わらべうた




841


少し前。
二条城を出た近藤は四人の従者とともに伏見奉行所へと続く帰路を進んでいた。
いつもは『池月』の名に相応しい暴れっぷりで隊士を手こずらせているが、今日の池月はまるで飼いならされた名馬のような出で立ちで悠然としている。同行した馬丁で奴の芳介と島田は
「今日は随分と大人しいので、かえって心配です」
「へえほんまに」
と苦笑した。何度も蹴られたことがある島田はまだハラハラしながら近藤の傍らを歩いていたのだが、跨っている近藤は心配性の彼を笑った。
「ハハ、池月はきっと二条城へ呼ばれて張り切っているのだろう、俺と同じだ」
「そうかもしれません。…今日は良いお話がありましたか?」
「ああ。上様の動向が伝わって朝廷の機運は変わり始めている。やはり四百万石の大大名徳川を無碍にはできぬとな。…しかし、武力を持って脅すやり方はどうしても禍根を残すことになるだろう…どうにか真心で説得したいところだ」
近藤は満ち足りた顔で語る。一浪人にすぎなかった立場から幕臣へ出世し、いまは徳川の使者として堂々と市中を闊歩しているのだ。古参としてともに過ごしてきた島田にとっても誇らしい気持ちだった。
「永井様からは、近々起こるであろう戦は新撰組の働き次第だと励まされた。世辞かもしれないが、気にかけていただけることは有難いな」
「自分もそう思います」
島田が頷くと、急に池月が足を止めて鼻を鳴らした。奴の芳介が「どうどう」と声をかけ近藤も手綱を引いた。
「どうした、機嫌が悪くなったのか?」
近藤の問いかけに池月は再び鼻を鳴らす。
「島田君、伏見奉行所まではあとどれくらいだろうか?」
「そろそろ伏見に入りますから…このままでしたら四半刻ほとで到着するかと思います」
「そうか。俺は歩いても構わないが」
「いやいや!わしが言い聞かせます!」
奴の芳介は池月の世話を長く勤めていたので、調教は手慣れている。軽く鞭で叩くと池月は大人しくなり、また歩き始めた。芳介は池月の不調法を詫びたが
「池月も住まいが変わって疲れているのだろう」
と近藤は思いやった。
墨染通りを東へ向かい、交差点を南下すればそのうち伏見奉行所が見えてくる。近藤が何となく空を見上げると、先ほどまで明るく照らしていた太陽が厚い曇天の裏に隠れてしまい辺りは薄暗い。
「雨が降ると総司の具合が悪くなる。いっそ雪の方が子どものように喜ぶからその方が良いな…」
そう呟いた時だった。
――――パァン!
突然、離れた場所で爆発するような銃声が聞こえた。
ハッと近藤が振り向いた時、身体中が裂けるような痛みが電撃のように走り、あまりの衝撃にそのまま体が仰け反って空を仰ぐ。
(これは…?!)
近藤が理解する前に、島田が
「局長ッ!!」
と両手を伸ばして池月から落馬しそうになった身体を支えた。近藤はどうにか態勢を立て直し、手綱を握り背中を丸めて池月の背に身を寄せる。これまで味わったことのない痛みに唸ることでしか耐えられない。
「グッ…う、うぅうう…!」
「お気を確かに!横倉、周囲を警戒せよ、石井は…」
島田の言葉を遮るように、もう一発の銃声が聞こえた。すると池月の前に立っていた奴の芳介が「ギャアアアァ!」と悲鳴を上げて血を噴き、その場に倒れて即死した。
血相を変えた横倉と石井は刀を抜き、周囲の警戒に当たる。すると物陰から刀や槍を構えた男たちが四、五名がこちらに駆け込んできた。
「オオオオオーッ!」
「行け!伊東先生の仇だッ!」
「決して許さぬ…!許さぬぞ!!」
彼らが叫ぶ言葉で御陵衛士の残党であるとすぐ理解した。天然理心流直門の横倉は近藤が撃たれたことで頭に血が昇って我先にと飛び込み、新入隊士の石井も先輩に遅れを取るまいと恐れることなくそれに続く。
彼らを横目に島田は死んだ芳介の手から鞭を取った。そして(冷静になれ!冷静になれ!)と逸る自分に言い聞かせ、二人へ向かって叫んだ。
「伏見奉行所はすぐだ!応戦せずに逃げよ!」
御陵衛士が何人で襲い掛かってくるのかわからない以上、撃たれた近藤を庇いながら三人で長くは持ちこたえられない。下手をすれば全滅する…だったらどう遠くはない伏見へ逃げるのが得策だ。
「局長、鞭です!どうか伏見まで駆け抜けてください!」
「…う…う…」
近藤は痛みに悶絶していたが、どうにか左手で鞭を受け取った。
「池月、行けッ!!」
島田が怒鳴ると、池月は「フンッ」と盛大に鼻を鳴らした後、駆けだした。馬なりに近くで銃声を耳にして恐怖があるに違いないが、池月が迷いなく走り去る姿を見て島田は少しだけ安堵した。しかし楽観してばかりはいられない。
島田は「走れ!」と近藤を追うように二人に声をかけた。もちろん御陵衛士たちも追いかけてきたが、槍を躱し、刀を振り払いながら後退しつつ伏見奉行所へ向けて南下する。
「は!はっ!はっ!」
昂る気持ちを抑えながら走り続ける。御陵衛士たちは猪突猛進に突き進み、島田たちは防御と退避に努め続けた。
ふと敵の気配を背後に感じた島田が振り向きざまに刀を払うと、すぐそこに迫っていた阿部の刀が重なり空を舞う。阿部はそれでも諦めず脇差を構えた。
阿部は島田を強く睨んだ。
「小林を殺したな?!」
「…ッ、ああ、自分が殺した!」
「なんだと?!」
「間者を始末するのは当然だ!」
阿部の顔色が一段と憤怒に変わる。彼らは同郷の親しい仲だったことを思い出した島田は(俺を狙えばいい!)と、逃げるのをやめて阿部の相手を務めることにする。
「オオォッ!」
怒りのあまり雑になった阿部の剣筋は、近藤を守るという使命感に燃える島田には容易く感じた。キィン、キィン!と何度か刀を合わせて力づくで抑え込み、阿部を仰け反らせ、隙を見て足を斬った。
「く…っ!」
軽い傷のはずだが、阿部は這いつくばるように倒れた。島田は
「ここまでだ!」
と言い残し、再び伏見に向けて走りだす。先を走る横倉と石井はもう伏見奉行所が見えているはずだ。
(近藤局長は無事に逃げられたのだろうか…)
そう思った時、パァン!と再び銃声が鳴った。弾丸は島田の横を通り抜け、先を行く二人へ向かう。
「あっ…あぁ…」
「石井!」
背中から撃たれた石井が、足をもたつかせながら前方に勢いよく倒れる。島田が振り返ると御陵衛士の内海が白煙を漂わせる銃を携えていた。その眼差しは弾丸より鋭く、眼力だけで人を殺せそうだ。
「…っ、すまない!」
島田は叫んだ。御陵衛士はどこに潜んでいるかわからない。次の銃声が横倉や自分を狙うかもしれない…そう考えると島田は仇を取ってやるわけにもいかず、ただ走るしかない。
島田が全力で走ると、斬られた腕を庇いながら満身創痍でどうにか走る横倉に追いついた。
「横倉!あと少しだ!」
「あっ、ああ…!」
もう奉行所はすぐそこ……というところで、突然追ってくる衛士たちの気配が消えた。池月は無事に使命を果たしたのだろう…異変に気が付いて伏見奉行所から新撰組の隊士たちが飛び出していることに気がついて、逃げ出したようだ。
(助かった!)
島田と横倉は奉行所の前でようやく足を止め、四肢を投げ出して倒れ込んだ。
「島田さん!」
「はっはっ……、相馬…局長は…?」
「奉行所に池月とともに駆け込んで来られました!意識はあるそうですが、怪我が酷く…」
「…とにかく、今は敵を追うんだ。相手は…御陵衛士の残党、銃はおそらく…二丁。敵の数は…五名ほどだろう。それから…道中に隊士の石井と奴の芳介の亡骸がある…」
「石井…!」
相馬は青ざめた。石井は相馬と同期に入隊した若い隊士だった。将来を嘱望されていた優秀な隊士を失い、新撰組にとって大きな痛手となるだろう。そこへ野村がやってきて
「相馬、行くぞ」
と軽く背中を叩いて、二人は一緒に駆けだしていく。
島田は一気に気が抜けてこのまま意識を手放してしまいたい衝動に駆られたが、この状況を一刻も早く土方に報告しなければならない。重たい身体を引きずって奉行所の中に入った。


馬で駆ければすぐに到着する距離のはずなのにとても遠く感じながら、近藤は池月の背中に身を預けてひたすら痛みに耐えた。
島田から鞭を渡されたが、そんなものは必要はなかった。この状況を理解した池月は己の使命を全うするように奉行所までの道を迷いなく駆けていく…暴れ馬と揶揄された日々が嘘のようにひたすらに真っすぐ突き進んだ。
思えば銃声が聞こえる前、池月が足を止めて進むのを嫌がったのは何か悪い予感を察知したなのかもしれない。そうなのだとすれば『池月』と言う名前は賢馬にとって相応しくない名前だったのだろうか…痛みのせいで考えがまとまらず、近藤は薄く目を開けて風に靡く馬の毛に自分の血が付着しているのを見つめていた。
(傷は…右肩か。痛いものだな……銃で撃たれるというのは…)
取り留めのない考えが頭をよぎっていく。そして耳には襲撃者たちの怒号が反響し続けていた。
(伊東先生と叫んでいたな…御陵衛士か…)
だったら仕方ない…そんなことを思った。伊東を殺した残虐さは自覚があり、さらにその骸を餌に同志を誘き出してほとんど壊滅させたのだ。これがしっぺ返しなのだとすれば、たとえ手を下してなくとも局長として受け入れざるを得ないだろう。
池月が風を切って走る。後方で戦う部下たちは無事だろうか。
(ああ…意識が遠のく…)
もうこれ以上は、と思った時、池月は伏見奉行所に辿り着いた。門前にいた見張りの兵士が
「おい!馬だ!」
「何事だ!敵襲か?!」
と騒ぎ立て、単騎で乗り込んできた敵襲だと勘違いして兵士たちが刀や槍を携えて集まってくる。近藤は説明したかったが言葉を発することができずに、項垂れたまま池月に身を任せるしかない。池月は「フン!フン!」と鼻を鳴らして周囲を威嚇しながらその場で足踏みする。
そうしていると隊士の誰かが気が付いて
「近藤局長?!」
と悲鳴のように声を上げた。それをきっかけに新撰組隊士が集まり、近藤の身体を皆で下ろす。
「大変だ!医者を!」
「それよりも副長だ!土方副長を呼べ!」
「まだ刺客がいるぞ!急げ!!」
バタバタと騒がしい足音が響く。奉行所へ駆け込む者、奉行所を出て敵を追う者…混乱するなか近藤は右肩を庇うように身を捩ったが、疼くような痛みは増すばかりだ。
(弾が貫通していないのか…)
目を閉じて苦痛と向き合い続ける。血が流れ過ぎたのだろう、身体中が痺れ意識が混濁していたが周りがどれほど混乱しているのかはうかがえた。
そして
「かっちゃん…ッ!!」
幼馴染の、聞いたことのないような悲愴感漂う声を聴いて、近藤はゆっくりと重たい瞼を開けた。彼は目を見開き、この光景がまるで信じられないという驚愕の表情を浮かべ、土方は近藤の右肩に触れた。
「う…っ!」
「誰だ?!誰にやられた!!」
「歳…落ち着け……死にはしない…」
「あたりめぇだ!」
(泣くなよ)
茶化して口にすれば土方は「馬鹿野郎」と怒鳴るだろう。けれど土方はその端正な顔を歪ませて必死に止血を試みていた。
「…歳…痛いぞ」
「っ、わかった…山崎を呼ぶ、あいつは縫合が得意だ、心配するな」
「痛いものだな…血が流れるというのは……」
(知っているようで知らなかった…)
近藤は局長という立場にいた自分がどれだけ安全な高みで日々を過ごしていたのかということを実感した。隊士たちがいくら血を流しても、結局は自分にとって『他人事』でしかなかった。それを自覚して情けない気持ちでいっぱいだったが、
「もう喋るな」
と土方に念を押されて仕方なく頷いた。
土方の顔を見て急に気が抜けたようで遠ざかっていく意識のなかで、島田の声が聞こえた。
(島田君…無事だったか…)
近藤は少しだけ安堵して、ゆっくりと目を閉じた。








