わらべうた




761


(どうしよう…)
原田の乱雑な手紙を手に、藤堂は途方に暮れていた。
待ち合わせは明日の宵五つ、場所は永倉の馴染みである祇園の料亭だ。手紙の内容はたったそれだけで、挨拶すらなく早急な用事だということは伺えた。
藤堂は伊東に指示をされ、新撰組とは縁を断つつもりであったが、特に親しい原田や永倉からの呼びかけに心は揺らいだ。藤堂の脱退を引き止めつつも意思を尊重し『離れても仲間だ』と涙ながらに見送ってくれたことははっきりと覚えているのだ。
(きっと何かあったんだ…)
彼らの誘いに応じたい…けれど藤堂にはどうしても踏み出せなかった。
(…土方さんは冷たかった。もしかしたら皆も…)
もう仲間だなんて思っていないのかもしれない。彼らの言う通りにのこのこと出向いて、「なんだ来たのか」とあっさり裏切られるかもしれない。
そんなはずはないと思っていてももう半年、たった半年…人の心は変わる。藤堂自身の身にも覚えがある。
藤堂はその場で手紙を破り、そのあと読めなくなるまで小さく千切り捨てた。
(明日までまだ時間がある…)
ぐらぐらと気持ちが傾くのを感じながら屯所に戻ると、同じタイミングで鈴木が血相を変えて駆け込んできた。そしてそのまま伊東の部屋に走ったので藤堂は何事かとその後を追うと、鈴木は
「兄上、大変です!斉藤先生が新撰組に殺されました!」
障子を開きながら悲痛ない面持ちで叫んだ。
「えっ?!」
藤堂はまるで現実味のない知らせを聞いて声を上げて驚く。斉藤は伊東から難しい任務を任されて御陵衛士を離れているということだった。
(なんで新撰組に…!)
しかし伊東は涼しい顔のまま
「そうか」
と一言だけ口にした。
信じられるのは共に脱退した同志だけ…それは突然の雷雨のような知らせのはずなのに、伊東という湖面は静かなまま、不気味なほどに揺らがない。
(先生…)
藤堂は言いようのない違和感を覚えたのだった。


「それはダメだ…!」
同じ頃、近藤は青ざめて首を横に振った。土方が斉藤の策を伝えると案の定、近藤は拒否感を示したのだ。
「武士として、かつての同志として…そんな無惨なやり方は必ず禍根を残す!そんな手を使うなら正面から戦った方がマシだ!」
「…残酷で非情なやり方の方が割り切れる。それに今や巷じゃ新撰組が暗殺犯だ。新撰組を首謀者だと主張する御陵衛士に対して強い態度を取ることが、周囲への牽制にもなる」
「だが…!」
近藤は顔を顰めて不快感をあらわにする。誰よりも武士として生きたいと願っている近藤にとって不本意な策だろう。土方は彼が飲み込まないのはわかっていたので、
「この案を飲んでくれるなら、藤堂のことはどうにか手を回す」
と提案すると、近藤はハッと表情を変えた。
「何…?」
「出来るだけ迅速に、確実な方法を取りたい。御陵衛士が美濃から増援を呼べば手出しができなくなる。新撰組で揉めている場合じゃない」
「それでもお前が譲歩するのは珍しい」
「藤堂のことは…誰もが積極的に手を下したいわけじゃない」
「…」
近藤の視線が揺らぎ、腕を組む。土方が譲歩してもまだ頷きそうもなかったので、土方は続けた。
「…かっちゃん、自分の命が狙われたことを忘れてはならない。まだ狙われ続けていることもだ。…お前はもう徳川の家臣だ、御陵衛士や伊東の裏切りは徳川への冒涜に等しい」
「仰々しいな。俺など…」
近藤は苦笑したが、
「この前、浅羽に聞いた。…公方様の側用人の後任に、お前を推す者がいたそうだ」
「なに?」
初耳だったのか、驚いていた。
「結局、大政奉還になって頓挫したそうだが…そういう道もあったかもしれない。だからこそその『近藤勇』が身内のいざこざ程度のことで躓くわけにはいかない。新撰組は土佐の要人を暗殺していない、御陵衛士の主張は全くの嘘で俺たちが潔白であることは潔白であると広く示す、これは新撰組の威信の問題だ」
江戸の片田舎の貧乏道場で燻っていたなら情を重んじて動けば良い。けれどもう近藤は武士であり、新撰組を率いる長である。
そして一時とはいえ側用人として求められた…その経歴に傷を付けるわけにはいかない。
近藤はゆっくりと息を吐いた。土方の言葉を噛み締めて、飲み込み…ようやく頷いた。
「…わかった。平助のことは頼む」
「ああ…。それからこれからのことは」
「わかっている。総司には伏せておこう」
総司には心労をかけてはならない、という考えは一致していたようでその点土方は安堵する。そして近藤が「外の空気を吸ってくる」と部屋を出て行ったので土方はその場に残った。
(覚悟…か)
自分ではもう納得しているつもりだったが、斉藤に『覚悟を決めてください』と指摘された時は彼に何もかも見透かされているように感じた。心のどこかで藤堂が切り抜けられるように算段していた自分がいたのだ。
しかし斉藤の言う通り、藤堂諸共壊滅させる覚悟がなければ、伊東によって返り討ちにあうだろう。
(だからあれは譲歩ではなく…ただの嘘だ)
近藤のため、食客たちのため、そして自分を誤魔化すためについた、
「土方さん」
「…っ、総司か」
突然声をかけられ土方は驚いたが、総司は「そんなに驚かなくても」と目を丸くした。
「今日の入隊試験の結果について、近藤先生に報告へ来たんです。先生は?」
「ああ…少し出ているが、すぐに戻るだろう」
「そうですか…」
総司はまじまじと土方を見ている。こういう時は勘が良い総司には悟らせまいと
「それで、試験は?」
と土方は促した。総司は訝しむようにしていたが何も聞かなかった。
「数人合格にしましたよ。剣の腕は皆少し足りませんが、源さんに言わせると十分だとそうですから。でも一人…近藤先生と土方さんの了承を得たくて」
「了承?」
「本人は十五だとか名乗ってましたけど…たぶん、泰助や銀之助と同じくらいだと思うんですよねえ」
「…またガキか」
土方は盛大なため息をついた。田村は二人の兄の入隊に併せて許し、泰助は周斎の一言で受け入れたが、これ以上子守りをするつもりはなかったのだ。
「兄弟で入隊試験に来たんです。兄の方は利発そうな青年で槍をよく使います。手先も器用だそうで銃の扱いに適していると思います」
「じゃあ兄の方だけ合格にしたら良い」
「…でも数年前に両親を亡くしていて、兄だけが入隊すると弟は一人になるそうなんです」
「里子に出すか、寺に預けるか…俺たちが考えることじゃねえたろ」
「そう言われればそうなんですけど…」
総司は口ごもりながらも、何かまだ言いたいことがあるようだ。そして土方をじいっと見つめた。
「…何だよ、お前が推す理由があるのか?」
「目が…」
「目?」
「目がね、藤堂君によく似ているんです。形や大きさなんて話じゃなくて、眼差しっていうのかな…誰よりも強くて見逃せないような、そんな子なんです。でもやっぱり子どもですから、ここがどんな場所なのかちゃんとわかっているのか…厳しく尋ねたんですけど…」
『勿論理解しています。子どもだから間違っているに違いないと思われるのは心外です』
その少年は目を逸らすことなく、躊躇いもなく、物怖じせず、まっすぐと明瞭な声でそう返答した。周囲は唖然とし、彼の兄も(なんで口の利き方だ)と不安そうな顔をしていたが、総司はとても面白く感じた。
誰もが少年を『子どもだ』とある意味で格下として扱うなかで、彼は子どもであることを全く意に介さず誰よりも堂々としていたのだ。
総司は自然と口元が綻んだ。
「…最近、泰助や銀之助を見ているととても楽しいんです。若年の彼らは今はまだお荷物かもしれないけれど、いつかは新撰組を担う…財産に違いありません。だからあの少年もその一人になれるんじゃないかって…」
「…」
土方は久しぶりに憂いもない総司の笑みを見たような気がした。病に侵され身体が不自由になっていくなかで、少年たちの若さと希望が眩しくて羨ましくて…かつての自分と重なるのだろう。
「…わかった、そこまで言うのならお前が面倒見ろよ。銀之助や泰助の指導もな」
「良いんですか?」
「ああ。それで名前は?」
「確か…市村鉄之助君です」










762


冬の済んだ夜空に星が煌めく。火を灯した蝋燭を片手に縁側に腰掛けた藤堂は、ぼんやりとその姿を眺めた。側から見れば優雅に星を眺めているように見えるだろうが、彼の目には何も映っていない。
(斉藤さんが死んだ…?)
鈴木からの知らせを皮切りにあちこちから斉藤の死が伝わってきたが、どれも現実味がなくて藤堂は混乱する。
伊東によれば斉藤は特命を受けて御陵衛士を離れていたのに、何故かよりによって新撰組によって斬られたということだが…あの注意深く、賢く、冷静な彼が一体誰によって殺されたというのか。
(新撰組とまだ繋がってた…?それとも御陵衛士への牽制なのかな。いや、でもだったら原田さんたちの誘いは一体…?)
断片的な情報をつなぎ合わせるにはピースが足りず、ただわかるのは自分は蚊帳の外なのだと言うことだけ。
斉藤の死について衛士たちは驚きはしたものの、彼を重用していたはずの伊東自身の反応が薄いため、仇討ちをしようという話すら上らない。むしろ余所者がいなくなってせいせいしたという言葉すら耳にし、それが一度は仲間として脱退した者への態度なのかと、藤堂は無性に落胆してしまった。
(なんだ…悲しんでいるのは俺だけなのか…)
そう思うと途端に、山南が死んだと聞かされて帰京した時の気持ちが蘇る。あの時も皆は手を取り合って悲しみを乗り越えたようだが、藤堂一人がこだわって引きずったままだった。
(俺は…もう二度と同じことを繰り返したくないから逃げ出したいと思ったのにまた同じところにいるのかな…)
そう肩を落としていると、ギシィと床が軋む音が聞こえてそちらに目をやった。伊東の実弟の鈴木だった。
「…厠?」
「まあ…」
鈴木はなぜか言葉を濁しながら答えつつ、藤堂の隣に座った。
兄と和解しこの数日は晴れやかな様子だったはずだが、鈴木の横顔には憂いがあった。
「…何か、心配事でも?」
「兄上の様子が…気になってしまって」
「ああ…」
伊東の変調は藤堂ももちろん気が付いていた。衛士の前ではいつも穏やかに振る舞い彼らを鼓舞し続けていたが、この所は余裕がなくイライラしているように見えた。微笑まなくとも麗しいはずの伊東の表情は、時折感情に左右されて険しく歪んでいる。
「兄上はいつも整然とされているのに…こんな顔を見たことがない。なにか…悪い予感がする」
鈴木の言葉に藤堂も頷いた。こういう日の星空がやけに美しいのも、何かの前兆ではないかと疑ってしまう。
二人はしばらく黙り込んでいたが、鈴木が先に口を開いた。
「兄上は…以前、元新撰組の肩書きは『咎』だと言っていました。この罪を贖うことから始めるべきだったと…だからそのために今、動いているのだとすれば」
「そう、か…やっぱり、そうか…先生は新撰組を潰すおつもりなんだな」
藤堂は夜空を仰いだ。
藤堂も勘づいていなかったわけではない。伊東は西国からの信用を得るために必死であったが、どうしても『元新撰組の参謀』という肩書きと過去が枷となり、活動に支障が出ていた。新撰組の間諜ではないかと屈辱的な疑いさえかけられたなかで挽回するには、古巣を裏切り、新撰組を壊滅するという目に見えた証しかない。
鈴木の言葉によって確信を得ると、ずしんと肩が重くなる気がした。
「…やはり、躊躇いがありますか」
鈴木は藤堂を探るように尋ねてくる。いまだに新撰組の元組長であった藤堂のことを完全に信用したわけではないのだろう。
藤堂は苦笑した。
「そりゃ正直、前向きにはなれないけど…先生がそうお考えなら俺は従います」
「しかし近藤や土方とは揉めても、他の食客たちへ情があるのでは?」
「…あちらにとって俺は裏切り者で仲間なんかじゃないし、俺だってもう縁はないと思ってます」
昼間の手紙で心が動かされたのは事実だが、それでも伊東が決別し壊滅すると決めたのなら従うことができる。むしろそうすることで僅かに残った情を断ち切ることができるだろう。
藤堂の揺らがない言葉を耳にして、鈴木は何も言わずに口を噤んだ。賛同も否定もない態度だったので、藤堂は
「薄情者だと思ってます?」
と訊ねると、鈴木は首を振った。
「…いや…魁先生らしいと思って」
「そのあだ名いい加減やめてくださいよ」
「あなたは目の前のものを全部信じるんですね。俺が嘘を言ってあなたを試しているのかもしれないのに」
「あれ?嘘だったんですか?」
「…いや…」
鈴木はぎこちなく言葉を濁した。彼は嗾けるつもりも嫌味のつもりもなく、藤堂の素直さに純粋な驚きを感じたのだろう。逆にそれをそのまま伝えてしまうのも、鈴木の実直さなのだ。
藤堂は笑った。
「もう二度と背中を向けたくないだけです。伊東先生が新撰組と対立するなら従うし、斬れと言うなら剣を抜く。…だって俺たちにはもうその道しかない」
「…」
「おかげで先生のお考えを察することができました。これでぐっすり眠れそうです」
藤堂は礼を言いつつ縁側から立ち上がり、寝所へ戻ろうとする。けれど鈴木が「あの」と引き止めた。
「何か?」
「…勝てると思っているんですか?新撰組と真っ向から対立して…我々にその先の道があると、そう思うから眠れるんですか?」
晴々とした藤堂とは正反対に鈴木の表情は固い。不安だらけの鈴木の言葉はまるで藤堂に縋るように響いたが、彼の望む答えを持ち合わせておらず、
「まさか」
と苦笑するしかない。
「あんな立派な屯所に移って、銃の訓練に力を入れている新撰組に、十数名の俺たちが総出で戦っても勝てるわけないじゃないですか」
「だったら…!」
「でも俺は同じことを考えていたんです。西国の信頼を得て飛躍するためには新撰組と敵対するしかないって。だから先生と同じ考えだと知れて、安心できたというだけです。この先も先生のために邁進することだけが俺の望みですから」
「そんな…」
「馬鹿だって笑っても良いです。あ、こういうところがまた『魁先生』なんて呼ばれちゃう所以なのかなぁ」
ハハハ、と藤堂は笑いながら「おやすみ」と手を振って去っていった。


