総司は土方とともに自分の部屋に戻った。
「…ちょっと言い過ぎました?」
土方は成り行きを見ていたに違いないので訊ねたのだが、彼は小さく笑ったまま「そんなことはない」と答えた。
入隊試験という口実で島田と試合をさせ、現実を見せつけた―――叔父と甥の関係で厳しすぎたかもしれないと総司は今になって少し反省していたのだが、土方はそんな気は知らない様子でなんだか楽しそうに火鉢の前に腰を下ろした。
総司は稽古着を脱いで楽な格好に戻った。
「…何がそんなに面白いんですか?」
「久しぶりに鬼稽古を見たと思ってな」
「鬼稽古って…。芳次郎と打ち合ったのは島田さんですよ」
「島田はお前の甥だから随分遠慮していたのに、お前は容赦なかった。足払いして転倒させて竹刀を蹴るなんてな」
「…やっぱりやり過ぎましたよね。一生口をきいてもらえないかも…姉さんにも叱られるかな…。でも、芳次郎は私に似ているとちやほやされて舞い上がっていたかもしれませんけど、逆に言えばもし入隊したらそれだけ期待されるってことです。それに応えなければならないのだとしたらやっぱり、まだまだ実力不足だと思うんです…」
総司は言い訳のように零しながら帯を結んだあと、自分の行いを思い起こし気が滅入るような気持ちで土方の前に座ったのだが、彼はまだ笑ったままだ。
「お前があれだけ情け容赦なかったのは、それだけ芳次郎が本気だったからだろう?」
土方に問われ、総司は跳ね返されながらも懸命に島田に立ち向かっていった芳次郎の横顔を思い出す。
「…本気だったと思います」
「だからお前も本気で返した…それだけのことだ。いまは頭に血が上って何も考えられないかもしれないが、落ち着けば芳次郎も理解するだろう」
「だと良いんですけど…余計意固地になってしまうかも」
「それは否めないな」
土方は総司の家族の頑固さをよく知っているので苦笑するしかない。
総司は朝から置きっぱなしになっている白湯に手を伸ばした。もう白湯とは言えずに冷えているが、火照った身体にはちょうど良くすうっと身体に沁みていく感覚を味わった。
「何だか…久しぶりに竹刀をもって、ほんのちょっとですけど病を忘れて剣に向き合って…楽しかったし、もう懐かしかったな…」
「…そうみたいだな。島田が泣いていたが、山野やかっちゃんがいたら号泣していたかもな」
「ハハ…皆、昔は私の鬼稽古なんて嫌がっていたのに」
「無くなると惜しくなるものだからな」
土方は「こっちに来い」と総司を手招きして隣に座らせると、肩を引き寄せた。
「…まだ昼間ですよ。芳次郎が帰ってくるかも」
「別に見せつけてやればいいだろう」
「これ以上、動揺させるのは可哀そうですよ…」
総司は土方の肩を押して離れたが、その指先は触れ合ったままだった。
「…歳三さん、本当は…」
「ああ」
「本当はもう少し、あの場に居たかったんです」
土方は「わかってる」と頷いた。
涙を流す島田や稽古を熱心に見つめていた隊士たちの前ではいつものように振舞ったけれど、本当は懐かしいあの場所に戻れたことが嬉しくて、けれどもうあの頃と同じではないことがわかって切なかった。その証拠に芳次郎を指導した少しの時間だけで息切れを起こしてしまったのだ。
総司は芳次郎に厳しく当たったが、それ以上に自分の力不足と至らなさを思い知った。病さえなければ芳次郎の運命も変わっていたのかもしれないと思うと責任すら感じる。
それにたとえ病を克服したとしても、天才と呼ばれたあの頃には戻れない。
(なんだか言葉にならない)
総司は目を閉じて、土方に凭れ掛った。土方は『また戻れる』などといった気休めは口にせず、ただ黙って総司の身体を支えてくれていた。
(願わくば…芳次郎が選ぶ道が明るいものでありますように)
総司は祈りながら、土方の体温を感じていた。