842


伊庭が騒ぎを聞きつけてやってくると、新撰組隊士たちが集まり、あたふたと混乱している。その中心には血塗れで意識を失った近藤の姿があり、その傍らには必死に呼びかける土方がいた。
「おい、かっちゃん!かっちゃん!!」
土方は近藤のかつての名前を連呼して、何度も頬を叩く。隊士の前では『近藤先生』『近藤局長』と意識的に立場をわきまえて呼んでいた彼が、周りの目を気にせず取り乱しているのをみて伊庭は只事ではないと察した。裸足のまま飛び降り、隊士たちをかき分けて右肩から血を流して意識を失った近藤と我を忘れて身体を揺さぶる土方がいた。伊庭は「歳さん!」と止める。
「…伊庭…」
「あまり動かすと余計血が流れます。…冷静になってください」
「…あ…ああ…そうだな…」
土方は青ざめている。彼にも多少の医学の心得はあるはずだが、それでも倒れた幼馴染の前では頭が真っ白になっているようだ。
そうしていると山崎と山野がやってきた。右肩から血を流し意識を失った近藤を見て山崎は一瞬グッと息を呑んだが、すぐに山野や他の隊士たちに指示を出し戸板を用意させて奉行所のなかに運び始める。
すると、
「…副長…!」
と門から島田がやって来た。あちこちが土埃塗れでの汗だくでふらふらと満身創痍だったがケガはない。
土方はどうにか冷静さを取り繕った。
「島田…何があった?」
「はい…。実は墨染付近で刺客に襲撃されました。…御陵衛士の残党です」
「…!」
土方はカッと目を見開いた後、片手で顔を覆い堪えきれずに「クソ!」と声を荒げた。間者の小林を殺したことで御陵衛士を刺激することになるだろうと思っていたが、こんなに早く動くとは思っていなかった。むしろ小林の最期を知って尻尾を巻いて逃げるのではないかとすら期待し、御陵衛士の完全壊滅に重点を置かなかった己の失態を責めるしかない。
島田は苦々しい表情で詳しい状況を話し始めた。
「まず近藤局長が銃撃を受け、続いて奴の芳介も撃たれ即死しました。局長を池月に任せ伏見へ走らせた後、自分は横倉、石井とともに迎撃しながらここに向かいましたが…途中で石井が撃たれました。はっきりと顔を見たのは阿部と内海です」
「…石井は死んだのか?」
「おそらく…」
「…」
同行した従者の半分が死んでいる…壮絶な出来事だったのだろう。
島田が眉間に皺を寄せながら目を伏せて「申し訳ありません」と謝ったが、土方は何も言えなかった。よくやったとも、なぜこんなことになったと責めることも、どちらも間違っている気がしたのだ。
見かねた伊庭が口を開いた。
「…俺なんかが口を挟むことではありませんが、近藤先生は銃撃を一度受けただけで逃げ延び、あなたも無事に生還しました。隊士は近藤先生を守って死に、最悪の結果は免れたと言える…そうですよね?」
伊庭は土方に言い聞かせる。感情が混乱するあまり冷静さを欠いた言葉で後々、自己嫌悪しないようにと彼なりに手を差し伸べたのだろう。
「ああ…そうだ。ご苦労だった…御陵衛士のことは他の隊士に任せて少し休め」
「はっ…!」
島田は謝罪するように深く頭を下げた。伊庭は「行きましょう」と土方に促し、近藤の後を追って奉行所の中に入った。



伊庭が出て行ったあと騒ぎがますます大きくなるので、総司は羽織に袖を通しながら部屋の外に出た。様子を窺っていると隊士たちがあたふたと慌て、声をかけるのも躊躇われるほど混乱していた。
(一体何が…?まさか薩長が攻めてきた…?)
しかしまだ万全ではない総司が顔を出すと余計邪魔になるだろうと躊躇われて、遠くから耳を澄ませると、
「撃たれた」
「医者を」
「山崎先生を」
「残党が」
隊士たちの言葉の端々が耳に入り、総司の悪い予感はさらに増す。すると「どけどけ!」と群がる隊士たちをかき分けて戸板を担いだ永倉と井上の姿が目に入った。
総司は(まさか)と目を凝らすと、
「…ッ!?近藤先生…!!」
戸板に乗っているのが血まみれの近藤だと気が付いた途端、躊躇なく駆けよった。そして苦痛に顔を歪めて目を閉じる近藤が横たわっている姿を見て愕然とした。
「先生!!先生!!何故、なぜこんなことに…?!」
「総司、落ち着け!」
「いやだ、先生…どうして…!!」
「総司!」
井上が子どものように縋る総司の腕を取って羽交い絞めにして無理やり戸板から引き離す。ようやく戸板に乗せられた近藤が寝床に下ろされて山崎が傷口を詳しく調べ始め、その隣で永倉は険しい顔で唇を噛んでいた。
総司は井上に詰め寄った。
「おじさん!何故近藤先生が撃たれるんです?!」
「知らねえよ!突然奉行所に池月に乗って駆け込んできて、もうこの状態だったんだ!」
井上は涙目で怒鳴る。だがそれ以上に総司は動揺と混乱を隠せなかった。
「じゃあ誰が!誰がこんなことを!」
「わからねぇよ、いま原田が隊士たちと一緒に追ってる!」
「…っ!」
憤りと怒り、悔しさと悲嘆…何もかもが混じり合い、名前のわからない涙が流れ続けた。そして胸が苦しくなって咳き込むと、その背中をいつの間にかそこにいた土方が支えた。
「ゲホッゲホッ…!…歳三さん…近藤先生が…!」
「…」
土方は何も言わず、総司の身体を摩る。当然、総司よりも先にこの状況を把握している彼もまた今までに見たことのないような痛ましい表情を浮かべている。まるで大切なものを不意に奪われてしまったような切ない顔…そんな彼の姿を見て、総司は己の昂った感情を誰にぶつけても答えは得られないのだと悟った。
土方は努めて冷静にふるまう。
「…山崎、どうだ?」
「はい。…血は止まりつつあり、命の危機は脱した思われます。けど、あくまで肩に弾丸が残ってるおかげです。弾丸は深い場所で留まり貫通せず、おそらく骨を砕いてる…」
「…砕く…って…」
命の危険はない、ただし弾丸は近藤の右肩を粉砕している。
(もう腕が動かせないということじゃ…)
総司は土方を見た。彼もまた同じことに気が付いたようで深いため息をついた。しかし山崎は「でも」と少しだけ微笑む。
「これは医学見習いの俺の考えであって、南部せんせや松本法眼やったら別の見立てをするはずです。止血だけしてこのまま目が覚めるのを待ちましょう。南部診療所へ人を遣ってますから」
山崎は緊迫した雰囲気を少し和まそうとしたのだが、試衛館食客たちの思い詰めた表情が晴れることはない。皆が近藤の姿を見つめ、ただ茫然とこれが夢か現かと問いかけ続けていた。
そんななか原田が帰還した。
「悪い、隊士に追わせたが…逃げられたみてぇだ」
「逃げ込んだ先はわかるか?」
「おそらく伏見の、薩摩藩邸だろう。近所の住人が裏口から慌てて入っていく数人の人影を見たそうだ」
「じゃあまさか薩摩が?!」
これが戦の狼煙なのかと勘違いした井上が驚くが、土方はすぐに「違う」と否定した。
「刺客は…御陵衛士だ。島田がはっきり顔を見ている」
「!」
その場にいた皆が唖然とした。
油小路事件以来、御所に近い薩摩藩邸に潜伏していると思われていた彼らがいつの間にか伏見薩摩藩邸に移動していた。そして彼らもまた小林から伏見に新撰組が布陣していることを知り、この襲撃計画を企てたのだろう。その事実は憤りと同じくらいの無力感をもたらした。
「敵討ちか。どうしようもねぇな…命が助かっただけ有難いぜ」
「…おい、どうしようもねぇとはどういう意味だ?」
原田は少し御陵衛士を擁護するようなことを呟き、井上が食って掛かる。
「奴らは敵で、若先生は襲撃された。それをどうしようもねえとはなんだ?」
「同じじゃねえか。俺たちが伊東を殺したのと、やり方がな。やられたから、やりかえしたんだろうよ。…その気持ちはわかる」
「…お前!なにがわかるってんだ!」
普段は温厚だが一度火が付いたら止められない井上が原田に掴みかかろうとしたので、永倉が「待て待て」と諫める。そこに山崎も加わり、
「まあまあまあ!とにかく局長には静かにお休みいただきたいんで、喧嘩は外にしましょ!さあさあ行きましょ!」
と皆を追い出して自らも出て行った。山崎が気を使ったのか、部屋に残ったのは土方と総司だけだった。
総司は土方の傍を離れふらふらと近藤の傍に腰を下ろした。そして怪我をしていない左手を握り、掌の土埃の汚れを優しく払いながら、
「先生…痛いですか…?」
と問いかけるが返事はない。鍛え抜かれた右肩に弾丸がある…そう思うとやりきれない思いが募った。
「…先生…私は、こんな時に…役立たずで……情けない…」
一度止まった涙がまた止めどなく流れ始め、やがて大粒の涙がぽとりと近藤の掌に落ちた。
(あれほど近藤先生の一番弟子を自負していたくせに…この体たらくなんて…)
どうせ死ぬのなら近藤の盾になりたいと思っていたのに。
自分を許せず、身体を震わせて泣く総司の隣に土方が腰を下ろした。
「…お前は自分を責めなくていい。全部、俺のせいだ…」
土方は総司の肩を抱き、悔しそうに唇を噛む。
(あなたのせいじゃない)
互いに同じ感情を分かち合いながら、今はただその感情に従い、回復を祈るしかない。
どうしてこんなことになったのか―――原田は『どうしようもない』と言ったが、その意味はわからないでもない。因果応報という言葉相応しく、伊東を惨殺したことへの憎しみがこんな形で戻ってきたのだ。
その時、総司の耳にリィン…という小さな鈴の音が響いた。
「…猫…」
「猫…?」
総司は周囲を見渡したが、あの猫の姿はなく、ただの耳鳴りか幻聴だったのだろう。
けれど総司は確信した。
あの猫は総司を救ったわけではない。いつも不吉の前兆のように総司の前に姿を現しては、消えていく。芹沢の時も、山南の時も、藤堂の時も―――そして今回の件も、同じだ。
(僕は…いつか、きっとあの猫を殺さなきゃいけない…)
忍び寄る死神を祓うように。









843


「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
内海は伏見奉行所からの追撃を逃れ、薩摩藩邸に戻った。銃を抱えて息切れしつつ周囲を伺うと同じように先に逃げた衛士たちが倒れ込むようにあちこちで休んでいた。
「内海さん…!」
藩邸で待機していた鈴木が水の入った桶を抱えて内海の元へ駆け寄った。
「…鈴木君、皆は…」
「阿部さんは怪我をしていますが皆、無事です!内海さんが戻られなかったのでどうしたのかと…」
「そうか…」
内海は鈴木の持っていた杓子で水を飲みながら体の火照りを冷まし、ひとまず誰一人死ななかったことに安堵した。
(大蔵君に叱られなくてすみそうだ…)
最低限の義務を果たした、と深い深呼吸をした内海とは対称的に鈴木はまだ表情が強張っていて、少し躊躇いながら尋ねた。
「それで…首尾は…」
「…阿部君が近藤の右肩を撃ち抜いた。もう一人を殺して…皆で追撃して、若い隊士を撃ち殺した」
「…」
内海にはすべてが一瞬の出来事のようだった。
阿部が見事に近藤を撃ち、足止めするために富山が馬を狙ったが不運にも中年の奴に当たった。新撰組隊士たちは事態に驚きながらも、島田は馬を走らせて近藤の逃亡を図ったので、篠原の合図で追うように皆が走り出した。
『近藤がまだ生きている!』
『やれ!やれー!!』
『走れー!!』
小林を殺されて一層憎しみが募っていた阿部は特に気を吐き、若い佐原と加納が続いた。
内海も走り出したが、しかし懸命に走ったところで馬の脚には到底追いつけないと察し
『貸せ!』
と富山が弾込めした銃を奪って走り、射程内ぎりぎりで近藤を狙った。しかし引き金を引いたと同時に不運にも若い隊士が走路を変えたため射程に入ってしまい、その弾丸は近藤には届かずその者を射抜いた。次の弾を込めている暇はない。
『くっ…』
内海の視界に伏見奉行所から兵が飛び出してくるのが見えた。近藤は逃げ延びることができた…その事実に落胆としながらも新撰組からの反撃から逃れるために
『退却!退却だ!』
と怒鳴って散り散りに伏見薩摩藩邸へ向かって急いだ……そんな話を聞き終えた鈴木はしばらく黙って俯いていた。喜怒哀楽のどれも表に出さずにただ静かに事実を受け止めているようだった。
「…弾は近藤の右肩に命中したはずだ。あれでは当分剣は持てず、戦場に出てくることはないだろう。しかし…君の期待する仇討ちにはならなかった…すまない」
内海は頭を下げた。せめて近藤を撃ち殺すことができたなら、待機を命じられた鈴木も納得しただろう。内海はやり遂げられなかったことを彼になら叱責されても仕方ないと覚悟した。
鈴木が何も言わずにいると
「おい、なんと言った?!」
と篠原の怒号が聞こえた。柔術を得意とし体格の良い篠原が阿部の胸ぐらを掴んでいたが、阿部は足を庇いつつ引かずに応戦する。
「追撃の合図が遅すぎたと言っている!そのせいで追いつくものも追いつかなかった!まさか新撰組に怖気付いてひよったのではなかろうな?!」
「なにぃ?貴様こそ、肩口などに当ておって!あれでは致命傷にもならぬ!」
「だったら富山に言ったらどうだ?!まともに馬にすら当たらず!」
二人の喧嘩が周囲を巻き込んでいく。現場にいた者たちは互いの失態を責め、待機していた者がどうにか止めようとするが、皆が思った成果をあげられなかったことを嘆いているように見えた。
内海は重たい身体を起こして仲裁に向かおうとしたが、その前に鈴木が
「やめましょう!」
と怒鳴った。その声は伊東のそれによく似ていて、皆がハッと我に返った。
「鈴木君…」
「兄上は…兄上は、斬られた時に素直に負けを認めたと思います。いつまでも自分の失敗を引きずるような人ではありません…だから、誰も責めずに逝ったはずです。…だから俺は、兄上の信じた同志の皆さんにも同じであってほしいです…!」
「…」
鈴木の凛とした眼差しを、伊東と重ねなかった者はいないだろう。篠原は阿部の胸ぐらから手を解き、熱くなっていた富山や加納も距離を取りただ脱力した。
内海は鈴木の肩を叩いて、「交代だ」と微笑んだ。
「…皆、今日を限りに御陵衛士を解散しよう。そもそも大蔵君が居なければ我々は成り立たず、向かうべき場所もわからない…船頭がいなくなった船なんだ」
内海の言葉に反論する者はいなかった。伊東の敵討を終えた今、御陵衛士としての役目がなくなったことを皆実感していた…だからこそ近藤を殺せなかったことを悔やんで言い争いになってしまったのだ。
若い佐原は少し青ざめて
「これからどうすれば…」 
と呟いたので、内海は続けた。
「実は既に薩摩から加入の誘いがあった。これから薩摩に加わっても良い、去っても構わない。新撰組を憎み続けても…そうでなくても、良いと思う」
どう転ぶかわからない世の中で彼らの未来を縛るつもりはない。進むのも引き返すのも、彼らの人生だろう。
すると内海の隣にいた鈴木は
「…俺は薩摩に加わります。今度こそ真っ向から新撰組と戦い決着をつける…それが兄上の供養になると信じます」
と断言した。
鈴木の迷いない言葉を耳にして、篠原は「戦場で会ったら今度こそ仕損じない」と強く鼓舞し、衛士たちの眼差しに次々と熱が入る。「俺も」「私もだ」…彼らが一人、また一人と立ち上がる姿を見て、内海は伊東を失って以来欠けていた何かが満たされていくような気がした。
(俺は…見届けないとならないな…)
本当は役目を終えてここを去るべきかと悩んだが、不器用で歪な形でも伊東がずっと身を案じ続けた弟がまだ戦うというのだから、最後まで付き合うべきだろう。たまに無鉄砲な所が良く似ていて、目が離せない。
(全て終わったら…君と春の日差しのような家に帰るよ)
内海は胸に手を当てて、懐にしまい込んだ文と彼の思いに誓ったのだった。