同じ頃。
総司が湯浴みを終えて自室に戻ろうとしたところ、斉藤と鉢合わせた。彼はまた縁側に腰を下ろして刀身を剥き出しにした刀を握っていたのだ。その横顔は真剣そのもので、月明かりで刃紋が煌めいて、まるで厳かな修行をする高僧のようだった。
「…私の言えた台詞じゃありませんけど、横になっていないと治るものも治りませんよ」
「刀を握らずに過ごすと気分が落ち着かない」
「気持ちはわかりますけど」
彼なりの鬱憤の晴らし方なのだろうけれど、少し子供っぽい。総司は斉藤の隣に腰を下ろした。
「湯を浴びてきたのか?」
「ええ、今日は久しぶりに入隊試験に参加したんです。有望な若者が数名入りますよ」
「よほど楽しかったんだな」
総司の顔が綻んでいたのを斉藤は見逃さなかった。
「はは…私も竹刀を握ると安心するから、斉藤さんと同じかな。でも明日から少年たちの指導を任されたんです、それが楽しみで」
「新撰組はいつから子守を始めたんだ?」
「英さんも同じことを言ってましたよ」
斉藤はバツが悪いような表情を浮かべたので、総司は笑った。
「まだ若くて頼りないけど、皆信念の強い良い顔をしているんです。彼らはきっと新撰組のために懸命に頑張ってくれるはずですから、微力ですけど成長の助けになれたら嬉しいな」
「…そうだな」
斉藤は笑ったりせず、淡々と肯定する。土方以外にこうして気持ちが吐露できるのは総司にとって有り難くもあった。
すると斉藤は刀を鞘に戻し、突然「触っても?」と訊ねてきた。一体何のことかと思っているうちに斉藤の指先は総司の腕から手へと辿り、重ねた。それは何かを確かめるような動きだった。
「…細くなった」
「はは、そうなんです。剣ダコもすっかり無くなって…もう試衛館のあの太い木刀を振れないかもしれませんね…」
総司は冗談めかして答えたが、虚しさは隠しきれなかった。土方は『また鍛えれば良い』と励ましてくれたけれど、日に日に身体が重く病に蝕まれているのを感じていると、希望ばかりではいられなくなっていく。
総司は呟いた。土方の前では決して言えないことだった。
「死ぬって、このまま消えて無くなっていくってことなんですかね…」
「…」
「自分が死ぬときはきっと近藤先生の盾になるときだと思っていたから、きっと一瞬のことだと覚悟していたんです。でも現実は違っていて、こうやって少しずつ衰えていく。…いまこうして盾の役割さえ果たせず伏せってばかりなのが…情けないんです」
そしていずれ皆のお荷物になってしまう。そんな自分を想像するだけで惨めに思えてくる。
俯いて目を伏せた総司の手を斉藤は強く握った。
「…それでも、生きているだろう?」
総司はその言葉にふっと顔を上げた。
「斉藤さん…」
「生きているだけで良いと…そう思っている者は沢山いる。彼らを悲しませていないなら、それで十分だ」
斉藤はどこか人が変わったかのように穏やかな表情をしていた。彼と離れたのは病を打ち明ける前だったせいもあるが、それでも彼がそんなことを口にするなんて思いもよらなかった。
励ましでもなく、同調でもない。今の総司を肯定するだけの一言は、もしかしたら自分が一番求めていたものかも知れないと思うくらいに心に沁みた。
「…そうだと、良いですね」
最初は冷たかった自分と斉藤の手が温かくなった気がした。
斉藤はゆっくりと手を離し少し黙った後、
「…俺にして欲しいことは?」
と訊ねてきた。
何もない、と答えようとして総司は
「藤堂君をどうか助けてあげてください」
と口にした。斉藤は難しい顔をしたが、構わずに続けた。
「私も御陵衛士が近藤先生の暗殺を計画していると耳にしたときは、もうこのまま関係を続けていくことはできないと理解しました。藤堂君がそれでも御陵衛士や伊東先生にこだわるのなら敵対しても仕方ないと。でも…やっぱり仲間が死ぬのを見たくありません」
歩く道は違っても、彼が淀みのない素直な青年だということを知っている。喀血して倒れた時、彼の背中はとても温かく優しさに満ちていた。
「私も彼が生きてくれれば良いと思うんです」












763



―――水戸にいた頃、伊東は常に難しい本を難しい顔をして読んでいた。内海が遊びに来ても彼は適当に相手をしながら、その本から目を逸らすことはなかった。
内海はそれで構わなかった。真剣で熱心な彼の美しい横顔を眺めているのが好きだったからだ。初対面では女子と間違えるほどに可憐であったが成長してさらに凛々しさが加わり、彼はまるで調度品のように整っていた。内海は彼以上に美しいものをみたことがなかったせいか、釘付けだった。
そして伊東はとても優秀で、道場の中でも頭一つ抜けているほど賢く、彼が褒められていると友人として誇らしい気持ちでいっぱいだった。剣術を修め名門の伊東道場に塾頭として招かれたのも当然であるし、婿養子にと臨んだ師匠の気持ちもわかる。
彼のことを友人以上に想っていた。それは早々に自覚していたことである。
しかし内海は何かを変えたかったわけではなく、ただただ彼の傍にいたかった。世情に疎く、成し遂げたい野望なんてものはない。けれど伊東と同じ道さえ歩くことができたならば、きっと自分の人生は満たされるのだろうと思っていた。
当時、伊東はしきりに藤田東湖の『回天詩史』を口にしていた。何度も死を覚悟しながらも己の道を邁進し、忠義を尽くす…その志は己のそれと通じるものがあったのだろう。当時の攘夷派の若者たちも皆諳んじていたが、内海は彼らのような激情に触れるたびに自分の内面にはそれがないのだと自覚していった。冷めているのではなく確かにこの国を憂う気持ちはあったが、それを言葉にして行動するほどの熱量がなかったのだ。
だから伊東の傍にいたかった。彼を助けることが自分の使命なのだと決め込んでいた。
それ故にあの夜は――あの口づけは――間違いを犯したとあとで酷く後悔した。
自分のような半人前が、出世の道を進む伊東と少しでも友人以上の関係を…と望んでしまった。妻を得て婿養子となり道場主という確約された未来に進もうとする彼が、自分の傍から離れて行ってしまうような気がして手を伸ばしてしまった。子供っぽい独占欲だったと今ならわかる。
幸いにも互いに酒に酔った故の過ちとしてそのことに触れることはなかった。そうして彼はあっさりと婿養子となってしまい、きっと忘れてしまったのだろうと思っていたけれど、それは内海のただの願望だったのだろう。
心を、気持ちを、言葉にしなかったことで伊東のなかに消化しきれないものを刻み付けてしまったのだ。
内海は知らなかった。順風満帆な伊東の人生に自分が痛みを与えていたことなど、思いもよらなかったのだ。


