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はざま。




ある夜。
試衛館の親友の部屋で、土方は唖然として言葉が紡げなかった。
目の前にいる幼馴染で試衛館の道場主である近藤が上機嫌に、やや饒舌に話したことすべてがあまりに突拍子無く馬鹿げていたからだ。互いに少し酒が入っていたので聞き間違えだと思うくらい理解ができなかった。
「歳?どうした?」
「いや…もう一度言ってくれ」
「だからさ、兄弟子として…いや師匠としてだな、総司に色々教えてやらねばならんだろう?剣術や学問も大事だが、やはり女だよ。さっぱり興味がなさそうだが、いざとなって怖気づくようなことがあっては男の沽券に関わる。それに悪い女に捕まったらおみつさんに申し訳ないじゃないか。だから一度吉原に連れてってやってくれと言っているんだ」
「…何故俺が?」
「俺より吉原に詳しいだろう?」
近藤は至極当たり前のことのように口にした。確かに彼の言う通り若い時分から吉原に通いつめ、店や花魁の名を隅々まで覚えている土方だが、そこに総司を連れて行くという発想は全くなかったため、すぐに結びつかなかったのだ。
「総司に合いそうな、優しい女を紹介してやってくれよ。恥をかかないように吉原の作法も手とり足取り教えてやるんだぞ…いいな?」
「…待ってくれ、かっちゃん。本気か?」
「何を躊躇うことがある。男として兄貴分として、弟分にしっかり指導してやってくれよ」
酒のせいで呂律の周らない近藤は目をこすりながら「そろそろ寝るか」と言いたいことだけ言ってあっさりと部屋を出て行ってしまった。
その場に残った土方は近藤とは逆にすっかり酔いがさめてしまい、呆然としてしまった。するとそこへ件の総司が現れた。
「あれ?近藤先生、もうお休みになったんですか?」
「…ああ」
「そろそろお開きだろうと思って温かい茶を持ってきたんですけど…はいどうぞ」
総司は近藤がいた場所に腰を下ろすと土方に湯飲みを一つ渡し、もう一つの近藤の分だったものを自分が飲み始めた。
「何だか楽しそうでしたね。何を話していたんですか?」
「…お前の筆下ろしの話だ」
総司は茶が気管に入ったようでブッと吐き出して咳き込んだ。そして顔を真っ赤に染めた。
「な、何の話ですか、それ…!」
「かっちゃんがお前の行く末を案じて吉原に連れて行ってやれと。お前が剣術馬鹿で、女に興味がないのを嘆いていた」
「…そう言われても。今は稽古が楽しいですし、女なんて居なくても困ってないのに…」
むしろそういう存在が迷惑だと言わんばかりに総司は顔を顰めていたが、土方は拒絶するようなその態度を見て内心安堵した。
けれど総司はしばらく考えこんだ後に、
「…でも、歳三さんが教えてくれるというのはまたとない機会ですよね…」
と言い出した。
「はぁ?」
「先生は一度決めたことはなかなか諦めないでしょ?もし思い詰めた先生に突然吉原に放り出されたりしたら路頭に迷うだろうし…それに、一度そういうのを経験したら原田さんたちに揶揄われないで済みますよね…」
総司は真面目な顔で思案し始める。食客のなかで年若な総司は何かと原田に春画本を押し付けられ、女を知らないことを揶揄われていたのだ。
しかし土方は
「俺が請け負うとは言ってない」
と断ると
「どうしてですか?吉原に連れて行ってくれればいいだけなのに」
総司は首を傾げる。ただ案内してくれるだけだろうと何も理解していない総司を見て土方は(これだからお子様は…)とため息を付いた。
「あのな、かっちゃんはそういう意味で言ったんじゃない。手とり足取り教えてやれと言ったんだぞ。つまり女と俺とお前が同衾して指導してやれってことだ」
「えっ?!そういうものなんですか?」
総司は再び顔を真っ赤に染めた。そう珍しいことではないのだが、やはり何もわかっていなかったのだろう。
「それで?どうするつもりだ?」
「……お断りします」
「かっちゃんは諦めが悪いぞ」
「……」