近藤が目を覚ましたのは夕刻だった。
夢うつつで一体何が起こったのか思い出す前に、右肩の痛みに唸った。
「かっちゃん」
「う…む、…歳…か…」
「ああ。痛むだろうがもう血は止まったから心配ない。…南部先生はそろそろ来られるだろう」
「そうか…」
近藤は今日起こった出来事を思い出しつつ、土方の隣に総司がいたことに気が付いた。総司は目を腫らして近藤の左手をぎゅっと握っていた。いつからそうしていたのか、真冬だというのに手汗をかいている。
「…なんだ…どうした、その顔は…」
「先生…」
「ハハ…まるで昔、姉さんが恋しいと泣いていた時みたいじゃないか…」
「痛みますか…?」
「…はは…痛くないと言ったところで信じないだろう…もちろん、痛いさ」
「…っ」
総司はまるで涙腺が壊れてしまったように、涙が止まらなかった。近藤は苦笑して
「歳…総司はどうしたんだ…」
と訊ねる。いつもの土方なら「もう泣くな」と総司を諌めるだろうと思ったが、幼馴染は項垂れて唇を噛むだけだ。
近藤は己の状況を二人の様子で察した。
(よほど心配をかけたようだ)
しかし近藤は何と言えば良いのかわからず、見慣れぬ天井を仰ぐ。
右肩は痛み、指先は痺れて動かない。処置はしてあるが血まみれで大怪我だったに違いない。それを見た幼馴染と愛弟子がどれほどの絶望を味わったのか考えると、
(…どうやら俺が落ち込んでいる場合ではないな)
と思い至る。
「歳」
「…なんだ?」
「俺は今まで…こんな怪我をしたことが無かったよな。…江戸でガキ大将やっていた頃も…」
「…そうだな、かっちゃんは打ち身ひとつ無かった」
「俺は強いからな。…だからこれが初めての怪我ってやつだ。この齢で初体験だぞ」
「先生…」
近藤は茶化しながら左手を慎重にゆっくりと動かし、総司の頬に触れた。
「…まったく…俺が死んだら、お前は泣いて後追いしそうだ」
「死ぬなんて…!そんなことを言わないでください…!」
総司はまた目頭が熱くなる。すると近藤はその大きな口で笑った。
「生きている。俺は強い。…だからもう泣くな。俺はお前を置いて死なない」
冗長に語るよりも短く断言する方が良い…近藤は二人のことをよく知っていた。
総司は「はい」「はい」と何度も頷いて涙を拭ったが、鼻の頭まで真っ赤に染まっている。近藤は(お勇のようだ)と思い吹き出して笑ったが、当然傷に触った。
「いてて…」
「かっちゃん、無理をするな」
「歳、お前もな…俺は御陵衛士のことは責める気にはなれぬ。だからお前もあまり気に病むな」
「…わかった」
土方は少し表情を緩めながら、詳しいことを語り始めた。近藤が伏見奉行所に駆け込んだ後に隊士たちが衛士を追ったが逃げられ、島田と横倉は無事だが石井と奴の芳介が死んだ。
「石井君は有望な隊士だった…芳介も良く働いたのに、可哀想なことになったな…丁重に弔ってくれ」
「ああ、わかった」
「…それから池月もな。総司、あの馬は名馬だぞ…褒美に上手い餌を食わせてやってくれ」
「はい。私も池月のお手柄だと思います」
総司はようやく柔らかく笑い、近藤は安堵した。しかし喋りすぎたせいか急に疲れた気がして
「すまん…少し、寝る」
と目を閉じた。
近藤がすぐに健やかな寝息を立て始めたのを見て、安堵するとともに総司は気が抜けて目眩がした。土方がすぐに肩を支えた。
「総司…もう大丈夫だから休め」
「…私もここで休んでいいですか?」
「他の者も出入りするから静かに休めないだろう」
「構いません…今は…離れたくないんです」
近藤は弱音を吐かず、逆に落胆する二人を励ましたが本音は現実に狼狽えているはずだ。
(右肩だなんて…もう思うように刀を持てなくなってしまうかもしれない…)
長く葛藤してようやく手放した総司には、近藤がこれからどれほど落胆するか想像ができる。
土方は少しため息をつきながらも理解して「わかった」と頷いた。









844


土方が部屋を出ると
「落ち着かれました?」
他の隊士に混じって様子を伺っていた伊庭が声をかけてきた。
「ああ…一度目を覚ましてまた眠った」
「そうですか…沖田さんは?」
「…離れたくないと言って残っている」
総司は傷を負った近藤の姿を見て誰よりも取り乱していた。ただでさえ醒ヶ井から移動して疲れているはずなので、土方はこれ以上総司の負担にはさせたくなかったのだが、
「沖田さんにとって兄のような、父のような存在でしょうから、思うようにさせてあげた方が良いでしょうね」
と伊庭が理解を示したので(そういうことだろう)と頷いた。突然のことに土方すら自分の気持ちが整理できず、うまく頭が働かないのだ。
するとちょうどそこへ南部診療所に向かってきた斉藤が戻ってきた。
「副長、戻りました」
「ああ…局長は今眠ったところだ」
「そうですか。…実は南部先生はすでに弟子とともに大坂へ向かわれたそうです。それで…」
斉藤はちらりと後ろへ目をやる。彼の後ろに隠れていたのは英だったが、頭巾を被りいつもと様子が違う。
「英か?」
土方が問うと、彼は斉藤の前に出てその頭巾を取った。
「お前…」
「…土方副長に話がある」
そこには剃髪した姿の英がいた。

「いやぁ、誰かと思えば英さんでしたか!でも髪を剃られても美貌は変わらずというか、むしろその顔立ちがはっきりわかって余計色めかしいですねぇ」
「…貴方は昔からよく喋るな…」
別の部屋に移動した四人のうち部外者のはずの伊庭が誰よりも流暢に話し、英は少し呆れていた。
かつて江戸にいた頃、薫と呼ばれ評判の陰間だった英は土方とともに伊庭と会ったもののあっさり袖にして、その後都で再会したが互いの邂逅に触れることはなかった。しかし今更他人のふりをするのも無意味だろうと、英はいっそ清々しい態度を取ったので伊庭も合わせて
「貴方こそお変わりありません」
と笑った。
英は「そんなことより」と視線を土方は向けた。
「さっき、斉藤さんも言っていたけれど南部先生は大坂へ向かった。会津藩医だから藩主に同行するのは当然だし、あちらには良順先生もいるからその手助けをするためだ。帰って来られるかどうかは、戦況次第…ここにいる人たちの方がよく知っているだろう」
「…それはその通りだが」
土方は困惑したが、英は構わず続けた。
「加也姉さんはまだこちらに残っているが、男だらけのこんな場所に女医を放り込むわけにはいかない。まあ本人はその気だったが、いくら男勝りの強気な性格でも女が出入りするのはそちらに気を遣わせるし憚られるだろう。だから、まだ半人前だけど俺が来た」
伊庭が
「…剃髪して?」
と口を挟むと、英は肩をすくめた。
「ああ…面倒だったんだ。男だとか女だとか詮索されるのは…だったらいっそこの顔を晒した方が楽だろうと思って」
英はあっさり語ったが、剃髪した分、彼の顔に残る火傷がよく目立つ。事情を知っている者は「そういうものだ」と受け入れるだろうが、初対面ならギョッと驚くだろう。
土方は「悪い」と謝った。英が色眼鏡で見られるのも、傷を晒して無遠慮な視線を浴びることになるのもすべて彼が新撰組と関わってしまうせいだ。
しかし英は
「謝ってほしいことなんて何もない」
とあっさり聞き流した。
「それで本題はここからだ。…頼みがある」
「頼み?」
「俺をここに置いてほしい。新撰組お抱えの医者として」
「…」
土方は素直に驚いた。何度も新撰組と関わりがあったとしても英からそんなことを申し出るとは思わなかったのだ。
お喋りだった伊庭が口を閉ざし、土方の表情を伺った。彼なりに新撰組の部外者である意識があるのだろう。英の隣にいた斉藤は何か言いたげだったが口を挟まないと決めているようで何も発しようとはしない。
土方は英に尋ねた。
「…お前はもう俺たちに関わりたくないと思っているんじゃないのか?」
「思ってたよ。勘弁してほしいって。でも…助けてもらった恩がある」
「十分恩は返しただろう。怪我人を助けてもらっているし、総司も世話になっている。恩だけでそこまでするか?…ここは戦場だ、死ぬかもしれないんだ」
「わかってるよ。もう何度も死んだようなものだから死ぬことは怖くはない。…だけどこれからどこへ行こうかと思った時、まだ恩を返し終えていないと思ったんだ。沖田さんのことも今更他の医者に任せたくない」
「…」
土方にはまだ躊躇いがあったが、英は両手をついて頭を下げた。
「…俺はまだ半人前で、良順先生や南部先生に比べればここで役立てるかわからないけれど…努力は怠らないと誓う。いざとなれば自分の身は自分で守るし、何があっても誰のせいにもしない。だからお願いします…ここに置いてください」
英は剃髪したことを『面倒だから』と説明したが、本当はわかりやすくその覚悟を示したかったのかもしれない、と土方は思った。
『もし私たちがここを離れることになりましたら、英をお頼りください』
『いまの英は人にも物にも執着しませんが、どんなに危険だとわかっていてもあなた方とのご縁だけは手放さないようです』
土方の脳裏に加也の言葉が過ぎる。彼女はこの展開を予測して遠回しに英のことを託していたのではないだろうか。むしろ英はずっと前からこうなる予感があったのではないか。土方はそんなことを思いながら、斉藤を見た。個人的に英と親しい斉藤は何やら複雑そうに眉間に皺を寄せていたが、土方には英の申し出を断る理由は見当たらない。山崎や山野は医学方を兼務しているが、多くの怪我人を抱えて人手不足であることは間違いなかったのだ。
「…わかった。総司の病はもちろんだが、近藤先生の怪我も…宜しく頼む」
「ありがとう。尽力する」
英は微笑む。晴々とした笑みを浮かべた彼は『英』の名に相応しい聡明さと火傷の跡さえも凌駕する美しさで力強く頷いたのだった。


近藤が再び目を覚ましたのは夜になってからだった。一、二本だけ灯った明かりは薄暗く部屋を照らしてぼんやりとしていたが、傷の痛みだけは起き抜けに鮮明に伝わる。
「…近藤先生?」
「総司か…?」
人の気配は感じていたが、隣で横になっているのが総司だとは思わなかった。
「…どうした、まだ…泣いているのか…?」
「もう枯れました」
「ふふ、そうか…枯れたのか…」
総司の言い分が面白くて思わず笑いが込み上げるが、それだけで体に痺れを感じた。総司は身体を起こして蝋燭の灯りを近くに寄せた。
「…先生、痛みますか?山崎さんを呼びましょうか?」
「いや…大丈夫だ。慣れてきた…」
痛みのやり過ごし方や痛まないように気を使うことはできる。顔を顰めた近藤を総司は心配そうに見つめていた。
「総司…お前も休め…」
「…先生がお休みになったらそうします」
「やれやれ…手を焼くな…」
近藤は苦笑する。まるで駄々をこねる子供のようだと思ったが、しかし実際のところ宗次郎だった頃にはこんなに素直に甘えることはなく、周囲の環境のせいか、すぐに大人びてしまったので記憶にはなく新鮮ではある。
ふと近藤は親しんだ香りが鼻を掠めたことに気がついた。
「…お孝が来ているのか…?」
「え?いいえ…お孝さんはお勇ちゃんとともにおみねさんのところへ身を寄せているはずです」
「はは…そうだよな。お勇を連れて、こんなところには来れない。…だが、そんな気がしてな…」
「あ、もしかしたら…」
総司は近藤の下半身に布団代わりに掛けていた孝の羽織を見せた。総司が奉行所へ逃げ込んだ時、彼女に借りたものだった。
「…ああ…それか。それは俺が深雪に贈ったものだ…お孝も気に入ってな…」
「そうだったんですか…でしたら、先生が私を守ってくださったんですね…」
総司は羽織に触れながら、今朝からの長い一日のことを思い起こして再び唇を噛んだ。その様子に気が付いて近藤は「ふふ」と微笑する。
「…なんだ、枯れたんじゃなかったのか…?」
「私は…先生に生かされてここにいるのに…先生をお守りできなかった。仕方ないとわかっていても、誰に励まされても、この後悔はずっと消えません」
「…俺は…お前に恩を感じている。醒ヶ井からお孝やお勇を助けてくれた…それで十分だ」
近藤は心からの感謝を伝えたのだが、強情な総司は「それだけでは」と己の無力さを嘆き続ける。そして深く息を吐いた後、ゆっくりと口を開いた。
「先生…もし、先生の腕が動かなくなって刀を持てなくなったら…私の腕を差し上げます」
「…総司…」
「だから、大丈夫です。先生は…今度こそ、私がお守りしますから」
どれだけ耐えても、悔しさと悲しさと憤りを含んだ涙が滲む。
総司が無力だった自分を責め続けて出した励ましの言葉が、どれだけ現実味がないかはわかっているはずだが、それでもそう願わざるを得ない。そうできるならどれだけ幸せかと考えてしまうのだ。
近藤は目を細め、左手を総司の手の甲に重ねた。
「馬鹿だな…お前の腕が無くなったら…お前が困るだろう。お前の労咳が治ったら…俺がもう一度最初から稽古をつけてやるんだからな…」
「先生…」
それは近藤の密かな願いだった。あの懐かしい試衛館に戻って、再び素振りから始める。そんな未来を思い描いている。
「だから…俺とお前、どっちが先に治るか…勝負だな…」
「…っ」
「もう泣いてはならない…これは命令だ。…さあ寝よう。ほら…もっとこっちに寄れ」
近藤が左手を伸ばして総司を引き寄せる。総司は少しだけ躊躇したが、言われるがままに近藤の隣に横になって添い寝するとずっと続いていた動悸が収まっていくような気がした。