深夜、内海は蝋燭を手に伊東の部屋を訪ねた。拒まれたら引き下がるつもりだったが、彼がいつもと同じように「入れ」と言ったので少しだけ安堵しながら足を踏み入れた。
伊東は手にしていた文から目を逸らすことなく、
「何の用だ?」
と冷たく問いかけてくる。
今朝、月真院に戻ってきた時以来の会話だった。今日だけで新撰組が坂本龍馬を暗殺したという話はたちまちあちこちに広がって、陸援隊や海援隊は殺気立っているようだ。それも伊東の思惑通りなのだろうが、彼はまだ体に緊張感を漲らせているように見えた。それが衛士たちにも伝わり、皆どこか落ちつかない。
内海は
「…少し、歩かないか?」
と誘った。
「こんな夜中に?」
伊東は怪訝な顔をしてようやく振り返った。
「ここでするような話ではないだろう」
「…わかった」
内海は硬い表情のままの伊東を連れ出し、月真院を出た。ここ連日続いていた痺れるような寒さは和らぎ、頭が冴えるような心地良いひんやりとした夜だった。
二人の前に二つの提灯がゆらゆらと揺れている。行く宛はなく北へと上り、厳かで静かな寺院の道を抜けていく。
伊東は「どこへ行くのか」とも問わずに内海に付き合った。彼としては早朝に言いたいことはすべて打ち明けていて、内海の返答を待ち続けていたのだろう。内海もまたこの半日ずっとどういう言葉なら伝わるのかと考え込んでいた。
冷たい澄んだ空気が二人の間を満たす中、内海はようやく口を開いた。
「俺は、大蔵君とともに在りたいだけなんだ」
内海の結論はいつもの言葉にすべて集約されていたが、それまで並んでいた提灯の一つがそこで止まった。伊東が坂道で足を止めたのだ。内海は少し先で振り返ったが、
「……内海のことは理解しているつもりだが、今夜ばかりはよくわからないな。ちゃんと話せと言ったのに、なんの前置きもない」
伊東は困惑しているようだった。まだ伝わってないのかと落胆している様子でもある。
しかし内海には飾らずに伝えるしかなかった。
「その言葉通りの意味だ」
「内海は昔からそれを口にするが…私は水戸にいた時とは変わってしまったのだから、その意味も変わるだろう。今の私とともに在るというのは崇高な理想を目指すだけではなく、目的のためには手段を択ばず、理不尽なことにも手を染め、信頼している同志さえも騙す…そんな私でさえ受け入れるということだ」
「そうだ。…けれど俺から見ると、君は変わらない。冷静で慎重なようでいて、相変わらず無茶をする。今回のことも、桜田門外の時もそうだった」
まだそんな昔話を、と伊東は嫌そうな顔をしたが内海は続けた。
「しかし、君とともに在りたいというのはただ君の考えに従いたいということだけではない。君の目指す場所へ俺もともに歩きたいという意味で、その道があまりに危険ならそれを留まらせることだってする。でも君の行きたい場所を否定するわけじゃない」
「…」
伊東が何も答えず再び歩き始めたので、内海は再び彼の隣を歩いた。
「…今夜はよく喋るな」
「君が重要なことは話せと言ったのだろう」
「はぁ…内海の言いたいことは理解している。確かに今回の件であまりに新撰組を刺激しすぎた自覚はある。彼らも警戒しているし、どう転ぶかはわからない。…でもこれは勝負を賭ける好機だと思う。多少の荒療治かもしれないが、そうしなければ…俺たちは前へ進めない」
「いや、君はわかってない」
「何?」
たいてい伊東の話すことには唯々諾々の内海が、きっぱりと否定したことが少し気に障った。伊東がムッとして内海を見ると、
「難しいことはどうでも良い、君に任せる。俺はただ君のことが好きだから、引き止めたいだけなんだ」
と、とても無口で寡黙な彼から発せられたとは思えない言葉が鼓膜を揺らした。あまりの不意打ちに伊東の思考は止まり、何も言い返せなくなる。
再び足を止めた。
「俺は君に出会った時からずっと君のことが好きだった。男であるとかそんなことが気になったのは一瞬で…今もその気持ちは変わらないし、君とともにこれから先も生きていきたいと思っている。君とともに在りたいというのはそういう意味だ、決して怠慢じゃない」
「…」
「昔、君に口づけたのも酒の勢いというのもあるが…俺の身勝手な行動だったと反省している。君が責めないのを良いことにずるずると誤魔化していたのは良くないよな」
「…」
「大蔵君?」
伊東は呆然として力が抜けて提灯を持っていた手を下げ、夜風によってその灯を消してしまった。けれどそんなことはどうでも良かった。
「そんな饒舌に…何を言うのかと思えば…」
「君が話せと言ったから。…それに君だって本当は気づいていたのだろう。俺が言わなかったのが一番悪いが、君だって知らぬふりをしたのも良くない」
「私のせいか」
「ああ、君のせいだ」
内海はゆっくりと伊東に近づいた。そして片手を伊東の後頭部に回して引き寄せた。
「…俺は君とともに在りたいんだ」
それまで、怠慢だとか思考の放棄だと聞き流していた言葉の意味がまるで変ってしまった。内海にとってその言葉が伊東への告白なのだとしたら、それを受け止めなかったのは自分自身なのだ。
そう思えば、その言葉の意味は「好きだ」とか「愛している」という言葉よりも重く、深く…強いのだとようやく理解することができた。
(確かに、私のせいだ)
弟の二の舞になるまいと彼の真意から逃げ、忘れることで友人関係を維持しようと考えた。線引きするために婿養子に入ったことで内海はその感情を押し殺すしかなかったのだ。
伊東は顔を上げて少し背の高い内海の両頬を掌で挟んだ。何年もずっと傍にいるのにこんなに近くで彼の顔を見たのは初めてのような気がした。
彼の真摯な眼差しを受け、伊東もまたそれに応えねばと思った。ずっと隠し続けてきた本心を語ることが、彼への返答となるのだと思ったからだ。
「…私は、ずっと私を縛り付ける家から逃れたかった。逃れた先で見た光景はすべてが新鮮で、輝きに溢れ…そしていつも内海がいた。それが当たり前で、だからこの先もお前と一緒に進んでいくために、一度の過ちを忘れ…婿養子になる道を選んだ」
「まだ、過ちだと言うか?」
「いや…もう過ちじゃない」
伊東は背を伸ばして口づけた。すると加減を知らない内海が噛みつくように貪り、彼の手からも提灯は落ちて消えた。
けれど必要はなかった。月明かりは十分に明るく、距離のない二人は見つめあうことができる。違うことなくその視線は重なった。
息を切らすような口づけの後、内海は
「…一度だけ、言いたいことがある」
と呟いて再び伊東を強く抱きしめた。そして絞り出すような小さな声で「このまま遠くへ行きたい」と言った。
伊東の胸は高鳴ると同時に酷く締め付けられた。細く危険な道を歩み、まさに背水の陣である自分たちの目的地が一体どこにあるのかはわからない。もしかしたら最悪のシナリオを選ぶことになっているかもしれない。
―――そんな場所から逃れたい。このまま幸せなままでいたい。
それは内海の弱さではない。伊東の中にもある当然の願いだ。
だから、この道を選んで志を貫きたいと思うのは、伊東のわがままなのだろう。
「すまない…」
伊東はそう返すしかできなかった。内海もそのつもりだったようで「忘れてくれ」とすぐに首を横に振った。
そしてゆっくりと体を離して大きく息を吐いた。
「…話は終わった。帰ろう」
堅物な内海らしい申し出だ。屯所を抜け出し、だれもいない小道で大胆な告白をしたくせにもう正気に戻ろうとしている。
伊東は苦笑した。
「情緒がないな。普通はこのまま茶屋に傾れ込む流れだろうに」
「…それは…」
「良いから、行こう」
伊東は消え落ちてしまった二つの提灯を拾い、堅物の内海の腕を強引にひいて坂を下り始めた。
このまま日常に戻るのは惜しい。
(もう…この先の道が途切れているかもしれないのに)
このまま何もなく言葉だけで通じ合うだけでは物足らない。互いに想い合いながらもすれ違い、過ぎてしまった時間を取り戻すにはのんびりしていられない。
伊東は内海を茶屋に押し込んで、部屋に入るなり彼を求めた。戸惑う内海を組み敷いて、決して慣れているわけではないが感情のままに彼と繋がった。そうすると頭が真っ白になって、どうしようもない現実も成し遂げるべき志もどうでも良くなって、ただ彼とこのままでいたいと思ってしまった。
「…大蔵君、泣いているのか?痛いのか?」
内海の指先が伊東の目尻に触れた。自覚はなかったが、言われてみると涙が頬を伝っている。
「痛く、ない…」
伊東はそう答えるので精いっぱいだった。心の悲鳴だと内海に悟られたくなくて、ますます没頭していった。

―――十一月十七日の朝がやってきた。
伊東は内海の腕の中にいた。
「水を渡り 復水を渡り 花を看 還花を看る 春風 江上の路 覚えず 君が家に到る」
「…『胡隠君を尋ぬ』か?」
内海は睦言かと思えば聞き慣れた漢詩を呟いていた。水戸にいた頃から、彼は回天史詩を高らかに叫ぶ若人の中で、穏やかなこの詩を好んで口にしていたのだ。
「ああ…俺の至上の望みだ」
何度も何度も川を渡る道で、花を眺める。春風を感じながらほとりの道を行くといつの間にか君の家にたどり着いてしまった。
「いつか大蔵君とそんな暮らしがしたいんだ…」
穏やかで優しくて、何の変哲もない普通の暮らしの中で、無意識に思い人の家にたどり着いてしまう。
彼はいつからそんなことを願っていたのだろう。そう思うと無性に愛しさが込み上げる。
「悪くないな…」
と伊東は頷いた。











764


朝から急に冷え込み、寒い一日を予感させた。
総司は薄く目を開いてしばらくぼんやりとしていた。普段は身体が重くあちこち軋むようだったが、今日は何故かすっきりとしている。
身体を起こし背伸びをする。綿入りの半纏に袖を通して障子を開けるとひんやりとした朝の風が吹き込んできた。
総司は息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。冷たい空気が気管を通り過ぎていくのが心地良い。
するとタイミングを見計らったかのように、こちらにやってくる足音が聞こえてきた。
「先生、おはようございます」
「おはよう、山野君」
湯の入った桶を片手にやってきた山野は早朝から医学方(見習い)として総司の様子を診に来たようだ。
「先生、今日は顔色がとても良いですね」
「…そうですね、今日は気分が良いかな」
「はい!でしたら早速朝餉をご準備します。このところ粥ばかりでしたけど、今日はお元気そうなので握り飯にしましょう」
「嬉しいなぁ、粥に飽きていたところです」
総司は喜んだが、それ以上に嬉しそうに山野は顔を綻ばせる。昔は隊の中で『美男衆』の一人としてその可憐さが目立っていたが、今や一番隊の隊士、そして医学方の一人として精悍に成長した。
(彼らも山野君みたいになると良いけど)
総司は今日から見習いとして入隊している若い隊士たちの指導を行うことになっていた。役目を与えられ自然と浮き足立ち気分が高揚するせいか、今日は調子が良いのだろう。つくづく自分は剣術馬鹿なのだと思う。
山野は続けてさらに奥の客間で養生する斉藤の様子を診に行ったのだが、「あ!」という声が聞こえてきた。総司が山野の元へ向かい様子を伺うと斉藤の姿がない。
山野は頰を膨らませた。
「もう!英先生から横になるように言い付けられていたのに!何処へ行ったのでしょう?僕、探してきます!」
山野は桶を置いて早速駆け出していく。出歩いてばかりでちっとも床に寝ない二人の患者を抱え、彼の気苦労は絶えない。
「…」
総司は空になった彼の寝床を眺めながら、なんとなく彼の行き先を察していた。


