燦燦【余談】
この男が好きだと思い始めたのは、いったいいつからだっただろう。第一印象は新撰組のお偉い組長の一人…それだけだったはずだ。ただ、火事のあれこれで俺が南部先生のもとへ引き取られる時に、彼から妙に冷たい視線を向けられていたことは良く覚えている。そのあとになって彼はまだ俺が新撰組の敵だと認識し疑っていたのだとわかったのだが、それでも彼は必要以上に他人と距離を詰めない。特殊な立場のようで、あまり自分のことを話さないが何もかも歯車の一つだと淡々と受け入れている…そんな不思議な男だった。
俺は新撰組に関わるつもりはないが、彼らが生かしてくれたことを恩に感じて医者の卵として学び始めた。その時には結果的に新撰組お抱えとなるとは想像はできなかったが、それでも彼とは線と点が結びつくように何度も人生が交錯することになった。
局長の治療のため伏見に入り、何とか応急処置を終えて容体は落ち着いた。歳さんに新撰組にお抱えにしてくれるように頼み了承を得たあとは山さんや山野とともに医学方としての道具や薬を揃えることで忙しかった。そして頑なに伏見に留まることを望んだ局長だったが、上様の意向を汲んで大坂行きを了承し、今朝がた出立することになったのだ。
俺は同じく出立を控える沖田さんの診察に向かったのだが、思わぬことを尋ねられて言葉に詰まった。
「英さんは斉藤さんのことが好きなんですよね」
「…なんで?」
「なんでって…何となく、英さんが斉藤さんを見る目は違う気がして」
「…」
俺は一瞬、彼の問いへ素直に答えることを癪に思った。
目の前の彼こそが斉藤さんの長い長い不毛な片思いの相手で、それを間近で十分すぎるほどよく知っているからだ。しかしだからと言って沖田さんを責めることではないだろうし、俺が口出しすることではない。
「…そういうのじゃないよ。腐れ縁なんだ、なんだかんだと関わる機会があって…」
「ふうん…」
「…なに、意味深だな…」
俺はあまり気乗りしない会話だったが、沖田さんはまだ何か聞きたそうにしている。
相変わらず容体の芳しくない様子だが、大坂へ向かえば局長とともに松本のおっさんや南部先生の診察が受けられるので安心して任せられる。しかし当分は顔を合わせる機会がないだろうし、このまま中途半端に話を切り上げて別れるのは気がかりなので「なに」と仕方なく先を促す。
「英さんは土方さんを追いかけてきたんですよね」
「……若気の至りだったんだから、古い話を持ち出さないでほしいな…」
「でも英さんはいまは…なんていうか…誰よりも斉藤さんのことをよく理解している気がします」
「…」
沖田さんが言う通り、俺は歳さんのことをどこか偶像のように見ていた。青春時代、互いに居場所を探す中で同じ傷を持っている歳さんを追いかけて、ある意味では本人のことはあまり知らなかった故に思いを捨てきれなかった。そして念願の再会を果たしたものの新撰組副長と、江戸で出会った時の姿が重ならず、今まで思い違いをしていることに気が付き、長年の片思いが嘘のようにあっさりと吹っ切れたのだ。
しかし斉藤さんは違う。互いに出会いから最悪なのに、胸の内や過去に触れていつの間にか等身大で理解していた。感情の読めない相手だと思っていたのに、彼の考えていることが何となくわかるようになってしまった。
「…好きだと思うけれど、どうにかなりたいわけじゃないんだ」
「…」
「気が付いてほしいけれど…そのせいで態度が変わってほしくない。矛盾してるのはわかっているけどね」
俺は診察道具を片付ける。適当におざなりにせず、あるべき場所に戻す…そうしたらまた使う時にすぐ取り出せる。南部先生の丁寧な教えが身についていた。すると道具を片付けるように、話しているうちに気持ちの道筋が見えてくる。
「…でも、知らないところでいつの間にかいなくなるのは嫌だと思ったんだ。だから傍に居たかった…私情だな…」
どうにかなりたいわけじゃない、このままでいい、でもわかってほしい。身の危険があってもここに居たいと言ったのは…さようならができないから。
(彼がこの世で生き続けるために、手助けをしたい)
沖田さんは俺の言葉を聞いた後、しばらく神妙な顔をして黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「…この間、私にとって親友だと伝えたら、斉藤さんは朋友は六親に叶うと言っていました。色々なものを私に与えてくれて、私はそのお返しが十分にできていないけれど…確かにその通りだと思いました。私も友人として斉藤さんには生き延びてほしいし、それを英さんが支えてくれるのなら安心できます」
沖田さんは俺の手の甲に手を重ねた。細く白くしかし苦労と年輪を重ねた指先に力が入る。
「英さんがここにいてくれることは確かに私情かもしれないけれど、私はありがたく思っています。どうか…皆をよろしくお願いします」
俺は初めての感覚を覚えた。胸のなかがざわつくような、熱くなるような…何かが込み上げてくる。
誰かに心から頼られたことなんて一度もなかった。今まで蔑まれ、一人の人間として扱われなかった…少なくとも宗三郎という名前までは。
(…俺は案外、感謝しているんだよ)
散々な目に遭ったけれど、新撰組と関わって新しい名前を与えられ、良い人たちに恵まれて一人の人間として認められることができた。そしていま何の枷もなく自分の人生を選ぶことができる。そういう自由を与えてくれたのだから。
俺は不意に今朝、あの男が言っていた言葉を思い出す。
『…俺にはわからないことが多いが…お前が他の誰かと同じでないことは、わかる』
(俺にはそれで十分なんだ)
彼にとって沖田さんが特別な存在であることは生涯変わらないだろうし、そんな不器用で一途な彼を愛おしく思っている。だから他の、その他大勢の一人ではないという言葉がどれほどの意味を持っているのか…わかっているつもりだ。
「…できる限りのことをすると約束する。それから沖田さんのことも…俺が最期まで付き合うから」
俺は正直な気持ちを告げると、沖田さんは微笑み、しばらくの別れとなった。