845


翌日、英と山崎が改めて近藤の傷口を診察した。英は
「こういうのは山さんの方が得意だ」
と外傷については山崎の腕前を評価したが、二人とも見立ては同じだった。山崎は唸り、厳しい顔をした英が口を開く。
「肩の骨が砕けている。おまけに鉛の弾丸が肉に食い込んでいて取り出すのが難しいと思う」
「…俺もそう思う。切る、縫うなんて簡単な話やない。…松本法眼なら手だてがあるかもしれへん」
「うん、あのおっさんなら何かしら方法を知っているだろう。何よりも経験がある」
英は幕府御典医を『おっさん』と呼び捨てつつもその実力は当然誰よりも勝ることを知っている。英は血で染まった手を桶で洗い、山崎は出血を防ぐために強く縛る。痛みを堪えて診察を受けていた近藤は、
「こんなところに来ていただくわけにはいかない。松本法眼にご迷惑をかける…」
と言い張った。
「でしたら法眼の元へ参りましょう」
「…それもできぬ、ここを離れるなど」
「しかし早めに弾丸を取り除いた方が…」
「もう痛みには慣れた。上様からのご命令がない限り、ここを離れるつもりはない」
強情に言い張る近藤に英は呆れて、土方や総司は戸惑った。総司以上に師匠は強情で頑固なことをよく知っているからだ。
英は診療所から持参した痛み止めを飲ませ、今はひとまず静かに休むようにと人払いするように告げた。近藤を心配した食客たちはぞろぞろと部屋を退出して持ち場に戻るが、近藤が「歳、総司」と二人を呼び止めた。土方が英に視線を遣ると、
「少しだけなら」
と頷いたので部屋に残った。診察を終えて気が抜けたのか近藤は疲れ切っていた。
「どうした?隊のことなら心配するな、どうにか上手くやる」
「心配してないさ…それより、壬生にいる隊士たちのことだ…」
秘密裏に壬生の八木邸へ預けている負傷者たちは怪我が治り次第、伏見へ入ることになっている。
「なんだ?」
「…俺は怪我をして初めて分かった…怪我というのは痛い。血が流れると怯み…死ぬのではないかと恐れる。その気持ちはずっと残る。今まで俺は隊士が負傷してもまた治せば戦えると思っていたが…そう簡単にはいかぬ。…それにこの時世では…徳川に就くことを不安に思う者もいるだろう。脱走者も増えているんだろう…?」
「ああ…まあな…」
土方は苦い顔を浮かべた。幕臣へ出世し、将来に希望をもって入隊した隊士たちは突然の政変によって失望し、新撰組に見切りをつけて逃げ去っていく者が増えた。特にこの数日の混乱で脱走者が相次ぎ、忙しい監察方では手に負えず人数は減ってしまったのだ。
「怪我をして気力を喪った者や、脱走する者はもう戦力にはならぬ。…負傷者は解放して、志ある者だけ奉行所へ来るように…指示してくれ。決して罰しはしない…」
「…いいのか?ますます減ることになる」
「いいさ…徳川の兵は敵より勝る。だから、勇敢で信じられる者だけ残れば、いい…」
局を脱するを許さず―――法度を定めてからずっとこの言葉に縛られてきた。山南を含め脱走を図って殺された者は、敵の数よりも多いだろう。安易にそれを許していいのか…土方は迷い、返答ができなかったが、
「もう、時世が変わったんだよ」
と近藤が諭した。
絶対的な存在感を示す幕府のもとで使命を全うすることが国のためだと、忠義だと信じて来た。けれど今や幕府は無く、日和見を続ける徳川を見限る藩が多いなかで誰もが岐路に立っている。近藤は怪我を負ったことで無力な自分の立場を思い知ったのだ。
土方は隣にいた総司を見ると、彼も頷いた。
「…近藤先生がおっしゃることが現実的だと思います。それにいま、監察方は脱走者を追うよりも別の任務に注力させるべきじゃないですか?」
「お、ちゃんと理解しているじゃないか…」
近藤に褒められ、総司は嬉しそうに笑った。一晩、近藤とともに過ごしたおかげで総司も随分と落ち着き、目を腫らしていても嘆くことはなくなっていた。
土方は「わかった」と了承した。
「ひとまず壬生の負傷者にはそう伝える」
「あ、小姓たちはどうなりますか?」
「…壬生に置いておくわけにはいかないから、ここに呼ぶことになるだろうな。江戸へ帰れといっても帰らないような連中ばかりだ」
土方はあまり気が進まないようだったが、総司は
「きっと騒がしくなりますね」
と喜んだのだった。


近藤が再び穏やかな寝息を立て始めたので土方は総司とともに部屋を出た。
「体調はどうだ?」
「私は平気です。なんだか近藤先生のお怪我でそれどころじゃなくて…でも先生を励ますつもりが、かえって先生に慰められてしまいました」
重傷の怪我に参っているはずの近藤だが、自己嫌悪ばかりしていた総司に優しく寄り添い続けた。
傍から見れば近藤は怪我を受け入れているように見えるだろう。しかし幼少から近藤のことを知っている土方には、
「…たぶん、お前を励ますことで自分を鼓舞して、気持ちを誤魔化しているんだろう」
強く気丈に振舞うことで自分に言い聞かせているのだ。『平気だ』『何でもない』『これくらい…』…だがその気持ちは現実と向き合うことでやがていつか折れてしまうはずだ。せわしない戦場にいては自分の感情に浸ることができないのだろう。
「近藤先生に必要なのはゆっくり休んで怪我と己の本心と向き合うことだ」
「…松本先生の元へお連れした方が良いのではないですか?」
「ああ…だが今は意固地になっている。良いきっかけがあればいいが…」
「…」
二人は奉行所を出てたあと総司の希望で厩へ向かった。厩ではいつもより丁寧に毛並みが整えられた池月がいて総司を見るや、「ふん!」と鼻を鳴らしてその場で足踏みした。総司は近づくとさらに興奮していたので、総司は池月の鼻梁を撫でた。
「池月…ありがとう。近藤先生を助けてくれた…君はとんでもない名馬だよ」
池月は頷くように首を振り、しっぽを振る。誰にも懐かず扱いの難しい暴れ馬だったが、今やすっかり局長を助けた英雄だ。
(僕の代わりに役割を果たしてくれた)
言葉はわからなくとも、心は通ったような気がして総司は顔を寄せて感謝を伝える。土方はその様子を少し離れた場所で眺めながら穏やかに笑っていたが、
「こちらでしたか!」
と山野が慌てた様子でやって来た。
「どうした?」
「大坂城より使者が…上様の遣いだそうです」
「上様だと?」
雲の上の漠然とした存在…上様という響きに現実味がないが、土方と総司は顔を見合わせながら山野とともに奉行所に戻ったところ、戦場には似つかわしくない土埃一つない仕立ての良い衣服に身を包んだそれらしい使者がいて、
「上様より新撰組局長、近藤殿への見舞いの品です」
と上等な寝具を置いて去っていった。品書によると上様が愛用されている寝具と同じものだそうだ。
「…近藤先生のことを気にかけていただいているのは大変有難いですし先生もお喜びになられるでしょうが…これはどういう意味でしょうか?」
「おそらく大坂へ来いという意味だろう。近くで静養しろと…もしかしたら松本法眼がそのように上様へ進言したのかもしれない」
新撰組局長が狙撃されたことはとっくに大坂に伝わっていて、懇意の松本なら怪我をした近藤が意固地に戦場に残りたがると察したのかもしれない。そして近藤が上様の言葉ならば従わざるを得ないだろうとわかっていたはずだ。
「じゃあこれが土方さんがさっき話していた『きっかけ』にはなりそうですね。よかった」
「…ああ、そうだな…」
土方は曖昧に返答しながら複雑そうに顔を顰めた。戦場を離れて静養すべきだとわかっていても、近藤の代わりに戦場に立たなければならない責任をこれから土方が負うことになるのだ。
「…伊庭君が言っていました。朝廷では徳川と戦をするという機運は下がりつつあると…でしたら、大事にならないのではありませんか?」
「……」
土方は何も言わずに、ただじっと上様から贈られた寝具を見ていた。そして長く息を吐いた後、
「総司…どこか行きたい場所はないか?」
と思わぬことを言い出したのだった。














846


総司は縁側に腰かけながら、陽が落ちていく別宅の庭を眺めていた。冬の木枯らしに晒された庭は寂しく見えるが、春を待ちわびて眠り続けているだけだということをここで長く過ごしてきた総司は良く知っている。しかし草花が春の兆しに気が付いて目覚めた時、総司はもういないのかもしれない…そう思うとやはり寂しくはあった。
「庭はおみねさんが手入れしてくださっているんですか?」
「いや…ここには近づかないように伝えている」
朝廷と徳川が対立し、いつ戦になってもおかしくない状況のなか、新撰組副長の別宅に出入りするのには身の危険がある。総司は土方がみねを慮っていることに安堵した。
「…じゃあきっと思ったほど時間が経っていないんですね。あまり枯葉が落ちてないですし…」
どんなに目まぐるしく状況が変わっても、変わらない光景。―――それが無性に愛おしく全て目に焼き付けておきたいと思った。隣で胡坐をかく土方も同じだったのか、しばらく黙って庭を眺めていた。
ーーーどこか行きたい場所はないのか?
土方の質問の意図が分からなかったが、総司の脳裏にまず浮かんだのはお誂向きの眺望や静かな鴨川のほとり、雅な古寺ではなく、この別宅だった。土方が亡き君菊のために用意し、その後は幾度となく二人だけで過ごしてきた思い出深い場所…ここにもう一度帰りたいと思ったのだ。
「…伏見を離れて良いんですか?」
「ああ。近藤先生に了承を貰った…明日の出立までには帰ると伝えている」
「そうですか…」
あれから、近藤は頑なに伏見を離れないと言っていたが上様からの見舞いの品を受け取ると
『仕方ない』
と大坂行きを了承した。戦場の指揮を取れない悔しさよりも上様の命令とあれば是が非でも了承せざるを得ないのだ。英と山崎は安堵していたが、土方は近藤の決断に安心するような、これから先を憂うような深い息を吐いた。しかし表情には出さず、
『しっかり治してこい』
と励まし、近藤は断腸の思いではあったが頷いた。
『新撰組のことは歳に任せるよ』
『ああ…心配するな』
鉛の弾丸を取り除くなら早い方が良いだろう、と近藤の気が変わらないうちに明日早々に出立することになったのだった。
「出立の件はお孝さんやお勇ちゃんには伝えたんですか?」
「ああ、源さんに頼んだ。明日には見送りに来るだろう」
「それが良いですね…」
怪我のせいで部下だけでなく、妻子とも離れ離れにならなければならない…表に出すことはなくとも近藤の胸の内には悔しさと寂しさでいっぱいだろう。
総司が再び庭へ視線を遣るとちょうど庭の枯れ木に小鳥が止まった。細い枝の上でくちばしをツンツンと上下に動かして揺らす愛らしい姿を見せた…それはきっと短い時間だったのだが、とても長く感じたのは土方が重く口を閉ざしているからだ。
「それにしても英さんには驚きました。まさか髪を剃って来てくれるなんて」
「…ああ、思い切ったことをしたものだ」
「どんな髪型でもお似合いでしたけど…火傷が目立ってしまって、良かったんでしょうか?」
「さあな…英がそれで良いと思っているなら、俺たちが口出すことではないだろう」
「そうですね…」
小鳥が飛び立ち姿が見えなくなって、途切れ途切れの話題も尽きたので、総司は意を決した。
「何か…話があったんですか?」
総司の問いかけに対して、土方は「ああ…」と歯切れ悪く短く返事をしただけでまた黙り込んだ。
近藤が怪我を負ってから土方は無言で考え込む時間が増えていて、総司は別宅に来てようやく打ち明けてくれるのだろうと思ったのだ。しかし土方は難しい顔をして押し黙ったままだ。
「…あ」
総司ははらはらと舞う雪に気が付いて細雪に手を伸ばすと、手に触れただけで消えてしまった。この雪は積もらずに地面に溶けてしまうのだろう。
(まるでなにもなかったように…)
そんなことを考えていると、土方がようやく重たい口を開いた。
「総司…お前も近藤先生と一緒に大坂へ行った方が良い」
「…」
「もし戦になれば伏見は主戦場になる。そんな場所にお前を置いていけない」
総司はゆっくりと空に伸ばしていた手を膝元へ降ろした。心のどこかでいつか彼がそう言い出すのではないかと分かっていた…だから、どう答えようかとずっと考えていた。
「…歳三さん、前に聞きましたよね?瀕死の私を置いて、戦場に行けと、戦えと言えるかって…」
「ああ…」
「山野君には偉そうにそうすべきだと伝えましたけど…歳三さんには同じことを言える自信がなかった。きっとどんなに苦しくて痛みを伴っても、最期まで貴方といたいと思ってしまうだろうと…」
総司は雪に触れていた指先を、土方のそれに重ねた。彼の指先は氷のように冷え切っていた。
「…私たちは近藤先生と離れ離れになってしまうお孝さんやお勇ちゃんとは違います。私が死ぬかもしれない、でも歳三さんだって死ぬかもしれない。…そんな気持ちのまま貴方と離れるなんてできません…気が狂いそうです」
雪のように儚くは消えないとわかっていても、もう触れられないのだとしたら消えてしまうのと同じだ。明日には何もなくなってしまうなんて考えられなかった。
しかし土方は首を横に振った。
「できなくても…そうすべきだと、お前だって本当はわかっているだろう?」
「わかっていても…!」
わかっていても、受け入れられないことはある。頭では理解しても心が拒む…ままならない身体ではそんなことばかりだ。
総司は土方の手を強く握った。
「どうか伏見に置いてください。戦になれば刀や銃で戦います。それで死んだら…死ねたなら、本望です」
「…悪い事ばかり考えるな。俺はお前を死なせるために伏見に残すつもりはない。お前に生き延びてほしいから、大坂へ行けと言っているんだ」
「嫌です!」
どうしても頷けず、総司は拒む。すると土方は縋るように見つめる総司の髪を愛おしむようにゆっくりと撫でた。
「…お前は日に日に子供のようになる。昔はもっと聞き分けが良かっただろう」
「あと少しだけでいいんです。もう少しだけでいいから…一緒にいてください」
「…」
髪に触れていた土方の指先が輪郭をゆっくり辿り、そのまま顎先を捉えて口づけた。温かで高揚するはずのそれが今はなぜか苦しく感じ、土方は唇が離れた途端、「駄目だ」と告げた。
「歳三さん…」
「お前は近藤先生と一緒に静かな場所で療養するべきだ。心配するな…絶対にまた会える。俺もお前も死なない」
力強く言い切る土方に対し、総司はあふれ出るように本音を零した。
「…絶対…なんて、あるはずない…」
近藤が撃たれて涙腺が壊れてしまったように、総司の目尻に大粒の涙が浮かんだ。そして感情が昂って土方の両襟を引き寄せて強く掴んだ。
「絶対なんて、誰にもわからないことです。近藤先生が襲撃されるなんて誰も考えられなかったのに起こってしまった…!絶対、先生に何かあるわけがないってみんな思っていたのに…絶対なんて信じられない。だったらそんなまやかしなんて必要ない!」
「…ああ、そうだ。絶対とは簡単に口に出せない。『絶対』なんて俺の嫌いな言葉だ」
「だったらなんでそんなことを…!」
どうしてそんな出まかせの言葉で誤魔化すのかと、総司は強く糺す。すると土方は少し微笑んで答えた。
「曖昧で、根拠もなくて、不確かで…とても無責任な言葉だと俺も思っている。お前の言う通りこの世の中には絶対なんてない。だからもし唯一…絶対だと言えるものがあるとしたら、俺の気持ちだけだ」
「気持ち…」
「何があっても揺らがない…絶対に変わらないと思うのはお前を愛おしく思っている気持ちだ。だから絶対の意味はこの気持ちのことなんだ。…明日で最後だなんて思わないし、もう会えないとは考えられない。絶対に…思わない」
「…!」
「絶対なんて、お前以外には言わない」
総司は目を見開いた。たった一つの言葉で揺らいだ自分の傷だらけの心が、土方の率直で迷いのない思いによって掬い上げられたようだった。
(そうだ…僕は何を不安に思っていたのだろう…)
明日をも知れぬのは昔からだ。壬生浪士組だったころからずっと…命の危険なんて考えることもなく当たり前のように死を覚悟をして過ごしてきた。それなのに前線を引き、庇護される立場になって目の前にある確かなもののばかりを求めってしまっていた。それは『死』というものに向き合い続けたせいだろうか。
(僕だってずっと『絶対』だと信じていたい)
貴方が約束を違えることがないと信じているのに、それでも離れることを恐れてしまう…いつの間にそんな弱虫になってしまったのだろうか。
二人の間を冷たい風が通り過ぎた。もう雪は止んでまるで幻だったかのように、その姿はどこにもない。でもどこかにあることは知っている。
総司は強く引き寄せていた土方の襟を離して、かわりに少しかじかんだ指先を彼の背中に回して身を任せた。そして彼の胸に耳を当てて鼓動を聞きながら目を閉じ、しばらくその規則的で慣れた音に耳を澄ませた。
「…歳三さんの絶対が…ここにあるんですか?」
「ああ…」
「だったら、もっと教えてください」
総司は中腰になって体重を掛け、土方を押し倒した。そしてその硬い鎖骨に手を当てて這わせる。
「…歳三さん、したいです」
「ああ…俺にも教えてくれ」
土方は総司の後ろ髪に手を伸ばして引き寄せて、口づけた。それは先ほどとは違う、優しく穏やかなものだった。

