君が見ている景色が、途轍もなく、途方もなく、当然のように、止まることなく、輝き続けることを願っている。
京の夏は暑い。何もしなくても汗が噴き出るような暑さに土方は辟易していた。
新撰組副長として溜りたまった仕事は終わる見込みも立たなければ、休む暇もない。仕事は嫌いではないが、こんな暑い日はせめてこれ以上事件でも起こらなければいいと思うのだが。
「沖田先生!危ないですよ!」
「怪我でもされたら…!」
庭から平隊士の叫ぶような声が聞こえて、土方は思わず部屋の外を見る。
「大丈夫ですって。昔から土方さんとこうやって遊んでたんですから」
隊士たちの心配をよそに、名前を呼ばれた当の本人は子供のようにはしゃいだ声を上げているようだ。土方はため息交じりに部屋を出た。
まるで子供が木登りをして遊んでいる光景に等しかった。
周りに控えてた隊士たちは土方がやってくると「止めたのですが…」と申し訳なさそうな顔をした。
「おい、総司」
土方は木の高いところに上った総司を見上げる。
浅黄色の隊服を着た総司はすっかり大人びているはずのなのに、江戸にいた頃と錯覚してしまうほど子供じみていて…土方は呆れる反面懐かしさを感じてしまった。
「土方さん。気持ちいいですよ、風が涼しくて」
「そりゃそうだろうが、部下に心配を掛けるな」
いつか落ちてけがをするんじゃないか、とハラハラ見守っている部下からすればいい迷惑のはずだ。土方は戒めたのだか、総司には効き目はないようで、
「土方さんも昔は試衛館の木に登って寛いでいたじゃないですか。登ってみてください、風が涼しいから」
と相変わらず楽しそうだ。
「馬鹿、怪我でもしたら仕事に支障をきたすだろうが。いいから降りて来い」
「嫌ですよ。怪我なんてしませんて。あ、それとも土方さんはもう登れなくなっちゃったんですか?もういいお年ですもんね」
からかうような言葉は総司以外は決して口にできないような言葉だ。控えていた隊士たちは息をのんだ。
「…俺が登れないわけねぇだろ…」
売られた喧嘩は全力で買う土方は、木の幹にさっそく手をかけた。
総司と同じ高さへ登ると、屯所の屋根と同じくらいの高さになりハラハラと見守る隊士たちがすっかり小さく見えた。
そしてまるで世界が変わってしまったかのように、風が強く、冷たい。登るまではじんわりと汗をかいていたものの、すっかり引いてしまった。
「ふふっ、気持ちいいでしょう?」
満足げに胸を張る総司の土方は「そうだな」と素っ気なく答えつつ、認めてやるのは癪なので
「猿と馬鹿は高いところが好きっていうからな」
と付け足した。総司はてっきり拗ねるのかとも思いきや軽くうなずいた。そして今まで腰を下ろしていたのを、立ち上がる。
「そうかもしれないです。考えるのが苦手だから、馬鹿だから、こうやって木に登って下を見下ろせば、全部わかったつもりになれるのかもしれないですね」
「…何か悩んでいるのか?」
「悩んでいるのは、私じゃないですよ」
総司の視線が土方のものとぶつかった。
「俺は別に悩んでねえよ」
「別に土方さんだって言ってないじゃないですか」
土方は小さく舌打ちした。どうやらまんまと誘導されてしまったようだ。
「でもここにいると、見下ろせるのもそうですけど、まるで空に手が届きそうじゃないですか…ほら」
総司が天へと手を伸ばす。まるでつかむかのように伸ばすその光景を昔見たような気がした。
試衛館に昔から生える大木。
葉の合間から差し込んでくる夏の日差しがキラキラと靡き、
そして頬を撫でる涼やかな風。
「お前は…変わらないな」
ただ違うのは、身にまとうのが浅黄色の隊服だということ。
「変わらないことが良いのかわからないですけど……私から見れば土方さんだって変わらないですよ。自己中心的で、傲慢で、我儘で」
「…お前、樹上で喧嘩を売るなんていい度胸してるじゃねぇか」
平隊士たちは心配そうに樹上を見上げていた。新撰組の鬼副長と、一番隊の組長が喧嘩を始めてしまったのだ。
しかしたまたま通りかかったらしい新撰組の局長は
「お前たちは本当に仲がいいなあ」
そんな台詞を嬉しそうに言いながら、近藤はその大きな口で笑ったのだった。