総司の顔を見た途端、土方は気が抜けたのかどっと疲れを感じたので、彼の隣で横になって休むことにした。
日が暮れようとしている。
「泊っていきますか?」
「いや…近藤先生が心配だ」
土方は松本を訪ね、近藤は島田とともに勝邸に向かった。おそらく門前払いに遭っているだろうと松本は言っていたが、近藤はいまの江戸と徳川の状況をどこからか耳にして焦っているに違いない。甲府でそうであったように自分を見失って不本意な行動を取らないように傍に控えていなくては。
それに明日の永倉たちとの会談について話しておかなくてはならない。
もちろんこんな杞憂を総司へ話すつもりはなかったので
「近藤先生は本当に大丈夫ですか?」
と総司に聞かれたが、「心配するな」と返して代わりに彼の身体を引き寄せた。
「…何か誤魔化してません?」
「いいから、誤魔化されてろ。それに今は自分のことだけを考えるべきだ。英に叱られる」
「…まあ、そうですけど」
聞きたいことは山ほどあったけれど、昨晩生死の境をさまよった総司は何も言い返すことができない。それに土方の胸元に抱かれていると温かくてぼんやりとしてしまい何も考えられなくなるのだ。
二人は特に話すことはなく手の平を合わせ、指先を絡ませた。甲府への往復ですっかりガサガサと乾燥した土方の指先と、食が進まずに指先も細くなってしまった総司…二人は互いの状況を察しながら指先を弄ぶ。
そうしていると総司は不意に昔のことを思い出した。
「…昔、私が麻疹に罹ったことがありましたよね」
「ああ…布田の出稽古先だった。伊庭もいた」
「そうでした。あの時も随分苦しかったけれど…誰かが手を握っていてくれた気がしたんです。あれは歳三さんだったんですねぇ…」
もう十数年前のことだが、こうして手に触れていて今更気が付いた。この温かな指先が麻疹に侵され命の境を彷徨う総司を一晩中繋ぎとめてくれていたのだ。
土方は「懐かしいな」と苦笑しながらあの時のことを話し始めた。
「お前が倒れたという早飛脚が来て梅雨明けの炎天下を布田まで走って…お前の看病をした。麻疹だと聞いた時は驚いたが、伊庭が珍しく弱気になって狼狽えていたな」
「へえ…伊庭君が。目が覚めた時はなんだか冗談を言って笑っていたような気がするんですけど」
「それは照れ隠しだ。今度聞いてみたらいい」
「はは、そんな昔のこと伊庭君覚えているかなぁ…」
伊庭のことだから覚えていても忘れたふりをされそうだ。総司が笑っていると、土方の手が総司の額に触れた。
「あの時も熱があって…なかなか下がらなかった。医者が異国の薬で何とかなるかどうかわからないなんて脅すから余計大事になったんだ。翌朝には熱は下がっていた」
「ふふ…おふでさんが『文字通りの高い薬代だ』とぶつぶつ文句を言っていましたねぇ…」
総司は土方の掌の冷たさを感じながら懐かしさに浸っていた。あの時はまさかこんな関係になるなんて思わなかったけれど、巡り巡ってまた彼に看病されているのだと思うと不思議な気持ちだ。まるでこうなるのが決まっていたようにも感じる。
土方は総司の首元に顔を寄せ、軽く耳朶を噛んでその後に口付けた。
「…そろそろ帰る」
「…そうですね…」
日が暮れて辺りが暗くなりつつある。あまり遅くなっては近藤が気を揉むに違いない。互いに別れ難さは感じていたけれど、仕方ないとわかっていたので口にはしなかった。
土方は身体を起こして衣服を整えた。
「あの時みたいに朝までいてやれなくて悪いな」
「いえ…また来てください」
「ああ。ちゃんと休め」
「はい」
土方は頷いた後、コートに袖を通した。いつのまにか様になった洋装は彼の体にぴったり沿うように見えた。
総司は引き留めたい気持ちを抑えて寝床から笑顔で見送った。土方の足音が聞こえなくなってまた寝床へ横になる。
そうしていると日が暮れて夜を迎えた。
長い長い夜。
(朝まで一緒にいられたら良いのに…)
「あ…」
総司は預かっていた羽織を返し忘れていることに気がついた。皺くちゃになっていることを揶揄われたせいで視界から遠ざけてしまっていたのだ。
総司はその羽織に手を伸ばした。そしてまたその羽織を抱きしめて目を閉じて、せめて彼の気配だけは朝ぼらけまで一緒にいられるように、と願った。