漠然と、これが最後なのだろうと思った。
日に日に身体が病魔に侵されていく総司と、明日にも戦が起こる場所で指揮を執る土方は奇跡でも起こらない限り、もうこうして二人きりで何もかも一緒に溶けてしまうような愛しい繋がりを得ることはできないのではないか。
(温かくて、苦しくて…満たされるのに、こんなに辛い…)
総司は何度も土方の背中に手をまわした。離れていかないで、置いていかないで、終わりにしないでほしいと必死に手を伸ばす。そして総司は荒い息を繰り返しながら指先を彼の体躯に這わせた。背中、腕、腰…首筋、輪郭、
「…どうした?」
「なんでも…ない」
(全部、覚えていたい。忘れたくない)
息遣いや体温までこの身体にすべて覚えさせてほしい。離れ離れになって苦しいくらい思い出せるようにしてほしい。痛みや苦しささえも、きっと後から惜しくなるのだから。
「あ…あ…」
「…苦しいか?」
「違う…もっと、…やめないで」
陽が落ちて明かりは一つしかないぼんやりとした淡い部屋で、何度も何度も抱き合った。どうしようもない諦め難さと虚しさを埋めるために総司はどんなに辛くとも続けるように懇願する。
するとそんな様子を見かねた土方は総司を仰向けに押し倒し、一呼吸を置いた。
「歳三さん…?」
「…明日渡すつもりだったが…」
土方は枕元に手を伸ばし、脱ぎ捨てた着物の袂から小さな可愛らしい香箱を取り出した。ぼんやりその様子を見ていた総司に「開けてみろ」と渡したので開けてみると、ころんと丸い小さな銀製の円環が入っていた。総司はそれを摘み上げた。
「これ…なんですか?」
「…知らないのか?吉原で流行っていた」
「…知りません」
こんな時に昔の武勇伝など聞きたくはない。総司が口を窄ませると、土方は「拗ねるな」と笑いながら総司の右手を取って、小指に嵌めた。
「指環だ。遊女が男へ心中立てをするときに、指を斬り落とすかわりにこれを嵌めていた」
「…あの…それって、どういう意味ですか…?」
総司は右手の小指にぴったりはまったそれを眺めながら訊ねると、土方は総司の耳元に顔を寄せて
「お前が好きだ」
と囁いた。その瞬間、総司の強張っていた気持ちがふっと緩んだ。
「…歳三さん…」
「だからこれは俺がお前のもので、お前が俺のものである証しだ。…俺はずっと、こんなもの必要ないと思っていた。形にしなくても互いのことはわかると。だが…離れざるを得ないときにこれがお前の拠り所になるのなら、悪くないだろうと思ったんだ」
土方は少し赤らんだ総司の頬を撫でた。
「だから、そんなに哀しそうにするな。…たとえこれが最後だとしても、哀しい夜にはしたくない。お前を哀しませるためにここに来たんじゃない、お前を幸せにしたいから抱いているんだ」
「…っ」
総司は悲観的になってこれからの孤独を癒す糧を苦しさのなかから得ようとしていたけれど、土方はそうではなく幸福な気持ちを刻もうとしていたのだ。他の誰にも見せない彼の穏やかで優しい慈しむような眼差しが、凍てついた心に沁み込んでいくようだった。
(僕はいつも貴方に教えてもらう)
総司は土方の首に手をまわした。
「私も…貴方を愛おしく思っています」
「知ってる…」
二人は再び没頭するように互いの肌を求め、重ね、想いを伝え続けた。
(ああ…なんだか、わかったような気がする…)
何の混じりけもなく、疑いようもない、積み重なった思いの果てにあるのが絶対に揺らがない想いだ。だから言葉なんていらない。こうして抱きしめあえばその思いは、意味は、十分に伝わってくる。
(僕たちは絶対だと…もうとっくに知っていた)
ここにある気持ちが、絶対の意味だった。
だから今まで一緒に生きてきたんだ―――。


まだ夜が明けきらない頃。
微睡みのなかで目を覚ました総司は隣に土方がいないことに気が付いた。しかし人の気配はあって庭からはパチパチと小さな音が聞こえ、橙色の炎が見えた。
総司は適当な羽織に身を包んでゆっくりと障子を開けると、土方が縁側に座って焚き火をしていた。
「…歳三さん」
「ああ…起こしたか?」
「いえ、何をしているんですか?」
「早く起きたからな…色々、ここにある物を燃やしている。誰かの手に渡ると不都合だからな」
「へえ…」
土方は山のような文を次々と炎のなかに投げ捨てていく。この数年、新撰組の裏稼業を担ってきた土方の別宅には外部の人間だけでなく身内にすら見られては不都合なことがたくさんあったのだろう。それを自らの手で処分していく…総司には土方なりに今までの始末をつけているように見えた。
「隣に座っても良いですか?」
「外は寒いぞ」
「焚き火の前なら平気です。熱いくらいですよ」
総司は土方の隣に座り、彼が焚き火のなかに文や書類、不要な書物さえ投げ入れていくのを見ていた。炎が勢いよくあっという間に焼き尽くしてしまうのがなんだか物淋しい気がしたが、ここに残していては土方の足を引っ張ることになるのなら仕方ないだろう。
総司は右手の小指に嵌った指環を見た。昨晩の薄暗闇ではわからなかったが、平打状の指環は何の意匠のないシンプルなもので、やけに光を吸収して輝いて見えた。
「こんなもの、いつ用意したんですか?」
「…忘れた」
「歳三さんって人を口説くときは贈り物をしているんですか?」
「そんな面倒なことしたことがない。物には魂が宿る…その時限りの女にそんなものを渡して勘違いされたら厄介だろう」
「ふうん…」
土方は過去の色恋沙汰に触れられて居心地悪そうに答えたが、総司はそんな『面倒』なことを自分には与えてくれる特別さに少し喜びを感じた。
「大切にします」
「…無くすなよ」
「無くしませんよ。…でも私から何のお返しもできてないですよね。歳三さんは何か欲しいものはないんですか?」
土方は焚き火に書物を投げ入れながら少し考えた後、
「ない」
とあっさり答えてしまった。
「そんな。もうちょっと考えてください」
「もう欲しいものは手に入れた。…意固地で手がかかる上に、面倒で厄介な贈り物をしてまでな」
「…なんだか昨晩から恥ずかしい事ばかり言いますよね…」
今度は総司が居心地悪くなってしまい、まだつけ慣れない指環を弄りながら目を逸らした。その様子を見て土方は満足そうに笑う。
(幸せだな…)
昨晩までは考えられなかった。近藤の狙撃を知って与えられる幸福よりもその後の虚しさのことばかり考え、悲観し、目の前のものに目が向けられなくなっていた。
きっと土方にも葛藤があっただろう。それでも大坂へ行けと言ったのはそれが目の前でできる最善の方法だと思ったからだ。先々のことを悲観して目の前の幸福に目を向けられなくなるのは、限られた時間しかない二人にとって無意味なことだったのだから。
総司はめらめらと燃える書物を眺めながら、不意に切り出した。
「…歳三さん、一つお願いがあるんですけど」
「なんだ?」
「歳三さんの発句集、大坂へ持っていってもいいですか?」
土方は手を止めた。そして心底嫌そうな顔をして「なぜ」と総司を軽く睨んだ。
「だって豊玉先生の発句集を読めば、私も近藤先生もきっと元気になれるでしょうし、歳三さんのことを身近に感じられるかも」
「…嫌だ。そんなことなら、今燃やしたいくらいだ」
「えぇ?別に揶揄っているわけじゃないのに。私あれ、好きなんですよ…なんだっけ、『さしむかう…』」
その次が出て来ず総司が唸ると、土方は眉間に皺を寄せた。
「…好きだというわりには覚えていないな。『さしむかう 心は清き 水鏡』」
「ああ、それです!なんだか近藤先生と歳三さんの絆のようなものが感じられていいなぁと…」
「…ふっ」
総司の言葉に、土方は少し頬を緩めて鼻を鳴らした。
「あれ?違うんですか?」
「さあな。今度教えてやる」
「…絶対、ですよ」
「ああ」
土方は微笑みながら頷いた。
明け方の靄のかかったような灯りのなか、彼の端正な輪郭が照らされている。総司は身を預けるように身体を寄せて、燃え上がる焚き火とゆっくり、しかし確かに明けていく一日の始まりを見つめ続けた。忘れじの想いを抱えながら。
















