端役 わらべうた824.5




土方は相良の住まいである長屋を出た。隙間風の入り込む古びた壁に、重たい屋根が雨風を凌ぐ程度に被さっている…大坂の裕福な商家の次男だった相良がこんな境遇にまで身を落として、さらに瘡毒に侵されていると知ったら山崎は落胆するだろう。
「ご苦労様です」
少し離れたところから静が声をかけて来た。土方を迎え入れた時のテンションとは違い、その声色は別人のように落ち着いている。
「ああ…知らせに感謝する」
相良はなぜ土方がここに足を運んだのか、居場所を知っていたのかとは訊ねなかったが、当然知らせた人物がいたからだ。それが隣人で在り、協力者である静だ。彼女は討幕派の浪人に亭主を殺された過去があり以前から新撰組に積極的に協力していた。山崎の管轄ではない協力者であるため、彼らは彼女のことを知らないだろう。
「…瘡毒でしょう?相当、進行してる」
「おそらく。本人もわかっていたはずだ」
「相良はんはなんて?」
「このまま誰にも知らせずに死ぬつもりのようだ」
「…ほんま、阿呆やなあ…」
静は深いため息をついた。
彼女は賭場で相良を見かけて以来、彼を気にかけていた。実家から勘当され宿なしになった相良を長屋に誘ったのは静で、何かと手を貸していたのだ。しかし相良が瘡毒に罹っていることを察し、監察方を通じて土方に報告したことで今回の訪問に繋がった。
静は何となく相良のいる長屋に視線を向けた。
「あの子、ほんまに要領の悪い子で…傍で見てるともっと上手うやったらええのに思ても、なんていうか、真っすぐにしか突き進めへんのやろう。しんきくさいけど、可愛い思います。…せやから瘡毒に罹ったのはあの子のやり方間違うとったせいやけど、こんなのはあんまりに気の毒や」
静は相良の現状に同情していた。土方も本人の希望とはいえ、このままで良いのかと迷う気持ちは否めない。
「…これからも世話を頼んで良いか?」
「もちろん、そのつもりどす。…それであの子の好い人は?」
「たぶん好い人というわけじゃない、幼馴染だ。…決して知らせるなと何度も念を押された」
「…自分が死んでまうかもしれへんのに?」
「ああ」
静は全く理解できないといわんばかりに渋い表情を浮かべ、「阿呆や」と呟いた。
「あれだけ身を犠牲にして働いて、報われもせずに逝ってもうたらどれだけ後悔するか。あの子自身だけとちがう、置いて行かれた方がどれだけ悲しむか…そんなんもわからへんなんて、ほんまに阿呆や、大あほや」
「…」
「ちょっとくらい、欲出して甘えたらええのに」
黙って、隠して、そのまま去りたいという相良の気持ちを土方は理解したが、静は全く受け付けないといわんばかりに拒む。男と女の考え方の違いというものかもしれないが、静にとって相良はすでに身内のような存在であるからこそ、悔しい気持ちを抱えているのだ。
土方は持参していた実家の散薬と金を静に渡し、「宜しく」ともう一度託して長屋を去る。
相良は山?の華々しい活躍に比べれば自分の存在は端役に過ぎないと思うかもしれない。けれど山崎にとってきっと相良はあって当たり前でなくてはならぬ、唯一無二の親友だ。相良はきっとそのことに気がついていない…だからすでに望まれているのにも『必要とされたい』と願うのだ。
『命を賭けるってそんなんや思いました』
土方の鼓膜に相良の言葉が残っていた。命の賭け方は様々あって、静の言う通り彼は要領が悪いのかもしれない。けれどそれが彼の選択ならば外野には何もいえない。

黄昏時の夕陽が相良の人生の儚さを示しているようで、土方はなんとなく目を逸らした。















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