知識の乏しい総司は妙案が思いつかないようで「うーん」と唸って考え込む。長い睫を伏せ、形の良い唇が引き結ばれている…土方はじっとその顔を見つめた。
(俺は何度かこの口を吸ってみたいと思ったことがある)
吉原の上級の花魁よりもよほど艶めかしく端正な顔立ちをしている。女だけでなく男までも篭絡しそうだが、本人は全く気が付かず今のところは脇目も振らずに剣術に向き合っているが、近藤の言う通りいつかは色恋に興味を持ち自ら吉原に通い始めるのだろうか。
その白い指先が女の肩を寄せ、その唇で肌を吸う―――。
(俺はそれを…惜しく思う)
土方はそんな衝動に突き動かされて、目の前の総司の腕を掴んで自分の方へ強く引き寄せた。
「ちょっと…!」
総司が持ってきた茶や、食べ残しの肴があちこちに散らばったが、土方は構わずに後頭部へ手を回し、今までで一番近い場所で総司を見た。
「…歳三さん…?」
「やっぱり、俺が教えてやる」
「何を…」
総司は胸を押して離れようとしたが、土方はそれを許さず齧り付くような口づけをした。口腔を掻きまわし歯列を舐め舌を吸う…総司の目が大きく見開き、未知の感覚に驚いていたが抵抗せずに身を任せ、次第に息遣いが荒くなっていった。
「ぁ…っはぁ、は…歳三さ…」
「いいから、お前はされるがままになっておけよ」
土方はうなじに触れながら輪郭に舌を這わせ、指先で耳をくすぐり、首筋を甘噛みした。
「ちょっ!くすぐったい!」
総司はまだ冗談だと思っているのか可笑しそうにして身を捩って逃れようとしたが、土方は許さずにさらに強く引き寄せて痕を残した。そうしなければ明日の朝すべて無かったことになってしまう気がしたのだ。
ーーーなかったことにしたくない。
(俺は…ずっとこうしたかったのか?)
自分に問いかける。
吉原に連れて行きたくない、女を抱かせたくない、誰にも触れさせたくない―――土方のなかにはまるでずっと前からそんなことを考えていたかのようにふつふつと感情が沸きあがってくるのだ。
土方は総司の両手を掴んで、畳に押し倒した。土方を見上げる総司の顔は怖がっているのではないかと思ったが、真っ赤に染まっているだけで大きな抵抗もない。
「…っ、あの、歳三さん…本当に?冗談じゃなくて?」
「…どれが?」
「全部です。本当に…教えてくれるんですか…?」
総司は土方の様子を窺うように尋ねた。本当は土方の方が総司に「このまま進めてもいいのか」と確認を取るべきだろうが、何故だか総司はこの先を望んでいるようにしか見えなかった。
「ああ。…ちゃんと、覚えておけよ」
土方は総司の手を離した。そして身体を伸ばして障子を閉めた。
部屋には灯りが二か所灯っていて十分に明るく襟を掴んで大きく開くと、白い肌に浮かぶ赤い飾りがはっきりと見えた。見慣れているはずなのに、何故だか色めかしい。赤く潤んだ唇を再び重ねながら、指先で弄ぶと総司の身体が小さく震えた。
「…っ、そこ…」
「いいか?」
「…うん…どうしてだろう…」
女には意味があっても男にはないと思っていた場所が、まるで別のものになってしまったみたいに興奮を高めていく。総司にとって初めての感覚だったのだが、土方がそこを噛みついて強い刺激を与えるとさらに背中が撓って、声が出た。
「あっ…まって、明日も稽古があるのに…!」
「…女はここが好きだ。お前も好きみたいだな」
土方はふっと笑って乳首を弄りながら、もう片方の手で器用に袴の紐を解いてしまった。急に下半身を覆うものがなくなり、総司の羞恥心は高まったのだがすでに身体は自分のものではなく、土方の勝手にされていて隠しようがない。
「勃ってるな」
「あ、あ、…言わないで」
「口にすると余計興奮するだろう。女も同じだ、恥ずかしがらずに…」
総司は手を伸ばして、土方の口を塞いだ。
「い、言わないで良いです。女のことは…知りたくない。いまは…」
「…いまは?」
「いまは…そんなことより、…切なくて。歳三さんに早く触れてほしいだけなんです」
総司が潤んだ眼差しを向け、女を抱くための予習は必要ないと言っている。
(…だったらこの行為の意味はなんだ?)