847


翌朝。
幾分が痛みが和らいだ近藤は寝床から体を起こした。大坂への出立を控え、山崎と英が腕を添え木で固定して吊って傷口が開かないように包帯を巻いていると、別宅から戻った土方と総司が顔を出した。そして土方が一緒に総司がともに大坂へ向かうことを告げると、近藤は少し安堵した表情を浮かべたものの、
「本当に良いのか?」
と総司に訊ねた。
「はい。是非、先生のお供をさせてください」
「…まあ、確かにここでは気が休まらぬし、松本法眼も大坂にいらっしゃる。お前にとっても良い環境だろうが…」
「心配はありません。きっと…少しの間のことですから」
総司は希望を含めて頷いた。一晩かけて自分を納得させ、これも任務の一環だと思えばむしろ近藤を近くで守ることができる良い機会なのだと己に言い聞かせた。もちろん淋しさは拭えないが、ここにいてはいざという時に皆の足を引っ張ることはわかっていたのだ。
近藤は(いいのか?)と今度は幼馴染に視線を向けた。
「戦になるかどうかわからないが、きっとすぐに会えるだろう。…俺は心配はしていない」
「そうか…なら、お前たちの言う通りにしよう。それに話し相手ができるのは有難いことだな」
「私で相手になるのかわかりませんが」
「なに、怪我人の身で難しい話はしないさ」
近藤はハハッと笑うと、傷口に響いたらしく「いてて」と身を捩った。英が呆れながら強く包帯を締め、傍らにいた山崎は苦笑する。
そうすると相馬がやって来た。
「失礼いたします。…局長、奥様がいらっしゃいました」
「お孝が…!すぐに通してくれ」
近藤は目が輝く。大坂へ向かう前に一目会いたいだろうと呼び寄せていたが、出立に間に合ったのだ。土方は総司とともに部屋を出て彼女たちを迎え入れる。孝は伏見の物物しい雰囲気に呑まれることなく凛とした表情で周囲に挨拶し、すやすやと眠るお勇とともに近藤の元へ向かっていった。
「お邪魔してはいけませんね」
「ああ」
英と山崎も部屋から退散し、ひと時の団欒となる。あの気の強い孝がしくしく泣く声が微かに漏れ、鬼瓦のような近藤を怖がっていたお勇が今日だけは嬉しそうにはしゃぐ声が聞こえて来た。
「土方様、沖田様」
様子を窺っていた土方と総司に声をかけてきたのはみねだった。孝たちは謎の警告文により醒ヶ井から離れ、みねのもとに身を寄せていた。
「…おみねさん、こんなところまで御足労を頂いて申し訳ありません」
「いいえ。何事か思いましたけど、お孝様やお勇様がご無事で何よりでございました。…あのあと、ご近所さんに話を聞いたところ、怪しげな浪人たちが醒ヶ井のお宅で屯しとったそうどす。間一髪やったと」
「そうでしたか…」
総司が土方に視線を向けると彼は「御陵衛士だろうな」と呟いた。偶然同じタイミングで別の組織が動いていたと考えるより、彼らが妾宅の襲撃に失敗し、そのあと墨染で近藤を狙ったのだと考えるのが普通だろう。だとすればあの警告文は一体だれが投げ入れたのだろう。
(…もう考えても答えはわからない)
みねは「あの」と二人に深々と頭を下げた。
「お別れのご挨拶を。…もううちも婆はんどす、もし戦になったら再びお会いできるかわからしまへん。お孝さまとお勇さまはうちの力及ぶ限りお守りいたします。…土方せんせ、こないな婆をお雇い頂き、孫と巡り合うご縁を頂いたこと生涯忘れしまへん。沖田せんせ…どうか身体をご自愛ください。遠うから、ご快癒を願うてます」
「…おみねさん…」
総司はまだ今生の別れじゃないと笑うこともできたが、みねの言葉は万感の思いが込められていて、総司も本音では戦となればもうみねに会うことはないのかもしないという思いが過っていた。総司はみねの肩に手を伸ばして「顔を上げてください」と頼んだ。
「お礼を言うのは私たちの方です。ずっと長い間お世話をして、私たちを優しく見守ってくださって…あの場所を、帰る場所を守っていてくれたことがどれほど心強かったか。…今までありがとうございました」
「沖田せんせ…」
別れの悲しみと感涙がみねの目に滲む。そして土方は傍らからずっしりと重い巾着を渡した。
「…これは今までの礼だ」
「こんなに…」
「いや、これでは足りないくらいだ。…これからも近藤の家族を頼みたい」
「へえ…必ず」
みねは涙を拭って表情を引き締める。すると近藤の部屋からお勇の大きな泣き声が聞こえて来たので、もう一度頭を下げた後「あらあら」とそのまま部屋に向かっていった。

醒ヶ井から逃れてたった二日後に再び伏見を離れることになるとは思わなかった。それは山野も同じだったようで、
「沖田先生!どうして僕を大坂へお連れ下さらないのですか?!」
「山野君…」
泣いているのか怒っているのか、とにかく顔を真っ赤にした山野が大坂行きの支度を整える総司に詰め寄った。
「僕は…っ、僕は自分でちゃんと納得して、先生のために醒ヶ井に残りたいと思ったんです!だからこれから先もご一緒するつもりだったのに、どうして今更一番隊に戻れなんて…!」
「…勝手ですよねぇ」
「勝手です!」
遠慮なく責める山野に、総司は穏やかに笑って言い聞かせる。
「大坂へ着けば、松本先生のお世話になるだろうし、君はきっと手持無沙汰になってしまうでしょう?」
「…僕だってお手伝いします。それとも僕は不要ですか?」
「違いますよ。でも山野君は『お手伝い』に甘んじて良い隊士ではありません。気が利いて俊敏で剣の腕もある…私の自慢の一番隊の隊士です。だったら大坂ではなく伏見で君の力をいかんなく発揮してください。戦場の人員は多いに越したことはありませんからね」
「でも…」
山野はまだ納得していないようだったので、総司は続けた。
「本当は伏見に残りたいでしょう?島田さんと一緒に」
「…それは…」
「今回の件で島田さんも自分を責めていると思います。…私は君はここにいるべきだと思いますよ」
「…」
山野は目を伏せて黙り込んでしまった。自分の本音がいったいどれなのか…迷っているのかもしれない。けれど総司は山野の肩を軽く叩いた。
「また会えますから、ね?」
「…本当ですか?」
「本当です。だから仰々しいお別れは必要ないですからね」
総司が即答すると、山野は自分の袖でゴシゴシと目元を拭い、深々と頭を下げた。
「わかりました。…先生のおっしゃる通りにします」
「…うん。山野君、頼んだからね」
「はい!」
顔を上げた山野はもう涙ぐんではいない。葛藤を抱えながらも前を向いて歩きだす姿は頼もしく見えた。
それから少し経って、総司が荷物をまとめ風呂敷を結んでいると俄かに外が賑やかになった。聞き覚えのある声がちらほら聞こえて部屋を出たところ、壬生から伏見へやって来た隊士と小姓たちが迎えられている光景が目に入った。
「あっ!沖田先生!」
「いたいた!」
銀之助と泰助がこちらに気が付いて、鉄之助とともに駆けてきた。不動堂村で別れて数日しか経っていないはずだが、彼らの若々しさと明るさはこの戦場では場違いなほど眩しい。
「三人とも…ちゃんと稽古は続けましたか?」
「言われた通り素振りと走り込み!ちゃんとやったぜ!」
泰助の口ぶりを銀之助は「こら」と責め、鉄之助は無関心な顔をして口を閉ざず…相変わらずの様子に総司の表情は自然と綻んだ。
「この伏見でもちゃんと続けるんですよ」
「勿論です。小姓としての役目も果たしますが…」
「俺たちは兵士として来たんです。ちゃんと一人前として扱ってもらえるように努力します」
銀之助の言葉を遮って、鉄之助が強い眼差しで総司を見る。お調子者の泰助と、礼儀正しい銀之助、そして強くあろうとする鉄之助…若き三羽烏は誰よりも勇んでこの伏見にやって来たようだ。
総司は一人一人の顔を見た。入隊した時より精悍な顔つきとなった彼らは一体この先どんな道を辿るのだろうか。傍にいて見守って、時に口出しをしながら支えてやりたいと思うけれど、現実的ではない。
「…君たちはまだ半人前です。いくら修練を積んでも実戦に勝るものはありませんから。…もし戦になっても前へ出て死に急ぐような真似をしてはなりませんよ」
総司は特に鉄之助に言い聞かせた。若さゆえの頑なさのせいで命を落としては勿体無いと思ったのだ。しかし彼は年相応に少しだけ口を窄ませて「俺だって戦えるのに」と不満そうに呟いたので、総司は
「戦えるのは誰だって戦えます。でも死んだら意味がない。戦場で役立てるかどうかの問題ですよ」
「…」
「…じゃあ、私がまた君たち三人揃った姿を見たいから、必ず生き延びてください。これも約束ですよ」
総司が小指を差し出すと、泰助は飛びついて同じように小指を結び、銀之助も遠慮がちに続いた。そして鉄之助は再び総司を見据えた。
「だったら先生もまた稽古をつけてくれるって、ちゃんと生き延びるって、約束してください。俺たちが成長した姿をちゃんと見てください」
「…勿論、そのつもりです」
鉄之助の小指も重なって、「指切りげんまん~」と彼らが息を合わせる。冬の寒さで乾いた少年たちの指先、努力を続けた証である掌の豆、そして逃げることなく伏見にやって来た勇気は何にも代え難い。
「指切った!」
泰助の大きな声が良く響き、四人は約束を交わす。小姓たちは「じゃあ!」と駆けだしてまるで壬生の子供たちのように去っていき、総司はその姿を見送った。


出立の時間になった。
総司は永倉と原田、井上と別れ、山崎に後を託し、島田や山野をはじめとした一番隊の隊士たちにはしっかり役目を果たすように伝えた。そして、
「斉藤さん、後は頼みます」
と最後に総司は斉藤のところへ足を向けた。一番隊を率いる斉藤は近藤が不在になってこれからますますその役割が大きくなるだろう。
「ああ。心配しなくていい、また合流できるまで大坂でゆっくり養生してくれ」
「…そういえば、ついこの間もこんな話をしましたよね」
短い期間で二度目の別れとなり、会話の既視感を拭えずに総司は苦笑し、斉藤も少しだけ表情を緩めた。
「あの時もまた会えるだろうと言って、その通りになった」
「そうですね…だったら次もまた会えます」
「そうだな」
斉藤は敢えて淡々と頷いて「道中気を付けて」とだけ言った。大坂までは相馬と野村が付き添うことになっていて、近藤と総司は駕籠で向かうのだ。
近藤は添え木をした右肩を庇いつつ、見送りの隊士たちの前では痛がる素振りはいっさい見せなかった。そして胸を張ってその大きな口を開き、
「皆、俺の分までしっかり役目を果たし、君恩に報いてくれ!」
と声を張り上げて隊士たちを鼓舞して、悠然と駕籠に乗り込む。そんな近藤を見て土方は小声で「無理をするな」と言ったが
「これくらいの無理はさせろ」
近藤は笑って
「歳、後は託したからな」
と彼らは彼らしか通じ合えない視線を交わして近藤は御簾を下げて先に出立した。その駕籠を見送った後、総司も続いて乗り込むと土方が腰を屈めた。
「…勝っちゃんのことを頼む」
「勿論です。土方さんの分までちゃんとお支えし…」
ます、と言い切る前に土方は御簾をおろして隠れ蓑にして軽く口づけた。隊士たちの目があるのに遠慮のない行動は普段なら咎めることだが、今は気にならなかった。
「歳三さん…」
「…仕方ないから、これを貸してやる。絶対に無くすなよ」
土方は懐から発句集を取り出すと総司の手に持たせた。昨日は大坂へ持っていくくらいなら焼くと言っていたのに。
総司は思わず吹き出して笑ってしまった。
「ふっ、ふふふ…ありがとうございます。絶対にちゃんと返します」
「…ああ、じゃあな」
「はい、また」
土方が別れを告げると駕籠が持ち上がり、出立する。隊士たちの見送りの声が聞こえ総司は御簾を開けて手を振ってそれに答えた。どうか誰一人欠けることなくもう一度会えますように…そんな祈りを胸に抱いていた。
伏見奉行所を出てゆらゆら揺れる駕籠の中で、総司は土方の発句集をパラパラと開いた。すると土方に贈ったあの早咲きの梅の花の押し花が挟まれたままになっており、その頁には
『差し向かう心は清き水鏡』
と書かれていた。









848


土方は二人の駕籠を見送ったあと、しばらくその姿を目で追った。豆粒のように小さくなってやがて角を曲がって見えなくなってようやく踏ん切りがついた気がした。
(頭の居ない新撰組を率いることになるなんてな…)
近藤のように堂々と振舞うことも、愚鈍なまでに真っ直ぐ突き進むことも慣れていない。そして支えとなっていた総司さえ遠い場所へいなくなってしまい、何となく気が滅入る。しかし自分以外に務まらないということも良くわかっていた。
「副長」
山崎が声をかけて来た。
「ああ…なんだ?」
「近藤局長のご命令通り、壬生におった負傷者へ今後の身の振り方について話をしてきました。…半分ほどそのまま脱退、もう半分は伏見に移りました」
「半分か…」
それを多いと捉えるか少ないと嘆くかは気の持ちようかもしれないが、小姓たちが合流して賑わっているのは悪いことではないだろう。土方は山崎から合流した者の名簿を受け取った後、負傷していた隊士たちには主に後方支援として配置するように伝えた。
「それで、相良はどうした?」
相良は負傷した隊士とともに壬生で養生していたはずだ。山崎は少し言いづらそうに答えた。
「それが…八木さんのご厚意でしばらくそのまま預かってもらえることになりました。離れの一室を借りて、世話もしてくれるそうで」
「これからどうするつもりだ?」
「おそらく…そう長うはあれへん思います。あいつの思うようにしたりたいとは思てますが…」
「…そうか。お前の思う通りにしたらいい」
「はい」
土方はあまり問い詰めるのも酷だと思い、話を切り上げた。山崎は普段は平気な顔をしているが、本当は重病の相良を傍に置きたいと思っているはずだ。土方と同じように。
(何もかも…うまく行かないものだな…)
近藤が伏見から去ると、急に雲が太陽を覆い辺りは薄暗くなってしまった。


