鍵  わらべうた754.5




日が真上に昇る頃、別宅での襲撃を生き抜いた泰助はようやく一番隊の隊士や野村とともに屯所に帰営した。土方の別宅にはしばらく見張りが付くそうだ。
「お疲れさん!」
加減を知らない野村が慰労を込めて泰助の背中を叩いたせいで、ふらついた。夜更けの襲撃からずっと緊張感を漲らせて任務にあたってきた少年は、すでに眠気に襲われ朦朧としていたのだ。調子の良い野村もさすがにこれ以上揶揄えなかったらしく、
「おい、大丈夫か?そんなに疲れているなら早く寝ろよ、おんぶしてやろうか?」
と言ったが、泰助は適当に聞き流して土方不在の副長の部屋の隣にある小姓部屋に戻った。物置のような狭さで銀之助も同じ部屋なのだが、彼はなぜか布団の上で正座していた。
「おいおい…銀之助、まさか俺を待ってたのか?」
「…」
「なあ?どうしたんだよ」
銀之助は青ざめている。それほどショッキングな出来事ではあったが、新撰組に入る以上は覚悟していたはずだ。泰助は彼に付き合う気力もなく、銀之助の隣に布団を敷いて休もうとした…のだが。
「…泰助、確認したいことがある」
銀之助はようやく口を開いた。重々しく掠れている。
「一体、何なんだよ…起きてからで良い?」
「いや、今すぐ!」
「はあ…」
銀之助は目の前に座るようにと指さしたので、仕方なく泰助は従う。胡坐をかいて「なんだよ」と眠たい目をこすった。
銀之助は神妙に口を開く。
「襲撃された時のことだ。僕たちが起きた時はすでに沖田先生が刀を構えていらっしゃった。敵は玄関からと庭からの二方向で侵入してきたよな?」
「…たぶん。玄関か、裏口かはしらねぇけどさ」
「そこだよ!」
情緒が不安定なのか銀之助は声を上げたので、泰助は「間違ってねえはずだぞ」と身構える。つい先ほどのことなのでまだ記憶は鮮明だ。
「僕たち、部屋の襖が蹴り飛ばされて飛び起きた。だけどさ、普通玄関や裏口の扉が壊されていたらその音で起きるはずだ」
「…確かに。扉が壊れるくらい大きな音なら俺は起きる。錠が外されたとしてもガチャガチャ音が鳴るはずだよな…それに、確か扉は壊れていなかった」
「やっぱり!」
銀之助は深刻な表情で泰助の両肩を掴んだ。
「…僕たち、鍵をかけ忘れたんじゃないのか…?!」
「!」
「そのせいであいつら簡単に侵入できて、あんな大変なことになったんじゃないのか?!せめて鍵をかけていれば僕たちだって暢気に寝てはいなかったはずだ!」
銀之助が顔面蒼白になった理由がわかり、泰助も同じようにあんぐりと口を開けた。鍵を閉め忘れた記憶はないが、かけた記憶もない。
「そ、そうかも…!俺は玄関の掃除を任されて、お前は土間を出入りしてた。夜は寝床のことが気になって、鍵をかけたとかそんなことは二の次に!」
「僕はこの部屋に戻ってそれが気になって眠れなかったんだ…。そうか、やっぱり…ああどうしよう…」
銀之助は項垂れる。自分の落ち度が易々と敵の襲撃を許してしまった…泰助にはある法度のことが思い浮かぶ。
「これって…士道不覚悟ってこと…?!」
二人は顔を見合わせた。



「ハハッ!何を騒いでいるのかと思ったらそんなことか!」
小姓部屋は近藤の部屋の近くでもある。少年たちを労り、襲撃の疲れから早く眠らせてやろうと思ったのにいつまでも騒がしく話し込んでいたので顔を出したところ、二人とも冷や汗をかき呆然としていたので一体何事かと気を揉んだ。ひとまず話を聞くと「鍵をかけ忘れた」と二人が白状し、大笑いしてしまったのだ。だが彼らは深刻だ。
「し、しかし局長…!鍵がちゃんと掛かっていれば俺たちだってちゃんと戦えたのに!」
「そうです!こんな不手際…どうか罰してください!」
二人は深々と土下座する。どうやら本気らしいと思った近藤は、二人の肩をポンポンと叩いて「頭を下げなさい」と言った。
「鍵がかかっていたところで結果は変わらぬ。襲撃者は手練れで総司しか相手にできなかっただろうし、結果的に喀血はあっても無傷だったんだ。すべて上手くいった…経験のない君たちはその良い結果だけを前向きに受け止めれば良い」
「でも…」
「それに、聞いているぞ。泰助は身を挺して飛び出して、銀之助は総司を守ろうとしてくれたのだろう?そして生き延びたんだ、上出来じゃないか」
泰助と銀之助はまだ腑に落ちない様子だったが、近藤はその大きな口で微笑んだ。
「じゃあ、鍵をかけ忘れたのと、勇気を出したことで相殺だ。修羅場を切り抜けた君たちはこれからもっと修練を積んで役立てるようになること。いいな?」
「はい!」
「じゃあもう寝なさい」
促されて二人は自分の部屋に戻る。横になった途端安心して寝てしまった二人を、近藤はこっそりと、微笑ましく思いながら眺めたのだった。













Designed by TENKIYA