藤堂は日課である正門の掃除をしていた。枯葉を集めて小石を落とし、今日も新しい一日を迎えるべく『禁裏御陵衛士』の看板を隅々まで磨く。
(伊東先生と内海さん、まだ帰っていないな…)
新撰組と表立って対立したことでいつ新撰組の襲撃に遭うのか…衛士たちの緊張感は続いていた。そんななかで二人揃っての不在は何か緊急の用件でもあったのかと皆を動揺させたが、彼らは不在でも今日の朝も変わりなく静かにやってきた。
(嵐の前の静けさ…なんて、まさか)
根拠のない悪い予感を払いながら、藤堂が再び箒を手に取ったとき、突然背後に気配を感じた。物音も足音のひとつもなく、藤堂の手を後ろへ回して掴み、声を上げないようにと口を塞がれる。
(敵襲…っ!)
咄嗟に藤堂が箒を振り回すと、顔の見えぬ敵の脇腹を捉えたようで
「く…っ」
という小さな声が漏れた。その声に聞き覚えがあり「え?」と力を抜くと強く締め付けられてしまう。
藤堂は背後から捕らわれるように引き摺られ、物陰まで移動させられた。必死に抵抗すれば逃げられたかもしれないが、その声の主を確かめたくて素直に従うことにする。
周囲に誰もいないことを確認すると彼は拘束の手を緩めた。藤堂が振り返ると彼は頭巾を深く被りすぐには確信できなかったが、
「…斉藤さん?」
と尋ねると頷いた。
斉藤は死んだ、新撰組によって殺されたと耳にしていた藤堂は夢でも見ている気持ちだった。彼は脇腹を痛そうに抑えていたが、目の前にいることに間違いない。
「一体どういうことですか?!幽霊?いや、足がある!じゃあ…?!」
「静かにしてくれ、時間がない」
斉藤は少し呆れたようだったが、その口調を聞いて藤堂はさらに感極まった。
「信じられなかったんですよ…!伊東先生は斉藤さんには重要な任務を任せていると言っていたのに、新撰組に殺されたと噂が流れて!ああ良かった、ただの噂話か!」
「…そうか、伊東はそう言ったのか…」
再会に喜び泣く藤堂とは正反対に、斉藤の表情は強張り感情が見えなくなっていく。その温度差を感じ、藤堂は首を傾げた。
「…斉藤さん?」
「俺の話を信じるか、信じないかは任せる。だが、事実を伝えておく」
「事実?」
「伊東は数日前、俺にある任務を命じた。内海、服部、篠原が同行し…俺はそこで命を落としたことになっている」
「…なっている、って…?」
「俺は命令に従い、土方副長の別宅を襲撃した。狙いは沖田だった」
急転直下の話の内容に藤堂は困惑する。
「…何かの間違いでは?沖田さんが病に伏していることは伊東先生もご存知のはず…」
「そうだ。それでも襲撃を命じた。続けざまに原田、永倉の別宅を狙うことになっていた」
「…」
斉藤があまりに淡々と話すため、藤堂はそれを全て信じることはできなかった。全てが突然で、理解が追いつかなかったのだ。
しかし斉藤には藤堂を説得する時間はなかった。自らが生きていることが他の御陵衛士に露見すれば計画は全て水の泡になる。
「俺は沖田に殺されたことにした。伊東の命令を承諾できなかったからだ。そして沖田襲撃に失敗した伊東はその事実を伏せ、別の方法を取ることにしたのだろう。それが土佐の要人を新撰組が殺したと濡れ衣を着せることだった…それは今のところ成功しているが、事実ではない。いずれ本当の刺客が明るみになるだろう」
「…斉藤さんは、今どこに…」
「新撰組に匿われている」
「それは…えっと、何故…」
藤堂はぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、顔を顰めた。混乱し困惑しているが、彼は愚かではない。その事実には容易に辿り着くだろう。
「ああ…俺は最初から御陵衛士へ間者として潜入していた」
「…」
藤堂は言葉を失い、唖然と斉藤を見る。しかし目の前にいるのは紛れもなく生きている斉藤で、その話には齟齬がない。むしろ伊東に感じていた違和感は彼が死んだという捻じ曲がった嘘のせいだったのだろう。
斉藤は全てを偽り加入し、伊東は事実を捻じ曲げている。信頼していた者に騙されていた立場の藤堂だが、不思議と何の感情も湧かなかった。
「…謝りはしない。これは任務だ」
「わざわざそれを知らせに来たんですか?こんな危険を犯して」
「毎朝、掃除を欠かさないだろうと思っていた」
「そうではなくて…斉藤さんに何の得が?新撰組だって斉藤さんが死んだことにした方が都合が良いのに、何の企みが?」
これ以上何の目的があるのか、と藤堂は身構えるが、斉藤は少し沈黙して
「…俺の判断だ」
と答えて続けた。
「新撰組は御陵衛士を壊滅させるために近日中に動くことになる。近藤局長はあんただけは助けたいという意向だ…原田や永倉も同じことを考えている」
「…じゃああの文は…」
「文?」
藤堂が原田から文が届いたことを話すと、斉藤は呆れた顔をしていたが、
「俺も同じか」
と呟いた。食客たちは藤堂の身を案じてあれこれと気を回しているらしい。
「…とにかく、この数日は何か都合をつけて姿を眩ませてくれ。新撰組に戻れとは言わないがどうにか生き延びて、それから…」
「何言ってるんですか。一人だけ逃げるなんて、そんなことするわけないでしょう?」
藤堂はまるで冗談でも聞かされたかのような気持ちだった。どんなに厳しく惨い事実を聞いても、少しも揺らがなかったのだ。
「近藤先生やみんなの気持ちは有難いと思ってます。まだ俺のことを仲間だと思ってくれている…それを知れただけでとても嬉しかった。…でも、これは俺の生き方ですから曲げるつもりもありません。伊東先生に最後までお供します」
「…死ぬことになる」
「構いません。…斉藤さん、俺はね、ご落胤だとか言われて武芸を身につけましたが、実のところは武士ではない、士農工商の最下層、つまり何でもない下僕と同じ存在なんです。それを試衛館の皆んなが俺を引き上げて形にして武士にしてくれた…幕臣ではないけど、そういう存在になれたのは間違いなく近藤先生のおかげだと今でも感謝しているんです」
藤堂は屈託なく話す。
「だからこそ、伊東先生を裏切れません。俺は恥じない生き方をして死にます。今日、斉藤さんに聞いたことは決して誰にも漏らしません。…皆んなにはありがとうと伝えてください」
「…わかった」
「あと、斉藤さんも…偽りとはいえ一緒に脱退してくれて心強かったのも本当です。…あなたはあなたの居るべき場所で戦ってください。…それに俺たちだって負けちゃいません。御陵衛士の底力を見せてやりますからね、覚悟しておいてくださいよ」
深刻な斉藤に対して、藤堂は茶化して笑う。
斉藤はふっと息を吐いて
「…そう言うと思っていた」
と頷いて諦めた。藤堂がどれほどの決意で新撰組を脱退したのか…近くにいた斉藤は理解していたのだ。この程度のことで揺らぐようでは魁先生の名が廃るだろう。
そして藤堂は伊東がそうするように右手を差し出して握手を求めた。
「…本当のことを教えてくれてありがとうございました」
斉藤は右手を差し出し、彼のそれと重ねた。これが今生の別になるのは互いにわかっていた。
「…もうひとつ、聞いても良いですか?」
「何だ?」
「こうやってお忍びで来てくれたのは…本当に斉藤さんの独断ですか?俺が思うに斉藤さんは自分の判断だけでそんな危険を冒すような人じゃないですけど?」
「…」
藤堂はよく周りを見ているので、斉藤は白状するしかない。彼は察しているようだし、最後の別れになるのだから隠し事をしても仕方ないだろう。
「…沖田さんに頼まれたからだ。どうにか助けてやってくれと」
「そんなことだろうと思いました。本当…沖田さんが羨ましいな」
藤堂は微笑みながら手を離し、斉藤と距離を取った。
「俺は戻ります。…沖田さんにはどうかお元気でとお伝え下さい」
「…ああ」
斉藤の短い返答を聞いて、藤堂は満足げに頷き背中を向けて去っていく。斉藤はここから一歩、前に踏み出して彼の腕を取り引き止めたい衝動に駆られていた。けれどそうしたところできっと藤堂はその手を振り払い、また別れを告げるはずだ。たとえ行先が崖であったとしても真っすぐに突き進む…魁先生なのだから。







765


冷え切った朝。近藤は不動堂村屯所の自室で迎えた。
昨晩は目が冴えて眠れなかったせいか、瞼が重い。遠くから聞こえてくる稽古の声で目が覚めたのだ。
(顔を洗おう…)
近藤は着替えを済ませて障子を開ける。ヒヤッとした風が部屋に入り込んだが、おかげでようやく眼が開いたような気がした。
ふと足元に目をやると桶と手拭いが用意されている。近藤の小姓となった銀之助はよく気が利き、いつも起きる時間になると温かいお湯を持参してくるのだが今朝は近藤が起きて来なかったのでここに置いて去ったようだ。湯だったものは冷たくなってしまったが、今朝の目覚めには冷たい水の方が沁みてちょうど良い。近藤は部屋に引き入れて顔を洗い、手拭いでさっぱりとした。
「…やってるな…」
朝の稽古は総司が少年たちを指導することになっていたので、銀之助もそちらに合流しているのだろう。時々総司の檄が飛び、少年たちの甲高い気合いが響いてくる。それを聞いているだけで口元が綻んだ。
試衛館でも同じ年頃の子を指導することがあった。総司と同い年くらいの子たちだったが、実力は雲泥の差があり近所の子供達は僻んで次第に足を運ばなくなった。総司は気にも留めなかったが、近藤は友達ができないのではないかと気を揉んだものだ。しかし、そんなことを考えている間にあっという間に食客が増えて大所帯になってしまったのだ。兄貴分だけでなく、年の近い永倉や藤堂との出会いは総司にとって大きな出来事だっただろう。
「…」
過去に思いを馳せると去って行った者のことばかり浮かんでしまうのは、皆同じなのだろうか。土方は藤堂を助けると約束したが彼がそれを良しとするのか…近藤にはわからなかった。
伊東への報復のような惨いやり方にも賛同しかねたが、土方から聞いた側用人の話を耳にして気持ちが変わった。
自分は所詮、農民であり田舎道場の跡継ぎ。浪士にすぎなかった自分が幸運にも押し上げられて旗本格まで出世しただけだと思い込み、自分の価値を低く見積もっていた。しかし天はちゃんと見ていて、働きを評価して将軍の側用人に名前を挙げてもらえた…叶わなかったとしても誇れる話だ。
だからこそ、自分の身に降りかかる危機はどんなやり方であれ避けるべきだ。惨めで格好の付かない最期を迎えることになっては、『旗本近藤勇』の名折れだ…強く、堂々と振る舞うべきだと覚悟したのだ。
「近藤先生」
「歳、おはよう」
土方が『近藤先生』と呼ぶ時は大抵、隊に関わる深刻な話をする時であり、親友ではなく、局長副長として話をしようと持ちかけているのだ。彼は早速切り出した。
「伊東を呼び出す策だが…金の話をしようと思う。御陵衛士は軍資金のため商家に金策を持ちかけているようだ。俺が呼び出して…」
「俺が行く」
「駄目だ。伊東が一人で来るとは限らない」
「伊東さんはお前相手の金策の話には乗らないだろう。俺が彼の興味を引くように誘う。…心配するな、一対一では負けぬ」
「…」
土方は難しい顔をして腕を組んだ。彼も頭ではわかっているだろうが、なかなか承諾しようとしないので近藤は続けた。
「こんな事態となったが、彼の話をじっくり聞いてみたいんだ。この国の行く末と御陵衛士の展望を…伊東さんがなにを目指しているのか」
「…聞いてみて、納得したら計画を取りやめるのか?」
「いや」
近藤にはもうそのつもりはなかった。
「伊東さんは新撰組と敵対する覚悟で総司を強襲させたはずだ。彼の目指す先がどんなに尊く崇高でも、新撰組が邪魔になるから手を出したに違いない。だったらこちらも手加減すべきではない」
「…随分、物分かりが良くなったな」
土方は近藤の説得に梃子摺ると思っていたが、近藤は
「俺はお前を信用しているからな」
と覚悟を決めた様子だ。土方は仕方なく頷いて
「伊東を呼び出す文を書いてくれ。…決行は明日の夜だ」
「ああ」
遠くの道場から若い隊士の気合が響いてきた。