その日の夕方ごろ、大坂に着いた二人はそのまま大坂城近くの奉行所屋敷に入った。大坂では一時悪名を轟かせた新撰組だったがかつての無頼の集団ではなく、徳川家臣として恭しく迎え入れられ、近藤も相応しい威厳ある態度でそれに応えた。
「相馬君、野村君、ここまでご苦労だった」
警備役として同行していた二人はすぐに伏見に戻ることになっている。
「近藤局長、沖田先生。戦となれば伏見を守り抜き必ず武功を上げます。安心してお休みください」
「大手を振って不動堂村へ戻りましょう!」
相馬と野村は力強く挨拶してすぐに伏見に戻っていく。彼らを見送って、療養部屋として借り受けた大部屋に入るが、張り詰めていた糸が切れたように近藤は途端に顔色悪く倒れ込んだ。
「先生…!」
「心配するな…。少し疲れただけだ。駕籠が揺れるのは仕方ないが…痛みを堪えるのに苦労した…」
総司は近藤の傷口を確認すると、少しだけ出血していた。相馬や野村の前で弱った姿を見せないように苦心していたのだろう。
「先ほど奉行所の方が私たちの到着を松本先生へ知らせてくださると言っていました。すぐに来て下さるでしょう」
「ああ…法眼には御足労をかけるな…」
近藤は「少し休む」と言って横になったので、総司は睡眠を妨げないように部屋を出ることにした。総司自身も長く駕籠に揺られて疲れていたが、大怪我を負って遠くに運ばれた近藤に比べれば大したことではない…そういう風に言い聞かせると何だか平気な気がしてくるのだから不思議だ。
(広いな…)
奉行所屋敷の大部屋は与力や同心の詰め所やお白洲から離れ、空き地を挟んで納屋や家来衆の屋敷が並ぶ一角にある。喧騒からは隔離されたような場所はまさに療養に相応しく静かだが、伏見という戦地にいる土方や隊士たちのことを思うと決して安穏とはできなかった。
「沖田君!」
総司は驚いて振り向いた。顔見知りの居ないはずなのに、と目を凝らすとそ小者とともに浅羽がこちらにやってきた。浅羽は会津公に随行し大坂城に入っている。
「浅羽さん、どうしてここへ…」
「近藤殿が負傷されたと聞き、我が殿の代わりにお見舞いに参りました。まさか君まで同行しているとは…」
「私もこちらで療養させていただくことになりました。…あの、近藤先生はいまお休みになられたところですが…」
「でしたらお待ちします」
浅羽は気を悪くせず、総司の隣に腰を下ろし正座した。浅羽は相変わらず美しく月代をそり上げ、凛として清廉な武士像に相応しい出で立ちをしている。浅羽は手にしていた風呂敷を傍に置いた。
「先日の襲撃の件はすぐに大坂に伝わり、我が殿の耳に入りました。殿はたいそう心配されて…実は上様に働きかけて、大坂に呼び療養されるように促したのは殿なのです」
「そうだったんですか」
「ええ。殿は近藤殿の気質をよく知っています。忠義をはき違え、動かぬ身体で死に急いではならぬと。松本法眼も同じようにお考えになり、上様に進言を」
総司は苦笑した。上司と部下として長く親交がある会津公は近藤のことをよく理解していたようだ。
「おっしゃる通りです。最初は近藤先生は伏見を離れるわけにはいかないと固執されて…周囲も気を揉んでいたんです。でも上様のおかげで近藤先生は伏見を離れるご決断をされました」
「そうでしたか。それは何よりでした。…それで傷の具合は」
「…詳しいことはわかりませんが、右肩を砕き、今は動かすのもお辛い様子で…」
伏見では近藤は気を張って「大丈夫だ」と言い聞かせていたが、簡単に治るものではないとわかっていたはずだ。土方が言っていた通り、戦場を離れてこれから自分の傷と心に向き合う苦しい日々が始まるのかもしれない。
浅羽は「そうですか…」と声を落としながら、傍に置いていた風呂敷を差し出した。
「これは会津よりお見舞いです。殿も近藤殿の見舞いに足を運ばれたいとおっしゃっていましたが、いまは城を離れるわけにはいかず…ゆっくり休むようにと仰せでした」
「お気遣い痛み入ります」
総司は受け取りながら軽く咳き込んだので、浅羽は再び顔を顰める。
「…沖田君は、具合はいかがですか」
「ハハ…良い時もあれば悪い時もあります。でもいまは近藤先生の方が心配ですから…」
総司は「あの」と改めて浅羽を見た。
「もし、戦となれば…お知らせいただけますでしょうか?」
「え?」
「私たちはここで療養に努めますが…戦が起きれば仲間は伏見で戦うことになります。もしかしたら皆さんは気を使ってくださるのかもしれませんが、何も知らないうちに仲間が死ぬことになるのはこりごりです。どうか包み隠さず、都や伏見で何か起きればお知らせいただきたいんです」
顔見知りの少ない大坂では浅羽のような存在は貴重だ。きっと近藤も伏見のことが気になるだろうし、怪我を向き合いながらも仲間を案じ続けるだろう。だったらたとえもどかしい思いを抱えることになったとしても、遠慮なく戦況を教えてほしいと思ったのだ。
浅羽は最初は意味が分からなかったようだが、総司の思いを理解して静かに頷いた。
「…承りました。でもお二人ともここでしっかり療養することを約束してください。土方さんもそれお望みでしょうから」
浅羽は穏やかな顔で釘を刺しつつ了承する。すると再び足音が聞こえて客人が訪れた。
「松本先生!」
総司は数人の弟子を引き連れてやってきた松本良順を見つけて目を見開いた。松本も総司を見るや「おう!」と片手を挙げて応える。
「沖田、お前も来たのか。具合はどうだ?熱はないか?吐き気は?」
「平気です。松本先生、私のことよりも近藤先生をお願いします」
「ああ、そうだな。近藤を診終わったらお前も診るから無理をするなよ!」
松本は捲し立てるように総司に言いつけた後、弟子とともに大部屋に乗り込んでいった。










849


松本がやってくると怒涛のように治療が進んでいった。
英と山崎の見立て通り、近藤の右肩には弾丸が深く撃ち込まれており、このままでは神経に障るということで早々に手術が行われることになった。
「麻酔を使っても痛むだろうが、安心しろ。あっという間に終わらせてやる」
「はい…」
松本に全幅の信頼を置く近藤はもちろん拒むことなく身を任せる。松本は弟子たちに異国語を交えた的確な指示を出し、言葉通りあっという間に処置を進めていく。総司と成り行きで浅羽も同席して様子を窺ったが、近藤が痛みに呻き無意識に身体を捩ろうとしても数名の弟子たちによって押さえつけられた。
「う…うぅ…」
「近藤先生…」
痛みを堪え、顔を顰める近藤をただ見守ることしかできない。総司は息が詰まるような気持ではらはらと落ち着かず、時折身を乗り出しそうになったが隣にいた浅羽が止めてくれた。
「沖田君、今は法眼にお任せしましょう」
「…はい…」
総司は無意識に小指に嵌めた指輪を握りながら待ち続けた。
そうしていると松本は一心不乱に手先を動かして弾丸を取り除いた。そしてまた電光石火の勢いで傷口を閉じてしまう…その姿は素人目でも確かに山崎や英に比べれば熟練度は格段に上で、御典医として相応しいものだろう。
総司がほっとしたのはつかの間、松本は
「…思った以上に骨を砕いていたな。近藤、右腕はこの先、思うようには動かねぇかもしれねぇ」
と非情な宣告した。近藤は朦朧とするなかで小さく頷くだけで、狼狽えたのは総司だった。
「そんな…!松本先生、骨さえ繋がれば以前のように動かせるのではありませんか?」
「今は何とも言えねぇな。それに…動く、動かねぇってのは本人が一番よくわかっている。…なぁ、そうだろう?」
松本が問いかけると、近藤は口元だけ穏やかに微笑んだ。
「…この数日、動かぬのか、動くのか…もやもやとしていました。法眼にはっきりと言っていただいて…むしろすっきりしました…」
「気休めかもしれねぇが、なんでも気の持ちようだ。修練を重ねれば可能性はあると思うぜ」
「ハハ…法眼らしいお言葉です。ありがとうございました…」
近藤は気が抜けたように虚ろな眼差しでぼんやりとしている。
「麻酔が抜けるまでゆっくり休め」
「はい…」
弟子たちが寝床を整えて道具を片付けて退出していく。近藤は少し熱があるようで弟子が額に冷たい手拭いを置くと気持ちよさそうに表情を緩ませて、眠りについた。松本は「よし」と呟いた後、たすきを解きながら浅羽に目を向けた。
「お前さん、会津公の小姓だったな」
「はい、小姓頭の浅羽と申します」
「会津公から近藤のことを頼まれていた。…手術は滞りなく終えた。時折俺や南部が顔を出すから安心していただき、何かあれば都度俺から報告すると伝えてくれ」
「かしこまりました」
浅羽は恭しく頭を下げた後、
「私も失礼します。…沖田君、また」
「…はい。ありがとうございました」
浅羽は相変わらずの無駄のない所作で部屋を出ていく。松本はため息をつきながら、「今度はお前の番だ」と総司の前に腰を下ろした。
「松本先生…あの…」
「いいから、一度大きく息を吸って、ゆっくり吐け。顔色が悪い」
「…」
気持ちは逸っていたが何を言っても今のままでは取り合ってもらえないと思い、総司は松本の言う通りに深呼吸を繰り返した。近藤の手術を目の前にしてどくどくと心臓が早鐘を打っていたが、ゆっくりと呼吸を繰り返すことで幾分か落ち着いた。
「…どうだ?」
「はい、楽になりました。…あの、先ほどのお話は…」
「まったく、お前は近藤のことになると目の色が変わるな」
松本は呆れたように笑い、「場所を変えよう」と隣室に移った。同じような大部屋が続いていて造りはほとんど変わらない。
「さっきの話は別に誇張したわけでも、控えめに言ったわけでもねぇよ。弾丸が骨を砕き、神経までやられている…いまは痛みのせいもあるが、指先を動かすので精いっぱいだろう」
「そんな…」
「あまり悲観するなよ。あの弾丸がもう少し首に近かったら即死だったんだ。幸運な方だと思えよ」
「…」
総司は俯いた。考えたくもないもっと悪い可能性があったのだ、と示されると反論はできないが、それでも利き腕を撃たれそれまで培ったものをすべて奪われた…その事実が近藤を絶望へと叩き落すだろう。
松本は続けた。
「俺ァ医者だ、武士の気持ちはわからん。…だが、お前がここに一緒に来たのは、労咳の療養のためもあるだろうが近藤を励ますためなんだろう?剣を持てなくなる気持ちはお前ならわかるはずだ。…事実は事実として受け止めなければならねぇが、その後どうするかは本人次第だ。お前が落ち込んで、狼狽えては二人して奈落へ向かうだけだぞ」
「…」
「これから傷がどう障るのかはわからねえが…俺は近藤が並みの男じゃねぇことは知っているぜ。お前もそうだろう?」
「…はい」
「だったら顔を上げろ。いいな」
松本に激励され、総司はゆっくりと顔を上げた。松本の言う通り、総司は近藤を支えるために大坂に来たのだから一緒に落胆してはいられない。総司は気を持ち直して松本に頭をはげた
「先生、これからもよろしくお願いします」
「任せろ。俺は新撰組の主治医だからな」
松本は大袈裟に胸を張って腕を組んで見せる。総司は芝居じみた仕草を笑ったが、そのまま咳き込んでしまった。
「ゲホッゲホッ…!」
「…ゆっくり息を吸って、横になれ。床を用意させる」
総司は身体を丸めて咳き込み、松本は動揺することなく背中をさすりながら弟子を呼んで床を準備させた。身体を横たえると楽になって、気持ちも緩んだ。
「…松本先生…あとどのくらい…時間がありますか…?」
「…どうだろうなぁ」
「ふふ…さっきみたいにはっきり教えてください。誤魔化さなくったっていいんです…」
「どのくらいってのは医者にとっちゃ最も難しい質問だ」
松本は脈を取り、聴診器で胸の音を聴く。そして一瞬だけ気難しい顔をしたあとに
「まあ、そうだな。…まだ死なねえよ」
と笑い飛ばした。総司の質問の答えにはなっていなかったが、松本の言い草は妙に心地よくて納得してしまい「そうですか」とそれ以上は訊ねなかった。
松本は一通り診察を終えて「それより」とにやにや笑った。
「相変わらず土方とは深い仲のようだな?あちこち痕が残っているぜ。まったく…俺が診るってわかっているだろうに。ああ、いや、違うな、俺は見せつけられてるってわけか?これは惚気か?」
「…ハハ、そういうのじゃないと思いますけど…」
松本が揶揄うのが、総司は気恥ずかしくて何となく襟を整える。しかし松本ほどはっきりと指摘されるとかえって取り繕うことなく本音が漏れた。
「土方さんは…近藤先生が怪我をして本当はとても動揺していたんだと思います。でも人前でそれを見せることはできないし、弱音を漏らす相手はいない。私に大坂へ行けと言いながらきっと余裕はなかったのだろうなと…今ならそう思います」
松本に何を知られるかなどあまり頭の中になかったはずだ。本能のままに噛みつくような痕を残したのは、忘れないようにしたかったからだ。いつかこの痕が消えてしまうのはわかっていても、灼けつくような気持ちを互いに刻み付けておきたかったのだろう。
松本は今度は冷やかすようなことは言わずに、真剣な顔で腕を組み少し考え込んだ。
「男同士の色恋は、女相手と変わらねぇだろうと決め込んでいたが…どうやら違うようだな」
「…そうですか?私にはいまいちわかりません」
「なんてぇいうか…命懸けだな」
「命懸け…」
松本の重みのある言葉にいまいち実感はないが、確かに土方以外の誰かとこんな感情になることはないだろうということは想像がつく。
松本は子供にそうするように総司の頭をぐしゃっと掻き撫でたあと、
「そういう相手がいて良かったな」
と歯を見せて笑った。そして「じゃあゆっくり寝ろよ」とあっさりと別れて部屋を出ていく。
大きな静かな部屋に一人…重たい身体を横たえている。
「…確かに、そうかも…」
時には虚しさと寂しさをもたらすけれど、こんな所にいても土方の存在をどこかに感じられる。それは自分が思っている以上に有難いことなのだろう。



師走の末、年の暮れが近づいていた。
「副長、文が届いています」
土方は斉藤が持ってきた文を受け取った。
近藤と総司が大坂へ向かい数日が経った。近藤は術後は良好で、今は身体を起こして食事をすることができていると総司から知らせがあり、また総司自身も静養に努めていて元気にやっていると聞いてた。やはり大坂へ行かせたのは正しい判断だったのだろうと思うことができたところだ。
「…義兄さんからの文か…」
日野の名主であり姉のぶの嫁ぎ先である義兄の佐藤彦五郎からは江戸の情勢について知らせる詳しい文が何度か届いていた。
江戸では天璋院を守る名目で『薩摩御用盗』という五百名ほどの無頼集団があちこちで乱暴狼藉を働き、江戸市中取締役に命じられている庄内・高崎・白河藩と対立しているようだ。特にこのところは公儀御用達の店や札差が略奪に遭い、『天朝の御用』などと高らかに宣言しているようだ。正義感の強い彦五郎は憤っているが、田舎の名主ができることはなにもない。苛立ちと嘆きが長々と書かれていた。
「…江戸は都よりも治安が悪いようだ」
そのあたりのことは斉藤の耳にも入っているようで、彼も頷いた。
「本郷では豪商に押し入り、家人を七人惨殺し金銀を奪ったそうです。…それに薩摩の質が悪いのは、奪った金銀を資金として討幕派に流すのを暗に認めていることです」
「…都より先に江戸で戦が起きるかもしれねぇな」
土方はため息混じりに外を眺めた。
先日まで都ではいつ戦が起こるかわからない緊張状態が続いていたが、異国から認められ兵力や武力で勝る慶喜公を支持する勢力が盛り返し始め、徳川は公然と王政復古の大号令の撤回を求めるようになった。朝廷もそれに応じ、慶喜公の議場就任を容認し、徳川による政権の継続を承認する風潮に変わっているらしい。
(薩摩や長州がそれで退くとは考えづらいが…)
「…山崎はどうした?」
「英とともに壬生へ向かったようです。…相良の容態があまり良くないと耳にしました」
「そうか…」
土方は火鉢の小さな焔が消えかかっていることに気が付いて、火箸を手にした。灰に埋もれた炭を持ち上げてまだ消えるなと念じる。冷たい風が部屋に吹き込んでいたが指先だけは温かかった。








