独りよがりのアイロニカル わらべうた842.5




―――疲れた。
俺は土方副長への報告を終えて奉行所の裏手で四肢を投げ出した。全身に残る倦怠感は身体的な理由だけでなく、むしろ心理的な理由が大きい。まさか順風満帆だった近藤局長が目の前で撃たれることになろうとは。
(お叱りを受けるべきだった)
近藤局長が重傷を負い副長は見たことがないほど青ざめ、動揺し、言葉さえ失っているようだった。俺の報告を聞いてますます顔色を悪くされなんとか遊撃隊の伊庭先生の助言で、「休め」とお言葉を頂いたが、俺は楽になったわけではない。
(もっとできることがあったはずだ…)
周囲を警戒し、事前に襲撃を阻止できなかっただろうか…考えても仕方ないとわかっていても、あの時の光景が何度も繰り返されて心が痛い。身体を仰け反らせた局長から血飛沫が吹き出た時はもう助からないのではないかと思った。
(俺に当たれば良かったのに…)
俺は額に手のひらを当てて唇を噛む。堂々巡りの感情が次第に自分の首を絞めていくようだった。
そんな時、
「先輩?」
と小さな声がして俺はハッと目を開けた。そして真っ赤な顔でこちらへ駆け寄ってくる山野を見つけた。
「山野…?」
山野は沖田先生に付き添って醒ヶ井の妾宅にいるはすだ。だから願望故の幻かと思ったが、俺に強く抱きついてくる彼は俺の恋人に違いない。
「どうしてこんなところにいるんですか?!探しても探してもいなくて…っどこか怪我をされたのかと…っ」
「…すまない」
(情けなくてみんなの前に顔を出せなかった…)
気持ちの整理をしようと思って人気のない場所を選んだのだが、彼を心配させてしまったようだ。
山野はゴシゴシと目尻の涙を拭った。
「…っ、僕は今朝、沖田先生とともに醒ヶ井から伏見へ移ったんです。先生が敵襲を予感されて…」
「そうか…さすが先生だな…」
御陵衛士は近藤局長の帰路を待ち伏せしていた。彼らは沖田先生が妾宅で療養していることはおそらく知っていたのではないだろうか。
(それに比べて俺はのうのうと…)
ますます情けなくなって俺は深いため息をつく。
山野は俺の全身を見渡した。
「お怪我はありませんか?」
「…ない。局長は撃たれて芳介も、石井も死んだ。横倉は腕を斬られていたが、俺だけ無傷だ」
「お怪我がなくて良かったです」
「良くない。…局長の代わりになれたなら、どれだけ良かったか…」
俺はこのところつくづくついてない。
先日の天満屋でも持ち場を離れて敵の侵入を許す失態を犯した…仕方ないことだと副長は責めなかったが、今度こそ在籍歴が長いことだけの無能な古参隊士だと呆れられただろう。
山野は落胆する俺に何も言わず、俺の衣服や手足の土埃を払い、隣に腰を下ろした。
「…局長は一命を取り留められました。でも山崎先生は弾丸が骨を砕いていると…どうにもできないかもしれません」
局長が撃たれたのは右肩だった。刀を持つことすらできないのかもしれない…。
「…盾となるべきだったのに、一人無傷なんて…自分に虫唾が走る…」
俺はつい苛立って吐き捨てる。そんな俺を山野は慰めようと手を伸ばしたが、つい払うように跳ね返してしまった。
「…っ」
「…すまない。ひとりにしてくれ」
山野は傷ついたように目を伏せた。俺は自分自身をこれほど自己嫌悪したことがない。
(八つ当たりをして、山野を拒んで…俺は何様のつもりだ…)
だが、山野は去ることを選ばずにもう一度俺の手を取った。そして淡々と口を開いた。
「…僕は医学方なのに処置一つ満足にできず、隊士たちと一緒にあたふたするばかりでした。土壇場で何もできないことが…情けないです」
「…」
「でも局長はお命が助かりました、僕は先輩が無事で嬉しいと思います。それは先輩が最善の選択をされた結果のおかげで、誰がなんと言おうと変わりません」
山野が柔らかい笑みを浮かべて俺を見た。
「僕はこうして先輩とまた会えたことだけで満足です。そんな僕は…自分勝手でしょうか?」
「…山野…」
俺は先ほどは拒んだくせに、今度は強く山野を抱きしめた。彼の慰めによってもっと自分を許してもいいと気付かされたからだ。
起こってしまったことは変えられない。反省も後悔もする…だが、後退して逃げてはならない。
俺は感情をぶつけるように噛み付くように獰猛な口付けをした。…醒ヶ井と伏見で別れてしまうとき、一度はもう会えないかもしれないと覚悟したのだ。彼の言う通りまたこうして会えたことは何よりの喜びだった。
山野は俺の後ろ頭に手を回して、口付けに応え続けた。
たった数日…けれど一度は別れを決意したことでより一層の燃え上がった。彼は息継ぎの合間に熱い眼差しで俺を見つめる。
「…先輩」
「なんだ…?」
「前言撤回します」
「ん?」
「会えただけで満足だなんて…嘘だったみたいです」
彼は上目遣いで囁いた。
健気で明るく可愛らしい一人の隊士。彼もまた古参という立場で皆から愛され頼られている。
だが俺は知っている。山野は…惚れた男を皮肉っぽく振り回す、小悪魔なのだ。

















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