月真院に戻った伊東と内海は、市中を探らせていた篠原から
「中岡先生が亡くなったそうです」
と知らせを受けた。刺客に襲われ重傷を負い、何とか生き長らえていたがその命も尽きてしまったのだ。
伊東は長いまつ毛を伏せた。
「…そうか。残念な知らせだ」
「陸援隊は統制が取れていない状況だそうです。これから指揮官不在で混乱するでしょう…橋本君を連れ戻しますか?」
「そうしよう。今は一人でも人手が欲しい」
「では早速」
篠原が席を立ち、部屋には伊東と内海だけが残る。今朝までは友人を超えた関係に浸っていた二人だが、ここに戻るとそんな雰囲気は一切なくなった。
「…中岡先生が亡くなったなら陸援隊はますます躍起になって刺客を探すだろう。新撰組と衝突する日も近い」
「大蔵君、美濃から兵を呼び寄せては?」
「ああ…私もそれを考えていた」
文机に肘をつき、伊東は物憂げに考え込む。
美濃の水野弥太郎という侠客はそもそも新撰組と関係を持っていたが、藤堂が説得して御陵衛士の配下となった。素行が悪いが、二百名もの農兵を従え上洛させれば大きな戦力となり、新撰組も手が出せないだろう。
(とはいえ、信用できるというわけではないが…このままでは丸腰も同然だ)
「…美濃に飛脚を出す。直々に藤堂君も遣って呼び寄せよう」
「それは良い」
博徒の輩ではあるが十数人の無防備な状態よりはマシだろう。内海は安堵した表情を見せた。
伊東は考え込みながら内海の顔を見ていた。彼は普段と変わりなく淡々と事務的で、昨晩の出来事なんてまるでなかったかのように振舞っている。伊東もそうした方が良いのかと思い、彼に付き合っているのだが、なんだか釈然としない。
すると内海が
「あまり見ないでくれ」
と言った。
「何故?」
「…君は、自分ですでに分かっているくせに人を試そうとする。それは良くない」
伊東の戯れに対し、内海は説教じみた返答をしたので「堅物め」と呟く。そうしていると藤堂が
「先生、お戻りですか?」
と顔を出したので、伊東は微笑んで招き入れた。
「藤堂君、ちょうど君に話があったんだ。明日、美濃へ発ってくれないか?例の水野某を呼び寄せてほしいんだ。できれば兵を引き連れて」
「美濃…ですか…」
いつも喜んで伊東の命令を受け入れる藤堂が、珍しく戸惑いを見せた。伊東は首を傾げる。
「新撰組と対立している今、少しでも兵力が必要なんだ。君は水野殿と約束を取り付けた張本人であるし、信用もある。話が早いと思うのだが」
「それは…そうなのですが、その…」
「どうした?何か事情があるのなら聞くが」
藤堂は少し言いづらそうにしながら
「あの…実は腰を痛めまして、長旅に耐えれそうにないのです。できれば別の方にお願いしたいのですが」
頭を掻き「お役に立てず」と謝った。
「腰を?それは診てもらった方が良い。腕の良い鍼医を知っている、すぐに行ってみなさい」
「は、はい。ありがとうございます。…先生は顔色が良くなられましたね、まるで憑き物が落ちたようです」
「…そうだね、たぶん長年抱えていた憑き物が落ちたんだ」
「へぇ、そうなんですか」
伊東が頷く隣で、居た堪れなくなった内海が咳き込む。そしてそのまま「失礼する」と部屋を出て行ってしまった。
(事情を知らぬ藤堂君が気付いているわけでもないのに…うぶな奴だ)
伊東は内心苦笑しながら、茶に手を伸ばした。
すると藤堂が「あの」と口を開く。
「先生、僭越ながら俺の代わりに鈴木さんにお願いしても宜しいでしょうか?」
「…鈴木に?」
「はい。あの水野という男は気難しい面があり、俺も手を焼きました。でも伊東先生の実弟である鈴木さんが足を運べば、重要な要請だということが伝わって話が進むのではないでしょうか」
「…」
伊東は少し考えたが、最近落ち着きのない愚弟に任務を与えるのは良い考えかもしれない。
「そうしてみよう」
「はい!」
藤堂が屈託なく笑うので、伊東もつられて微笑んだのだった。












766


寒い冬の朝だというのに道場は熱気で満たされ、彼らの吐く息は真っ白のまま昇っていく。
ようやく告げられた『休憩』の言葉で彼らはバタバタと屍のように倒れた。胸を上下させながらまるで全力疾走した後のようにぜえぜえと息を吐く。
「情けないなぁ、見習いとはいえ新撰組の隊士なんですからもっと自覚を持ちなさい。こんな為体では戦場でお荷物です」
竹刀を肩に担ぎ容赦なく叱る総司は、少年たちにとって鬼か般若のように見えるだろう。普段のギャップのせいもあるが、彼らは唖然として誰一人言い返せなかった。
総司の鬼稽古を知っているはずの泰助でさえ足に力が入らずに大の字で転がっている。総司は彼の元で片膝を折った。
「泰助、近藤先生が上洛してから手抜きの稽古をしていたでしょう。妙な癖が付いて進歩してませんよ。近藤先生に言いつけますからね」
「か、勘弁してください…」
泰助が非を認めたので総司は苦笑し、「冗談です」と言ったが、試衛館にいた頃の鬼稽古を知っている泰助はあまり信じてなさそうだった。
「ほら、皆、水を飲んで来なさい。まだ稽古は半分ですよ」
「ゲェッ!」
泰助が思わず声を上げたので、総司はコツン、と彼の頭を叩く。銀之助や他の若い隊士たちはもう指一本さえ力が入らないという体たらくだったが、一人だけよろよろと身体を起こした者がいた。
「…水、飲んで来ます…」
市村鉄之助だ。彼の家系は槍術に偏っていたようで剣術は齧った程度の真似事のような腕前だが、勝ち気な性格のおかげか誰よりも根性が据わっていた。
鉄之助は井戸の桶をようよう引っ張り上げて、そのままがぶ飲みする。他の少年たちもそれに続き始めたところに、野村が顔を出した。
「やってるな!」
少年たちを気に入っている野村は、よろよろの少年たちを揶揄いつつ総司の元にやってきた。
「おはようございます、俺も参加させてもらっても?」
「構いませんが…君にとっては退屈かもしれませんよ。基礎や型ばかりで」
「いやぁ俺も立派な武芸を身につけてるわけでもないんで、是非勉強させてください」
カラッと笑う野村は好奇心旺盛な眼差しだった。まだ入隊して間もないのに生来の人懐っこさですっかり打ち解けている。
しかし彼の欠点は、
「そういや、先生。土方副長と衆道関係だというのは本当ですか?」
と、ところ構わず遠慮がない点だろう。稽古に集中していた総司としては拍子抜けする質問だ。
「…野村君、今は稽古中ですが」
「あれ?雑談禁止ですか?休憩中なら良いかと思ったんすけど」
悪気のない野村を『弁えなさい』と説得するのはかえって面倒だと思い、
「…本当ですよ」
と認めることにする。同じ組の相馬は野村に随分と手を焼いていると島田に聞いていたが、こういう思ったことを口にしてしまう率直なところが災いの種となっているのだろう。
野村は「残念だなあ!」とやや大袈裟に嘆いた。
「ちょっと良いなぁって思ってたっすけど、さすがに鬼副長に怒られますよね?」
芝居がかったように額を押さえて残念がる野村が、一体どこまで本気なのかは分からなかったが、彼は初めて会った時からこの調子だったのだ。総司はだんだんと可笑しくなってきた。
「ハハ、野村君みたいな人は初めてですよ。怖いもの知らずですね」
「相馬にも言われます。いずれ切腹になるに違いないって」
あの真面目な相馬がそんなことまで口にするなんて余程だろう。総司は半ば呆れながら
「はいはい、稽古を始めますよ」
と手を叩いて、井戸周りで屯しまだクタクタの少年たちを呼んだ。彼らは休み足りない様子だったが重たい身体を引きずって道場に戻ってくる。
するとそこに不在であった斉藤が通りかかった。外出先から戻ったのだろう、笠を深く被り顔を隠していたため隊士でも直ぐには気が付かないだろうが、総司は違う。
「お帰りなさい」
総司が声をかけると少し先に歩いていた斉藤が足を止める。そしてようやく笠を脱ぎ「ああ」と短く答えた。
「山野君がカンカンに怒ってましたよ。早く寝床に戻ってください」
「わかった」
斉藤は淡々とした表情で少年たちを一瞥する。溌剌とした総司のまわりに屍のような少年たちがぐったりとしていたので状況はすぐに理解しただろう。
「少しは手を抜け」
と言って去っていった。



伊東が日課である朝の写経を終えて背伸びをし、部屋を出るとたまたま水差しに白い菊を飾って抱えた鈴木がいた。実弟が花を愛でるのを見たことがなかったので、
「なにをしている?」
伊東が尋ねると鈴木は
「今日は父上の命日です」
と答えた。途端に伊東は気まずい。
「ああ…そうだったか」
「墓参りには行けませんが、花くらいは…と」
伊東は鈴木の口からそう聞くまで思い出しもせず、弟が律儀に命日のたびに花を買い求めていることも知らなかった。
(親不孝者だな…)
伊東は初めて故郷の両親に対して不義理を感じたが、同時に弟が不憫にも思った。
「…お前は父の子ではないのだろう?」
血の繋がりがないのにまだ家族に縛られている…しかしそう思ったのは伊東だけのようだ。
「おそらく違うと思います…あまり似ていませんし。ですが、父はあの家に住まわせてくれました。本来ならばどこの馬の骨ともわからぬ女の子どもなど打ち捨てても良いはずなのに…母は俺を厭うてましたが父は同情して、可愛がることはなくとも世話をしてくれたのです。路頭に迷わずに済み恩義を感じています」
「…父はそういう人だった」
「はい」
愛着のある物は手放せず、頼って来た者を見捨てられない…そんな父だった。その性格故に家老と諍いを起こして降格したのだ。
ほとんど乳母に任せて育てられた鈴木だが、心根は伊東よりも随分と優しく家族思いだ。幼少の頃から母に求められるがままに『優等生』を演じてきた自分とはまるで違う。
(嫌になるな…)
伊東は会話を切り上げて「話がある」と部屋に誘った。鈴木は水差しを抱えたまま部屋に入り、美濃行きの話を聞く。
鈴木は不安そうに顔を顰めていた。
「俺に務まるのでしょうか…」
「やらぬうちから怯んでどうする。金は工面するから吹っ掛けてでも強引でも連れて来い」
「…しかし…」
煮え切らない返事を続ける鈴木はなかなか承服しなかった。人見知りで口も達者ではない弟にとっては過酷な任務だろう。しかし大きな仕事を任せることが本人の成長に繋がるに違いない。
伊東は
「これは重要な仕事だ。弟として必ずやり遂げろ」
と背中を押すと、鈴木はハッと表情を変えた。
仕事の面で兄と弟であるということを伊東が口にすることはなかった。伊東にとって鈴木は同じ家で育った他人に過ぎず、常に邪険に扱われてきた…信用に値しないのだとひしひしと感じていた鈴木にとって、伊東の後押しを拒む理由はない。
「わかりました、必ず…!」
「明日の朝には出立しろ。詳しくは藤堂君に」
「はい」
鈴木は猫背になっていた背を伸ばして水差しを抱えて出て行こうとしたので、伊東は「待て」と引き止める。
「何か…?」
「一輪置いていけ」
鈴木は何のことがわからない、という顔をしたが伊東が水差しを指さしてようやく理解したようだ。
少しだけはにかんだ笑みを浮かべて「どうぞ」と白い寒菊を一輪渡して去っていった。
伊東はしばらくそれを眺めた。冬を越してまた花を咲かせる菊は小ぶりだったが、しかし強さを秘めているように見えた。






