わらべうた




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それから壬生浪士組は会津藩お預かりの新撰組として勇名を馳せることとなった。

相良は山崎の協力者としてあちこちの商家に顔を出し、世間話から得た些細な情報をなんでも山崎に伝えた。はじめはたどたどしかったものの、それがたまに不逞浪士を匿う商人を見つけ出すことに繋がったり、大金を長州へ横流しする豪商の噂を耳にしたり…と山崎の任務遂行に繋がった。また、新撰組に興味を持ち見込みがありそうな人物には山崎を面会させ直接協力者に仕立てることもあり、徐々に山崎の人脈は広がっていった。
「ほんま、直のおかげや。お前はほんまに人を見る目がある」
相良は大坂から都へ足を運ぶと、たいてい山崎に会った。情報の共有という目的もあったが、単なる友人として彼に会うのを楽しみにしていたのだ。けれど山崎は会うたびに違う格好で人相まで異なる。
「烝、今日のその恰好はなんや?」
「髪結いや。武家でも商家でも案外簡単に入り込める。あ、そこそこ上手いんやで?見込みがあるって褒められたから職に困ったら髪結いでもしよかな」
「そんな気はあれへんくせに」
調子の良いことを言う山崎に相良は苦笑する。
山崎は好奇心の向くままに入隊したが、今では新撰組へかなり入れ込んでいて鍼医師に戻るつもりは無いようだ。彼の父は『所詮は武士の真似事』と揶揄したが、相良の目には山崎が本気で新撰組隊士の一員として励んでいるのだとわかる。
賑やかな居酒屋で酒を酌み交わす。相良は肴を弄りながら雑談の合間に声を潜めた。
「…河原町四条の枡屋に妙な浪人が出入りしてるって噂がある。筑前黒田家御用達で古道具や馬具を扱うてるけど、跡継ぎは商売よりも尊王攘夷に熱心やと耳にした」
「そうか…わかった。おおきに」
山崎は言葉少なく頷いたあと、すぐに酒を差し出して雑談に戻した。
「それで父上や兄上はお元気か?」
「ああ、商売繁盛で忙しそうや。やる気のなかった次男坊が急にあちこち出向いてよう働くから二人とも驚いとったで」
「ハハ、確かに」
「それに兄さんには子が生まれた。玉のような男やと父はめっちゃ喜んでる…これで跡継ぎには困れへん。俺も肩の荷が下りた」
相良は心底本気でそう思ったのだが、山崎は眉を顰めた。
「…直はそれでええんか?」
「当たり前や。跡取りなんてなるつもりはあれへんし、兄さんに子できてほんまに安心してるんや。…これで俺がおらんでも店は大丈夫」
「そうか…」
山崎はまだ引っかかるようだったが、相良は清々しい気持ちだった。今まで兄の代用品として生きてきたが、その必要もなくなり自分の好きなように生きられる。
(こうやって烝の役に立つのだって…俺自身の選択や)
山崎と同じ目標を、別の立場からとはいえ目指せることは相良にとって悪くない生き甲斐だ。
(…なんて、素直に感謝するには恥ずかしいから言わへんけど)
「そんなんより、烝の父上は相変わらず患者から金を貰えへんで仕事ばっかりしてんで」
「まったくあの親父…仕送りしてるからって好き勝手やってるな」
相良は追加の肴を頼み、山崎は盃を飲み干した。