850


十二月二十八日。
負傷していた隊士たちがそれぞれの場所へと去り、壬生に残された相良は静かに眠り続けていた。時折、八木の家人や女中が世話を焼いてくれるがそれ以外は誰とも話すことなく、ただ目を閉じて気怠い身体と向き合い続けていた。
(真っ暗な道で…迷ってる感じや…)
長い長い道を一人で歩き続けている。後ろを振り返ったところでもう道は途切れていて、いつ終わるかわからない道をひたすらに進むしかない…そんな孤独な旅路のなか、時々光が差すことがある。
「…直、起きてるか?」
「烝…また、来たんか…」
憎まれ口をたたきながらも、山崎が顔を出すとその暗闇から抜け出せるような気がした。合間を見て伏見からやってくる山崎はいつも甘い菓子を携えている。
「…なんやそれ…ガラス玉か?」
「ちゃうちゃう、飴や。綺麗やろう?」
「うん…」
山崎は相良の浮腫した指先に一つ持たせてやる。相良は横になったままその飴玉を翳してまじまじと眺めた。
「…綺麗すぎて、食べるんがもったいないな…」
「沢山あるから心配すな。なんやったらまた買うてくるで」
相良は「暇なんか」と苦笑しながらも、山崎の口から「また」と聞くと内心安堵していた。
(ここは静かで、皆親切やけど…烝がおれへん)
負傷した隊士たちとともに療養していた時は常に人の気配がして気が紛れたけれど、今はひとりで誰もいない場所に置いてけぼりにされているような気持ちだ。…しかしそれを口にしたところで山崎を困らせるのはわかっていたので、もちろん伝えるつもりはなかった。
すると相良は山崎の後ろにもう一人いることに気が付いた。
「…あんたは…」
「前に話したことあるやろ?診療所で一緒に学んどったハナさんや」
「どうも」
山崎が『ハナさん』と親し気に呼ぶ英のことは、相良は良く知っていた。彼が宗三郎という陰間だった頃、その身辺を調査するように山崎に頼まれていたことがあったのだ。その後彼が英と名前を変えて南部診療所に身を寄せたという結末は山崎から聞いていたが、あの頃から美しい容姿はそのままだが随分雰囲気が変わっていた。
山崎によると英に診察を頼んで共に伏見から足を運んだらしい。山崎は縫合などの外科を得意とするが、英は内科に通じており見立ては信頼できるということだったので、相良は彼に任せることにした。
英は身体中に広がった発疹を確かめ、弱弱しい働きをする臓器の音を聴く。陰間として花柳病を間近で見て来た英は特に動揺する様子もなく診察を進めて、最後には相良の丁寧に襟を整えて終えた。
「身体が熱をもって気怠いでしょう。白湯を欠かさず、薬を忘れずに飲んでください」
「…おおきに…」
英は瘡毒の進行状況については語らず、薬を枕元に小分けにして置いた。山崎も顔色を変えずに
「ハナさん、おおきにな」
と労い、頷く。そして英は「外で待っているから」と気を利かせて部屋を去っていき、その足音は聞こえなくなった。
「…あの人…」
「覚えてるか?陰間やった…」
「うん、…あの顔立ちはなかなか忘れられへん」
例え剃髪していても印象的だったのでよく覚えていたのだが、しかし山崎は首を傾げた。
「そういうものか?確かにきれいな顔やけど…直の方がよっぽど可愛いな」
「…阿呆か」
「正直なだけや。…ハナさんはいま新撰組のお抱え医者になってる。直のことも時々診てくれることになったから安心したらええで」
「お抱えか…」
陰間から医者へ、そして対立から和解へ。相良は裏方として英の過去を何となく知っていた分、感慨深く感じた。
「良かったなあ…生きてて」
相良は自然と微笑んだ。一方的とはいえ見知った人がどん底から人生を重ねて前向きに歩んでいることは嬉しく感じられたのだ。山崎はそんな相良を穏やかに見つめた後、
「…ほら、飴玉食え」
赤く腫れぼったくなった相良の唇に己のそれを重ねて、飴を押し込んだ。小さく仄かに甘い味が乾燥していた口の中に広がっていくが頬が熱くて仕方ない。
「ほんま…烝は人が変わったな。こんな恥ずかしいことするなんて…」
「親友の新たな一面が見れて嬉しいやろ?」
「阿呆…親友はこんなことせえへん」
「恋人ならするやろ」
「……はあ、そうやな…」
相良は居た堪れなくなって「もう寝る」と布団を頭まで被って隠れた。山崎は笑って「また来るわ」と薬と一緒に飴玉を並べて去っていった。

玄関先で待っていた英は厳しい顔で腕を組んでいた。二人は並んで歩き出し、人目を避けながら伏見への帰路につく。
「山さん、もう少し考えた方が良いよ」
「…」
相良の前では病状について語らなかったが、山崎には包み隠さず現状を伝えた。おそらく山崎の前では強がっていても、普段は意識がなく眠っている時間が長いだろうということ、内臓の機能が弱り五感の機能も衰えている、そして
「そろそろ…意識も混濁する。誰のことも、山さんのこともわからなくなるだろう。そうなったら悲惨だよ」
英はそれまで幾人もの瘡毒の患者を相手にし、また幼いころから同じ病に苦しむ陰間を目にしてきた。だからこそ実感の籠った指摘に山崎は何も言えなかった。
「…ちゃんと話ができるうちに今後のことを決めておいた方が良い。あのまま壬生で死ぬのか、山さんが看取りたいのか、それとも…」
「ハハ…沖田せんせでさえ大坂へ行ったんや。伏見にはとても置けへん」
「だったら…副長に相談したら」
「…」
山崎は口を噤んだ。伏見では気丈に振舞い一切の隙を見せない山崎が相良のことになると無口になる。英はこれ以上言うべきことはないと悟り、
「もう心が決まっているなら、それでいいよ。付き合うから」
と話を切り上げた。
山崎はそんな英の様子を見てふっと笑い、「おおきに」と言った。
二人が伏見に辿り着くと、新撰組隊士だけでなく伏見に駐屯する兵士たちが何やら慌ただしく走り回っていた。しばらくは戦もないだろうとしまい込んでいた武具を並べ、警備の人数も増えている。
「…なんや、まるで戦でも起きるんか…?」
「山崎先生!」
奉行所の方から駆け寄ってきたのは山野だった。
「何の騒ぎや?」
「詳しいことは僕たちにもまだ存じ上げません。ただ、副長は山崎先生が戻り次第、すぐに来るようにと」
「…わかった。じゃあハナさん」
「うん」
山崎は荷物を英に預け、そのまま早足で土方の元へ向かった。これまで前線と言えどもどこか安穏としていた雰囲気が消え去り一変している。山崎は医学方の一人ではなく組長の一人として部屋を訪ねたところ、永倉や原田、斉藤、井上…新撰組の幹部と言える彼らが集まっていた。
「ああ、戻ったか」
「はい。…これは一体、何の騒ぎでしょうか」
「今から話すところだ」
山崎は末席に膝を折り、神妙な顔をして土方の話に耳を傾ける。
「…大坂からの知らせだ。薩摩の揺さぶりで江戸の治安が悪化しているのは皆知っているだろう。特に江戸市中取締を務めている庄内藩は対立を深めていたが、ついに二十二日の夜、庄内藩屯所が薩摩に関わりがある賊徒によって銃撃された。その翌日も庄内藩見廻組が休息中を襲撃され被害が出たそうだ」
その場にいた誰かがごくりと喉を鳴らしたが、土方は淡々と語る。
「さらにその日未明に江戸城の二の丸で不審火があった。…これは薩摩の手によるものかどうかはわからないが、江戸では薩摩の付け火だと大きな騒ぎになっている」
「城に火ぃなんて、大事じゃねえか…!」
原田は憎々しく吐き捨てるが、土方は「まだ本題じゃない」と続けた。
「庄内藩は…正しくは、庄内藩お預かりの新徴組が三田の薩摩屋敷に暴徒が身を隠していることを突き止めて包囲し引き渡しを要求したが、当然薩摩は拒んだ。にらみ合いが続いたそうだが…二十五日の早朝、老中は薩摩藩邸は焼き討ちを命じた」
「なんと…!」
井上が声を上げた。これまで互いに対立していながらも直接的に手を下すことはなかった。都でも緊張感を持ちつつも、戦を回避する方向で話を進めていたところにこの騒乱が起きてしまった。
「主犯は逃げ延びたそうだが、大きな被害が出た」
「…つまり、これから戦が起きるということですか」
永倉の問いかけに、土方は頷いた。
「おそらく薩摩はこれを狙っていたはずだ。朝廷は徳川に靡きかけ、もはや政権を奪うには戦に持ち込むしかない。薩摩は大義名分を探していた…それをみすみす与えたということだ」
「でも庄内が手を下すのは仕方ねえよな。卑怯な真似をしたのは薩摩の方だぜ!むしろ薩摩は責められるべきだろう!」
「それを言って聞く相手じゃないが、その通りだ」
興奮する原田に永倉が同意する。井上も
「いまこそ薩摩を討つべきだ」
と声を荒げた。斉藤は顔色を変えず、土方は硬い表情のままだった。
「おそらく近いうちに戦になる。隊士たちにはいつ開戦しても良いように準備を整えさせろ」
今朝まではもうこのまま収束するだろうと楽観していたのに、急転直下の出来事だった。実感がないまま組長たちは頷き、それぞれの持ち場に戻っていった。
(これこそまさに…火蓋が切られたということや…)
山崎は深いため息をついた。


浅羽は主人である会津公の傍でまさに風雲急を告げる光景を目の当たりにしていた。
上様は風邪を引かれていた。体調が思わしくないところに江戸薩摩藩邸焼き討ちに知らせが届き、いつもは理性的なはずが堪えきれない感情を会津公にぶつけていた。
「馬鹿どもが!薩摩の術中に嵌り、こちらから戦を仕掛けてどうする!?」
「…上様、どうかご自愛を。お風邪が悪くなります」
「これまで戦を避けるために主戦派を宥め、大坂に入り、手をまわして復権を手にしようとした矢先にこれだ!参議就任もほとんど決まり、辞官納地も穏便に済ませ、血を流すことなく事を進めようとどれほど心血を注いだか…私の意図が汲み取れぬ馬鹿どもが…!」
上様は罵倒し、苛立って机を叩く。会津公は宥めようとしても言葉が見つからない。さらに大坂城内では上様とは真反対の機運が高まっていた。
「庄内はよくやった!」
「今こそ賊徒から帝を奪還すべし!」
「稲葉殿のご英断!」
主戦派は活気付き、もはや対立は間違いない。
会津公は知らせを聞き戦への覚悟を決めたが、当の将軍は臣下に苛立つばかりだ。
「稲葉からの報告では、江戸で騒擾を起こした郷士たちは藩邸を脱出し船で逃れたというではないか!回天が追っても間に合わず…今頃、薩摩の主戦派が高笑いをしておるだろう!」
「…薩摩は六十余名死に、捕縛も百名を超えると…」
「だから何だ?!薩摩を滅ぼさない限り、もう勝ちはないのだ…!」
「…」
会津公は戸惑う。上様の考えを理解し、その苛立ちも憤りも共感できるのだが、まだ戦は始まっておらず負けるとは限らない。それなのにどこか怒りのなかに悲観が混じり、この先の先まで見据えて、憂いているように見えたのだ。
会津公は上様の目の前まで移動し、その場で膝を折った。西洋式の豪華な椅子や机が並べられ絨毯が敷かれていても、忠義の示し方は変わらなかった。
「肥後守…」
「上様、こうなってしまっては戦を避けることはできません。会津は死力を尽くして戦います。他の藩も続くでしょう」
「……お前は…いつも同じだな」
「は…」
変わらないことが、徳川への忠誠だと疑うことはなかった。傍らで状況を見守る浅羽も気持ちは同じであり、きっと会津だけでなく幕臣や他の藩兵も戦となれば臆することなく戦うだろう。しかし上様はそんな覚悟を示した会津公を少し憐れむように見た後、近くにあった椅子を寄せて腰を下ろした。
「…勝手にせよ」
「…上様…」
すっかり熱が引いたようにため息をついた上様は気怠そうに椅子の背もたれに身体を預ける。ひれ伏した会津公はゆっくりと顔を上げた。
「上様は先陣に立たれるおつもりは…」
「…私は薩摩と戦をするのは構わぬが、朝敵になるつもりはない。薩摩が帝を抱き込んでいる限り、弓を引くつもりはなかった…」
「勝てばよいのです。兵力武力ともに揃っています、これは勝てる戦なのです」
「…だから、勝手にせよと言っている」
上様は力無くため息混じりに繰り返した。
「…かしこまりました」
もうこれ以上の回答を得られないと悟り、会津公は身を退きそのまま去っていく。浅羽もそれに続いたが会津公は何も言わなかった。

































解説
843 墨染事件について、阿部、佐原、内海が寺町通で少数の部下を連れた近藤を見かけ、尾張藩邸近くの丹波橋筋付近(場所については諸説あります)で待ち伏せ、狙撃しています。阿部十郎と富山弥太郎が銃で、佐原太郎が刀で、篠原・加納が槍で追撃しましたが、相馬と同時期に入隊した石井清之進(=井上新左衛門)、馬丁の芳介が銃に撃たれ死亡、島田と横倉甚五郎(近藤直門・伊東暗殺の当事者)が生き延びています。後年になって御陵衛士の阿部が槍で追撃した篠原・加納が途中で逃亡してしまったために近藤暗殺に失敗したのだと証言しています。


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