では参りましょう!」
総司が一線を退き配下たちは本音では寂しいはずだが、それをわかっている伍長の島田が敢えて明るく振舞うことで、隊士たちも前を向いていつも通りに巡察に向かう。(つくづく従順な隊士たちだ)と感服しながら、斉藤は先頭を島田に任せしんがりを歩くことにした。
不動堂村の屯所を出て繁華街の三条へ向かう。斉藤は念のため傘を目深に被り、顔を隠しながら周囲を警戒して歩いていると一人の隊士が近づいてきた。
「斉藤先生、お怪我は?」
「…山口だ」
「そうでした!どうも慣れません」
斉藤よりも頭一つ背の高いひょろりとした体格の若い男。笑うと白い歯が妙に印象的で、今時珍しく月代を剃り上げている…梅戸勝之進だ。
上機嫌な梅戸は斉藤の隣に並ぶと「ご一緒出来て嬉しいです」と満面の笑みを見せたが、斉藤は怪訝に返した。
「…一番隊に異動したいと願い出たらしいな」
梅戸はもともと三番隊の隊士で長い間斉藤の配下だった。御陵衛士として脱退したあとは原田の隊に異動したが、
『斉藤先生とともに働きたい』
と強く願い出て一番隊に異動してきたのだ。近藤はその忠実な熱意に共感して喜んで了承したが、斉藤はそれほど特別可愛がった覚えはない。
「先生が脱退すると聞いた時は共に行くわけにもいかず、泣く泣く異動しましたが、必ず戻られると信じてました。念願叶い、こうしてともに巡察ができて感激しています!」 
「…声が大きい」
「あ、すいません」
梅戸は頭を掻いて謝るが、さほど反省している様子はない。三番隊にいた時も硬派な隊士が多い中で飄々としていて、何かと声が大きかった。
「でも本当に無理はなさらず!」
「…わかったから戻れ」
「はい!」
梅戸は威勢の良い返事として、元居た列に戻っていく。新入り以外にあまり人の出入りがない一番隊のなかで、異動してきた梅戸は珍しい存在であるが愛想のよさですでに違和感なく溶け込んでいた。
(馴染んでないのは俺の方だな)
しんがりで一番隊の颯爽とした後姿を眺めながら、内心苦笑した。


同じ頃、浅羽が不動堂村へやってきた。
「沖田君、お加減はいかがですか?」
ちょうど居合わせた総司が出迎えると、浅羽はいつも通りのそつのない様子で頭を下げて総司を労わった。
「ありがとうございます。任務を離れたら少し楽になりました」
「そうですか、それは何よりです」
「まあ…暇を持て余して困ってはいますが」
総司がつい愚痴を漏らしても、浅羽は穏やかに微笑んで「今だけですよ」と励ました。総司は浅羽を客間に案内し、銀之助に茶を頼んだ。
「申し訳ないのですが、近藤と土方は不在です。急ぎのご用件ですか?」
「そうでしたか…できれば早めにお願いしたいことがあるのですが」
「わかりました」
総司は今度は泰助へ別宅にいる土方を呼びに行くように頼んだ。今日は土方は非番のようなもので別宅で休むと言っていたのだが、浅羽が訪ねてきたのならすぐに戻ってくるだろう。泰助は「はい!」と威勢よく返事した後、全力で駆けて行った。
その様子を見ていた浅羽は
「若いですね」
と笑う。
「はい。まあまだ仮隊士で、いわゆる見習いのようなものです」
「そうですか…我が故郷にもあれくらいの子弟が軍の真似事をしています。威勢がよく頼もしい一面がありますがまだまだ若く経験が乏しい。…彼らを戦場に出すことがなければ良いのですが」
「…戦場ですか」
浅羽の実感のある言葉に総司はごくりと喉を鳴らす。近藤や土方がしきりに「戦になるかもしれない」と相談しているのを何度か耳にしていたが、浅羽のような立場の人物が口にすると意味合いが違って聞こえた。
するとちょうど銀之助が茶をもってやってきた。泰助とは違い、浅羽の身なりをみて瞬時に立場を理解した彼は恭しく頭を下げて茶を差し出し、あどけない顔をした大人のような振る舞いで去っていった。
浅羽は感心したようで、総司に訊ねた。
「…賢そうな子ですね、名前は?」
「田村銀之助と言います。彼には兄が二人いるのですが、二人とも隊士でしてその縁で数か月前に彼も入隊しました。普段は近藤局長の小姓を勤めています」
「そうですか。…もし彼が望むなら学をつけたら良いでしょう。この先、朝廷と徳川、どちらが世を治めることになっても学さえあれば困りません」
浅羽は茶を啜り、美味しいと呟いた。そんな浅羽に総司は恐る恐る尋ねた。
「あの…浅羽さんはこの先、どうなるとお考えですか?」
「…この国がですか?」
「お恥ずかしい話ですが、私はさほど政に興味がなく、ずっと難しいことは近藤先生や土方さんに任せて避けてきました。でもさすがに公方様が政権を返上したと耳にしてからは悠長なことを言っていられない…なんて、持て余した時間で考えたりして」
「ハハ…それは私も同じです」
浅羽は湯飲みを置きながら続けた。
「私も都へ来るまでは自分の身の回りや殿ことで精いっぱいでした。殿が京都守護職を引き受けられてから突然、政の渦中に放り出されたような気分で…もっとも、実際にご苦労されたのは殿であり、私などは殿をお支えするだけなのですが」
「土方さんから、会津公は浅羽さんを深く信用されていると伺いましたが」
「…恐れ多いことです。私が言うのも何ですが、殿の臣下は皆、忠義者ばかり。この先なにがあっても殿とともに家訓に背かぬ生き方を貫くことでしょう」
会津の厳しい家訓については総司も漠然と知っていた。浅羽の眼差しは半分は誇りで満ち、もう半分はどこか諦めと寂しさで埋まっているように見えた。
「では…やはり、戦ですか?」
「…わかりません。公方様は戦がお嫌いのご様子ですから、すぐすぐに開戦とはならないでしょう。しかし…」
浅羽はその切れ長の目を伏せた後に、客間から見える庭へと視線を向けた。積もりはしない雪がはらはらと花弁のように舞って落ちていく。
「…たとえ目に見えなくとも、怒りや憎しみは募るものです。西国は我が藩を目の敵にしているでしょうが、我々もまた払い続けた犠牲のために背に腹は代えられない。…戦なんていうのは、理屈ではなく感情なのでしょうね。実は子ども同士の喧嘩とさほど変わりないのかもしれません」
「…」
浅羽はやりきれなさを抱えているように見えたが、総司はどう相槌を打てばいいのかわからない。そうしていると冷たい風が客間に流れてきて、軽く咳き込んでしまった。すぐに落ち着いたが浅羽は気遣って障子を閉めた。
「もう難しい話は止めましょう。我々など地面に転がる石ころ同然、風が吹けば流れ、雨が降れば濡れる。戦が始まれば…戦うだけですから」
「…そうですね」
















解説
なし

拍手・ご感想はこちらから


目次へ 次へ