その数日後、池田屋事件が起こった。
発端となったのは枡屋で、大量の武器弾薬が見つかったことだ。そして首謀者を捕縛したのち討幕派の不届きな計画が明らかになり、その日の夜には大きな事件となった。
―――相良がそう聞かされたのは禁門の変が終わってようやく落ち着いたころだった。
「そんな大事になってるなんて思いもよれへんかった」
相良は少し青ざめた。枡屋の不穏な噂について山崎に伝えたものの、その数日後には相良の元へ『しばらく大坂に居ろ』と山崎から文が届き心配しながらも上洛を控えていたので、まさかそのことが新撰組の名を轟かす事態になっているとは想像すらしていなかった。
山崎に会うのは三か月ぶりで、今日は相良と並んで歩いても違和感のない商人の姿をしていた。
「直のおかげで枡屋に目星をつけることできて、計画を阻止することできた。…もう少し誇ってもええねんで?」
「いや…別に命を賭けて斬り合うたわけでもあれへん」
「謙遜しなくとも。局長がたいそうお喜びなんや…そこで、直にも報奨金を渡すっちゅう話があってな」
「…前にも話したけど、金なんていれへん」
「相変わらずお坊ちゃまやな。まあええ、とにかく今日は土方副長の話を聞いてや」
そう言って山崎は新撰組の屯所ではなく、土方の妾宅へ相良を案内した。妾宅と言うからには美しい妾を囲っているのだろうと思ったのだが、出迎えたのは初老の女中だけで女っ気はなかったがそこにいたのは誰もが目を奪われる端正な顔立ちをした凛々しい男だった。
「わざわざ足を運んでもらって済まない。…新撰組副長、土方だ」
「お…お初にお目にかかります、相良直之進です」
相良は緊張しながら頭を下げた。山崎も先ほどまでの慣れ合った様子はなくハキハキと相良を紹介する。
(ほんま、別人みたいやな…)
幼馴染の新たな一面を知るのはなんだかくすぐったい気がして、相良は何となく視線が泳ぐ。
土方は早速切り出した。
「今回の情報は新撰組にとって大きな功績に繋がった。幕府や会津からも報奨金が出て働きに応じて隊士に分配している…局長の意向で君にもこの額を渡したいと考えている」
土方は一枚の紙を差し出すと、そこには相良の名前とともに五両と書かれている。
相良はしばらく言葉を失った。
「…足りないか?」
「おい、直…」
「いっいえ、…申し訳ありません、あまりに突然のお話に…混乱しとりました。あの…その、烝にも話しましたが、報奨金は辞退します」
相良にはこの金額がどういう意味で算出されたのわからなかったが、とにかく自分が受け取るべきものではないと思っていた。相良は平身低頭、辞退を申し入れるが土方は食い下がった。
「遠慮することはない、近藤局長からも是非受け取ってほしいと言付かっている」
「お気持ちは頂戴いたします。ただ…烝と世間話をしただけで見合う働きをしたとも思えませんし、私は隊士やありません」
幼馴染に協力したい、山崎を応援したい、それを近くで見ていたい―――相良のなかにある動機は、とても幼くて褒められたものではないと自覚していた。そしてその友情を換金するつもりもない。
土方は山崎を見て
「欲のない幼馴染だな」
と苦笑したので、山崎は少しため息をついた。
「はあ…すみません、こういうやつなんです。育ちが良くて金に興味がないんで…」
「お前も似たようなものだろう。監察方の長のくせに、平隊士程度で満足して」
「はは…」
山崎は頭を掻いて笑う。
そして土方は改めて相良へ視線を向けた。
「報奨金という形が意に添わないなら何か望みはないのか?」
「望み…」
「さすがに無償で手助けをしてもらっては申し訳ない」
「…」
土方の申し出で相良は察した。
相良のように何の得もないのに手助けをする曖昧な存在は、新撰組にとって有難迷惑なのだろう。今までは山崎の幼馴染という立場でしかなかったが、これからはしっかりとした雇用関係が結ばれた上での情報提供の方が信頼できるというわけだ。
「…あの、でしたら一つ」
「ああ」
「烝との飲み代をご負担いただけますか?毎回毎回顔を合わすたびに奢る羽目になって、『こら何の金か』と父と兄に嫌な顔をされるもので…」
相良にとっては父と兄への言い訳に困っていたので至極真面目に申し出たのだが、山崎には小声で「アホ」と頭を叩かれ、土方は目を丸くして少し噴き出していた。
「は…ハハ、わかった。…山崎、毎回お前が負担しろ、経費にしてやる」
「…そうなると飲みづらくなる気がしますが」
「確かに」
山崎と相良は顔を見合わせる。土方はその光景を眺めながら「似た者同士の幼馴染だ」と言った。
そして相良は帰り際、
「土方副長…烝をこれからもこき使ってやってください」
と頼んだ。
「おい、直…」
「任せられれば任せられるほど、烝はやりがいを感じるはずです。…私にとってもそれが糧になります。これからも微力ながら新撰組のために協力します」
土方は「わかった」と頷いて二人と別れた。
妾宅を出て旅籠に戻る相良を山崎は途中まで見送ると言い出した。
「ああ、緊張した。新撰組の鬼副長のことは大坂でも良う聞いとったから、身構えたで」
「俺かて直が飲み代を負担してくれなんて言うから気ぃ遠なりそうになった。わろて納得してくれたから良かったものの…まったく胆が冷えた」
相良は「かんにん」と苦笑した。
西日が差しこんで二人の影が伸びて並んで歩いている。平坦な道はどこまでも続いている。
「…烝が新撰組を気に入ってる理由が分かった。俺みたいなただの協力者に報奨金…なんて、噂と違うてえらいお人よしな人たちなんやな」
「ああ。ちゃんと実力に応じて評価してくれる。…直の言うたとおり、仕事をしたらするほどやりがいを感じる。侍でもないくせにこの命を尽くしたいと思ったのは初めてや」
「…そうか、頑張りや」
山崎は頷いて「これからも頼む」と相良の肩を叩いた。
相良は赤い夕陽に照らされる幼馴染の横顔を眺めた。一重の眼差しが真っすぐ揺るがずに前だけを見据えている―――その姿に目が離せなくなった。













解説
なし


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