767


山野は斉藤の寝床である客間の前で待ち構えていた。
「どこに行かれていたんですか!?先生はまだお怪我が癒えず、縫っているとはいえ塞がってません。何度も出歩くと傷に障り、化膿して腐ってしまうかもしれませんよ!」
熱弁する山野は斉藤の不在中にすっかり医学方の一人となったようで、遠慮なく叱りつけると斉藤を寝床に押し込んだ。
「僕が四六時中、見張りますからね!もう勝手にどこかへ行けるとは思わないでください!」
普段からしっかりしているが控えめで礼節を守る山野だが、言うことを聞かない患者は例外のようでいつもより強引だ。
鋭い剣幕の山野には斉藤も降参するしかない。
「悪かった。…もう用は済んだ、養生する」
「お願いします!」
「その代わりと言ってはなんだが…原田と永倉を呼んできてくれ、話がある」
「…用は終わったのでは?」
「これで終わりだ」
不服そうだったが山野は「少しだけですからね」と言いつけて去っていく。
斉藤はため息をついて天井を見上げた。
半年間、間者として御陵衛士に潜伏し帰還した…と言ってもその間に新撰組の屯所は西本願寺から不動堂村へ移り、分離した兵の穴を埋めるべく新入隊士も増えたので環境はがらりと変わっており、まだ戻ったという感覚は少ない。
(何処へ行っても根無草だな…)
そうは言ってもこれまでも一箇所に止まり続けるような人生を歩んできたわけではない。だからこそ
(せめてこれからはここに長く居たいものだ…)
斉藤がそんなことを考えていると二人分の足音が聞こえてきた。
「ハハハ、山野の奴、カンカンに怒っていたぜ」
原田が笑いながら部屋に入り、永倉が続いた。彼らを呼び出した斉藤は身体を起こそうとしたが、
「山野に安静にさせろと言われた、俺たちが叱られる」
と永倉に止められて仕方なく斉藤は横になったまま口を開いた。
「今夜、藤堂は来ない」
前置きのない言葉に、原田は「は?」と呆然とし永倉は顔を顰める。
「文を遣って今夜、藤堂を呼び出しただろう」
「な、何のことやら…なあ、ぱっつぁん?」
視線を逸らして惚ける原田とは対称的に、永倉は尋ねた。
「本人がそう言ったのか?」
「ああ、さっき会ってきた…ご丁寧に表書に名を記したそうだな。運良く藤堂の手に直接渡ったそうだが、そうでなければ大事だ」
「お、俺たちの間にコソコソ隠れたりする必要はないからな!」
開き直った原田は胸を張り自信たっぷりに腕を組む。彼の『俺たち』のなかには藤堂が含まれているのだと思うと、斉藤に虚しさが過った。
「…事情は全部話した。伊東が新撰組と手を切り、副長の別宅を襲わせたことも、暗殺の犯人が新撰組だと言い広めていることも、俺が間者として潜り込んでいたことも…それでも藤堂は御陵衛士に残るそうだ」
「それは…出て行った手前、今更俺たちに合わせる顔がないという意味か?」
永倉はどうにか光明を得たいようだったが、斉藤は首を横に振った。
「おそらく違う。藤堂は新撰組を離れた時から二度と敷居を跨がない決心だった。今度こそ自分の歩んだ道を信じ抜くのだと」
「…」
「二人には感謝を伝えてくれるようにと頼まれた」
あの時の藤堂は曇りのない晴れやかな表情だった。しかし同時にしっかりと根の張った花のように靡かない強さがあった。
永倉は視線を漂わせつつも「そうか」と呟いて少しは受け止めたようだった。彼は熱血漢なところもあるが、藤堂の気質をよくわかっているのだろう。原田も同様だが、諦めきれないようで涙目になりながら唇を強く噛む。
「俺ァ、待つ。平助が来てくれるまで待つからな!」
と言い放ち急に立ち上がると、ドカドカと足音を立てて部屋を去っていってしまう。永倉は困惑しつつも苦笑した。
「仕方ないな…俺も付き合うとしよう。明日の朝まで待っても来なかったら俺たちも諦めがつく。…悪いが土方さんには黙っていてくれ」
「…わかった」
永倉も原田を追うように去り、部屋はしんと静まった。
目を閉じてしばらくその静けさに浸ったが、今は原田のように騒がしくされる方が気が楽だった。

土方の別宅は数日前の騒ぎにより新しい建具や畳に入れ替わり、小綺麗になっていた。ただ替えのきかない柱のあちこちには刀傷が残っているので物々しくもあり、何やらチグハグな雰囲気だ。
近藤や助勤などには屯所から離れないように指示しているので、土方は密かにこの場所に足を運んだ。こういう時だからこそ内密の話をするにはここが都合が良いからだ。
「今日中には伊東から返答があるだろう、決行時刻はまた伝える。…大石、この件はお前に任せる。私情を挟まず腕が立つ、何より口の堅い精鋭を連れていけ」
監察方へ異動となってから、土方は大石を重用することが多くなっていた。淡々として無表情だが賢く、手段を選ばず仕事は必ずやり遂げる…数々の人脈を使いこなす山崎とは違うやり方だが、信用していたのだ。
しかし彼は少しだけ苦い表情を浮かべた。
「局長が伊東を呼び出し帰り道に強襲、その骸を大通りに放置…」
「…気が進まないか?」
「…」
大石は自分の感情を伏せるのが常だ。その彼が何も言わないのだから無言の肯定なのだろう。
土方自身も、斉藤からこの策を聞かされた時は非情で惨いと思ったが、いまは御陵衛士に温情をかけるわけにはいかない。新撰組は幕府という後ろ盾が無くなり、今はどちらに傾くかわからない天秤の上にいる。曖昧で立場が悪い。一方で御陵衛士は西国との繋がりを得て新撰組を悪者に仕立て上げ成り上がろうとしている。今だからこそ、彼らを助長させないようにより確実に彼らを崩壊させなければならない。
「卑怯だと罵られるかもしれないが、より確実に結果を得るためだ。おびき寄せた衛士たちを多く仕留める…残忍で、残酷であればあるほど奴らとの決別に繋がる。遠慮なくやれ」
「…残酷であることが、強さの証明になるのでしょうか?」
大石は土方に問いかけた。それは問い詰めるというわけではなく、単純なる質問としてだっただろう。
しかし土方の心に突き刺さった。だからこそ
「…それはやってみないとわからない」
という曖昧な答えしか口にできなかった。
大石は「わかりました」と答えたが、土方には彼の表情に欲しかった答えが得られなかったという不満が滲んでいるように見えてしまった。
話が途切れたので大石は立ち上がり、去ろうしたが、土方は「待て」と引き止めた。
「お前は一つ勘違いしている。監察として一番、見誤ってはならないことだ」
「…何でしょうか」
土方の言葉の強さに押され、大石はもう一度膝を折る。土方は明瞭に告げた。
「俺は武士道を歩いているわけではない」
「…」
「俺は卑怯であること、惨いやり方であること…それを恥だとは思わない。だから、監察であるお前は俺のやり方を『正しいか』『正しくないか』ではかるべきではない。…敵と、味方、どちらが生きるべきか、死ぬべきか…生き残った方が『強い』。ただそれだけのためにどうすべきか、だ」
自分が歩んでいる道は、誰かに誇るためにあるべきものではない。それは近藤の歩んでいる道とはまったく異なる未踏で行き先のない修羅の道である…昔と変わらない信条を土方は淀みなく断言することができた。
それが大石の満足する答えとなったかどうかはわからないが、彼はその言葉を受け止めて小さく頷いて再び立ち上がり部屋を去っていった。
大石の足音が聞こえなくなり、一人になった部屋で土方はすうっと息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。
(大石を相手に…俺は何を言っているんだか…)
彼の問いかけに対して『残酷なことは強さだ』と、断言してしまえば自分はもっと悪道を進めたというのに、これではまるで弁解してしまったかのようだ。自分の立場を、孤独をわかってもらいたい、そんな言い訳のような愚痴に聞こえたのではないだろうか。
土方は立ち上がり、障子を開けた。雪がはらはらと舞い枯れ木に雪の花が咲いていた。








768


陽の光は雪雲に隠れ、薄暗い昼間となった。
「土方さんはどこに?」
稽古を終えて部屋を訪ねたところもぬけの殻で、屯所にも気配がない。総司は土方の小姓である泰助に尋ねるが
「さあ…俺が稽古から戻った時にはいなかったです。行き先の書き置きもないし…」
と首を傾げた。小姓にすら行き先を告げずに出ていってしまうなんて、総司はため息をついた。
「まったく、非常事態だから皆には出歩くなと釘を刺しておいて…自分勝手な人だなぁ。帰って来たら文句の一つくらい言ってやらなきゃ」
「…」
「…何か?」
総司の顔をまじまじと見る泰助は呆然としている。鬼稽古の後で疲れているのかと思いきや、
「副長にそんなこと言うのは沖田先生くらいだなって。みんな怖がって、この部屋に近づくことさえ無いから」
と遠慮ない子供らしい率直な感想を口にした。
「ああ…鬼副長の住処ですからね。昔から用事がなければ助勤はとにかく、隊士は近寄りませんよ」
「…俺の知ってる土方さんとは別人みたいだ…」
泰助が入隊して半月足らず。彼なりに周囲の様子を察知し始めているが、当然試衛館にいた時の記憶の方が長い。幼少期に何度か井上の甥として足を運んできた泰助にとって、近藤は初々しい若先生、土方はその友人で気楽な食客の一人だっただろう。
しかし、彼の印象はここに来てガラリと一変したのだ。
総司には新鮮で、好奇心のまま尋ねた。
「じゃあ試衛館にいた頃の土方さんはどんな印象ですか?」
「…朝帰りをする遊び人、です。おじさんがいつも愚痴を言ってたから」
「ハハっ 確かに、井上のおじさんはよく叱ってたな」
泰助の素直な返答に、総司は懐かしさが込み上げる。あの頃の、何者でもない自分たちは、こんな未来を思い描いてはいなかった。
「じゃあ今の土方さんは怖い?」
鬼副長として君臨する、終始不機嫌な副長の小姓など投げ出したくなるだろうか。
しかし泰助は
「いえ、別に」
とケロッとして続けた。
「副長は散々拒んでいたのに、役立たずで無力な俺を結局は入隊させてくれたし…鬼のふりをしてるだけだって、わかってます」
「…鬼のふり、か」
土方のことをそんなふうに捉える存在が、隊の中にどれだけいるだろうか。
そしてこの少年が土方の小姓としていることが総司には何より嬉しくなって、頭一つ分背の低い彼の後頭部を、犬を撫で回すように撫でた。
「わっ!なんですか!」
「癖っ毛だなと思って」
「やめてくださいよ!気にしてるんだから!」
年頃らしく怒る泰助に、総司はますます口元を綻ばせたのだった。