互いに望んでいたのか―――そう思った途端、土方の途端になけなしの理性は崩れた。
土方は自らの着物も脱ぎ払い、同じ裸体となった。そして昂ったモノを重ねて強く扱く。
「あっ、まって、あ、あ、ああ…!」
他人から与えられる初めての感触に総司は戸惑ったが、器用な土方の指先によって身体は制御が聞かずに息が上がる。そしてまた苦しくなるような口づけをされて、初めての快楽に乱れていた気持ちが満たされて
「いく、いく…っ!」
と一気に果てた。総司は身体中の力が抜けるように四肢を投げ出したが、土方の方はまだ昂ったままで衰えることがない。総司の足を高く持ち上げて身体をくの字に曲げた。
「や、やだ…!」
総司は拒んだが、土方は「見てろ」と言い放ち、最奥に舌を這わせた。
「嘘…そんな、汚いのに…!」
「男同士はここに入れるんだ。…ほら、足を広げろ。痛い思いをすることになる」
「…っ」
総司はおずおずと太腿の裏に両手を回したもののなかなか覚悟が決まらずもじもじとしていた。土方は仕方なく代わりに両膝を掴んで大きく開かせて顔を埋めた。白濁したものを潤滑油の代わりにして、蕾のように固く閉じた場所をこじ開ける罪悪感はなく、むしろいまはそうしなければ後悔するだろうとただそれだけだ。
「…っ、歳三さん…は、なんで…」
「あ?」
「なんで、男とするの…知ってるんですか…?」
色恋に関して全くの無知である総司にとって、目の前で想像もできないような光景が繰り広げられている。それなのに土方は何の躊躇いもなく行為を進めていくのが不思議に思ったようだ。
「…だいたい、わかるもんだろ」
「だいたいって…」
「もういいから、黙ってろ」
土方は足を降ろして開かせたままお喋りな口を吸った。そして総司が気を取られている間に指を押し込み、中を広げていく。
「あ、あぁ、あ…っ」
「…狭いな…」
思った以上に窮屈な場所に困惑しながらも指を二本に増やしたが、総司はあまり痛がるそぶりを見せずに受け入れた。
「お前、こっちの才があるかもな…」
「そんな、はず…アッ!」
急に総司に身体がビクンと跳ねた。土方が同じ場所を刺激すると総司は自我を忘れて喘ぎ、ここが良い場所かと気が付いた。その後は順調に事が運び、土方の三本の指が自由に出入りできる頃には、総司は声を枯らして喘ぎ四肢を投げ出して土方にすべてを委ねていた。
「…いいか?」
土方が念のため断りを入れると総司は何度も頷き、
「いい、いい…」
と答えた。むしろ早く来てほしいと言わんばかりに腰が揺れて誘われる…土方の理性は限界で大きく反り勃つそれで奥まで貫いていた。
「ひぃ…っ、い、いた…」
「…っ、もう少ししたら、馴染む…力を抜いて呼吸をしろ」
「う、うぅ…うん…」
朦朧とした意識のなかで総司は土方に従順に従い、そのうち痛みが緩和して馴染み始めたようだ。そして土方の方もまたじわじわと総司と繋がっていることを実感する。
(ああ、俺は…ずっとこうしたかったんだ…)
答えは出た。心の奥底でずっと物足りなさを感じていて…それを埋めるものがなにかわからなかった。けれどいま、本人でさえ知らない場所に触れて、繋がって、互いを求めることでその物足りなさが満たされていくのだ。
「す…」
「…え?」
好きだ、と口にするにはまだ早い。総司はこれを稽古の延長だと思っているのだから。
だから何も言わず、代わりに総司の両膝を抱えて、強く腰を打ち付ける。言葉にしなくても伝わるように、この身体に、このなかに、自分の思いを吐き出すように。
「あっあっあ―…ッ!」
蒸気した頬に流れる涙、聞いたこともない嬌声、小刻みに震える白い体躯―――脱ぎ捨てられた衣服の上で混乱して喚く総司の掌を自分のそれに重ねて、指を絡ませた。
何もわからなくなっていく意識の狭間で、けれどその指先が握り返すのを感じていた。








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