You are Ironical
アイロニカルな君


ずっと昔から気が付いていた気がする。お前のその微笑みが、どこか悲しげだったことに。


アイロニカルな君


俺、島田魁は自分でも面白みのない男だと思う。子供のころから体格だけは大きくて年相応に見られなかった為、傾いた奴らに絡まれることは多かった。しかし俺は平和的な解決を図る性格でそんな連中の挑発に乗ることもなく、悪い遊びなんてしたこともない。酒はあまり飲まないし、女にもそこまで興味はない。喧嘩に巻き込まれることはしょっちゅうだが、大体負けて帰る。そんな人間だった。ただ一つ続けている剣の稽古もそこまで頭角を現す才能はなく、俺自身は何のとりえもない人間だと昔から思っていた。
そしてそれは新撰組に入ってからも変わらない。
新撰組の先生方は剣も優秀で、遊びも派手だ。前にいた芹沢先生なんてその典型的な存在で、俺にはとてもついていけなかった。近藤先生も歩いているだけで威厳を感じるような立派な方だし、土方先生なんて町を歩けば女は振り返る美男ぶりだ。そして俺の隊の隊長である沖田先生も優しくて穏やかな面持ちなのに、剣を取れば右に出る者がいない天才。そんな「役者揃い」の新撰組のなかで、俺の際立った才能といえば「生真面目」なことだけだ。昔からあだ名は「真面目」だった。昔から勉学の稽古にも剣術の稽古にも足しげく通い、休むことなんて一日もなかった。新撰組での仕事も真面目に務めているつもりだ。俺のそんな性格を見越してか、土方先生や沖田先生は俺に仕事を任せてくれることも多い。それはとても誇らしいことだ。
そんな俺が珍しく遊里に遊びに来たのは、山南先生が連れ出してくれたからだ。局長と副長が酷い喧嘩をして屯所である前川邸の雰囲気は最悪だった。現状を訴えても誰にもどうにもできないという結論にいたり、時間が解決してくれるのを待つということになった。そんな俺たちを慰労するために山南先生は珍しく誘ってくださったのだ。
だからきっと今日は、羽目を外した、ということなのだろう。
「生真面目」な俺が、ちょっと油断をしてしまった。
きっと「彼」に言わせればそういうことなのだ。