伊東の手元に文が届いたのは同じ頃だった。小者が届けにきたところに居合わせて偶然受け取ったのだが、その筆跡をみてすぐに察した。
(近藤局長…!)
一方的に袂を分かったことは新撰組にも伝わっているだろうし、耳の早い彼らは土佐要人暗殺について伊東が彼らを名指しして犯人だと証言したことも知っているはずだ。
伊東の体に緊張が走る。それを懐に隠しながら周囲を確認した。衛士たちは土佐陸援隊から帰隊した橋本皆助を囲み、歓談しているようで姿はない。伊東は気配を消して自室に戻る。
そして強張った指先で身構えながらその文を開いた。どんな厳しい言葉で宣戦布告が書かれているのかと力が入る。
しかしーーー読み進めているうちに、『近藤勇』という人物のことを改めて思い起こすことになった。
彼はその無骨な面差しに反して美しい字を書く。彼の出自が農民であることを忘れるほど、長年藩校で学んだように理路整然に政を語り、己の思いを滾らせるように書き連ねている。伊東と考え方は違っていても天領の民として、幕臣として筋の通った耳を傾けるに値する内容なのだ。
(沖田の襲撃と暗殺の件には触れられていない…)
近藤の手紙には、昨今の情勢について二人きりで一度顔を合わせて語り合いたいとあった。藤堂からの定期連絡が絶え、近藤は状況を理解しているだろうに、あくまで新撰組から分離した同志であるという立場で伊東を誘い出そうとしていて、不思議と敵意や悪意は感じられなかった。
(これを…どう取るべきか…)
伊東は文机に肘をつき、考え込む。
普通は罠だと考えるだろう。伊東を呼び出した先に大勢の新撰組隊士たちが待ち構えている…もしくはその道中に命を狙われることだって考えられる。これは伊東を誘き寄せるための文だ。
しかし、一方で伊東は近藤が小細工ができない正直な男だということも知っていた。あまりに自分の揺らがぬ信条を貫くが故に、すでに屋台骨を失った幕府のために仕え、足掻き続けている。不器用で、融通の効かない…この流れるような筆跡から彼が本当に『語らいたい』と思っているのを感じ取ってしまう。
…しかし、既に茶と菓子を囲んで歓談する関係は終わった。
(…どうせ分かり合えない、私は徳川には決して追従しない。だったらこれを好機と捉えるべきなのか…?)
近藤と二人きりになれるなら、その命を狙うことができる。逆に斬られるかもしれないが、近藤さえ居なくなれば新撰組は崩壊するに違いない。
(例え刺し違えてでも…動くべきなのではないか?)
「大蔵君?いるのか?」
突然部屋の外から内海に呼ばれて伊東はハッとした。近藤の文を引き出しに隠し、「どうぞ」と内海を招き入れた。
「…どうした?」
「どうもしない…少し考え事をしていただけだ」
「そうか。…橋本君が話があると言っている。通しても良いか?」
「ああ」
内海の案内ですぐに橋本が顔を出した。
新撰組にいた頃は印象に薄くただ真面目なことが取り柄だと思っていたが、今の彼は表情がはっきりとして目を奪われるほど精悍で…まるで別人のようだ。伊東の前に膝を折ると背筋をピンと伸ばし、深々と頭を下げた。
「帰参致しました。これからも御陵衛士のため、尽くしたいと思っております」
「ご苦労だった。君には聞いておきたいことがある」
「何でしょうか」
「陸援隊には新撰組の間者がいたそうだが、君がその者とずいぶん親しくしていたと耳にした。本当のことか?」
伊東はつい責めるように言ってしまった。
中岡が伊東を信用できないと突き放したのは、橋本が新撰組の間者と親しく、最後まで庇っていたことがきっかけだった。もちろん中岡は他の理由でも御陵衛士を遠ざけたかったのだろうし、伊東が新撰組崩壊へ動くのは必然の流れであっただろうが、それでも尋ねておきたかったのだ。
すると橋本は少し考え込んで
「その通りです」
と認めた。隣に控えていた内海の視線が厳しく彼を見つめていたが、橋本は伊東が訊ねると予感があったのだろう、白状するように続けた。
「…最初は本当に何も気づきませんでした。今から思うとあいつは間者としては無能だったと思います。周囲と上手く馴染めずに孤立して…思わず手を貸し、親しくなりその後に間者だと判明したのです」
「その者は新撰組の間者として当然処刑されたのだろう?…中岡先生に君が彼の命乞いをしたと聞いたが」
「…情がありました」
「情?同情したのか?」
「同情ではありません」
橋本があまりにも素直に吐露するので、伊東の憤りはだんだんと削がれていく。しかし橋本は弁明はなく、ただ淡々と感情の波を感じさせずに話を続けた。
「自分がそうしたいと思ったから、そうしたまでです。俺はそのことを後悔していません」
「…」
「ただ、伊東先生のお考えに背いたことは認めます。俺が御陵衛士の一員として相応しくないと、信用できないとおっしゃるのなら切腹を命じてください」
橋本はむしろその方がせいせいすると言わんばかりに、あと腐れなく清々しく命を差し出そうとする。内海はそんな橋本を理解できないようで、眉を顰め伊東に視線をやって首を横に振った。
しかし伊東は、橋本がこれほどまでに言い切るのなら、彼らの関係は新撰組と御陵衛士という立場を超えた信愛があったのだろうと理解した。決して褒められたものではなくとも、侵されるべきでもない。何も知らない他人がとやかく口を出して『不誠実だ』と責めるのはお門違いなのだと感じ取った。それにもう終わった話だ。
伊東は少し間をおいて返答した。
「…我々は新撰組とは違う。間違いを犯せば切腹だという短絡的な輩と一緒にはしてほしくないな。それに今は有事、一人でも多くの人員が必要だ…君の力を借りたい」
「ご厚情に感謝いたします」
「しかし、これは純粋に、興味があるから訊ねたいのだが…君は我々の元から逃げるという選択肢はなかったのか?」
陸援隊での働きは伊東の耳に伝わっている。新撰組の間者と親しくしたことに後悔はなくとも、橋本が戻りづらいと思うのが当然だと思ったのだ。
橋本は答えた。
「今は為すべきことを為すのだと決意しました。逃げるばかりでは道は拓けず、逃げた先に幸運などあるはずがない。…その者のおかげで悟りました」
「…君は人が変わったな」
新撰組にいた頃の、個性を無くし存在を消したただ真面目なだけの取り柄のない男はもうここにはいない。陸援隊での経験がそうさせたのか、新撰組の間者の影響を受けたのか…伊東はもう訊ねなかった。
話を切り上げて橋本を皆の居る広間に戻し、内海だけを残した。
「…話の半分も理解できなかった。それほどまでにその間者に入れ込んでいるのなら、その者と道連れとなれば良かったのに」
「お前はそう思うかもしれないな」
伊東は苦笑した。
何せ、十数年も片思いをひた隠しにして友人面をしてきた男だ。橋本のように誰かの影響を受けて生き方を変えるような性格ではない。どちらが良いというわけではなく、それは個人の資質なのだろう。
曇天が今にも雪を降らせそうだ。伊東は文机に体を預けながら、近藤からの文のことを思い出した。内海に話せばきっと『行くべきではない』と断固として反対し、止めるに違いない。新撰組からの誘いに乗るなんて愚かでしかないと吐き捨てるだろう。
(しかし、この誘いを断った途端、彼らはきっとここに乗り込んでくるだろう…)
そしてこの美しい庭が血の海に染まる。せめて美濃からの兵がやってくるまでは時間を稼がなくてはならない。
「…為すべきことを、為すか…」
伊東は呟いた。
内海は
「何か言ったか?」
と訊ねてきたが、伊東は「何でもない」と首を横に振ったのだった。












769


夕方から薄暗い空から雪が舞い始めた。しかし積もるような類のものではなく、地面に混ざり泥となって履き物を汚してしまうような雪だ。
「ご無理なさるからですよ」
山野は怒りを通り越して呆れたようだった。朝稽古を終えてしばらくは平気だったが、この時間になってどっと疲れが押し寄せてきたのか、総司は床に伏せってしまった。少年たちとの稽古が楽しくて張り切りすぎたのだろう。
「少し微熱があるようです。これから上がるようでしたら英先生をお呼びしましょう」
「はあ、また小言を頂戴しますね」
「お嫌ならちゃんと休んでください」
山野は硬く絞った手拭いを総司の額に乗せて枕元に白湯を準備した。元々素養があったのだろうが、この頃の彼の甲斐甲斐しさは磨きがかかったかのように思える。
しかし、本来であれば精鋭部隊の一員である彼の仕事を増やしてしまっているのだ。
「すみません」
と総司は謝った。彼が謝られたくないのはわかっていたが、それでも手を煩わせているのは間違いないのだ。
すると山野は少し黙り込んでから口を開いた。
「…先生、僕は平凡で、手先は器用ですが小柄で剣術では何の取り柄もありません。でも一番隊に入れて頂いて、どうにか仲間の足を引っ張りたくないという気持ちで精いっぱいでした」
「…」
「そんな僕を先生はいつも優しく見守ってくださいました。だからこうしてお側でお世話ができるのは僕なりの恩返しであり、病に気が付かなかった愚かな僕の償いでもあります。これは自分の為です。先生の看病をしてお役に立っているということが、僕にとって一番安心できることなんです。だから先生は謝らないでください」
通常の任務と医学方の両立は、総司のためでもあり、そうすることで自分を安心させたいという慰めでもある。山野にとってどれだけ大変で寝る間がなくとも何の苦労もないのだろう。
「貧乏籤を嬉しそうに引くなんて、山野君だけです」
総司はそんな山野の献身には感謝していたが、
「でも…一つだけ、お願いがあります」
と口にした。
「もし…例えば、いまここに敵が攻め入って近藤先生や土方さんの身が危ないときは、君は医学方ではなく、一番隊の一人として働いてください」
「…先生…」
「戦場に赴くとしても同じです。例え私が瀕死であったとしても…君は私のために居残るのではなく、一番隊隊士として立派に戦うのです。私の望みであり、きっとそれが君にとって一番後悔のない道です」
「…」
山野は眉間に皺を寄せて唇を噛んでいた。どう答えたら良いのかわからなかったのだろう。
総司は苦笑した。
「今はわからなくても構いません。…でももし、そんなことになったら…私がそう思っていることを知っておいてください」
「…わかりました」
山野は約束できる、とは言わなかったがそれが彼の誠実さだということは良く知っていた。
すると土方がやってきた。山野は顔を見るなり低頭し「それでは」と去っていき、土方は彼がいたところに腰を下ろした。
「…また聞き耳立てていたんでしょう?」
「さあな」
「まあいいや。それよりどこへ行っていたんですか?皆には屯所から出るなって言っていたくせに」
「野暮用だ」
土方は短く答え、それ以上は言うつもりがなさそうだったので、総司も尋ねなかった。
「また無理をしたのか?それともガキ共に手を焼いたのか?」
「自分では無理をしたつもりはないんですけど、加減が難しいです。自分のことなのにな…」
頭では「これくらいは大丈夫だ」と思っていても、身体は伴わない。無理をすると微熱が出て、運が悪ければ喀血してしまう。そんな自分の身体には辟易してしまうが、
「仕方ないですよね」
と総司は笑って誤魔化した。
土方はしばらく何も口にしなかった。部屋から外を眺めていたがハラハラと舞う雪を目で追うこともなく、焦点は遠い。
「…どうしました?」
総司は悩んだが、尋ねることにした。土方が何も言わないのはわかっていた。
「さっき…山野に言っていたことは、お前の本心か?」
「…やっぱり聞き耳を立てていたんですね。でもあれは本心です。あの子は私に恩義を感じてくれていても、本音では一番隊で戦うことが誇りであるに違いないんですから、いざとなればそうさせてあげるべきです」
「俺にも同じことを言うか?瀕死のお前を置いて、戦えと」
総司は「勿論」と答えるつもりだったのに、なぜか喉の奥につっかえたように出てこなかった。
戦に赴く土方を、近藤を、仲間を…見送る自分。手を伸ばしても届かず這いつくばるしかない虚しさ。鮮明なイメージと共に押し寄せた悔しさに唇を噛む。
(僕はその時に…『仕方ない』と思えるのだろうか…)
総司は余程難しい顔をしていたのだろう、土方は「もう良い」と苦笑して総司の眉間の皺に指を這わせた。
「また今度考えれば良い。寝込んでいる時に余計なことを言った。…とにかく休め」
「…はい」
総司は目を閉じた。眠気はすぐにやってきたが、微熱のせいか考えがまとまらずあれこれと嫌な夢を見た。
けれど近くに土方の存在を常に感じていた。