酔いが回ってしまったのは覚えている。遊里の女とはしゃいで、注がれるままに酒を飲み、次第に頭がぼんやりして、視界が白くなってきて。
でもそれからどうしたっけ。
酒をこんなに飲んだこともない俺は、自分が酔いすぎるとどうなるか、なんて良くわかっていなかった。だから目が覚めて、薄暗い灯りのなかで天井が真っ先に視界に入ってきたとき、 寝てしまったのだと気が付いた。しかし、ただ寝ていたのではない。
「…ん?」
人の気配を感じた。しかし宴会の席のような大人数ではなく、誰かがいる、ただそれだけの気配。
俺は布団の上で寝ていたから、女を連れた込んだのだと思った。
酒を注いでくれた女は可愛かった。色が白く、一重の瞳で見つめられると愛らしい。俺が意地悪なことを言って「いけずやなあ」と口を窄めていたのが子供みたいで愛しかった。だからおそらく、その女とともに部屋を取ってしまったのだろう、と思った。
しかし隣にその女は寝ていない。しかし俺は上半身をむき出しにして眠っている。
そしてそこでやっと我に返った。上半身をむき出しにしているのに身体が酷く火照っている。そして、下半身が火傷するほどに熱い。
「…っ?」
人の気配は、俺の下半身にあった。そしてあろうことか、その気配は俺自身を卑猥に舐めていた。
「ちょ…っ、え…っ!」
俺は酷く動揺した。もちろん女とそういうことになるのは初めてではないものの、こんなことをされたことはない。覚醒した感覚にその舌の感触は酷く卑猥で、ずくずくと刺激を与えられる。高ぶったそれを口に含まれると、すぐに果ててしまいそうなほどに俺は興奮していた。
「く…っ」
女の顔は良く見えない。しかし俺を興奮させ続ける手管というのは巧みなもので、(遊里の女はすごいな)と俺は現実逃避にも似たことを頭の隅で考えていた。しかしすぐに現実に戻される。女が口を窄めるようにして俺のものを扱き、俺を絶頂へと導いたからだ。
「い、…っ」
イク、という前に俺は欲望を吐き出していた。びくびくと身体中が痙攣し俺は無気力感に襲われる。しかしここしばらく自分で処理していた時に比べると、それは久々に味わう気持ちの良いものだった。
俺のものを嚥下したらしい女は寝そべっていた身体を持ち上げる。仄かな光に照らされたその姿に、俺はそれまで味わっていた快楽を一瞬で吹き飛ばし、絶句した。
「…おま…っ、え…!」
胸の膨らみもない姿だった。長い髪もなく、俺が覚えていたあの愛らしい女ではない。むしろ、女ではなかった。
「山野…っ?」
そこにいたのは山野八十八。俺と同じ平隊士だった。
俺と一緒に山南先生に連れられて遊里にやってきた山野。その山野がいま俺のものを咥えていた…?!
「え、えっと…すまん…?」
俺がとりあえず謝った。俺が酒に酔って彼を寝所に連れ込んで、女と間違えてこんな行為を強要したのだろうか。先輩である俺に逆らうこともできず、山野はこんな真似をしたのだろうか。そんなふうに悪い方向へ悪い方向へと俺の思考が飛んでいた。しかし山野はそれには何も答えず
「気持ち良かったですか…?」
とそんなことを聞いた。
「え?いや、その…気持ちは良かったけど…。いや、そうじゃなくて、だな…!」
「続き、したくないですか?」
動揺する俺を山野が押し倒す。俺の腹の上に乗った彼は、肌蹴た姿を俺に晒す。それは女に負けない妖艶さを醸し出していた。俺の欲望がぞくっとまたせりあがってきてしまうほどの美しさだった。
山野は隊内でも美男として評判だった。端正な顔立ちで上品なお坊ちゃまかと思いきや、稽古では先生方に食って掛かるほどの逞しい性格だった。だからこんな風に俺を誘う姿はあまりにもそれとはかけ離れている。良く似た別人ではないかと疑ってしまうほどだ。
「続きって…何を…」
慌てる俺とは正反対に落ち着き払った山野が少し笑った。そして俺の目を片手で塞ぐように覆う。
「島田先輩は…目を閉じていてください。女だと思って…でも、女よりも気持ちよくしてあげます」
「ちょ…おい…っ!」
俺はその手を振り払おうとした。しかし、それよりも先に下半身が今まで味わったことのない快楽に包まれた。
男を抱くなんて初めてのことに、俺はもう頭が朦朧としていた。これは夢じゃないかと思ってしまうほど。しかし、身体に刻まれる快楽は、現実味を帯びたもので。彼が腰を振るほどにまるで泥濘にはまって抜け出せなくなるように、その気持ちよさにはまっていった。
山野も次第に余裕がなくなってきたのか、俺の目を覆っていた手を離し、激しく動き始める。俺は覚束ない視界の中で彼の表情を見た。
(…っ、なんて顔…してるんだよ…)
冷静に振る舞っていた山野が、その顔を顰めて、けれども貪欲に俺を貪っている。彼の中はきつくて、熱くて、彼が言うように女よりも気持ちいい。
(もう…どうにでも、なれ…!)
きっと快楽に負けるというのはこういうことなのだ、と俺は知った。
されるがままの身体を動かして、彼の中を突き上げてやる。すると山野は驚いた顔をしたが、すぐに気持ちよさそうに善がった。それが酷く可愛く見えて、俺はもっと興奮した。果てのない熱さに、頭も体も気持ちも、すべてがやられてしまっていた。



荒い息をどうにか整えた頃、山野は何も言うことはなく、急に体を起こした。そしてせっせと身だしなみをただし、その肌を隠した。
「…おい」
俺が声をかけるのを無視して、山野は袴をはいて身支度を終える。彼の身のこなしの速さに驚きつつ、裸一丁でそこにいる俺が逆に恥ずかしく思えてきた。
「帰るのか?」
俺の問いに「はい」と山野は答えた。さっきまでの熱っぽい行為なんてどこかにいってしまったのだろうか、彼は全く何事もなかったかのような顔をしていた。
「島田先輩」
そして随分冷たい…というよりも、無表情な顔で俺を見た。もしかして行為を終えて、冷静になって、後悔している…もしくは、怒っているのだろうか。
しかし彼は
「忘れてくださって構いませんよ」
といった。俺は一瞬、何を言っているのかわからなくて首を傾げて「は?」と言ってしまった。
「僕が誘っただけです。むしろ島田先輩は被害者というか。まあ、犬に噛まれたようなものだと思ってください」
むしろ噛んでしまったのは俺の方なのでは?
俺はそんなことを頭の片隅で思いつつ、出て行こうとする山野を止めた。
「待てって。そんなさっさと帰ろうとしなくてもいいだろう」
「いえ、帰ります」
「どうしてだ。身体を休めてからでいいだろう」
「…島田先輩。もしかして責任とかそういうのを感じていますか?」
冷たく問う彼は、まるで蔑むような目をしていた。俺はちょっと怯みつつも「まあ…」と答えた。
どちらが誘ったにせよ、それに答えてしまった俺にも責任はあるのだ。もう先輩後輩の関係に戻れないにせよ、彼と険悪になるのは何となく嫌で、俺は引き留めたのだが、彼にとってはそれは迷惑だったようだ。
「そういうのは要りません。島田先輩は忘れてください」
ぴしゃりと言って何も答えを求めようとせず、山野は部屋を出て行った。
先ほどまでの熱っぽく色っぽい姿とはかけ離れた、まるで皮肉たっぷりの物言い。
俺は何が現実やら頭がついていかず、ただ裸のままそこに残された。