陽が落ちた頃。
伊東は内海を部屋に誘い、好物の肴を囲い酒を飲んだ。あれこれと他愛のない会話を交わした後、
「あれは?」
と内海が文机の一輪の菊を指差した。無造作に重ねられた書物や文の中に、小さな一輪挿しを借りて飾っていたのだ。
「ああ…今日は父の命日だ。愚弟から一輪、貰った」
「…そうだったのか」
「私も忘れていた。ここ数年は墓参りすら足を運ばない、親不孝者だ」
伊東は自分に呆れつつ苦笑するしかないが、内海の表情は真剣なまま
「父君はどういう方だった?」
と尋ねてきた。母の過干渉には愚痴をこぼしたことはあるが、父については誰かに話す機会はなかった。何故なら自分でも記憶に乏しいからだ。
「…寡黙だった気がする。関心がなかったのか、褒められた記憶も叱られた思い出もない。それ故に母が厳しかったのだろうが…ある日家老と揉めて隠居させられたあとも、借財がわかって領外への追放となっても…父は何も言わなかったな」
伊東がいくら思い出そうとしても、父の顔がぼんやりとしか浮かばず、その背中ばかりが目に焼きついている。
寡黙だった父が抱えていた借財のほとんどは、先代かその前から受け継がれた負の遺産であり父自身のものではなかったが、父は粛々とその事実を受け入れ、返済しつつも困っている者にはそっと手を貸した。一度だけ遊んだ女の子どもも自分の子だと受け入れてしまった。
「父は手の届かない…自分とは違う場所で生活しているような、そんな存在だった。私がお喋りなのはきっと母に似たのだろう」
「…そうか」
「そういう意味では愚弟は父に似ている。血が繋がっているのか、いないのか、本当のところはもう誰にもわからないが、共に暮らせば似てくるものなのだろう」
伊東は内海の空になった盃に酒を注いだ。そして
「…ひとつ、頼みがある」
と切り出した。
「なんだ?」
「美濃行きの件、愚弟だけに任せるのは心許ない。私の弟だと言うのは確かに意味があるのだろうがあれは口数が少ないし頼りない…お前も一緒に行ってやってくれないか?」
「…」
内海はなみなみと注がれた酒に視線を落とした。伊東は彼がそういう反応をするとわかっていたので、動ぜずに答えを待つ。
重たい沈黙の後に内海は口を開いた。
「いま…ここを離れるのは気が進まない」
「それはわかっている。今日明日にもどう転ぶかわからない時期だ。しかし、美濃からの援軍を呼ぶことも重要なことだ」
「…君が『わかっている』と言う時は大抵なにもわかっていない」
内海は少しだけ苛立ったように酒を飲み干すと、空になった盃を乱暴に置いて伊東の腕を強く引いた。
「無理をしそうで離れたくないんだ。君はいつも俺の考えの及ばぬことを平気でする」
「…私は年端のいかぬ子どもか?」
伊東は苦笑するしかないが、内海は真剣だった。
「子どもよりもタチが悪い。君は理性的であると装っているが、本当は感情的で無謀なところがある…目を離せない」
「子どもどころか、赤子のような扱いだ。つくづく失礼な奴だ」
伊東は内海に引っ張られていた腕をほどいて、逆に彼の襟を掴んで引き寄せて口付けた。そうすると彼の頑なな表情が崩れて、慣れないせいかすぐに腰が抜ける。
「大蔵君!」
「内海はなかなか本音を言わない。…本当は、晴れてこういう関係になったのに美濃に行くのは離れ難い…そうなのだろう?」
「…」
図星だったのか、内海は視線を逸らす。伊東はそんな内海が愛おしくてもう一度唇を重ねて、彼の耳元に呟いた。
「今宵はお前の好きにして良い。だから、言うことを聞いてくれ」
ねだるような、甘えるような声色で囁くと彼は耳まで真っ赤に染めた。
「大蔵君…っここをどこだと思って…!」
「場所なんてどうでも良い。ほら、言うことを聞くだろう?それでも拒むなんて、私を恥知らずにしないでくれ」
うぶな内海に伊東が巧みに誘えば、彼は受け入れざるを得ない。
「まったく、君は…!」
嗾けられた獰猛な獣は、もう歯止めの効かぬ姿となって伊東を見下ろし始める。そんな彼を抱きしめながら
(すまない)
と伊東は内心、呟いた。
彼を騙して遠ざけるのは、きっと近藤との面会を許してはもらえないだろうと思ったからだ。明日の朝、鈴木と共に立てばしばらくは帰ってこないに違いない。
(君を…仲間を守るためだ)
賭けに勝てるのか、負けるのか、それはわからない。けれど少なくとも不在の二人は巻き込まれないで済むだろう。
上手くいったら、『勝手なことをしてすまない』と謝れば良い。上手くいかなかったら…。
(お前を愛していると、三途の川で叫ぶよ)
















770


夜。
約束の料亭で、約束の時間になっても、藤堂は現れなかった。
「もう少し」
「あとちょっとだけ」
「そろそろくるはずだ!」
「道に迷ってるんだぜ、きっと!」
原田が頼むので永倉はそれに付き合うが、時間が経つにつれ原田は表情を曇らせ、酒の量が増えていき…最後は案の定酩酊した。
「あの馬鹿!頑固にも程がある!」
顔を真っ赤にした原田は、憤りと悔しさを滲ませて拳を握りしめた。斉藤からの伝言通り、藤堂はやって来なかったのだ。
「意固地になって死んじまったら意味がねぇだろ!それこそ、山南さんと一緒じゃねぇか!」
「…平助はそれを望んでいるのかもな」
「お前も冷てえ奴だな!」
原田の罵倒を永倉は聞き流す。彼のように怒鳴って解決するならそうするが、冷静に受け止めなければならないと自分に言い聞かせていた。
藤堂が覚悟を持って新撰組を出て行った時から、互いの道は分かれてしまった。藤堂が今更自分たちの話に耳を傾けることができるのなら、そもそも出て行くこともなかったはずだ。
しかし、原田は諦めきれないようだった。
「俺は許さねえ!あいつが嫌がっても俺は絶対に助ける!」
駄々を捏ねるように叫ぶ原田を見かねて、永倉は「そろそろ出よう」とその腕を引いて無理やり立ち上がらせた。店じまいの時間が迫り、少し前から女中がチラチラと視線向けて居心地が悪かったのだ。もちろん感情の起伏が激しい原田が大声で騒いだせいなのだが。
二人は店を出た。永倉は酩酊状態でまともに歩けない原田に肩を貸しつつ、屯所に向かって帰り始める。足元は霙と泥が混じり合って踏みしめるたびにぐちょぐちょと音がして段々と重たくなっていった。
屯所に戻るのが億劫に感じながら、永倉は口を開く。
「左之助」
「あんだよ、俺は嫌だからな。誰の命令であっても平助には手を掛けない」
「俺も嫌だ。山南さんを見殺しにした、あの時の後悔をまた味わいたくない」
大津から戻ってきた山南は永倉と原田が逃げ道へ誘っても、切腹すると譲らなかった。そして二人は山南が見事に腹を切った光景を実感がないまま見届けるしかなかった。
「ぱっつぁん…」
「平助が伊東と命運を共にしたいと言うのなら仕方ない。だが、昔からの仲間として命までは取りたくない。たとえもう会えなくても、元通りにならなくても、どこかで生きていれば良い…そうだよな?」
「…ああ。今更、新撰組に戻って来いなんて、烏滸がましいことを言うつもりはねぇよ」
「だったら最後まで諦めるな。必ず何か方法がある」
「…ああ!」
酔い潰れて寄りかかっていた原田が、生気を漲らせ永倉と肩を組む。
「まったく、あいつは大馬鹿野郎だぜ」
ふん、と鼻を鳴らした原田が「あっ」と声を上げた。永倉が視線を向けるとそこには提灯を持ってこちらにやってくる近藤がいたのだ。
「ああ、見つけた」
手をあげて気軽に声をかけてきた近藤は、屯所を抜け出した二人を叱りつけるわけではなく、むしろ探していたようで微笑んだまま近づいてきた。供も連れず夜の散歩に出掛けているような雰囲気だ。
「…局長、こんな夜更けに出歩いては危ないです」
「ハハ。君たちこそ助勤は屯所に留まるようにと歳に言いつけられていただろう?」
「ちょ、ちょっと飲みたかっただけだ、な?」
原田はしどろもどろになりながら目を逸らす。近藤は「そうかそうか」と気がついているのかそうではないのかわからないが、とにかく咎めるわけではないらしい。
「俺たちに何か用ですか?」
「ああ、…うん、歳の耳に入るとまた揉めそうでな。外でも監察の目があるが…まあ気負わずに聞いて欲しい」
近藤は声の調子を落とした。
「…明日、歳から任務の説明があると思うが、我々は伊東先生を惨殺しその遺体を放置する…そこにやってくるであろう御陵衛士を一網打尽にして殲滅する計画だ」
「なっ」
「マジかよ…」
想像以上に非情で悲惨なやり方に二人は息を呑む。近藤は首を横に振った。
「確実に遂行するために俺も同意したことだ、歳を責めてはならん。…彼らは徳川を陥れ新撰組を脅かす存在になってしまったのだから仕方ない。ただ…皆は甘いと言うだろうが、俺は平助だけは助けたいんだ」
「…局長…!」
「歳は一応は約束してくれたが、現場に出るのは君たちだ。卑怯だと罵られるかもしれないが、もし平助がやって来たらどうにか逃してやってくれ」
近藤は頭を下げた。永倉は驚き、原田は一気に酔いが覚めた。同じ考えだったことに二人の胸は高鳴ったのだ。
「言い訳が必要なら局長命令だと言えば良い。決して君たちのせいにはしない、責任は俺が取る」
「おいおいおい!」
「局長、頭を上げてください!」
「君たちにしか頼めないんだ」
永倉は慌てて頭を上げさせて、原田は近藤の腕を取った。
「頭を下げなくったって俺たちだって同じ思いだ!近藤先生がそう言ってくれるならなんでも力になる!なあ、ぱっつぁん!」
「ああ!…それに、局長お一人の責任にするつもりもありません」
「俺たちにも格好つけさせろよな!」
「永倉君…左之助…」
近藤は手にしていた提灯と落とし、両手で二人の手を握った。
「頼む…!」
強く強く握ったその手から近藤の苦悩が伝わってくるようで、二人はますます藤堂を助けなければならないと固く決意したのだった。


同じ頃、屯所には伊東からの返事の文が届いた。近藤宛であったが土方は遠慮なく開き、その内容に目を通す。
(来る…!)
伊東からは短い返答で『お話をお受けする』とある。近藤の熱意が届いたのか、伊東に何か策があるのか、それはわからないがとにかく罠にかかった。
明日の夜、伊東は醒ヶ井の近藤の妾宅を訪ねてくるーーーそれを討ち取る。
土方は全身の血流が一気に巡るような感覚を覚えた。
思えば伊東が入隊してからずっと、彼のことを疎ましく思っていた。山南が居なくなり存在感が増し、考え方の違いか明るみになってからはいつかこんな日が来ると予感していた。御陵衛士として分離してからは、まるでカウントダウンが始まったかのようにこの日を待っていた。
「どうかしました?」
突然、総司の声が聞こえて土方はハッとした。
「…何の用だ?」
「厠の帰り道に灯りがついていたから声をかけただけです。どうしたんですか、そんな恐ろしい顔をして…」
「…何でもない」
土方は文を畳み、懐に仕舞う。総司には急いで隠したように見えたのだろう、訝しげな顔をして部屋に足を踏み入れた。
「…御陵衛士の件、何か動きが?」
「いや…いまは山崎たちに様子を探らせているところだ。…お前こそ、身体の具合は良いのか?」
「寝過ぎてこんな夜更けに起きちゃいました。寝込むと昼夜逆転してしまって困ります」
総司はハハ、と笑う。明日のことなど微塵も知らないという様子を見て、土方は安堵すると共に隠し事をしているという罪悪感も覚える。
しかし少年たちの稽古だけで疲れて寝込んでしまう総司にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。土方は己の葛藤を飲み込むことにする。
土方は総司の頰に手を伸ばした。すると指先が触れた途端総司は身を竦ませた。
「わっ、冷たいなぁ」
「…眠くなくても横になっていろ」
「英さんにも同じことを言われました。また熱が出ると山野君に叱られるから退散しますよ」
総司は「おやすみなさい」と微笑んで立ちあがろうとしたので、土方は思わずその手を引き寄せた。すると思わぬことにバランスを崩した総司はそのまま背中から土方の元に飛び込むように倒れ込む。
「びっ…くりした、歳三さん?」
「…もう少しここにいろ」
「だったらそう言ってくれれば良いのに」
総司は少し口を窄めたが、土方にとってはほぼ無意識の行動だったのだ。そのまま後ろから強く抱きしめると冷たかった指先にも熱が籠る。
「…今夜はとても寒いから明日は雪が積もりそうですね」
「そうかもな…」
総司の言った通り、夜に降った雪は朝になっても溶けないまま静かにそこに在った。
十一月十八日の朝がやってきたのだ。



























解説
なし


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